第30話 ハルシュタイン家の隠された事情
「ローザが……婚約を……!?」
アイリスは驚きのあまり声を上げると、ハイサムは黙って頷く
執務室にはハイサムとアイリスの他に、ダニエル、デビッド、ザフラーが同席している
数分前、アイリスはダニエルに呼び止められ執務室を訪れた
そしてそこでハイサムから、数日前ハルシュタイン家から手紙が届き、ローザが婚約した事が書かれていたのだ
「………ええ。それで婚約の挨拶がてら、今までの事を詫びたいので1人でハルシュタイン家を訪れてほしいと、そう書かれていました」
そう告げられ下を向くアイリス
ザフラーが心配そうに手を握る
「罠だな。十中八九」
張り詰めた空気を崩すかの様にデビッドが口を開いた
「恐らく、石肌が取れて美しくなったアイリス殿が惜しくなったんだろう。婚約自体は本当だと思うが………何故その挨拶にハイサムも同席させない?それはきっといると不都合があるからだ」
そう眉をひそめて推測する
するとダニエルが疑問を投げかける
「何故婚約は本当だとお思いになるのです?その話自体が嘘という可能性もあるのでは?」
「以前、ハルシュタイン家の身辺調査をしただろ?そん時、調べたついでで知っちまったんだよ………ハルシュタイン家の経済状況は破綻寸前だと」
デビッドの発言にそこにいた全員が驚く
「ハルシュタイン家がそんな……いえ、でも……」
アイリスは実家にそんな危機に瀕していた事に動揺するが、一方で納得する気持ちもあった
思えばハイサムとの縁談話が舞い込んできた時から微かな違和感を彼女は感じていた
いくら地位の高い貴族からの申込みとはいえ、そもそもこの縁談話は王命でもない訳で、強制力は無い
だからあの時、こちらから断りを入れることだって出来た筈
なのに父デニスはそれを渋り、一度はローザを嫁がせようとしたーーーー
あの時は金にがめつい父が、金銭目的で嫁がせたいからだと思っていたが、それほど切迫した状況にあるのならあの時の父の判断に説明がついたのだ
「しかも噂では、お相手はあのシュティークロート候爵って話だ。王都で3本の指に入る財力を持つ男に嫁がせるという事はーーーそれ程、金銭援助が欲しいんだろうな」
デビッドが肩をすくめると、ザフラーが驚きの声を上げた
「シュティークロート候爵!?シュティークロートって、あのシュティークロートですか!?」
「どうしたのザフラー?その方を知っているの?」
アイリスが首を傾げると、ザフラーは身を乗り出し興奮気味に話し出す
「よくゴシップを賑わせる有名な貴族ですよ!お金はあるけど女性関係が派手で、もう40間近の方ですけど、女を切らせない事で有名なんですよ。早いと数カ月単位で女が変わるんです。過去に結婚歴もあった筈ですがーーーそれも女性関係で破綻してますね」
その話を聞いたアイリスは、そこまで難のある相手と婚約を結ばなければならない程、ハルシュタイン家は切羽詰まっているのだと、改めて知る
それを聞いたダニエルは淡々と言葉を発した
「ならば尚更、アイリス様をハルシュタイン家に出向かせる訳には参りませんな。切羽詰まっている彼等が、何をしでかすか分からない」
彼の見解に全員が無言の合意を示した、その時だった
「…………私、ハルシュタイン家に出向きます」
アイリスがぽつりと、そう発言したのだ
皆驚いてアイリスに視線を向ける
「アイリス様!?お考え直し下さい!あれはどう見ても罠ですよ!」
「ザフラーの言う通りです。貴女はもうあの家族から解放されるべきです」
「アイリス殿。世の中にはどうしようもねぇ親っていうのはいるもんです。そんな親の言うことなんざ、聞かなくていいんですよ?」
ザフラーとダニエル、デビッドがアイリスを諭すように説得する
「皆、落ち着け」
すると今まで黙っていたハイサムが口を開いた
そして静かにアイリスに視線を向ける
「アイリス。何故そこまでハルシュタイン家に出向こうと思うのです?何かお考えがあるのですか?」
一瞬の間を開け、アイリスは静かに語り出す
「今まで、家族に押さえつけられながら生きてきました。ハイサム様の下に来た今でも、その呪縛から逃れられていません………」
そしてハイサムを見つめて
「だから、今それを断ち切りたいのです。ハイサム様と共に生きる為に、ハルシュタイン家と向き合った上で、決別したいのです」
そう言い切る虹色の瞳には、強い意思が宿っていた
ハイサムは頷き
「分かりました。許可します」
と優しく告げた
ダニエル達は彼の下した決断に驚きを隠せないでいた
「だが、勿論罠だと分かっている場所に、そのままアイリスを放り込む訳にはいかない」
そう言って立ち上がると、こう続けた
「ハルシュタイン家に対抗する為の、対策を今立てましょう」




