第32話 アイリスの反撃
『―――――私は、ハルシュタイン家との別れを告げに、今日ここに来ました』
アイリスの発言に、ハルシュタイン家の面々は皆驚き言葉を失う
すると静寂を破るかのように、テーブルをドン!と叩く音が響き渡った
デニスだ
「ふざけるな!いつからそんな聞き分けの悪い娘になったのだお前は!この親不孝者め!」
興奮しツバを飛ばしながら激昂するデニス
しかしアイリスは動じず静かに話し出す
「………本当の親なら、子を苦しめ脅迫めいた言動などしません。都合の良いように『家族』や『親』等と使わないで下さいお父様」
「な…なんだと!?」
以前までとは違い、脅しに屈しないアイリスにデニスは動揺する
更にアイリスは続ける
「私はサーヴァルに嫁いでから知りました。愛とはどのようなものなのか。そして家族とはどのような存在なのかーーーー私の家族は亡き母とハイサム様、ハイサム様のご両親、そしてサーヴァルの屋敷の皆さんです。貴方達はもう、私の家族ではありませんお父様ーーいえ、ハルシュタイン子爵」
アイリスはそう冷たく言い放つ
するとデニスの横にいたバーバラが声を荒げた
「なんて生意気な口を利くのかしら!アンタみたいな血もつながっていない、可愛くない子どもの世話を、情けをかけてやったっていうのに!その恩は無いっていうの!?」
しかしアイリスは彼女に冷めた視線を送る
「貴女がいつ、私の世話をしたと言うのですかハルシュタイン子爵夫人?貴女は私をこき使い、理不尽な難癖を付け、痛めつけた事しかありませんよね?それは世話とは言いません。ただの一方的な暴力です」
そう言い切るアイリスの気迫に、バーバラは怯む
すると黙っていたローザが口を開いた
「はっ!魔王辺境伯にちょっとちやほやしてもらったからって調子乗ってるの?どうせそんなの今だけよ。鈍臭くて何も秀でた所のないあんたなんて、すぐ捨てられるに決まってる!あんたは一生、黙って私達の言いなりになってれば良いのよ!それがお似合いよ!」
馬鹿にしたような目でアイリスにそう吐き捨てる
すると、アイリスはぽつりと呟いた
「…………可哀想ねローザ」
「…………は?」
「貴女は何もかも手に入れている幸運な子だと思ってた……今までは。でも違ったのね。貴女は自分がいつか下の存在になる事を恐れている。貴女の地位も、美貌も、名誉も、失われてしまうことを恐れていたから、私を虐げてきたのでしょう?ハルシュタイン家では、価値が無い者には生きる価値など無いもの。違う?」
そうローザに視線を向けるアイリスの目は、そうしなければ生きられなかった妹への哀れみが滲んでいた
格下の姉に同情されたローザは、怒りで顔を真っ赤にさせた
「はぁ!?なんであんたなんかに同情されなきゃならないのよ!!私はね、このまま沢山の人から愛され、羨望の的で見られ続けるのよ!あんたとは違ってね!」
感情に任せるがまま怒鳴り散らし、息を切らせながらローザはそう言い切る
しかしアイリスは変わらない
「………そうかも知れないわ。でも、貴女のその自慢の美しさが無くなった時、どうなるかしら?」
「どういう事よ?」
「美しさは永遠では無いわ。老いたら少しずつ失われてしまうの。貴女も、私も。老いた先の美しさだってあるけれど、そうなった時、貴女は耐えられるのローザ?ハルシュタイン子爵は貴女の美しさに陰りが出た瞬間、貴女を捨てるわ。ーーーーー石肌の私を愛さなかったように」
そう言い切った瞬間、ローザは立ち上がり乱暴に棚にあった瓶を手にすると、アイリスの前に立ちはだかった
「………これ、なんだか分かる?肌を焼き溶かす劇薬よ?」
そう歪んだ笑顔でアイリスの目の前で見せる
「止めろ!顔に傷が付いたら価値がなくなるだろう!」
デニスは焦りを滲ませながら怒鳴るが、ローザは聞き入れぬままアイリスを脅し続ける
「これ以上生意気な口を利くなら、これをあんたの顔にかけてあげるわよ。そうなったら、魔王辺境伯も、あんたのことなんかアッサリ捨てるでしょうね!だってあんたの外見を気に入ってるんだろうから!人の事言ってないで自分の心配したら?」
そうして顔を歪ませるその表情は、まるで勝利を確信し、勝ち誇ったかのようだった
ーーーーーしかし
「やりなさいローザ」
アイリスの一言が静かに言い放たれた
「……はあ?遂に頭おかしくなったの?」
「違うわローザ。私は何も怖くないの。だって、私の顔が爛れたとしても、ハイサム様は必ず愛してくださるもの」
穏やかな顔で言い切るアイリスに、ローザの眉がピクリと動く
「な………」
「石肌の私を、最初から愛してくださった方だもの。どんな姿でも、ハイサム様は私自身を愛してくださるーーーーこの形だけの家族とは、違う」
アイリスの愛おしそうで幸せに満ちたその表情に、ローザの顔が激しく歪んだ
「だったらお望み通り、あんたにかけてあげるわよ!!」
そう劇薬の瓶を振り上げた瞬間ーーーーーー
バンッ!!!!!
部屋のドアを蹴破る音が聞こえた
「!!」
音に驚き、動きを止めるローザ
すると
「ーーーーーいっ!」
腕を強く掴まれ、劇薬の瓶がコロリと床に落ちる
そして見上げるとーーーーーーー
そこにいたのはなんとハイサムだった
ハイサムはアイリスを守る様にローザに立ちはだかっている
周りを見渡すと、いつの間にかハイサムの部下達が両親を取り押さえていた
「な、なんであんたがここに…………」
するとハイサムは恐ろしく冷たい声で言い放つ
「言ったはずだ。二度は無いと」
見下されたその赤い瞳が、怒りで燃えているのを彼女は感じていた




