21.店員によって対応を変える客はクソ
男性が俺へと向ける好感度は『65』と初対面とは思えない程に高い。
俺がした事は入口でお迎えして、ただ挨拶をしただけ。それだけで数字が上昇していた。
これは大前提としてお客さんである男性が元々メイドさんが好きというのが大きいだろう。大好きなメイドさんに会いにお店に入店した。
そのお店に自分の期待通りのメイドさんがいれば、当然嬉しい。今回の好感度の上昇は、言ってしまえばお客さんのお眼鏡に叶ったという事だ。
お客さんの期待以下だったら、数字は間違いなく下がる。うわ、こいつかよみたいな表情と共に。
マリアさんの体験談なのだが、何故か知らないがマリアさんがお迎えするとお客さんは一瞬固まるそうだ。
「ご主人様、良ければお屋敷の鍵をお預かりしますがいかがなさいますか?」
マリアさんに教わったように首を傾げながら聞いてみる。視線が合ったと思ったら直ぐに逸らされた。数字が1上がっているところを見るに、今の対応に問題はないはずだ。
普通のお店なら『当店のご利用は初めてですか?』と初見かどうかの確認をストレートにするのだが、メイドカフェはご主人様がお屋敷に帰ってきたという設定を大事にしているらしく、このように遠回しな確認になっている。
「え、あ⋯⋯すみません。持ってないです」
小さな声ではあったが、どうにか聞き取れた。
こういう時に、なんて?と聞き返すとショックを受ける人が大多数だ。実際に俺もされたら辛いし。それとなく聞き返す事ができる人を尊敬するな。
「かしこまりました。お出掛けの際にお屋敷にお忘れになっておりましたので、後ほどお屋敷の鍵をお持ちしますね」
「はい⋯⋯」
初めての人は急にお屋敷の鍵がうんぬんかんぬんなんて言われら、こんな反応になる。けど、すまんな⋯⋯そういう設定だと理解して欲しい。
ちなみに、たまにお屋敷の鍵と言われて自宅の鍵を渡してくるお客さんがいる。
俺たちが言っているお屋敷の鍵というのはこの店で使える会員証のようなものなので、実際の鍵を渡されても困る。
今回のお客さんは持っていないとだけ、返ってきた。新規のお客さんだな。
とはいえ、この男性はメイドカフェに来ること自体は初めてではないだろう。俺の挨拶に対して『ただいま』と返していたからな。
初めてメイドカフェを利用するお客さんはメイドさんに『おかえりなさいませご主人様』と挨拶されると、返事に困って固まる事が多いそうだ。
なんて返せばいいのだろうって悩むからだと思う。人によって最初から『ただいま』と返せる人もいるが、メイドカフェ独自の文化に戸惑う者は少なくない。
それでもこの反応。女性に対して免疫がないのか? 判断に困るな。
「それではお屋敷の中にご案内させて頂きます」
「お、お願いします」
目が合うと、直ぐに逸らされるな。気まずい感じになるから、少し困るんだが⋯⋯まぁいいか。ひとまず席に案内するとしよう。
お客さんを先導する形で歩いているんだが、視線を感じる。特におしりの方⋯⋯。
隠していても女性は男性の視線に気付いているなんて、よく聞くが俺が体験する事になるとは思っていなかった。
このお客さんの場合は凝視に近い気もするが⋯⋯。
「段差がありますので、足元お気をつけください」
「わ、分かりました」
段差がある場所は『足元をお気をつけください』と一言言っておくと印象がいいらしい。
目が合った際に微笑んでみるとまた、顔を逸らされた。数字がまた上がっている。印象としては悪くないようだが⋯⋯。
「こちらのお席になります」
大きなお店だと席ごとに仕切り等があったりするらしいのだが、うちの場合は店舗の大きさの都合でそういったものがない。
つまるところ、他のお客さんからも見えてしまう。人によってはそれが苦手という人もおり、低評価の理由にも上がっていた。
