衣裳部屋見ても構わないかしら?
晴れ渡る空の下、私はとある屋敷の玄関先に佇んでいた。
大きな二枚扉の前。上部はアーチ状になっており、所有者である彼と同じように柔らかな印象を受ける。
そしてそこには獅子のドアノッカーが附属。
いつもならばこのノッカーを叩かずに普通に扉を開けるけれども、今は家出中のため入りにくい。
もうすぐ――三日後に城で国王様の生誕を祝した夜会が催される。
様々な国が招待状を受け取っており、アルがこの国へ訪れているのもそのためだ。
勿論、王子である旦那様が参加なされるので、私も参加。
そのパーティー用のドレスが本日出来上がり、最終確認として針子さん達に微調整して貰う約束をしていいた。
そのため私はそのため少しばかり店を抜け、こうして約束の時間に間に合うように、
ここへやってきたというわけだ。
でも昨日今日の出来事のせいで入りにくいため、こうして玄関先でもたついている。
「気まずいんだよね……――って、あれ?」
何の前触れもなく耳に届いたとある人々達の話し声に、私は小首を傾げた。
それはくぐもった聞き慣れた声。しかもやたら早口で焦っている印象を受ける。
どうやら漏れてきているのは、アイリスさん達の声みたい。
なんだろう? と少しだけ扉を開き、隙間から覗くようにし何が起こっているのかを探った。
やっぱり、私の想像通り玄関ホールにはアイリスさん達がいる。
「遅いわね……奥様、そろそろいらっしゃっても良い頃合いなのに……」
「まさか、追い詰められた旦那様が奥様を? 昨夜も夜遅くに外出なされたし」
「そんな事ないわ。と言えないのよね、うちの場合」
「そうなのよね……普段は真面目なんだけれども、暴走すると考えられない事するから」
「私、見てくるわ。もしかしたら近くまで来ているかもしれない。来づらいと思うし」
「そうね。奥様いらっしゃっても、ドアノッカーに届かないかもしれないもの」
それを耳にして私は少しだけ開けた隙間から覗いていたが、咄嗟に扉を引いた。
「届きますってばーっ!」と、叫びながら。
「身長低いですけれども、そこまで小さくありませんっ!」
「奥様っ!?」
みんなの重なり合った驚きにまみれた声と、一斉に集中する視線。
どうやら本当に居るとは思って居なかったらしい。
私は仁王立ちになって、みんなを睨んだ。
「皆さん、私の事を馬鹿にしすぎです。ドアノッカーぐらい届き……――って、ぐうぇ」
と、言っている途中で言葉が止まった。
いや、強制的に止められたと言った方が正しいのかもしれない。
マッチョのメイド達が一斉に押し寄せ、私を抱きしめ始めたのが原因だ。
――つ、潰れちゃうっ!
ムキムキマッチョの筋肉攻撃。
それがとてつもない力の圧力をかけているのが言う間でもない。
「やだっ! かなりご無沙汰な感じがするわ!」
「見て! 相変わらず子リスみたい!」
「小さい奥様が帰ってきたわ!」
そんな事を言いながら、ますます締め付けてくる。
――か、かっ、加減っ! 加減して下さいっ!
私は若干パニックになりながらも、なんとかもがこうと体を動かそうとするが、マッチョに勝てるはずがない。やばい、指一本動かせない。
さすが使用人の部屋に筋トレルームがある人々だ。
肉体美を自慢しているのは、伊達じゃない!
