第24話 後悔と憎悪
パーティ終了後ーーーーー
ハルシュタイン家では父デニスが荒れに荒れていた
乱暴に着ていたジャケットを脱ぐと投げつけ、ドカリと自室の椅子に腰掛ける
「クソッ!想定外だ!アイリスのあの石の肌が剥がれるとは!あれなら、あの辺境伯よりももっと良い家柄の男に嫁がせる事が出来た!」
そう声を荒げ、机に置かれた物を手当たり次第投げつける
激昂する夫を見て、バーバラはおろおろしながらそっと彼の肩に触れた
「あ……あなた、そんな事言わなくたって……私達にはローザがいるじゃない!あの子の美しさだって価値があるわ!」
引きつった笑顔になりつつも、なだめるように優しく諭す
しかし、それを拒むかのようにデニスはバーバラの手を振り払う
「ローザでは意味が無いのだ!アレではあの美しさの足元にも及ばない!!…………なんてことをしてしまったのだ…………もっと高く売れたのに」
その言葉を聞いたバーバラは一瞬言葉を失う
ーーーーかつて貧乏男爵家の娘だった彼女は、デニスの愛人を経て後妻の座を射止めた
惨めな人生を逆転出来たのは、自身と娘の美貌のおかげーーーー
そう自負していたバーバラの心が、ガラガラと崩れる音がした
「そんな………じゃあ、私達はあなたにとってなんだって言うの……?一番の美しさでなければ価値が無いというの?」
声を震わせながら、バーバラはデニスに詰め寄った
しかし、彼は頭を抱えたまま動かない
その態度に思わず頭に血がのぼる
「答えなさいよ!あの時、そっちから言い寄ってきたくせに!あなたが言ったのよ!?奥さんよりも私の方が良いって―――――」
「黙れ!」
バチン!
口答えをしたバーバラにデニスは平手打ちで返した
その勢いで倒れ込んだ彼女は、そのまま嗚咽を漏らし始めた
そんな妻を無視し、デニスは苛立ちを抑えながら爪を噛んだ
――――どこで間違えたのだ、私は―――
そうデニスは在りし日の事を思い出す
ーーーーーーーーーーーー
かつてーーー可もなく不可もない至って平均的な子爵家の息子だったデニスは、ある日同じ子爵家の家の娘との縁談が舞い込んだ
その娘こそ、アイリスの母オーロラだった
孤児だったオーロラは子供に恵まれなかったある子爵家夫婦に引き取られた経緯のある令嬢だった
しかし、そんな事など気にならないくらいの美貌の持ち主だった
水晶のように半透明に透け透明感のある肌、虹色に輝く瞳と髪の毛は、光の加減により色を変え幻想的な印象も持たせた
デニスはそのなんとも儚げで美しいオーロラに、ひと目で目を奪われたのだ
そして2人は結婚し、それはそれは幸せな暮らしを送っていた――――――あのアイリスが産まれるまでは
初めて産まれたばかりのアイリスを見たデニスは、顔を歪ませた
全身を石の肌で覆われ、薄汚れた灰色の艶のない髪の毛、唯一目だけはオーロラ譲りの虹色の瞳だったが、それが逆に気味悪さを引き立てていた
デニスは醜い娘を産んだオーロラに、労りの言葉をかけるどころか罵倒し貶した
オーロラは何度もデニスに弁明したが、それを聞き入れてもらえることは無かった
そして彼はバーバラと出会い恋に落ち、彼女との間にローザを設けると、家を空けることが多くなりオーロラが亡くなるまで、ほとんど帰らなかったのだ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(………………そういえばあの時、オーロラが何か言っていたような)
デニスはふと、ある事を思い出す
アイリスに感心がいかないデニスを、なんとか愛してもらおうとオーロラが必死に訴えていた時期があったのだ
『聞いてくださいあなた!私達は産まれたばかりの頃は皆あの様な姿なのです!洗練の儀式を受ければあの石の肌は取れるのです!本当です信じてください!』
涙ながらに訴えていたオーロラの姿を、デニスは今更思い出す
(あの時は捨てられたくないオーロラが嘘を付いていたのだと思っていたが………まさか本当だったのか)
デニスは今になって自分の過ちに気付く
そしてーーーーー
「………アイリスをハルシュタイン家に連れ戻す。何としてもだ」
そう静かに決意するのだった
その姿を、ローザが物陰で見つめていたーーーー
ーーーーーーーーーー
ローザは静かにその場を離れると自室に戻った
ドアを締めると、すぐそこにあった写真立てを手に取り、思い切り床に投げつける
そして爆発したように、手当たり次第物という物を投げつけた
「…………許さないっ!……………許さないっ!」
ローザは初めての屈辱に怒りで震えていた
見下していた姉の美しい変貌、自分になびかなかった辺境伯、そして周囲から称賛を浴びる2人ーーーーーー
社交界ではいつでも主役だったローザが、今回初めて脇役に回ったのだ
しかもあのアイリスのせいで
(また―――また私は惨めな生活に戻るの!?あの屈辱を、また受けなければならないと言うの!?)
ローザは心の中で恐怖していた
父の感心がアイリスに向いてしまった今、自分は価値の無い人間に等しい
幼少期、母と苦しい生活に耐え、やっと掴み取った頂点の座だったというのに―――――
(アイリスが、アイツが石ころのままでいないからこんな事になったんだわ!)
コロンをドレッサーに投げつけると、ローザは割れた鏡を見つめ、こう呟いた
「………お姉様をハルシュタイン家に連れ戻すわ。なんとしても」
その目には憎悪の炎が燃えているようだった




