20.天性の才能
レオさんにふざけないでくださいと返事をしてからスマホをしまう。けどまぁ、気は紛れたかな?
「⋯⋯⋯⋯」
改めて、ハンガーラックにかけられた衣装を見る。ウェイター服、燕尾服、そしてメイド服だ。
可能なら、ウェイター服を着たい。次点で燕尾服だ。けど、メイド服を着ないで出ていったらマリアさんに色々言われそうだな⋯⋯。
このお店で誰が一番強いかは先のやり取りで俺も理解した。逆らったらいけない相手なのも分かった。マリアさんからメイド服に着替えてこいと言われたからには着替えるしか選択肢はない。けど!
着ないといけないのは分かっているが、手が伸びない。
そんなこんなで5分ほど着るか迷っていると、外から『わたくしがお着替え手伝いましょうか!?』とマリアさんの声が。
流石に諦めた。幸運な事にメイドさんの衣装は白と黒のよくあるタイプで、マリアさんとお揃いにしたのかちゃんとロングスカートだった。
店のクチコミを見てたらスカートの丈が短いメイド服を着ている子もいた。俺ももしかして、短いスカートを!?と不安に思っていたので正直助かった。
「違和感がすごい」
初めて着る衣装に苦戦はしたものの、何とかメイド服に着替える事が出来た。元々着ていた服はハンガーラックにかけて、部屋に置いてある姿見で自分を見る。
メイド服を着た俺だ。自分で言うのもアレだが、ウィッグを被るなりして女性らしい髪型をすれば⋯⋯まぁ、女性に見えなくはない。
「はぁ⋯⋯」
嫌だなぁという気持ちでため息を吐きながら、ソファーに腰掛ける。靴と靴下を脱いで、用意されていた白のニーハイソックスを履いて、可愛らしいメイドさんの靴に履き替える。これで一旦は完了だ。
戻れない所まできてしまった気がする。
ちなみに、下着までは用意されていなかった。これで下着まで置いてあったら流石に逃げたな。代わりにスカートの中に履く用の短パンが置いてあった。
男目線で見ればロマンがないが、俺からすると助かったので良し!
「着替え終わりましたの?」
「いま、終わりました」
着替え終わったタイミングで、マリアさんから声がかかったので返事をすると入ってもいいかと聞かれたので許可する。扉が開くまで非常に早かったと言っておこう。
「まぁまぁまぁ!似合っておりますわ!」
口元に手を当ててそれはもう楽しそうに俺に近寄ってきた。
マリアさんは小さな籠を持っており、中にはウィッグやら化粧品等が入っているのが視認できた。
今からメイクって事か。先が予想でき、心は既に諦めていた。
「それじゃあ、後はわたくしにお任せあれー!」
やたりと楽しそうなマリアさんに椅子に座るように促され、後はされるがままだ。
メイクやウィッグの付け方なんかは時間がある時にマリアさんが教えてくれるそうだが、覚えられるかどうか怪しいな。
こんな大変な事を女性は毎日のようにしているのか? だとすると本当に大変だな。
綺麗であろうと努力する女性の頑張りを今は称えたい気分だ。
「これで完成ですわー!!」
そんなこんなでメイクが終わった。
ふぅーと息を吐きながら手で額を拭き、ひと仕事終えた職人のような満足そうな顔をマリアさんがしている。
「ほら、翔人君⋯⋯姿見で今の自分を見てごらんなさい。そこにはきっと綺麗なメイドさんが立っているわよ」
マリアさんに促されるままに姿見の前まで足を運ぶ。そこにはマリアさんが言うように一人のメイドさんが立っていた。
───可愛い。
自分を見て可愛いって想う時がくるとは思わなかったな⋯⋯ナルシストみたいでなんか、嫌だ。
鏡に映る自分は、今の感情を表すように嫌そうな顔をしている。メイドさんとしての俺は、そんな表情でも華があった。
こんな表情で見下してくるのが好きって同級生いたなー、俺はそういう性癖ではなかったから微塵も思わなかったけど⋯⋯。
「翔人君は元々の素体がいいからメイクは殆どしていないの。それでもこの可愛さ!正に天性のものね」
メイドさんへと女装している自分を褒められても、男としてのプライドが傷付くのか素直に喜べない。
とはいえ、褒めてくれている事に変わりはないのでありがとうございますと、返しておく。円滑な人間関係を築くにはこういうやり取りは大事だ。
「⋯⋯⋯⋯ふむ」
───メイドさんだな。
鏡に映る自分を見てなんとも薄い感想が浮かぶ。
ウィッグは黒髪ロングで背中にかかるくらいの長さ。フリルの付いた飾りが頭の上に乗っていた。マリアさんに聞くとホワイトブリムというものらしい。
顔のパーツに関して元の通りだが、メイクによってより女性らしさが増している気がする。アイシャドウやらリップやらファンデーションやら、色々と説明を受けたが正直頭に入っていない。
化粧なんて人生で一度もした事ないので、どれをどの順番にしていくかなんて、文字に書き起こさないと覚えられる気がしない。
仮に覚えられてもマリアさんと同レベルの仕上がりに出来るか? 無理だな。俺だけの力でやれば化け物が出来上がるに違いない。
最低ラインに乗るまではマリアさんにしっかり教えて貰おう。