だがそこへ、「貴方達、そろそろお止めなさい。奥様が潰れてしまいますよ?」と、颯爽と救いの手が。
その声に私もアイリスさん達も回廊の左手方向へと視線を向けた。
するとそこには執事服に身を纏った初老の紳士が。
「奥様。お帰りなさいませ」
「ただいま、ティーズさん」
それは執事のティーズさんだった。
旦那様が城で暮らしていた頃から、ずっと身の回りの世話をしてくれているらしく絶大なる信頼を寄せているそうだ。
「奥様。まだ約束のお時間には少しばかり早く、仕立屋も到着しておりません。しばし、庭でお茶でもお飲みになっておくつろぎ下さい」
「でも……」
ここでメサイアさんやリヴァン君に会ったらいたたまれない。
つい先日揉めたばかりだというのに。
そのため用事が終ったら早々に店へ戻ろうと思っていた所だった。
「庭に翡翠の原石もありますよ。奥様の何倍もあるとても大きいものです。ご覧になられる価値はあるかと」
「あっ、それ旦那様のお手紙に書いていました。なんでも格子を作るみたいですね」
「……格子でございますか?」
「はい」
その台詞に何故か私以外の時間が止まった。
無数の目に見詰められ、私は顔を顰める。
「もしかして、この話は内緒だったんですか?」
「確かに私どもは伺っておりませんでした。てっきり浴槽でも作られるおつもりなのかと……奥様、それは何処の格子とおっしゃっていましたか?」
「それは手紙には書かれていませんでした。ただ、私の名前と同じ翡翠の原石を手に入れたので、それで格子を作るから華やかなになるって。何処に格子作られるんでしょうか?」
もしかしたら、みんな心当たりがないのかもしれない。
それぞれ探り合いながら、視線を彷徨わせている。
「……奥様。他に旦那様は何かおっしゃっていませんでしたか?」
「いえ、特には。そう言えば土地をご購入されたそうですよ。別荘でも建てるおつもりなんでしょうか? もしかしたらそちらに使用するのかもしれませんね!」
「……」
「あの?」
私以外の全員終始無言。まるで時間という概念がなく、絵画のように静止。
そして皆、同じように頭を抱えてしまっている。
+
+
+
「――窮屈な部分などはありませんか?」
「はい。大丈夫です」
腰元を微調整してくれている針子にそう告げると、私は前方へと視線を向けた。
そこには白い大理石にユリの花の彫刻が彫られ、その枠の中に長方形の鏡がはめ込んだ姿見がある。
そこにはドレスを纏った金色の髪をした人が映し出されていた。
「いかがでしょうか?」
「可愛いです。いつも素敵なドレスありがとうございます」
本当にうっとりするぐらいの出来だ。
キャップスリーブタイプのドレスになっていて、大きく開かれたデコルテ部分にニイゲル国で購入した大粒の三連パールネックレスが輝いている。
生地はミントグリーンで、裾がパニエによりふんわりと膨らませてあり、その艶やかなサテン地にはクリーム色のレースが幾重にも重ねられ、そこには夜空に散らす星々のように小さい青い花が咲いている。
これはサファイアで作られているそうだ。
「気に入って頂けて、私達も職人冥利につきます」
黒いワンピース姿の針子さんはそう笑顔を浮かべると、私の背後が気になるらしく、ちらちらと視線を向けている。
それは壁沿いに控えている一人のメイドに注がれていた。
「あらやだ。何かしら? 私の美肌の秘訣が知りたいの?」
その視線に気づいた真っ赤な髪をした縦ロールの美人は、大げさに頬に手を当て小首を傾げてみせた。
彼女はリーチェさん。
メイドの中でも細め。でも、筋肉質。
体は男、でも心は乙女なので普段から女性の格好をしている。
「いえ…その……先生はいかがでしょうか……?」
「先生って、私はもうただのメイドなのよー。私の意見は関係ないわぁ」
リーチェさんは元デザイナーだ。
王族御用達の仕立屋――つまりは、この針子達が働いているお店で働いていた。
それが何故か今ではこうしてメイドをしている。
ランさんやアイリスさんもそうだけれども、ここのメイド達の前職の経歴が華麗。
その上、皆まったく畑違い。
「でも、そうね。大草原に広がる花々のようで素敵よ。若々しく、奥様にぴったり」
「ありがとうございます。先生に褒められるなんて」
「あら。私に褒められても意味がないの。クライアントが気に入って下さるのが全てなのから」
「はい」
リーチェさんの言っている事はよくわかる。
私も接客業をしているから。お客さんが喜んでくれるのが一番。
