第三話 魔王路上教習
『路上教習1コマ目は割り込み運転です』
そう言われて、歩いて貧民街に戻った。
今日は教会の炊き出しの日だ。
薄い麦粥が配られるだけなのだが、寒い中で暖かい食べ物はありがたい。
その施しを受け取る列に割り込むのが1コマ目の課題らしい。
なんとも貧相な悪行だが仮免許の魔王なのだから、そんなものなのだろう。
しかし、ニイは震えていた。
寒風から身を守ってくれる外套など持っていないし、身にまとっているのはヘドロと汚物まみれの襤褸切れだけなのだけれど、震えているのは寒いからではない。
怖いのだ。
炊き出しに並ぶのは初めてではない。
麦粥の量には限りがあって、全ての貧民に行き渡ることはない。
後から来た貧民が列に割り込んで来て、文句を言えば突き飛ばされる。
突き飛ばされて転んだところを蹴り上げられたことがある。
そんな自分が列に割り込む?
仮免許とはいえ魔王になったのだから、皆が勝手に怖がって逃げて行くんじゃないかと期待していたのだけれど、そんなことは無かった。
気合を入れたら魔王パワーみたいなものが噴き出してくるのかなと思って、息を止めて、ふんばってみたのだけれど何も起こらなかった。
無意味にプルプル震えて、ただ列を眺めているしか出来なかった。
麦粥が無くなって施しが終了して、呆然と立ち尽くしているニイの所へ、炊き出しの片付けの手を止めたシスターが近づいて来た。
「ごめんなさい。これしかないのだけれど」
差し出されたのは無発酵の平たくて堅いパンだった。
きっと、シスターが食べるためのパンなのだろう。
受け取って、でも、並んでいないのに施しを受ける理由が分からなくてシスターの顔を見た。
「ずっと気になっていたんです。もっと人手があれば順番を守らせることも出来るのですけれど、持ち場を離れると奪い合いが始まって、鍋ごと持ち逃げしてしまう人も出て来るから」
目の前が赤く染まった。
見られていた。
突き飛ばされる所を。
憶えられていた。
抵抗もできず、蹴り上げられる姿を。
受け取ったパンを地面に叩きつけた。
踏みつけて、粉々に砕いた。
顔をかきむしって、叫んだ。
言葉にならない悲鳴だった。
走って逃げた。
『ほう、なかなかヤルではありませんか。並んでも居ないのに、列に割り込んだ以上の成果を得て、その上で聖職者の善意を踏みにじるとは。割り込み実技の検定印を押してあげます』




