第20話 逆転する立場
(……………ローザ!)
笑顔で駆け寄ってくるローザを見つけ、アイリスは表情を強張らせる
すると周りからこんな声が聞こえてきた
「まあ、ローザ様よ」
「今日もグランディスの赤薔薇はお美しいな」
「見てみろあの愛らしい笑顔。まるで聖女のようだ」
「今日もご婚約者探しに来られたのかしら」
そんな『グランディスの赤薔薇』としての妹の評判が聞こえてくる
しかしアイリスは知っている
その美しく愛らしい『グランディスの赤薔薇』は、かつて醜かった自分を見下し酷い仕打ちを長きに渡ってしてきた事をーーーーーーー
無意識にハイサムの腕を組んでいた手に、グッと力が入る
彼も、アイリスの様子の変化に気付き、事態を察した
そんな事を知ってか知らずか、ローザは無邪気にアイリスに駆け寄り手を握る
「久しぶりお姉様!元気にしてらしたかしら?」
「ーーーーええ……元気だったわ。ローザ」
『グランディスの赤薔薇』として演じるローザに、アイリスは顔を強張らせながらもなんとか返事を返す
すると上目遣いになり、こう尋ねてきた
「辺境伯様から辛く当たられていない?サーヴァルは野蛮な領地と聞くわ。何か酷い扱いを受けてるんじゃない?」
一見心配をしているかのように見えるが、ローザは姉がどんな酷い扱いを受けているか聞き出そうとしているのだ、とアイリスは瞬時に察察した
(私の不幸な姿を、そんなにも見たいのね……)
アイリスはそう思いながら、ふと前の方に目を向ける
そこには父デニスと継母バーバラが冷めた目でアイリスを見つめていた
しかしこちらには近付こうともしない
(まるで私が娘である事を悟られたくないみたい)
アイリスは目を伏せると、静かに答えだす
「………いいえローザ。ハイサム様はお優しい方よ。酷い扱いなど受けていないわ」
そう答えた時だった
「…………そう」
そう短く答えたローザの表情がほんの一瞬、冷たいものに変わった。自分の欲しかった答えではなかった為、不満だったのだ
ぞくり、と背筋が凍る
しかしすぐ無邪気な笑顔に戻ると、今度はアイリスを上から下まで値踏みするように見つめだした
「…………確かに良いドレスを着ているわね。素敵なドレスだわ。お姉様には勿体ないくらい!お姉様はこういったドレスより、もっと控えめな物が似合うもの!」
今度はアイリスのドレスを話題に出した
傍から聞いていると瞬時には分からないレベルだが、れっきとした嫌味だった
ーーーーーー醜いあんたにはこんな綺麗なドレスより、使用人の服の方がお似合いよ
まるでそう言いたげな言葉だった
今までならそれに歯向かうなど、アイリスには出来なかったがーーーー今は、それに屈するわけにはいかなかった
「……ありがとう。私の侍女が選んでくれたの。いつも温かい言葉を投げかけてくれる、優しい子よ。そんな子が選んでくれたドレスだから、とても気に入っているわ」
生まれて初めてアイリスはローザの言葉に反論した
いくら自分より秀でた妹であっても、自分の侍女のーーーー友達の様に思っている彼女が選んだドレスまでも貶される事は、どうしても許せなかったからだ
まさか反論されると思っても見なかったローザは目を見開く
ーーーーそして先程よりも更に冷たさを増した表情になった
嫌な汗をかきながら、アイリスは生唾を飲み込んだ
すると今度は、こんな事を言ってきた
「ねぇ、お姉様!私お姉様のお顔が久しぶりに見たいわ!」
「………え?」
突然のお願いに、アイリスは戸惑う
しかしそれに構わす、ローザは笑顔で続ける
「だってひと月以上会ってなかったんですもの!お顔を見せて下さいな」
無邪気にそう言ってみせるその瞳の奥は、笑っておらず氷のように冷たい
「けれど…………」
アイリスが躊躇っていると、誰にも聞こえない小さな声でローザが吐き捨てるように言った
「………いいから見せなさいよ。その醜い顔を晒して、パーティの笑い者になればいいわ」
そう言い終えると、目にも留まらぬ早さでアイリスのユフィを剥ぎ取った
姉の無様な姿を想像し、ローザが歪んだ笑顔をみせる――――
しかし
「……………は?」
その姿を見たローザは唖然とした
そこに現れたのは、あの醜い石肌の姉ではなく、宝石の様に美しい姉の姿だったからだ
かつてゴツゴツとしていた石肌は水晶のように透明感があり、薄汚れた灰色の様に汚らしい色で、艶も無かった髪は虹色に輝き、シャンデリアからの光を受け、幻想的な輝きを放っていた
「きゃっ…………!」
当のアイリスはユフィを剥がされてしまい、あわてて手で顔を隠そうとする
(どうしよう………!皆の笑い者になってしまう………!)
