番外編2 縁談包囲網(後編)
それから日は落ち辺りが暗くなり始めた頃
ハイサムは執務室にて残りの仕事を片付けていた
無心になって書類を書き進めていると、ふとフザイファの言葉が頭をよぎる
『母様だけではなく、俺も兄様には幸せになってほしいと思っています。サーヴァルの辺境伯としてではなく、俺の兄様として幸せを摑んでほしいのですーーーー』
(私の幸せ………か)
そんな事を心の中で呟いていると、執務室の扉の向こうからノックの音が響き渡った
扉を開け入ってきたのは部下のデビッドだった
「よっ!まだ忙しそうだな!」
「……何しに来たんだお前は」
いつもの調子で飄々と声をかけるデビッドを、ハイサムはジトリと睨む
「お前の顔を見に。明日から長期任務でここ出るし…………ってなんで今日そんな不機嫌なの?」
何処か様子のおかしい年下の上官に、デビッドは首を傾げる
ハイサムは小さく息を吐くと、ボソリと呟いた
「………今日はダニエルとフザイファに結婚をせっつかれてな。とても疲れたのだ」
「ぶっははっ!とうとう言われたか!まぁお前も30だしな!」
「………お前は35なのに独り身じゃないか」
「俺はホラ、お前みたいに爵位なんてないし」
そう言ってデビッドは定位置のソファに腰掛けると、素朴な疑問を彼に尋ねた
「でもさ、どうしてそこまで結婚を渋るんだ?お前は女遊びをする奴でもねぇじゃん?」
投げかけられた疑問に、ハイサムは一呼吸置いてから語りだした
「……この呪いのような怪鳥の能力を持つ男の元になど、女性達が嫁ぎたいとは思わないだろう。だから私は自らの幸せを捨て、サーヴァルの民の為に尽くしているのだ。それに、子を作ればもしかしたら子がこの力を受け継いでしまう可能性だってある。私が人としての幸せを望む事自体、不幸なのではないのか。そう思ってな」
話を聞いたデビッドは肘をつき口を開く
「それを気にしてた訳?んなもんどう転ぶか分からねぇじゃねぇか。嫁になる人だって、もしかしたら俺みたいに毒耐性のある奴が見つかるかもしれねぇだろ?」
「そうかもしれないが………」
「それに、お前は他人が不幸になる事を気にするが、そういうお前は不幸じゃないのか?他人の為に自分の身を犠牲にしてるお前は、可哀想じゃないのかよ?」
そう言われ、ハイサムはハッとする
他人に尽くすことが当たり前だと思っていたハイサムは、悪友に言われて初めて自分の事を考えたのだ
「そんなに他の奴の事を心配するなら、もっと考え方を変えればいい。貴族の結婚なんざ、言わば家同士の契約だ。互いの条件を飲み、それに同意し夫婦という名の同盟を結ぶ。そんな合理的な関係なんだよ。いっそ一般的な夫婦像で考えるんじゃなく、同盟を結ぶ国だと思って割り切って接すれば良いじゃねぇの?それならこの領地の為の結婚って口実が出来るだろ?」
そう言ってデビッドは立ち上がると「お前は他人を優先し過ぎだ。もっと自分の欲に貪欲になれ」と最後に言い残し、執務室をあとにする
(ーーーー民の為の結婚、か)
ハイサムはこの日初めて、逃げてきた問題から向き合う決意をした
ーーーーーーーーーー
それから1ヶ月後
突如ダニエルが、とある令嬢の話を持ち出してきたのだ
痺れを切らした彼は、ハイサムが逃げ出さないように、良さそうな令嬢を勝手にピックアップしてきたのだ
「王都にハルシュタインという子爵家がいるそうなのですが、そこの1人娘はどうでしょう?王都一の美貌を持つとされたとても美しい娘だそうです。それに加え、癒しと豊穣の加護を持ち、作物を芽吹かせ実らせる力があるとの噂です。その力なら、サーヴァルでもとても重宝すると思いますよ」
そう説明されたハイサムは手を口に当て考え込む
(癒しと豊穣の力………毒耐性は無さそうだが、サーヴァルの利益にはなりそうかーーーーーー)
ハイサムは決意を固め、ダニエルを見る
「…………分かった。ハルシュタイン家に縁談の申し込みをしよう」
「ーーーーー!良いのですか!」
「ああ、お前の熱意に負けた」
そう言うと、ダニエルは上機嫌で執務室を後にする
ハイサムは窓の外を見つめ息をついた
(私のもとに来てくれるというのなら、私は夫としての務めを果たすのみだ。サーヴァルの民達の為、まだ見ぬ妻の為ーーーー)
ーーーーーーー全ては辺境伯の責任を果たすため
ハイサムは腹を括るのだった




