22.メイドさんのお仕事
「なんというか、露骨ねー」
「そうですね」
マリアさんと一緒にお客さんの傍を離れてカウンターへと向かう。キッドさんには店内無線で既に注文を通している。
カウンターの近くで待っていれば、窓が開いてお客さんが注文した飲み物が出てくるだろう。
「やっぱり若い子がいいのかしら?」
「人の好みは千差万別ですからねー。あのお客さん⋯⋯ご主人様の場合は俺がタイプに近かったのかも」
お客さんの俺への好感度は既に『70』の大台に乗っている。数字だけで見ればかなり高い部類だ。
その理由は、あまり嬉しくはないんだがお客さんにとって、俺が好みのタイプだったのだと思う。そうじゃなければ初対面の異性にあれほど高い好意を抱くことなんてまずありえないだろう。実際は同性だが⋯⋯。
「そうねー。なら尚の事、距離感を気を付けるのよ⋯⋯」
「はい、分かってます」
マリアさんのお言葉は俺の身を案じてのものだ。決して嫉妬とか人間の汚い感情からくるものではない。
俺がマリアさんから最初に教えて貰ったメイドさんとしての信条の一つにお客さんとの距離感は適切であるべき、というものがある。
常に一定の距離感を保ち、客と店員という立場を変えないためだ。メイドさんは職業柄、お客さん対して必要以上に敬って接するので勘違いが起こりやすい。
優しくされた!もしかして俺の事が好きなのかも!なんて勘違いをする男性がこの世の中にいる事を考えれば決して楽観視出来るものではないと分かって頂ける事だろう。
相手に気を持たせるような態度を取って⋯⋯勘違いからの逆恨みなんて、この業界ではよくある事らしいからな。本当に怖い世界だな。
そう考えると、今の状況は少しまずいか。
以前、俺に告白してきたタイミングの女性の好感度は『79』だった。つまり、今俺が接客している男性と、さほど数値は変わらない。
好感度が高いと接客が楽というメリットもあるが、リスクを考えるとデメリットの方が大きいな。マリアさんに見せて貰った記事のように刺される可能性すらある。
相手に好意を持っているかどうかで対応は露骨に変わるからな。それは実体験で知ってるし、マリアさんへのお客さんの対応からも分かることだ。
好感度が高い方が接客業では有利、仕事がしやすいと働く前は考えていたが⋯⋯そうでもないらしい。数字が見えなかったらこんなこと気にしなくていいんだけどな。
いや、逆か。数字が見えないと距離を縮めすぎて⋯⋯最悪のパターンに陥る可能性が⋯⋯。くわばらくわばら。
ひとまず、俺が気にするべきはお客さんの好感度を上げすぎないことか。マリアさんの忠告通り距離感を意識しよう。
「はーい、注文の商品できたネ」
ガラっと窓が開いて、キッドさんがトレーをカウンターの上へと置く。トレーには銀色のシェイカーと空のグラスが乗っている。
シェイカー中にお客さんが注文した『みっくすじゅーちゅ』が入っており、提供する前にメイドカフェにありがちなサービスをするわけだ。
マリアさんの方を見ると小さく頷いたので、俺が運べばいいんのだろう。トレー手に持って、後は一緒にお客さんの元へと戻るだけなのだが、その前にマリアさんに一つお願いをする事にした。
「マリアさん、お願いしたいことあります」
「何かしら?」
「お客さんは俺に作って欲しいって言ってるんですけど、初めてなのでマリアさんにお願いできますか?」
お客さんの要望通りに商品を提供すれば間違いなく好感度は上がる。出来ればそれは阻止したい。
「わたくしに?」
「はい。あのお客さん⋯⋯ちょっと危なそうなので」
「そういうことね」
本来、人の好感度なんてものは簡単には上がらない。もちろん好みのタイプだったり、憧れの人だったり例外は存在するが、話して、接しているうちにゆっくりと増えていくものだ。
キッドさんやマリアさんが分かりやすい例だ。お客さんが来るまでに仕事を教わったり雑談をした。そうする事で距離感は縮まり初対面の時より仲良くなった。