お客さんが案内した席に座るのを確認してから、『少々お待ちください』と声をかけてからその場を離れる。
キッチンとのやり取りの為のカウンターまでいくと、マリアさんが手配してくれていたのか既に薄ピンク色のトレーの上にお水の入ったグラスと、紙で作られた鍵が置かれてあった。
「ファイトネ!」
料理の受け渡し等以外では閉められているキッチンの窓から、キッドさんが顔を出し応援の言葉を俺にくれた。
「いってきます!」
「ガールならいけるよ!」
トレーを片手に持ち、グラスの水がこぼれないように注意しながら歩く。お客さんの待つ席までいくと、俺が離れている間お暇させないようにマリアさんが対応してくれていたのだが⋯⋯。
「改めまして、ご主人様のご帰宅をわたくしたちメイド一同心からお待ちしておりました」
マリアさんが深々と頭を下げる。
メイド一同と言っても俺とマリアさんしか今の時間はいないけどな⋯⋯うん。
「あ、はい」
で、マリアさんから挨拶を受けたお客さんの反応がこれである。明らかに興味がない。顔も心なしか嫌そうに見える。あまりに露骨だ。
流石のマリアさんもこれにはショックを隠しきれない⋯⋯いや、表情一つ変わっていない。プロだな。
「本日のご案内をさせていただくメイドの一人、マリアと申します。ご主人様にはいつものようにマリにゃんとお呼びいただきたく思います」
「⋯⋯⋯⋯」
───きっっつ!
お客さん、言葉失ってしまってるじゃん。マリアさん⋯⋯普段からこんな接客をしているのか?
だとしたら、低評価がつく理由に納得がいく。俺目線でもキツイ。いや、マリアさんが先輩メイドというのもあってお客さんよりもキツイ。
出来ればご年齢をお考え頂けたら⋯⋯。
うん、後でキッドさんに相談しよう。素人の俺でも分かる。マリアさんは明らかに自分の売り方を間違えている。
キッドさん曰く、メイドカフェを始める際に幾つかの店舗を巡って勉強をしたと言っていたがその結果がこれ? 多分、参考にするメイドさんを間違えている気がする。
マリアさんはどちらかと言うとメイド長のような役職につき、若いメイドさんみたいに媚びるのではなく落ち着いた接客をした方がお客さんが付くんじゃないかと俺は思う。
流石に入店して初日の俺にマリアさんのダメ出しなんて出来る訳がないのでキッドさんにお願いしよう。
キッドさんは俺よりも長くマリアさんの接客を見てきた筈だ。経営者の視点で見るなら売り方は変えた方がいい。けど、妻であるマリアさんを傷付けられないと言わずにいた。
可能性は高い。俺がキッドさんの考えは間違っていないと背を教えあげればもしかしたら⋯⋯。
「ご主人様?」
「⋯⋯⋯⋯⋯」
それはともかくとして、先にこの地獄のような空間をどうにかするべきか。
黙り込んでしまったお客さんにマリアさんが心配そうに首を傾げながら声をかけているが、よくよく観察するとお客さんの眉が不快そうに寄ったのが見えた。
これは⋯⋯まずい。
「お待たせいたしました。ご主人様がお忘れになっていたお屋敷の鍵と、お口を潤すためのお飲み物をお持ちしました」
地獄のような空間に割って入るように声をかけ、テーブルの上にトレーを置く。先ほどまで表情が死んでいたお客さんの顔が明るくなった気がした。
目が合うと顔を逸らされるのは変わらないが⋯⋯。
「改めまして、本日ご案内をさせていただきます新人メイドのツバサと申します。ツバサちゃんとお気軽にお呼びください」
正直、ちゃん付けされるのはキツイものがある。それでもにゃんとか、ぴょんよりは遥かにマシだ。
「ツバサちゃん⋯⋯よろしく」
「はい、よろしくお願いいたします」