アイリスはギュッと目を閉じる
しかし、予想に反し返ってきた反応は、彼女とって意外なものだった
「なんだあの美しい姿は」
「何という種の人外だろうか?初めて見たぞ」
「まるで宝石の様ですわ」
「これはローザ様よりも美しいな」
そんな外野の声があちこちから飛んでくる
「な………なによ………どういう事よこれ………」
ローザは予想外の出来事にワナワナと震える
そしてその後ろでは、デニスとバーバラが信じられない様な目でアイリスを見つめていた
「オーロラ……!?いや、まさか。オーロラはあの時死んだのだ……ではまさか本当に………アイリスなのか………!?」
デニスは目を擦りながら、アイリスを凝視する
あの醜いアイリスが、かつて愛したアイリスの母ーーーーーーオーロラと瓜二つの姿でそこに現れたからだ
その言葉を聞いたバーバラは、勢い良く夫に顔を向ける
「………!あなた、まさかあの娘は替え玉とかではなく、本当にあのアイリスなのですか!?」
そう言ってデニスの肩を揺らし問い詰める
一方、アイリスは周囲からの反応が自身を馬鹿にした反応では無いことに気付き、覆っていた顔をゆっくりと上げた
するとその時、アイリスの頭にバサリと大きな布がかけられた
「………!ハイサム様……」
ハイサムが肩にかけていた紫の布をアイリスに掛けたのだ
そして静かにこう告げた
「………姉とはいえ、人の許可も無しに、身に付けていたものを剥ぐのは、些か無礼が過ぎるのでは?」
そう言って鋭い目付きでローザを睨む
「……な、何よ!」
ローザが怯みつつ、反論しようとしたその時ーーーー
「アイリス!」
怒号にも似た低い声が、会場内に響き渡った
声が上がった方向を見ると、デニスがヅカヅカとアイリスの方に近寄ってくる
「これは一体どういう事だ!?何をした?一体何をしてその身体を手に入れた!?」
デニスはイカリに任せ問い詰める
しかし、怒鳴られた事で、昔を思い出したアイリスは声が出ない
その態度が気に食わない父は更に怒りを増幅させた
「お前……!もしかして全部知っていたのか!分かっていて何も言わなかったのか!答えろ!」
そう言って手を挙げ、アイリスを叩こうとした瞬間、ハイサムがそれを阻止した
デニスの腕を掴みながら、ハイサムは口を開く
「…………貴方に恐怖して、答えられない自分の娘が見えませんか?」
静かに怒りを滲ませながら、ハイサムは掴んでいる手に力を入れる
「私の花嫁に近付くな。お前等はアイリスの家族でもなんでも無い……………悪魔め」
デニスの腕がミシミシと音を立て折られそうになる
デニスが慌てて腕を引っ込めようとすると、ハイサムはタイミング良く彼の腕を離した
勢いよく尻もちを付いたデニスにバーバラが駆け寄る
その姿を見おろしながら見つめた後、彼はアイリスに視線を向けた
恐怖に震え、顔を青くさせるアイリスの肩をそっと抱き寄せる
「……一度控室に行きましょう」
先程とは打って変わり優しく声をかけると、アイリスは小さく頷いた
そしてそのまま優しく支えながら2人は会場を後にする
残されたハルシュタイン家の面々は、そんな2人の後ろ姿を呆然と見つめるのだった