それでも増えた好感度は1や2だ。それが普通だ。そうしてゆっくりと仲良くなっていく。
今回のお客さんの場合は例外に含まれると思う。端的に言えばあのお客さんは俺の事が好き⋯⋯極端に言えば抱きたいんだと思う。
席を離れる前にチラッと見た時にスボンが膨らんでいたから、まぁ間違いない。普通に気持ち悪いと思ったよ。
その前提条件の上で話すなら、あのお客さんは性欲を好意と勘違いしているタイプだ。好みの女性がいて、その体を見て抱きたいと思い、会話をしてより性欲を昂らせる。
その昂り⋯⋯性欲を好意と勘違いする男性は一定数いる。これに関しては本能的なものだから、それが間違っているとは言えないが自制してくれと本気で思う。
多分、それで合ってるよな。マリアさんに対する露骨な対応も性欲によるものなら納得だ。好みの女性を見て高ぶらせているのに、横から水を差された萎えるよな?そういうことだ。
道理で好感度が上がりやすいわけだ。
いやはや、レオさんから聞いた話が役に立つ時がくるとは思わなかったな。あれも笑える話ではなかった。
レオさんの職場の同僚がキャバ嬢に恋して警察沙汰になったとかなんとか。細かく整理するとその同僚の想いが分かったらしいが⋯⋯結論は抱きたかっただけらしい。くわばらくわばら。
今の俺の状況はそのキャバ嬢に似ているわけだから、まぁ危ないよねって事でマリアさんに助けを求めた。
正直、好感度を下げるのはさほど難しいとは思わない。相手が嫌がる事をすれば勝手に下がる。難しいのはお客さんに満足してもらう必要がある点だ。
お客さんからの好感度を下げるために露骨に嫌われる行動をすれば、メイドとして働く俺とお店への低評価に繋がる。悪影響なのは間違いない。
俺を見て下半身を高ぶらせ、好感度が上がるならマリアさんを見て冷静になって貰おう。めちゃくちゃ失礼なことをしている自覚はあるが⋯⋯自分の身の為なので許して欲しい。
俺も男には襲われたくない⋯⋯。
まぁ、最終手段として性別をカミングアウトするってのもあるけど⋯⋯。
今のところは性別は隠してメイドさんとして働く予定だ。女装メイドに需要がそもそもなさそうだし、キッドさんの狙いは俺を使った客寄せだ。性別を隠した方が集客を望める。
お客さんを騙してるみたいで申し訳ないし、バレた時のリスクもある。一長一短。その点は⋯⋯まぁ、後々考えるとしよう。
「それじゃあ、行きましょうか」
「はい」
さて、お客さんの元に戻ろう。先を歩くマリアさんに続いてトレーを持って俺も続いた。お客さんはスマホを見ながら待っていた感じだな。
「お待たせいたしましたご主人様」
「はい」
先にお客さんの元についたマリアさんが喋っても素っ気ない反応で返すだけ。
「こちらがご主人様のためにご用意した『みっくすじゅーちゅ』でございます」
「うわー、ありがとう!」
テーブルの上にトレーを置きながら俺が話すと、この反応だ。あまりに露骨。内心ため息を吐きたいのを我慢しながら笑顔を浮かべてマリアさんの横に並ぶ。
「申し訳ございませんご主人様」
「なに?」
だから、その反応やめた方がいいと俺は思う。マリアさんが嫌なの分かるけど、俺にも印象良くないからね。うん。
「こちらの『みっくすじゅーちゅ』なのですが、ツバサちゃんからのお願いもありこの度はわたくしの方で作らせていただきます」
「え?」
「申し訳ございません、ご主人様!このお店に入ったばかりで、まだやり方を教わっている最中で!」
目に涙を浮かべ、申し訳なさそうに言えば『なら、仕方ないね』と笑って許してくれる。これが好感度だ。
ちなみにやり方を知らないのは嘘だ。お客さんが来るまでに時間があったのでしっかり教わっている。
「マリにゃんは『みっくすじゅーちゅ』を作るプロなのでご主人様も満足すると思います」
「わたくしにお任せください」
「はい」
