2.デレデレとツンデレ
なんやかんやあって貞操を守り抜いた俺の目の前で、妹が正座をしている。
反省していますと言わんばかりに、眉を下げ上目遣いで俺を見つめる飛鳥に対してパンッと手を叩くと、訓練された犬のように声を出す。
「兄妹は結婚出来ません!」
「もう一度」
「兄妹は結婚出来ません!」
なんでこんな当たり前の事を妹に言わせないといけないのだろうか? 深いため息が出たのは仕方ない。
当たり前の倫理観を実の妹が持ち合わせていなかったんだ。これほど悲しい事はないだろう。
「もう一度言うぞ。民法734条により法律上の婚姻が禁止されている。婚姻届は受理されないし、兄妹で結婚はできない」
妹を説得する為にわざわざ調べたんだぞ俺は。
「でも、事実婚はできるよね?それに刑罰を受ける訳じゃないと思うけど⋯⋯」
俺の妹は無駄に頭が回る。なのに倫理観は持ち合わせていない。ふざけた話だ。
「それにほら!エッチだって合意があれば刑事罰は存在しないって」
飛鳥がスマホで調べたらしい画面を見せつけてくる。なるほど⋯⋯確かに妹が言うのような文面が書いてある。そうだな⋯⋯したとしても刑事罰を受けないかも知れない。
「合意があればな」
それに書いてる文面通りだと成人同士の場合だろ? 俺はまだ17歳だし⋯⋯妹は今年15歳。普通に未成年だ。
そもそもの話、子供が万が一できた時に責任を取れない年齢でそのような行為をするべきではないと俺は強く思う。
兄妹での近親相姦などもってのほかだ。
という訳で、あれよこれよと屁理屈を述べる妹を2時間ほどかけて納得させた。理解したと思いたい。
「つまり!お兄ちゃんの合意があれば良いんだよね!」
「お前、俺の話を聞いていたのか?」
訂正。まるで理解していなかった。
思わず頭を抱える。
親父がまだ家にいた頃はこんな馬鹿みたいな発言をしていなかった。きっかけがあるとすれば、両親の離婚か。
あの時は大きな騒ぎになった。互いに罵りあっていた事もあり、両親の口論から逃げるように2階に逃げても声が聞こえていたくらいだ。
親の離婚が思春期の子供に大きな影響を与えると聞いた事がある。それに関しては人の事は言えないがな。
「⋯⋯父さんがいた時はそんな事言ってなかったろ?」
親父が聞いたら、悲しむぞと言葉にしなかったが訴えるように強く見つめる。
「だってお父さんが止めてきたもん」
「ん?」
親父が止めて、いた?
「兄妹でそんな事をしようとするのはおかしいって。近親相姦は許さないって凄い反対されたんだよ」
───親父ぃぃぃぃ!!!
俺は今、この場にいない親父に感謝の言葉を叫びたいくらいだ。
知らなかった。親父が飛鳥のストッパーになり、兄妹で過ちが起きないように抑えていたなんて。
「それで親父はあの時⋯⋯」
記憶の底に眠っていた親父とのやり取りが脳裏を過ぎる。
『なぁ、翔人』
『どうした親父?』
『お前は妹の事⋯⋯飛鳥の事は好きか?』
『好きか嫌いかで言えば好きだな』
『それはLIKEか!Loveか!!どっちだ!?』
『LIKEに決まってるだろ、妹として⋯⋯好きなだけだよ』
『そうか⋯⋯そうか!それなら良かった!』
そんなやり取りが俺と親父の間で行われていたな。あの時は深く考えもせずに返事をしていた。
今になって思えば、あれは親父にとって重要な確認だったんだな⋯⋯。
もしかしたら俺と飛鳥が両思いかも知れない。二人で愛し合い過ちを犯すかも知れない!
常識人である親父は当然、頭を抱えた筈だ。
そして俺の返答を聞いて安心した。少なくとも俺が間違えなければ親父が想定する最悪は起こらないから。
俺は特に考えもせず、親父の胃に優しい最適な返答をしていたのか。
そして、親父がいなくなった今⋯⋯飛鳥を止めるストッパーがなくなった⋯⋯そう、いなくなった。
「これでも我慢したんだよ⋯⋯お父さんとの最後の約束があったから」
「父さんとの約束?」
「うん。家を出ていく前にね、お願いだから近親相姦だけはしないでくれってわたしに土下座してお願いしてきたの」
───親父ぃぃぃぃ!!!
