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番外編 私の大切な〇〇

この話は15話16話のザフラー視点の話になります

ある日の辺境伯の屋敷にて

アイリス付きの侍女を務めるザフラーは、使用人室へと急いでいた


束の間の昼休憩を取るためだ


侍女の一日は慌ただしい


日が昇る前に主人より早く起き、朝の準備をしてから主人をベッドから起こし朝の身支度をさせる


それが終わったら、朝食の用意、掃除、洗濯、ドレスのメンテナンス、時には主人の買い物の付き添いに行ったりもする


そんな事をしているうちに夜になり、寝支度をし、主人の髪の手入れやマッサージ等をしてやっと1日の仕事が終わるのだ


しかしザフラーにとって侍女の仕事は天職だった


故郷では幼い4人の兄弟達の面倒や、母の手伝いを自然に行っていたからだろうか

それらの雑用は苦ではないのだ


半年前、家計を支える為に16歳でサーヴァルの田舎町から上京し、この辺境伯の屋敷の侍女になったザフラーは、数週間前急遽、未来の辺境伯夫人付きの侍女に任命されたのだ


それを決定したのは家令のダニエルで、彼女の働きぶりやきめ細やかさが決定打となったようだ


当初は緊張していたザフラーだったが、その未来の辺境伯夫人ーーーーアイリスと対面したザフラーは、彼女の貴族らしからぬ素朴さや腰の低さに驚きを覚えていた


石肌とはいえ、あんなに綺麗な容姿の令嬢が、貴族という身分に鼻をかけることも無く、侍女である自分の顔色をうかがうような態度に、少し新鮮さを感じていたのだ


今は石肌が取れ、更に美しくなったのだがーーーーそれに気を大きくする事はなく、アイリスは慎ましいままだ


(今日は「辺境伯様から名前で呼ばれたい」だなんていじらしく言われて、本当、アイリス様は可愛らしいわぁ)


ザフラーは先ほどの辺境伯名前呼び訓練を思い出し、思わず顔がニヤける


顔を真っ赤にさせながら一生懸命「ハイサム様」と呼ぼうとする姿が、非常に愛らしく応援したくなる


そんな事を思い出しながら、ザフラーは使用人室のドアをゆっくりと開けた

するとそこには、先に休憩を取っていた同じ使用人仲間のヘビクイワシの人外バーナと、フェネックの人外アマルがいた


何やら楽しそうな2人の話し声が狭い室内に響き渡る


「そう言えばーーーーのーーーー子爵がさぁ………」

「えー!そうなのぉ?」


そんな声が断片的に耳に入ってくる


(また、貴族のゴシップ話ね)


そんな事を思いながら、ザフラーは2人に「お疲れ様」と声をかけ、昼ごはんを出した


バーナとアマルはこういったゴシップネタが大の好物なのだ

色恋沙汰ものは特に好きなようで、どぎついネタ等も呆気らかんと話してしまう


そんな環境にいたせいで、半年前はアイリス並に純粋だったザフラーも、今ではすっかり無駄な知識を身に着けてしまった


(アイリス様だけは、どうか今のままでいてほしいわ……)


そう願いつつ、ザフラーは昼ごはんを口にする


するとバーナがため息交じりにぼやき出した


「ここでも面白い話無いかしらねぇ。人の色恋の話がほしいわ」

「ここの屋敷内じゃ無理よぉ。むさ苦しいし、特にあの仕事人間で色恋沙汰無しのハイサム様じゃ何も起こらないわよ」


アマルが眉を下げ答えると、そう言えば……と何か思い出したようにバーナが顔を上げた


「でも最近婚約者のアイリス様とやけに仲睦まじいと思わない?」


そう投げかけると、アマルもハッとしたようにバーナの顔を見る


「あ!やっぱりそれ思う?少し前と比べると、距離が縮まったよね!」

「何かあったのかしら?」

「もしかして………もう閨を共にされたとか?」

「「キャー!!!」」


勝手な妄想で盛り上がる2人を、ザフラーは冷めた目で見つめていた


(んな訳無いじゃない。そもそも口付けどころか自分の名前を読んで欲しいっていじらしく言っているレベルなのに……)


