白銀の騎士が残したモノ
今日からニイゲルの女神祭は本番だ。
お祭りは三日続けて行われる。本日は日中仮装パレードと夜には海上花火。
私と旦那様はイベントを楽しみながら、その間を縫って買い物に行ったり観光したりと計画を立てている。のだけれども――
「人が多いですね……」
パレードを見るためにメインストリートへとやってきたのはいいけれども、あまりの人の多さに圧倒。
まだ時間まで早めだというのに場所取りのためか、みんな通りに集まっている。
交通規制がしかれているため通りには馬車も通らず、反対側の景色が人垣越しに見る事ができている状況だ。
そのためはぐれてしまわないようにと、旦那様がしっかりと私の手を繋ぎ、アイリスさんが反対側を固めている。
「いいですか、奥様。この人ごみに流されてしまったら、探し出すのは難しいですわ。ですから絶対に旦那様の手を離さないで下さいませね」
「大丈夫ですよ」
アイリスさんの忠告に、私は唇を尖らせた。
何故そのような反応かと言えば、ここに来るまで耳にタコができるぐらいに、その言葉を訊かされたから。だからこうして今も旦那様とがっしりと手を握っているのだ。
「心配しなくても大丈夫ですよ。ちゃんと気を付けます。またアルのようないい人に助けて貰えるとは限りませんしね」
「え? いい人ですか……?」
そのぽつりと漏らした旦那様の言葉に、顔が自然と彼の方へと向いてしまう。
するとなんの感情も持たないような表情をした旦那様と目が交わり合った。
それを見て、私は自分の失言に気づく。
「それはアルさんの事ですよね。彼はいい人ですか? 女性に勝手に口づけをしたのに?」
「いえ、その……それは置いておいても、助けて頂きましたし。それに蟹も……」
そう口にしたけれども、段々と言葉尻が弱くなっていく。
だってなんだか目も笑ってないし、口も真一文字のため冷淡な印象を受けてしまっている。
そのため、私は目を逸らし自己防衛へと走った。
――……あぁ、左側が寒い。
怖くて見ていられないけれども、きっと旦那様はまた目がうつろになって、口元が笑ってないのだろうという事は容易に想像が出来る。
「また蟹ですか。本当に好きですね。今日のお昼は蟹にしましょうか?」
「ごめんなさい! 私が悪かったです!」
だからそんな嫌みですか? と尋ねたくなるような事は言わないで下さい。
怒らないと思ったら、そこはイラッと来たようだ。
でもやっぱり優しい旦那様。すぐに口にしたのは謝罪の言葉。
「すみません。ちょっと棘がある言い方としてしまいました」
「いいえ。私もアルの話はもうしません。でも旦那様だってキスを勝手にしたじゃないですか。それが当てはまるならば、旦那様だっていい人ではなくなってしまいますよ?」
顔を上げて旦那様を見てそう口にすれば、彼は顔を薔薇色にしながら視線を逸らした。
おっ。これはこれは。照れている旦那様も可愛いらしい。
「先にしてきたのは、ヒスイさんじゃないですかっ!」
「あれは旦那様が悪いんです。触って良いって許可しているのに、なかなか触って下さらないから。もうしませんよー」
「……えっ。してくれないのですか?」
旦那様のエメラルド色の瞳がこちらを捕え、ゆらゆらと波のように揺れている。
――それはして欲しいという事なのだろうか?
と、ふと疑問が湧くのは当然。
私はその真意を尋ねようと口を開きかければ、「あらあらー。私はお邪魔虫かしらぁ?」と、何の脈絡もなく包み込んでしまったアイリスさんの声。
それにより私は今までの会話の内容を思い出し、アイリスさんに聞かれていた事にやっと気づく。
「違うんですっ! これは、その……」
「いいんですよー。お二人は新婚なのですからラブラブを隠さずとも。ふふっ。これでは例の騎士が割り込む隙もありませんわねぇ」
「ですから! 違いますっ!」
「あらあらちょっとからかい過ぎましたかしら? 奥様がほっぺを膨らませてしまいましたわぁ。まるでリスが頬袋に食べ物を詰めるみたいに」
ふふっと笑うアイリスさんを、私は不機嫌な気分で眺めていた。
――またリス扱いかいっ!
ヴィラに戻ったら牛乳飲んでやる。苦手だけど……
私がそんな事を考えていると、左頬をつんつんと何かが触れて来ている。
ふと何かと思い見やれば、旦那様が指で私の頬をつついていた。
しかもその表情は輝きに満ちている。まるで何か好物でも目にした時のように。
「旦那様っ!」
忘れていた。ここにも私をリス扱いする人が居たんだった。
というか、この人が最初にリス扱いした張本人じゃないか!
「すみませんっ! とうとうやってしまいました。以前から触りたいと思っていたのですが……ヒスイさんが好きにしていいと許可を下さったので、つい」
そう言いながら眉をハの字にさせ、申し訳なさを全面に出している旦那様。
そんな顔をされたのでは、怒るに怒れない。
そのため私の苛立ちは諦めと共に消えていってしまった。
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それから数刻してパレードがやっと始まったらしく、周りから歓声が上がっていた。
そして旦那様やアイリスさんもそんな周りと同じように、「綺麗ですね」とか、「さすがね。山車の作りが細かく素晴らしいわ」とかなんとか口々に話していた。
だが、そんな彼らに対して、私は同調出来ない。
なぜなら――
見えないんですけどっ!
