第1話 醜い石肌令嬢
「嫌よ!絶対に嫌!」
甲高い叫び声が部屋中に響き渡り、全身を石の肌で覆われたハルシュタイン家の令嬢―――アイリス・ハルシュタインは思わず掃除の手を止める
モップを壁に立て掛け、音を立てないようそっと叫び声の聞こえた隣の広間を覗くと、そこには目を吊り上げ息を荒くさせている妹―――ローザ・ハルシュタインがいた
「私をサーヴァルの辺境伯に嫁がせるですって!?サーヴァルがどのような場所なのか、ご存知ありませんのお父様!砂以外に何も無く、異形の人外の巣窟になっている野蛮な領地ですのよ!?」
ローザは必死で向かいにいる父・デニス・ハルシュタインに訴える
父デニスは俯き黙ったままだ
怒りをあらわにする彼女だが、その怒りに満ちた空のように澄んだ青い目と、それを縁取るようにまつ毛に生えた赤い薔薇の花弁は作られた作品のように美しい
そして植物種の人外の血を受け継いだ彼女には、まるで飾り立てるように金色の髪や肩、そして腕に薔薇の華が咲き誇っている
するとローザの横に座っていた母・バーバラ・ハルシュタインも、娘に同調するかのように口添えする
「可愛い私達の娘に、そんな事はさせられないわあなた。それにサーヴァルの辺境伯ってあのアズラエル辺境伯なのでしょう?『魔王辺境伯』や『砂漠の魔王』という異名で呼ばれていて、近付くと呪い殺されるっていう。そんな恐ろしい辺境伯にローザを嫁がせるだなんて………なんておぞましい!」
バーバラは嘆きローザを抱き寄せた
妙齢である母だが、ローザと瓜二つな彼女は娘と同じように身体に薔薇を咲き誇らせ、美しさを際立たせている
すると黙っていた父・デニスが言いづらそうに口を開いた
「……しかし………本来こちらが用意しなければならない結納金は無し、それに金銭的援助もしてくれるとの事だ。条件だけみれば悪くはないのだ」
そういってデニスはテーブルに置かれた手紙をジッと見つめる
恐らくそれがサーヴァルから届いた縁談の申し込みの手紙なのだろう
(…………………お父様は金銭目的で嫁がせたいのだわ)
遠くで3人を見つめるアイリスは目を細める
そしてそっとその場から離れようとしたその時、壁にかけていたモップの柄が壁をスルリと滑り、バタンと音を立て床に落ちてしまったのだ
大きな音が響き、3人は一斉にアイリスがいる方向を見つめる
「あ………も、申し訳ありません………!」
アイリスは慌てて謝罪し、モップを起こし立ち去ろうとした
しかし、それを見ていたローザが明るい声を上げた
「――――そうだわ!お姉様に嫁いでもらえば良いじゃない!」
「………………え?」
突如名指しで指名されたアイリスは、意図が分からず固まる
するとローザに続いて両親が同意するように頷いた
「………確かに手紙には『ハルシュタインの娘がほしい』とは書いてあったが、『妹の方』を寄越せとは書いていないな」
「まあ、それならアイリスを送れば解決しますわ。我が家の汚点もいなくなり、金銭も手にはいる。こんな素晴らしい事はないわぁ!」
アイリスの意志を無視し、3人は彼女をサーヴァルへ嫁がせる決意を固めてしまう
勝手に自らの婚儀を決められてしまったアイリスは、戸惑いを滲ませる
「お、お待ちください!私はまだ―――」
そこまで言いかけた時だった
急に勢い良くアイリスの灰色の髪が引っ張られたのだ
「―――っ痛!」
「…………どの口で意見しようしてんのよ役立たず。あんたの良い所なんて、その無駄に綺麗な瞳しか無いくせに。私達は今まで、醜いあんたに情をかけてハルシュタイン家に置いてやったのよ?今その恩を返すときでしょう?違う?」
ローザはアイリスの髪を鷲掴みにし、彼女の虹色の瞳を睨みつけながら低い声でそう吐き捨てる
そして髪から手を離すと、アイリスを思い切り蹴飛ばした
バランスを失ったアイリスは、受け身も取れず床に転んだ
身体を起こし顔を上げると、両親の冷たい視線がアイリスに刺さる
「ローザの言う通りだこの穀潰しめ。私達家族の為に、最後くらい役に立ってみせろ」
「そうよ。貴女の事なんてどうでも良かったけど、仕方なくここに住まわせてやったんだから。家族の為に感謝の気持ちを示してほしいわ」
両親はそう言い残すと、踵を返し去っていく
ローザは無様に座り込む姉を見て馬鹿にしたように鼻で笑った
「生き延びたかったら、サーヴァルの魔王辺境伯に命乞いでもしたら?ま、あんたなんかどうせ、一瞬で呪い殺されると思うけど!」
そういって高笑いをすると、妹は広間を後にした
呆然とするアイリスを、遠巻きでハルシュタイン家の使用人達が心配そうに見つめていた
『可哀想に。アイリス様だってハルシュタイン家の娘なのに』
『でも仕方ないわ。あの石肌では………この国では異形の者は奴隷以下の扱いだもの』
『それにこの家で、私達に出来る事も何も無いものね………』
そう小さな声で憐れむと、使用人達はその場を去っていく
1人残されたアイリスは、自らの石肌を抱きしめ悲しみにくれるのだった