そう思い呆れていると、2人の矛先はザフラーに向けられた


「ザフラー。貴女アイリス様付きの侍女なんだから何か知らない?閨を共にされた痕跡とかさ」


興味本位で聞いてくるバーナに、ザフラーは眉をひそめる

彼女はため息を付くと、半ば呆れながら答えた


「無いわよそんなの。というか、あっても貴女達には教えないわよ」

「えー!なんでよ!」


不満そうな声を上げるバーナに、ザフラーは反論する


「守秘義務ってものがあるでしょ。それに、アイリス様はとても純粋で繊細な方なんだから、そんな噂話をして傷付けたくないの」

「言わなきゃバレないわよぉ」


呑気に返すアマルに、若干苛立ちを覚えながら言葉を強めた


「だとしても言いたくないの!アイリス様は私の…………」


そこまで言いかけたザフラーは口を止める

動きの止まった彼女を、2人は不思議そうに見つめた


「ザフラーの、なんなの?」

「………なんでも無い!―――さて、ごちそう様でした!私はもう戻るわ」


そう言って素早く後片付けをすると逃げるようにザフラーはドアへと急ぐ


「あ、ザフラー!」


バーナの呼びかけにも応えず、ザフラーは使用人室を後にした


早足で歩きながら、先ほど飲み込んだ言葉を頭に浮かべた


(………ああやって思っているのは、私が勝手に思っているだけだもの)


そう心の中で呟きながら、ザフラーは仕事に戻るのだった



――――――――――――――


次の日の朝


ザフラーはアイリスの朝の身支度をしに、アイリスの部屋へやってきた


ドアを叩きゆっくり開けると、朝の身支度に必要な物を乗せたワゴンを引きながら中へ入った


「おはようございますアイリス様。朝のお支度に参りました」


いつものように元気に声をかけると、ベッドからゆっくりとアイリスが起き上がる


「おはようザフラー。お願いするわ」


そう言ってあくびをするアイリス

しかし、今日はいつもと少し違っていた

普段ならしっかり目を覚ましているのに、今日は何処か瞼が重そうだったのだ

その僅かな変化に、ザフラーは不思議に思い尋ねた


「今日は随分と眠たそうですね。眠れなかったのですか?」

「ええ………実は………」


すると、アイリスはもじもじと恥ずかしそうにしながらザフラーに打ち明ける


「昨日ね、夜眠れなくて裏庭の噴水に行ったら、丁度ハイサム様が帰ってきていたの。だからザフラーが言ったように、『ハイサム様』と呼んだら、とても驚かれて………でも、確かにこのままでは不自然だからと、私の事を『アイリス』とお呼びしてくれるようになって、嬉しくて眠れなくて…………」


その話を聞いたザフラーはぱあっと顔を明るくする


「まあ!良かったですねアイリス様!」


自分の事のように喜びながらそう言うと、アイリスは小さく頷きこう続けた


「ザフラーが助言してくれたからよ。ありがとうザフラー。貴女は私の1番の友人だわ」


その言葉に、ザフラーの動きが止まる


「え………?」

「ザフラーはいつも私に寄り添ってくれるもの。いろんな話が出来る友のように思っているわ…………ザフラーはそうじゃなかったかしら?」


アイリスが首を傾げながら尋ねる


いくらアイリスが優しいからと言っても身分の違い過ぎる関係で、『友人』と名乗るのはおこがましい

だから『友人』だと自分が勝手に思っているだけーーー


そう思っていたザフラーはアイリス自ら、ザフラーの事を友人と称してくれた事に、胸がいっぱいになる


そして感極まり、思わずアイリスに抱き着く


「勿論友人だと思っていますとも!私達は永遠に友人ですよ!」

「ふふっ。約束よザフラー」


ーーーこの先もずっと使用人として、そして友人として彼女を支えていこう


ザフラーはそう静かに誓うのだった



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