第2話 微かな希望を胸に
あれから少しの時間が経ち―――――
アイリスは失意の中、自室のドアを開いた
屋根裏部屋だったそこは、不用品が無造作に置かれ、申し訳程度に彼女の寝床が用意されているだけの、所謂物置小屋だ
少しだけ気を持ち直したアイリスは、来たる輿入れの為準備に取りかかる事にした
輿入れの際に持ち込みたい用品を仕分けていた時、ふと自身が着ていた衣服に目が行く
「……そうだわドレス………ドレスをなんとかしなくては」
ドレスを一着も買ってもらえないアイリスは、使用人用の衣服しか身につけられなかったのだ
床に置かれた不用品の入った箱を避けながら、アイリスは古く小さなクローゼットにたどり着く
そして中を開けると、そこには古びたドレスが3着入っていた
「…………あった」
アイリスは嬉しそうに呟くと、そのドレスをそっと手に取る
するとドレスから懐かしい匂いがフワリと香る
亡き母がよく使っていた、コロンの香りだ
「お母様………」
ぽつりと母の名を呼ぶと、アイリスはドレスを抱きしめた
(私に困難へ立ち向う、勇気を頂戴。お母様)
そう母のドレスに念じると、アイリスはドレスを床に広げ、机から裁縫道具を手に取り印を付け始めた
「少しでも若い娘が着るドレスにしてみせないと」
そう言って自分が着るドレスを作り始める
印をつけ終えたドレスに、アイリスはハサミを入れる
ズレぬよう、慎重に裁断していると、ふと亡き母の事を思い出していた
―――――――――――――――――
アイリスの母は宝石の様に美しい女性だった
何という種の人外かは不明だったが――――水晶の様な透き通った肌に、虹色に輝く髪と瞳は光の加減で色を変えた
儚げで、触れたら壊れてしまいそうな、ガラス細工で出来た彫刻の様な人だった
そんな母と、子爵家で人間の父・デニスから産まれたアイリスだったが、アイリスにその美しさが受け継がれる事は無かった
産まれてきたアイリスの肌は全身を石の肌で覆われ、髪はまるで薄汚れた灰色で、艶もなく何処か汚らしい印象をもたらしていた
唯一、虹色の瞳だけは母から受け継がれてはいたが―――――デニスはその醜い姿の娘を、受け入れる事が出来なかったのだ
このルーベリア王国では住む地域によって人間優位か人外優位かがそれぞれ異なるが、異形の人外だけはどの国でも差別の対象なのだ
そして偏見を隠さない者たちも多い
デニスもその1人だったのだ
そしてその日を境に、デニスは徐々に家を空けることが多くなり、屋敷では母と2人で居ることが多くなった
だがこの頃はまだ、辛い思い出はほぼ無かった
母と一緒に居られたからだ
母に裁縫を教えてもらったり、手伝いをしたり、本の読み聞かせをしてくれたり――――母との思い出は、アイリスが唯一幸せだったと思えるものだった
しかしその幸せは、アイリスが7歳の時に突如終わりを迎える
母が急死し、それと入れ替えるかの様に父がバーバラを後妻としてハルシュタイン家に迎え入れたのだ
そしてバーバラとデニスの間には既にローザという娘が産まれていた
恐らく外で囲っていたのだ
その日からアイリスの生活は一変する
前妻の子であるアイリスはバーバラに疎まれ、加えて異形の彼女は使用人の様にこき使われ、時に理不尽な言いがかりを付けられては体罰を受けていた
石の肌故に傷になる事は無かったが、その心が傷付かない訳では無かった
そして幼かったローザが成長すると、そこに彼女も加わり、精神的にも身体的ににも傷付けられていったのだった―――――――――
――――――――――――――――――――――
「――――――っ」
不意に、アイリスの視界が涙で歪んだ
アイリスは手を留め、涙を拭う
(大丈夫…………もしかしたら、サーヴァルの辺境伯様は話の分かる方かもしれない)
そう心に言い聞かせ、涙を必死で止める
昔、亡き母がこんな事を言っていたを思い出していたのだ
『大変な領土を収める領主様は、その力を王様に見込められているから、責任ある役を任されているのよ』
―――――――と
サーヴァルという、異形が多く集まる砂漠の領地を収める技量のある辺境伯なら、身代わりということが発覚しても、もしかしたら訳を話せば分かってくれるかもしれない―――――そして貴族では無くなってしまうかもしれないが、アイリスの保護を受け入れてくれるかもしれない――――――――――
アイリスは僅かな希望に賭け、黙々とドレスを縫い続けるのだった