「メイクはこれでバッチリ。次は声ね」
「え?」
「翔人君は声を変えられるかしら? 今のままでも悪くはないけど、まだ男性って感じがするわ。もう少し女性らしい声の方がお客さん受けはいいわね」
「そうですね⋯⋯んん!」
声を変えて喋るなんて友達にイタズラする時くらいしかやった試しがない。女性らしい声か⋯⋯今よりも高い声を意識すればいいんだよな。
「こんな感じでどうですか?」
「あら、すごいわね!本当に天性の才能だわ。今の貴方なら本物の女の子にしか見えないわ」
それはそれで、嬉しくはない。まぁいいか。
喉に無理ない範囲で高い声を出してみたが思っていたよりマリアさんに好評だったな。なるべくこの声を意識して喋るようにしよう。
「それじゃあ下に降りてキッドにお披露目といきましょう。きっと驚くわよ」
「分かりました」
この部屋を出て、階段を降りたら俺は本当にメイドさんとして働くんだな⋯⋯。
姿見に映る自分の姿を後ろ目にマリアさんの後に付いて部屋を出た。
「WOW!!!想像以上にキュートネ!ミーの眼に狂いなし!最高のメイドさんの誕生デーーース!!!」
「そうよね!そうよね!翔人君、最高に可愛いわよね!やっぱりキッドは人を見る目があるわ!素敵!」
これが俺の姿を見た、キッドさんの第一声である。俺の横に立つマリアさんは自分の事のように喜んでいた。
そこまではいいけど、俺がいる場でイチャイチャしないで欲しい。メイド服を着ているのもあって、余計に悲しくなる。
「ボーイ⋯⋯いや、ガールの準備もできた事だしそろそろ開店といきますか!」
「いや、早くないですか? まだ接客のやり方とか教わってないんですけど」
「大丈夫ネ!開店しても⋯⋯直ぐにはお客さま来ないから」
「あっ⋯⋯はい」
気まずい。
哀愁漂うキッドさんの後ろ姿にかける言葉が見つからない。
クチコミを見た限りだと、日中はマリアさんしかいない事が広まっているので夕方までお客さんは来ないのが基本となっている。
そのお陰で開店してからも、俺に指導の時間が作れる訳だけども⋯⋯お店のマスターからすると悲しい現実ではある。
いや、まてよ!新人メイドさん入店と暖簾を出して宣伝していたじゃないか! え? この暖簾出したのはついさっき?
なら、宣伝効果ほとんど期待できないですね⋯⋯はい。
という訳で、初出勤のお店でお客さん来ないまま約2時間が経過した。
気付けば15時30分である。時間が経つのが早いのか遅いのかよく分からないな。
その間に、マリアさんから接客のやり方を教わったり、オムライスに字を書く練習したりできたので無為に過ごしていた訳ではない。
「ツバサちゃんに教えないといけない事は全部教えたから⋯⋯後は実践だけなのだけど」
「来ないですねー」
店の前を人が通っていくのは確認出来るが、お店に入ってくる様子はない。お客さんが来なければせっかく教わった事が何一つ活かせない。
クチコミを読んだ時から覚悟はしていた事だ。仕方ないと諦めよう。
ちなみにメイドさんとして働く時は『ツバサちゃん』として扱われる。俺もその方が違和感が少ないので助かるな。名前を呼ばれて反応できないとかありそうだし。
土日に予定しているバトラーの時は、あえて名前を名乗らないことにした。このお店唯一のバトラーだから、名前を言わなくても誰か分かるからそれでいいだろう、と。
「ん?あれ、お客さんじゃないですか?」
「あら!」
お店の入り口の暖簾を見て立ち止まった男性がいる。お店は中に入らないと分からない造りになってるから、迷っているんだと思う。
暖簾に騙されて中に入ったらマリアさんしかいなかった⋯⋯そんな最悪を想定したり⋯⋯なんて。
おっ!決心がついたのか男性が入りへと足を進めている。隣を見るとマリアさんが目配せをくれた。俺に対応しろ、という事だ。
入り口近くまで女性らしい歩き方を意識しながら向かう。すると、お店の扉が開き男性が入ってきた。
見覚えのある男性だ。
と言っても知人という訳ではない。顔を合わせたのも一度だけ。その時は俺がお客さんで、この男性が店員として対応していた。
俺たちが出会った場所はコンビニだ。関係値で言えば客と店員。当然だが、俺に対する好感度は30前後と他の人の変わりは無い。
だが、立場が逆になって男性と向かい合うとどうだろうか? 俺がした事は女装して、メイドさんになっただけ。それだけなのに⋯⋯男性の頭上に浮かぶ数字は既に50を超えていた。
見た目が女性っぽくなっただけでこれかよ。
なんとも分かりやすい。
ただまぁ、お陰で緊張が解けた。マリアさんに教わった通りに対応出来るだろう。
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
とびっきりの笑顔を浮かべて、会えた事が嬉しいとお客さんに伝わるように感情を乗せて、定番のセリフを口にする。
すると、頭上に浮かぶ数字はみるみるうちに上昇⋯⋯男性は俺から顔を逸らしながら『ただいま』と小さく口にした。俺は思った。
───あ、チョロいわこれ。