身長が低いためか私がいる前方に人がいるため、そのパレードの列が見えない。
ただ、山車の頭だけはかろうじて見えるか見えないか。
まぁ、雰囲気は感じられるけれどね……
そんな時だった。斜め後方から、女の子の可愛らしい怒った声が耳に届いたのは。
なんだろう? とそちらを振り返ったら、そこには一組の親子の姿が。
お父さんとお母さん、そして4,5歳ぐらいの娘がいる。
「だからもっと早く行こうって言ったじゃない!」
「ごめん。ごめんな」
「見えないよ……パパのせいだからね!」
「ごめんな。でも、ほらこうすればどうだい?」
と、お父さんは娘を抱き上げれば、彼女は顔を明るくさせはしゃいでパレードを見詰めている。
「いいなぁ」
と、ついぽつりと漏らしてしまった。
子供ならああやって見せて貰えるのに。
すると、「もしかして見えていませんでしたか?」と、旦那様の声が頭上から降って来た。
「すみません。気づかなくて」
「大丈夫です。雰囲気は感じられますから」
「でもつまらないですよね? ちょっと待っていて下さいね」
と旦那様が告げたかと思えば、繋いでいた手を離して今度は私の体へと腕を回す。
かと思えば、ふわりと体が宙に浮いた。
慌てて旦那様の肩や首もとへと手をのばし、しがみつく。
すると視界が変化。今まで見る事が出来なかった世界が広がっていく。
「わぁ! 華やかなパレードだわ!」
練り歩く人々と山車とで、ニイギル国物語を元に再現・構成されているパレード。
この国を守護している女神や、初代の王などを模した人形等が絢爛豪華な黄金の山車に乗せられていた。人々も華やかな衣装に身を包み、舞を踊っている。
「綺麗ですね。山車の細工も細かくて。本物の神殿みたい」
「えぇ」
子供みたいに旦那様に抱き上げて貰った時は、恥ずかしかったけれども、今は違う。
私はしばらくこの景色に酔いしれていた。
すると突然絡みつくような視線を感じてしまい、そちらへと誘われるように目を向ける。
――えっ!?
するとそこにはアルの姿が。
前方の斜め左に彼はいたのだ。でも様子がいつもと違っていた。
リオナさんを初めとして、白い騎士服を纏った人達を後ろに引き連れていたから。
しかもアルは彼らと違い、よりも上質な白銀色の騎士服姿。
リオナさん達は、私と視線が合うと全員深々と頭を下げてしまう。
それを見て私は改めて感じた。
やっぱり、アルは普通の騎士じゃなかったんだって。
呆然と視線を向けている私に、アルはゆっくりと右手を上げると、口を開いた。
「……――」
「え」
距離があるため、それが音となり私の耳に入る事はなかった。
けれどもその唇が紡いだ言葉。
それがなんだったのか、口読術を習得していない私はわからない。
でもなんとなくだけれども、推測する事は出来た気がする。
それは――
「…ま…たな……?」
小首を傾げその言葉を繰り返した時に、丁度山車がアル達の前へと通ってしまい隠れてしまう。
「えっ!? 嘘っ! ちょっと、旦那様! 旦那様っ!」
私は慌てて旦那様を揺すれば、「あぁ、彼女は今年の歌姫ですよ」と、彼が見詰めているパレードの話をされてしまう。
「違います! アルが! アルが居たんです!」
「えっ!? 何処ですか?」
「あそこです!」
と指を指せば丁度タイミング良く山車にて隠れている所だった。
山車が通り過ぎるのをハラハラと待ち、やっとそれが過ぎ去った。
だが、肝心のアルの姿はそこには無い。
「あれ?」
「奥様幻覚を……」
「見てませんっ!」
「冗談ですわ」
アイリスさんは溜息を吐き出すと、旦那様へと視線を向けた。
「追いますか?」
「無駄でしょうね。きっと全て計算づくでしょうから。一体誰なのでしょうか」
「えぇ、本当に」
「ヒスイさん。何か些細な事でもいいので、彼に繋がるものありませんか?」
「えっと……ジルド・ガ・なんとかさんと知り合いかもしれません」
たしかアイリスさんの声を聞いた時、そんな事を言っていたから。
すると、「え? 私?」と何故かアイリスさんが声を上げた。
「どうしてアイリスさんが驚くんですか?」
「あらやだ。奥様。私の本名はジルド・ガ・ランドネスよ」
「はぁ!? じゃあ、アイリスさんって、偽名っ!?」
「それはニックネーム。メイド服着てそんな勇ましい名前じゃあねぇ……だからメイド達は全員そうよ」
「……知らなかった」
「それよりもアイリス。相手に心当たりないのですか?」
「そんな事をおっしゃられても、私もいろいろと諸外国回りましたし。それに白い騎士服なんて珍しくないですわ。奥様、もう少しヒントありません? 特徴的な顔立ちだったとか」
「そう言われても……」
いろいろ思い出そうとするけど、全然思い出せない。
「でも、もしかしたらまた私達の前に現れるかもしれません。『また』ってアルが言っていましたから」
「またと彼は言ったのですか?」
「えっと……口元でなんとなく」
そう私が告げれば旦那様は何か考えるように口を閉ざし、こちらを凝視している。
かと思えば、私を抱き上げている腕に力が込められた。
それは痛いぐらいに強く。まるで何かから守るかのように。