この場に親父がいたら直ぐにでも跪いて感謝の言葉を叫んだ事だろう。
ダメだ⋯⋯目頭が熱くなってきたな。親父の配慮に涙が出てきそうだ。
離婚が決まって家出ていくその寸前まで、親父
は妹を止めようとしてくれていたんだな。親父はそれどころじゃなかった筈なのに⋯⋯。
「なら、なんで今になって襲ってきたんだ」
涙が流れてこないように目頭を抑えながら気になった事を聞く。
親父が家を出ていってからスキンシップが激しくなってはいたが、今日のように襲ってくるような事はしなかった。
それはきっと飛鳥が親父との約束を守っていたからだ。だけど今日は襲ってきた。必死に抵抗していなかったらヤラれていた事だろう。
上半身に関しては完全に剥ぎ取られていたしな⋯⋯。
どうにか下半身の衣服は死守できた訳だが。
「我慢できなかった!!」
漫画なら後ろにドーンと、擬音がつくドヤ顔を披露する飛鳥に呆れて言葉も出てこない。
親父も苦労しただろうな、と今の妹とのやり取りで察してしまった。深いため息をつく俺の気持ちなど知らんとばかりに、飛鳥は不意にあっ!と声を漏らして立ち上がる。
「今日のご飯当番わたしだったの忘れてた!」
「飛鳥、話はまだ終わって⋯⋯」
「また後でねー!」
「おいっ!」
俺の制止の声はどうやら飛鳥の耳には届いていなかったらしく、俺に向かって手を振りながら部屋を出ていった。
小言から逃げたい気持ちは誰しも分かる。だから逃げた事は構わない。けどさ。
「せめて、扉閉めていってくれ⋯⋯頼むから」
扉が開いてるってだけで落ち着かないんだ俺は。神経質って言われたらそれまでだが、自室っていう自分のパーソナルスペースが誰にも見える状況ってのが嫌なんだろうな。それが家族であっても⋯⋯。
正直な話、妹に見られて困るようなものは特に置いてはいない。けど、散らかった部屋はあまりに見られたくはないってのが本音。
妹たちにお兄ちゃんの部屋汚いって言われたら傷つく自信がある。飛鳥の好感度が高い分、尚更。
掃除しない俺が悪いってだけの話だから、妹に嫌われないようにこまめに片付けする事を心掛けよう。そうしよう。
「とりあえず、自分で閉めるか」
料理を作りに1階に降りていった飛鳥が扉を閉めに戻ってくるなどまずありえないからな。
となると俺が行動に移さない限りはずっと扉は開きっぱなしだ。それが嫌なら自分で閉めろ。それだけの話だ。
「ん?」
「あっ?」
飛鳥が開けっ放しにした扉のドアノブに手をかけた時、ちょうど階段を登ってきたもう一人の妹と目が合った。
「おかえり⋯⋯明日菜」
俺が声をかけるともう一人の妹───明日菜はフンッと小さく鼻を鳴らして、俺の横を通り過ぎていく。
一卵性の双子という事もあり、妹の顔はよく似ている。両親も良く間違えていたからな。
二人はそれが嫌で、髪型や服装で違いを出すようになった。飛鳥の髪型はツインテール、明日菜はポニーテールだ。
艶のある黒い髪を揺らしながら自室に向かって歩いていた明日菜が不意に立ち止まり、こちらに向く。
「ジロジロとこっちを見るなよ、うぜぇ」
吐き捨てるような言葉と共に明日菜が自室に消えていく。
一卵性の双子は容姿もそうだが、性格が似る事が多い。事実、小学生までは二人の性格は良く似ていて飛鳥同様に俺によく懐いていた。
けど、両親の離婚をきっかけに明日菜はグレた。口は悪くなったし、以前のように俺に甘えてくるような事はなくなった。
それが悲しいと思う時もある。
けど、どれだけ口で冷たい言葉を吐いても数字は嘘をつかない。
不機嫌そうに部屋へと消えていった明日菜の頭上に浮かんでいた『80』という数字に微笑ましい気分になりながら、俺もまた扉を閉めて部屋の中へと戻った。
「あっ」
そこでようやく思い出した。
俺は先程まで猫大福さんとブロッククラフトで遊んでいた。急に飛鳥が部屋にやってきて、襲いかかってきたせいで、それどころじゃなかった。
一緒に遊んでいる友達に断りの言葉も言わずに長時間ゲームを放置するなんてやってはいけない行為だ!
慌ててパソコンの前まで戻ると、まだ猫大福さんがゲームをプレイしているのがログで確認できた。ボイスチャットのルームにもまだいるみたいだな。
何をするにしたってまずは謝罪だ。
イヤホンを耳につけ、ボイスチャットのミュートを解除しようとマウスを操作してそこで気付いた。
俺、ミュートにし忘れてた?
え?つまり⋯⋯今のやり取り、全部猫大福さんが聞いていた?
最悪な事態に気付いて血の気が引いていくようだ。
何気ない兄妹でも会話ならまだいい。けど、さっきのやり取りはダメだろ!!!!!
「最悪だ⋯⋯」
マクラに顔を押し付けて叫びたい。可能なら今すぐふて寝したい。
『あ、えーと⋯⋯ウイングさん⋯⋯おかえり?』
思わず呟いた俺の声に猫大福さんが反応して返事をしてくれたのだが⋯⋯今の感じだと、多分聞いていたよな。
気まずい。
ものすごい気まずい。
けど、それはおそらく猫大福さんも一緒だ。
そう考えると少しだけ気分が楽になる。ひとまず、まずは謝罪だな。
「えっと、⋯⋯ただいま?いや、違うな。猫大福さん!」
『なにかな?』
「まずは長時間ゲームを放置して申し訳ございませんでした!!」
ビデオ通話ではないから猫大福さんがこちらの様子を見えていない事は承知しているが、しっかりと謝っておきたかったので言葉と共に深く頭を下げる。
その際に勢いをつけすぎて机に当たったのは内緒だ。
『ん、いや!謝らなくていいよいいよ!⋯⋯なんか大変だったみたいだしさ』
「すみません」
猫大福さんの優しさが今は辛いな⋯⋯。
ため息が出た。
『ね、ボクで良かったら相談に乗るよ?』
相談か。
「⋯⋯そうですね⋯⋯お願いできますか?」
全てはまだ話せない。けど、人に打ち明ける事で楽になる事があるかも知れない。
そんな思いで猫大福さんの提案に乗る事にした。
【猫大福が骨さんに射抜かれた】
「死んでますよ」
『本当だ!!』