はい、ここでとびっきりの笑顔。30分くらい練習しました。その甲斐あってかお客さんの頭上の数字がまた一つ増えた。今度は顔を逸らさなかったな。
それと、出来れば隣のメイドさんにも反応して欲しい。チラッと横目で見るとマリアさんはニコニコと笑っている。妙な威圧感だ。
「あっ⋯⋯えっと、マリにゃんもよろしく」
「はい、よろしくお願いいたしますご主人様!」
空気が冷えきっていたので、お客さんが対応してくれて本当助かりました。元を辿ればお前のせいだけどな、とお客さんに心中で毒づきながら案内を続ける。
「こちら、お屋敷の鍵となります。ご主人様がご不在の間に壊れた扉のシリンダーを取り替えましたので、施錠のやり方が変わっております。詳しくは鍵の下の取り扱い説明書をご覧下さい」
トレーの上に置かれた鍵を手に取ってから、その下に敷かれていた『お屋敷の鍵の取り扱い説明書』をお客さんが読んでいる。
その紙に書かれているのはお屋敷の鍵───会員証についての説明だ。
普通のお店なら会員証の説明にこんな回りくどいやり方をしないだろう。あえてこんな言葉選びをしたり、メイドさんの口から説明しないのは雰囲気を壊さないため、らしい。
お客さんに聞かれたら説明はするそうだが、基本的にメイドカフェの雰囲気を楽しんで貰いたいので無粋な事はしないそうだ。
お客さんが手に取っている鍵についても、少し話しておこう。うちのお店には常連様向けのサービスとして会員キーというものがある。言ってしまえば鍵の形をした会員証のようなものだ。
使ってくれた料金だったり、回数だったりでポイントが溜まると鍵の色がグレードアップしていく仕組みとなっており、最初はブロンズ、次にシルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンドと徐々に上がっていく。
ランクが上がると割引だったり、メイドさんと写真を撮る時に特別なポーズをお願いできたり様々なサービスがあるのだが⋯⋯今のところ、活用された事はないそうだ。
どうやら、このお店は常連客が少ないらしい。
「わかりました。大事に保管します」
そう、俺の目を見て話すお客さん。マリアさんの方は一切見ない。ジーッと俺だけを見ている。気まずいからやめて欲しい。
チラッとマリアさんを見ると、慣れた手つきでメニューを取り出してお客さんに見えやすいように開いている。
「それではわたくしの方から本日のメニューをご紹介させてください」
俺の代わりにマリアさんがメニューを一つ一つ丁寧に説明してくれているのだが、お客さんは一切を顔を向けない。メニューと俺の顔を交互に見るだけだ。
マリアさんがお気に召さなかったのは分かったけど、そんな露骨な反応はやめてくれ。流石のマリアさんも気付いている。
「以上となります。今日はどんなメニューをご用意したらよろしいでしょうか?」
顔は笑っているが、目が笑っていない。お客さんはマリアさんに顔を向けていないので気付いていないのが幸いだ。
「うーん、どうしようかな」
メニューと俺の顔を交互に見ながらお客さんが悩んでいる。こういう時にさりげなく単価の高い商品をオススメするのがいいそうだが、マリアさんは無言のまま。
俺も正直言い難い雰囲気なので、黙ってお客さんがメニューを決めるのを待つ。
「それじゃあ、この『メイドさんの愛情たっぷりみっくすじゅーちゅ』をお願いします」
マリアさんとの会話を挟んだお陰か、お客さんがハキハキ喋っている。俺と目を合わせても顔を背けない。慣れたんだと思うけど⋯⋯。
空気がよくないなー。
「かしこまりました。どちらのメイドがお作りすればよろしいでしょうか?」
「もちろん、ツバサちゃんで!!」
「⋯⋯⋯⋯」
悪い、さっきチョロいって思ったの訂正する。
この仕事⋯⋯めちゃくちゃキツイです。




