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第3話 審判の時

あの日から2週間後―――――


遂にアイリスがサーヴァルの辺境伯へ嫁ぐ日がやってきた


最低限の荷物と、自身で仕立て直したドレスを身に着け、アイリスはアズラエル辺境伯側が用意した馬車の目の前に立つ


家族の見送りなど勿論無い


(どうか、希望ある地でありますように)


そう心で願いながら、アイリスは顔に掛けたストールを深く被り、馬車に乗り込んだ―――



―――――――――――――――――


ハルシュタイン家のある王都・グランディスからサーヴァル辺境領までは実に1週間かかった


しかしアイリスにとって過酷な移動時間は、意外にも苦痛では無かった


グランディスにいた頃は、異形である娘がいる事を世間に露見するのを恐れた父が、アイリスの外出を一切禁止していたのだ


つまりこれが、アイリスにとって人生で初めての外出だった


馬車の外から見る景色が、徐々に移り変わっていく様子を、アイリスは食い入る様に夢中で見つめた――――



そして、サーヴァル辺境領の地を馬車が通過する


いつしかあんなに生茂っていた緑の木々はいつの間にか無くなり、辺りは一面砂で覆われた世界になっていた


(………本当に、辺り一面が砂なのね)


アイリスは車内の暑さを感じながらも、黄金に輝く砂を見つめ、目を細める


すると馬車がトンネルを通り、車内は一次的に光を失う

そして再び光を取り戻した時、アイリスは飛び込んで来た光景に目を疑った


「―――――――まあ……!なんて…………!」


――――――――なんて活気で溢れた町なのかしら………!


目の前にある市場と思われる光景を見て、アイリスは息を呑んだ


人々の活気ある明るい声

整備された道

様々な物が並ぶ出店


ローザやバーバラが言っていた『異形が巣食う恐ろしい領地』は此処には一切存在しなかった


するとふと、アイリスはある事に気が付いた


(…………民達は何故、あの様な布を被っているのかしら?)


そこに生活する領民―――特に女性達が、まるで姿を隠すように顔を布で覆っていたのだ


その姿は様々であったが――――顔だけを出している者もいれば、顔が見えないように徹底して布で隠している者もいた


その姿を不思議に思いつつ、アイリスは町の様子を眺めるのだった――――――



―――――――――――――――――



そして長旅の末、ようやくアズラエル辺境伯邸へたどり着いた


馬車を降りると、白髪で年老いた人間の執事が出迎えてくれた


「遠路はるばる、このサーヴァル辺境領にお越し下さり、誠にありがとうございます。ハルシュタイン様。私は執事のダニエルと申します。以後お見知りおきを」


丁寧に挨拶をされ、アイリスも慌てて挨拶を返した


そして「アズラエル辺境伯がお待ちですのでご案内致します」とダニエルから言われ、アイリスはその後を静かに追った


そしてある一室にたどり着くと、ダニエルは足を止めドアを叩いた

どうやらここが彼の執務室らしい


「アズラエル辺境伯。ハルシュタイン様がお見えになりました」

「――――ああ、中へ入れろ」


部屋の中から低い声が聞こえ、アイリスは身体を強張らせる


ダニエルがドアを開け、アイリスを招きいれると、アイリスはドレスの裾を広げるのと同時に、深々と頭を下げる


「―――――はじめましてアズラエル辺境伯様。ハルシュタイン子爵家長女、アイリス・ハルシュタインでございます」


挨拶の言葉の後、一瞬の間があった後に執務室に低い声が響き渡る


「王都から御足労下さり、ありがとうございます」


辺境伯と思われる男は、丁寧な労いの言葉を述べると、立ち上がりアイリスの元へと歩み寄る

ゆっくり足音がアイリスに近付き、アイリスの目の前で止まった


「顔をお上げください」


優しくそう言われ、アイリスは恐る恐る顔を上げる――――――――そこに立っていたのは、褐色の肌に赤い瞳の、黒紫の髪色がなんとも印象的な男だった。そして―――


(…………とても、大きな方なのね………!)


何より、アイリスは男の体躯の大きさに驚いていた


筋肉質で体格が良いのは勿論の事、背丈は2メートルはありそうなほど、高身長だった


すると、男がにこやかに笑みを浮かべた


「はじめまして。私がハイサム・アズラエル辺境伯です。よろしくお願いしますハルシュタイン嬢」


そう言って男―――ハイサムは礼儀正しくアイリスに自己紹介をした


その物腰低く丁寧な言葉使いに、アイリスは拍子抜けしていた

『魔王辺境伯』という異名や『近寄れば呪い殺される』などの噂とは真逆の人だと感じた


呆気にとられていると、突然室内に笑い声が響き渡った


「ぶっははっ!お嬢さんがお前の威圧感に圧倒されてんじゃねーか!」


思わず声のした方向を見ると、そこには頭部のてっぺんから後ろが白でそれ以外は黒に別れた髪色の髭面の男が、ソファで腹を抱えて笑っていた


男がアイリスの視線に気が付くと、ソファから立ち上がり尻尾を揺らしながら彼女の元へと近寄ってきた


「はじめましてお嬢さん。俺はデビッド・クライン。ハイサムの部下兼腐れ縁だ。デビッドと呼んでくれて構わない」

「は、はい。よろしくお願い致します。デビッド様」


その男――――デビッドに声をかけられ、アイリスは慌てて挨拶を交わす


「ハルシュタイン嬢」


すると暫く黙って見ていたハイサムがアイリスに声をかけた


「お暑いでしょうから、ストールをお脱ぎになってはいかがです?」

「え……あ………」


ハイサムからの提案に、アイリスは狼狽える


彼は何も知らず善意で提案したのだろうが、アイリスにとってそれは、犯した罪を晒す事に近い事だったからだ


「お、お気になさらずに!大丈夫ですので」

「いえ。サーヴァルは王都と違い、年中高温が続く地域です。身体に熱が籠って、脱水症状にでもなっては大変だ」


そう言ってハイサムはアイリスにかかっているストールを、外してしまった―――――――


彼の目の前に、石の肌で覆われた令嬢が姿を現した


「――――――――っ!」


思いがけず、姿を晒す羽目になったアイリスは顔を強張らせる

鼓動が速くなり、嫌な汗が額から滲み出た


アイリスの姿を見たハイサムは、驚きを表には出してはいないが、目を大きく見開き動きを止めた


(――――ああ!こんなにも早く、明るみに出てしまった!)


アイリスはハイサムから目を逸らし、ギュッと目を瞑る


アイリスの姿が晒された事により、近くにいたダニエルとデビッドも思わず言葉を失っていた


しかしその沈黙の中に、驚きと困惑が混じっていたのを、アイリスは静かに感じ取っていた


(皆さん要求とは違う令嬢が送られた事に、絶句されている……………)


いたたまれなくなったアイリスは震える手を握りしめる


その時だった

アイリスの両頬に温かな温もりが触れた


「――――!」


ハイサムの大きな掌がアイリスの顔をつつみ込み、ゆっくりと前を向かせたのだ


強制的にハイサムと目が合う形になり、アイリスは大きく目を見開く


ハイサムの赤い瞳が、炎のように赤く燃えているように見え、アイリスは恐怖した


憐れな石肌の娘が犯した罪に、魔王辺境伯が裁きを下そうとしているのだ―――――


そう感じ取ったアイリスの呼吸は浅くなり、徐々に酸素が頭に回らなくなり、目の前の視界がどんどん悪くなっていく



そして―――――

死の恐怖に勝てなかったアイリスは、意識を失った





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