第7話 原石
孤児院から戻って数時間後―――――――
アイリスは自室のソファに座り、心ここにあらずといった感じでぼんやりしていた
特に何をするでも無く、ため息ばかり付いているアイリスを不審に思ったザフラーは声をかけた
「どうされましたかアイリス様。元気がありませんが……」
「………なんでも無いわザフラー。少し疲れたの」
少し疲れたように笑って返すアイリスに、ザフラーは更に心配になりつつ、お茶の用意をし始める
一方、アイリスは帰り道での事を思い出していた
自分が身代わりで嫁いできたと告白したあの時―――ハイサムは激昂するでも落胆するでもなく、一言「そうでしたか」と呟いたきり何も言ってこなかったのだ
それが何を意味するのかは分からないが―――あの穏やかな口調と、その後の彼の態度から察するに、自分をどうこうする気がないのだけは感じられた
―――――何も処罰を受けないのは一体何故?
ぼんやりと考え明後日の方向を見るアイリスに、ザフラーは思い出したかのように話しかける
「そういえば、今日はハイサム様とお出かけになられたんですよね?どちらに行かれたんです?市場ですか?」
「いえ、孤児院に行ってきたの。辺境伯様達が物資を運ぶ日だったみたいで、それを見に行ったの」
アイリスの返答に、ザフラーはお茶を注ぐ動きを止め、キョトンとした表情になる
「へ?孤児院?……それだけ………?」
「ええ。とても楽しかったわ」
すると突然、ザフラーは頭をかかえだした
「ザフラー?どうし―――」
「うっそでしょおぉぉぉ!?初デートが孤児院………!?孤児院て貴方…………そりゃあアイリス様がしょんぼりして帰ってくる訳だわ…………」
信じられないと言わんばかりに声を上げるザフラーに、アイリスは慌てて誤解を解こうとする
「あ、えっと―――それ自体は楽しかったの!本当に――――」
「いえいえアイリス様。初デートで自分の仕事に同行させるなんて言語道断です………女性関係に疎いとは思っていたけど、ここまでポンコツだったとは……………」
この屋敷の主人をボロクソに貶すザフラーを、アイリスは困ったように見つめる
デートとはいえなかったが、アイリスは退屈等していなかった
むしろハイサムの仕事ぶりや人柄を知り、アイリスは彼に惹かれつつあった――――
――――――しかし、自分に辺境伯の隣は相応しくない
身代わりの身でそんな感情を持つ自分に、アイリスは複雑な気持ちでいた
――――――――――――――――――――
その頃
辺境伯の執務室では、ハイサムと執事のダニエル、そして身辺調査の依頼を任されていたデビッドがいた
2人が耳を傾ける中、デビッドが調査の結果報告を読み上げる
「調査の結果、ハルシュタイン家に娘が2人いるのは事実のようですね。ただ、長女の方は現ハルシュタイン子爵夫人と血は繋がっていないようです。要は異母姉妹って事になります。で、その長女は病弱な為社交界には一度も顔を出していない、と表向きは言っているようですがーーー恐らく嘘なんじゃないかって話もあるようです。ちなみに王都でそのハルシュタインの妹の方をチラリと見てきましたが、確かにそっちは噂通りのとんでもねぇ美人でしたよ」
そう報告し終えると、デビッドはいつもの定位置のソファにドカリと身体を預けるように座り込む
「感謝してくださいよぉ?ここから王都まで最短距離で馬走らせて、短時間でここまで調べ上げて速攻帰ってきたんですから」
デビッドが若干疲れを見せながら、ここまでの苦労を語った
「ああ、ご苦労だったデビッド」
デビッドに短く労いの言葉をかけると、ハイサムはあの時のアイリスからの告白を思い出し目を細める
するとダニエルが静かに見解を述べた
「病弱で社交界に連れて行っていないのではなく、異形だから連れて行かなかったんでしょうな。あのアイリス様の様子を見るに、恐らく想像以上の冷遇をされ続けていたに違いない」
そう言ってダニエルはこれまでのアイリスの様子を思い出す―――――
いつも人の顔色ばかりを伺い、何かに怯えるかのようにオドオドしている彼女の行動が、今までどのような扱いを受けていたのかを物語っていたのだ
「……で、どうするんです?あのお嬢さん。一応、ハルシュタイン家の娘ではあるみたいですが…………申し込んだ相手とは違うんでしょ?」
デビッドがハイサムに尋ねると、彼が答える前にダニエルが口を開いた
「こちらが望んだものとは異なる者が来たのだ。速やかにハルシュタイン家に帰す――と言いたい所だが、アイリス様の境遇を観るにそれは危険だろう。就労施設を紹介し、そこで穏やかに生活してもらう方が――――」
そこまで言いかけた時だった
「ハルシュタイン嬢を家にも帰さないし、就労施設にも行かせない。当初の予定通り、私の妻にする」
ハイサムが言葉を遮るようにそう宣言したのだ
その発言に、ダニエルは目を大きく見開き、デビッドはソファに預けていた身体を思わず起こした
「良いのですか!?確かにハルシュタイン家の娘である事は確かなようですが、アイリス様はあまりにも――――」
そこまで言いかけたダニエルだったが、ハイサムが掌を向け制止させた
「良い。しっかりと『妹の方を望んでいる』と書かなかったのは、こちらの落ち度だ。それに、私はハルシュタイン嬢の事を気に入っているよ」
そう言い切ったハイサムに、デビッドは意外そうな様子で思わず尋ねた
「お前がそこまで入れ込むとは珍しい。あのアイリスってお嬢さん、言い方は悪いが、美人とはおろか、普通とも言い難い姿だ。そんな哀れなお嬢さんを、お前はどうしてそこまで入れ込む?」
彼に疑問を投げかけられたハイサムは、少し間を置いた後、静かにこう答えた
「…………アイリスは美しい令嬢さ。どこの誰よりも」
その答えを聞いた2人は、思わずキョトンとした表情を浮かべた
好みの良し悪しはあるにしろ、あの石肌のアイリスが何処の誰よりも美しいとは、到底言い難かったからだ
「それはどういう事です?」
ダニエルが思わず、ハイサムに問いかけると、彼は表情を変えぬままこう答えたのだ
「彼女はまだ、原石なのさ」
ハイサムの言葉の真意が理解出来ない2人は、互いに顔を見合わせた
ダニエルは首を横に振り、デビッドは「ですよね」と言いたげに苦笑を彼に向けた
ただ1人ハイサムだけは、前を見据え考え込んでいた
(原石であるなら、磨かなければならない―――)
そう心の中で呟くと、机に置かれた今朝届いた手紙をチラリと見る
この手紙の差出人の知識が、アイリスを救う手立てになる事を願いながら―――――――