アレンジした花を見て、笑顔になってくれるのが嬉しい。
「仕事で疲れていたけど、お花見て癒された」とか、そう言ってくれると心を込めて作ったかいがあったなぁって思う。
「では、ドレスの試着は問題ないようですので、次に……――」
と、そこで針子さんの言葉が詰まった。
覚えた違和感に弾かれたように顔を右側へと向け、訝しげに眉を顰めている。
それは私も同じ状況だった。
原因は視線の先にある、扉を隔てた先――つまり、廊下。
「何かあったんでしょうか?」
誰かの怒鳴り散らす声が、この部屋まで響き渡ってきている。
ヒステリックに怒鳴っているというか、感情的になっているというか。
早口で荒い。そのため、ボリュームを大きいようだ。
「誰ぇ? ランかしら……?」
「そうですね。これはランさんの声です」
「あらやだ。あの子ったら何騒いでいるのかしら? 全く、品が無いわぁ」
とぼやきながら、リーチェさんが廊下へと消えていく。
かと思いきや、今度は「なんでここに居るのよ!?」という彼女の怒りに満ちた声が、
分厚い扉を越え室内へ流れ込んでくる。
「どうしたの?」
はっきりと聞こえたそれに、私の心臓が騒ぎ始めてしまう。
恐る恐る扉の方へ足を進めて向かえば、「奥様!」と針子さん達に止められてしまった。
「何が起こっているかわかりません。危険ですわ」
「大丈夫です。もし不審者ならば、ここに来る前にアイリスさん達が捕まえているはずですから」
ここの警備は緩そうでしっかりしている。
それは旦那様が王子様だからなのかもしれない。
私はゆっくりと扉を開き外の様子を確かめれば、そこには大の字になって回廊を止めているランさんが。
そしてその先には――
「メサイアさん……」
それを見て、納得した。ランさんとリーチェさんの怒号の理由を。
「奥様。中に入っていて下さい」
扉のすぐ近くにいるリーチェさんが険しい顔をしながら、メサイアさんの事を睨んでいる。
「でも……」
この階は私と旦那様の寝室がある階。そのため完全にプライベート空間として分けるため、ゲストルームのある階とは別になっている。
従ってわざわざこちらまで階段を上って来たならば、私に用事があるのは確実。
「あら、良かったわ。ヒスイさんが出ていらっしゃって。屋敷を訪れていると伺ってご挨拶に来たの」
メサイアさんはこちらに気づくと、にっこりとほほ笑んだ。
「訪れているっておかしい言い方じゃない? 何、あんたまさか自分が主だとでも?」
「あら、ごめんなさい。悪気はないの。ごめんなさいね、ヒスイさん」
「……いえ」
もう帰りたい。仕事に戻りたい。
「ねぇ、ヒスイさんよろしいわよね? ほんの少しだけよ。そのままで構わないわ」
そんな風に言われたら、了承するしかない。
私は頷くとそのまま扉を開け、廊下へと出た。
「あら、素敵なドレスね。今度のパーティーに?」
「はい」
「やっぱりそうなの。ふふ、とてもお似合いよ。可愛らしいわ。まるで舞踏会に初めて出席する子供みたいに」
それはどういう意味!?
と、嫌みなのか、褒めているのか、わからない社交辞令にもやもやする。
「この階は懐かしいわね。ここだけは昔のままだわ。ほら、その燭台」
そう言いながらメサイアさんが視線で差したのは、暗くなると廊下に明かりを灯してくれる燭台だった。
私もライト様もチューリップの花が好きだから、この階の燭台もそのデザインで作って頂いたのよ。そうそう。後はそこにある花が活けられている花瓶。二羽の青い鳥が描かれているでしょ? これも私とライト様があの頃好きだった本のタイトルだったの。他は所々リフォームしたみたいだけれども、ここは変わらないわ」
「……」
それを何故わざわざ私に今言うのだろうか?
流せばいい。
頭では分かっているけれども、パン屋騒動の如くそれは私の心に黒く降り積もっていく。
「ねぇ、ヒスイさん。衣装室もこの階にあるのかしら?」
「どうしてですか?」
「この国でどんなドレスが流行しているのか拝見したいの」
「それは……」
私としては見せても構わないと思う。
サイズが合わないから、盗まれる心配も無いし。
これが宝石などが保管されている金庫がある部屋ならば、別だけれども。
「大丈夫よ、盗んだりしないから。心配ならば、誰か付けても構わないわ」
「そんな事は心配してませんが……」
「ねぇ、よろしいでしょ?」
「わかりました……」
あまり深く考えずにそう返事をして、ランさんに案内をお願いした。