正直、マリアさんのことをマリにゃんって呼ぶのはキツイ。けど、マリアさんがお客さんの前ではそう呼べって言うんだよな。地獄かよ。
「私もご主人様のためにたっぷり愛情こめて魔法を注ぐので、ご主人様もお願いします!」
「任せてよ!」
だから露骨なんだって⋯⋯。
表情一つ変えないマリアさんが前に出て、トレーの上に置かれたシェイカーを手に持つ。
シェイカーの中身は注文によって異なるが今回の場合はみっくすじゅーちゅなので、オレンジ、りんご、パイナップル、もも、バナナといった一般的な果汁が入っている。
お客さんのご要望によっては変な味にする事も可能だ。今のシェイカーは果汁と氷を入れただけの状態なので、これをお客さんの前でカクテルのように振って完成となる。
「こちらが『みっくすじゅーちゅ』になります。ご主人様と一緒にふりふりシャカシャカして完成させていく飲み物になっております」
「はい」
「わたくしが『ふりふり』と言ったらご主人様も『ふりふり』って返して頂けると助かります」
「はい」
───お客さんの目が死んでいる。
この辺はメイドカフェでよくあるサービスの一種だ。普通のカフェなら商品を提供して終わりだが、このお店はメイドカフェ。メイドさんと一緒に楽しく商品を作る。それも醍醐味。
みっくすじゅーちゅの場合はシェイカーを振りながら、お客さんにメイドが言った言葉をそのまま繰り返して貰い、最後に萌え萌えキュンっで完成する流れになっている。
俺は初心者メイドなのでまだ作れないよって事でマリアさんの後ろで『ふりふり』だったり『シャカシャカ』を一緒に言うだけだ。
主役はみっくすじゅーちゅのシェイカーを持つマリアさん。必然的にお客さんの視線はマリアさんに向かうことになる。
あ、好感度がガクッと下がった。賢者モードにでも入ったか?
「ご主人様も是非わたくしたちと一緒にキュンキュンポーズでお願いします」
「お願いします」
「え?」
キュンキュンポーズは顔周りに手を添えるぶりっ子ポーズみたいなやつだ。このポーズをしながら魔法の言葉をみっくすじゅーちゅにかけるらしい。
戸惑いながらも流石はメイドカフェ経験者。しっかりとキュンキュンポーズを取っている。それを見てマリアさんが開始する。
「ふりふり」
「ふりふり」
「シャカシャカ」
「シャカシャカ」
マリアさんは笑顔。お客さんは虚無の顔だな。
「にゃんにゃん」
「にゃんにゃん」
あー、キツイわこれ。俺もマリアさんと一緒に言ってはいるけど、横でマリアさんがにゃんにゃん言ってるのがかなりキツイ。
お客さんの顔も引きつってる。
「美味しくなーれ!」
「美味しくなーれ」
マリアさんがシェイカーを振るのをやめて、トレーに乗ったグラスへと中身を注いでいく。愛情たっぷりみっくすじゅーちゅなので、ピンク色だ。
「それでは、わたくしたちメイドからご主人様に愛をこめて魔法を送らせてもらいます」
「ご主人様も出来ればご一緒にお願いします」
俺とマリアさんの二人が両手でハートを作ると、お客さんも真似てハートを作る
「萌え・萌えキュン」
「萌え・萌えキュン」
「萌え・萌えキュン」
みっくすじゅーちゅの向けてハート作って手を伸ばして終わりだ。練習でやった時も感じた事ではあるが⋯⋯羞恥がえぐい。
メイドカフェで働くメイドさんって凄いんだなって改めて思ったな、うん。
それはともかくとして、マリアさんに協力して貰って良かったと思う。
お客さんの昂っていたものが落ち着いたのか『70』を超えていた好感度が、お店で初めて会った時と同じ『50』前後にまで下がっている。
これが本来の好感度だな、おそらく。そこから性欲ブーストで跳ね上がったわけだ。
「ご主人様!私とマリにゃんの愛情たっぷりのみっくすじゅーちゅ!どうぞお召し上がりください」
マリアさんと一緒にとびっきりの笑顔で微笑むと、お客さんも顔をニヤケさせながらみっくすじゅーちゅを口にした。
───メイドさんって大変だな。




