番外編2 縁談包囲網
この話はハルシュタイン家に縁談の申込みが来る前の話になります
これはアイリスが身代わりとして嫁いでくる2ヶ月前の事ーーーーーー
ある日、ハイサムはいつものように執務室で業務に追われていた
自身のデスクに置かれた重要書類の山を片付けるべく、ただひたすらに記入し続けていると、執事のダニエルがお茶を置いてくれた
「一旦休まれてはどうです?たまには休息も必要です」
「ああ、助かる。だがこれを終わらせれば、一旦区切りがつくのでな」
そう言ってハイサムはお茶に口つける
するとダニエルが感慨深げに言葉をもらした
「おお、半年近く続いた激動の日々にも、ようやく終止符が打たれるのですね」
「ああ」
武装勢力からこのサーヴァルの領土を手に入れ、道や水路の整備や難民達の保護及び支援、裏商人達の取締り等、怒涛の改革をこの半年間進めてきたのだ
その怒涛の日々に終止符が打たれるーーーーー
それはダニエルで無くても喜ばしい事だった
「ではそろそろ、身を固める事に本腰をお入れになってはいかがです?」
「ん?」
その言葉に、ハイサムは思わず手を止める
優秀な執事は満面の笑みで提案を投げかけていた
「貴方様がなにかに理由をつけ縁談話を先送りされてから、かれこれ5年以上経ちました。これで忙しさも一段落するのなら、結婚の話も進められるでしょう?」
ーーーーーしまった
ハイサムは頭を抱える
忙しさのあまり、のらりくらりと交わしていた縁談話の事をすっかり忘れていたのだ
ーーーーなんとかして交わさなければ
ハイサムはダニエルに掌を向けて静止させる
「いや、待てダニエル。まだ未開発の地も多いし、その整備もしなければ。後3年は待ってーーー」
「アズラエル辺境伯!」
温厚な執事の怒号が執務室に響き渡り、ハイサムは身体を硬直させる
どうやら彼の我慢の限界に到達してしまったようだ
「そうやって3年後3年後と先送りにされた結果、貴方はもう30ですよ!?一体いつになったら結婚なさるおつもりです!?」
「ダニエル落ち着ーーー」
「辺境伯とあろうものが30にもなって結婚してないなど、あってはなりません!爵位のある者は由緒正しい家柄の娘と結婚し、子をなすのが務めなのですよ!?それをお分かりなのですか!?」
「いや、あの」
「大体!30にもなって結婚してないなど!性格に難があるか、対象が女性で無い方かのどちらかだと世間では見られるのです!!!このままでは辺境伯の称号に傷が付きます!!!!」
口を挟ませない怒涛の叱咤と、凄まじい剣幕にハイサムはたじろぐ
万事休すかーーーーーー
諦めかけたその時、執務室の戸を叩く音がした
「失礼します」
入ってきたのはハイサムの部下であり弟のフザイファだった
「難民支援の報告書がーーーー」
「よく来てくれたフザイファ」
詰め寄ってきたダニエルから逃れるように素早くフザイファの元に移動する
「少し話したい事がある。ここでは何だ、外へ出て話そう」
「え?何故です?」
「という訳でダニエル、その話は一旦終わりだ」
そう言い残し、ハイサムはフザイファをつれ逃げるように去っていく
ダニエルは抗議を続けていたが、無事彼を撒くことに成功したのだった
ーーーーーーーーーーーーーー
ダニエルから逃げてきたハイサムは、中庭のベンチに兄弟そろって座り、先程の経緯を弟に打ち明けた
「ははは。成る程、結婚話ですか。ダニエルの苦労が計り知れますね」
フザイファは思わず笑うと、ハイサムはげんなりとした表情を浮かべる
「ダニエルには困ったものだ。私は結婚など、必要無いというのに……………」
深いため息をつく兄の横顔を、フザイファはしばらく見つめていた後、問いかけた
「しかし何故そこまで結婚を嫌がるのです?兄様は特別女性嫌いと言う訳では無いですよね?」
すると、ハイサムはぽつりぽつりと語り始めた
「………この種を亡き生みの母から受け継ぎ、その特性を知った時から、私は自分の為ではなく、他者の為に動き尽くそうと誓った。軍人だった時は国の為に、辺境伯の爵位を得てからはこのサーヴァルの民達の為に。だから私にとってサーヴァルの民達が妻であり、子供だ。ダニエルは辺境伯の名に傷がつくと怒るが、それでも構わない」
ハイサムはそう言い終えると自身の掌を見つめ、拳を握った
「それは兄様が本当に望まれている事なのですか?」
「望む望まないの話ではない。この呪いの様な特性を持った者の宿命だ」
少しの沈黙が流れた後、フザイファは遠くを見つめ再び口を開いた
「………この前、母様から文が届きました。兄様が未だ独り身である事を、とても気にされておりました」
「ぐっ………」
ここでも結婚話の話題になり、ハイサムは言葉に詰まる
恨みがましい目で睨むが、フザイファは気にすること無く続けた
「母様だけではなく、俺も兄様には幸せになってほしいと思っています。サーヴァルの辺境伯としてではなく、俺の兄様として幸せを摑んでほしいのです」
そう言うと、フザイファは立ち上がる
「結婚の話、真剣に考えてみてはどうです?兄様にだって幸せになる権利はあるはずだ。俺は、他者の幸せを願い続けるそんな兄様に、寄り添ってくれる奥様がいてくれたらと、そう願っています」
言い終えると弟は会釈をし、立ち去った
残された兄は複雑な思いが胸に渦巻き、苦悩するのだった




