第13話 宝石と猛毒鳥
アイリスは鳥の姿になっているハイサムを目を丸くして見つめる
「辺境伯様、そのお姿は…………」
アイリスが鳥の姿のハイサムに近付こうとしたその時、鳥の頭から胸元部分が元のハイサムの顔に戻った
「近付いてはなりません」
低い声が静かに響き、アイリスは足を止めた
「え?」
「私は毒を持つ怪鳥なのです」
「毒を………」
『毒』という恐ろしい響きに、アイリスは思わず息を呑んだ
「この毒は羽根等に触れるだけで人を即死させる程の猛毒なので、この姿の時は人を近寄らせないようにしているのです。寄り添う事が出来ず申し訳ありません」
そう言って申し訳無さそうに、ハイサムは謝った
「いえ!そんなお気になさらずに。私は大丈夫ですから………」
慌てて、アイリスはハイサムを気遣う
しかし何処か様子のおかしいアイリスを、彼は不審に思った
「どうされました?何処か痛みますか?」
「いいえ……」
「ではどうされたのです?」
まるで子供に尋ねるかの様に優しく聞いてくるハイサムに、アイリスは遂にぽつりぽつりと語り出した
「……私が辺境伯様のお側にいるのは相応しく無いのでは、と思ってしまったのです」
「どうしてです?」
「私には取り柄がありません。外見も良くないですし、何か秀でた能力もありません。辺境伯様には私よりも……やはり妹の方が良かったのでは……と思ってしまって………」
ポロポロと涙を流しながら、アイリスは今まで隠し続けた不安を打ち明ける
ハイサムは黙って聞いた後、静かに口を開いた
「ハルシュタイン嬢。私は―――――」
しかしその時だった
倒れていた武装勢力のリーダー格の男が起き上がったのだそして隠していたナイフを取り出し、アイリスに襲いかかる
「死ね!」
咄嗟のことで動けないアイリスに、男はナイフを突き立てるーーーーー
「ハルシュタイン嬢!」
しかし
それを守る様に、ハイサムがアイリスの前に出て庇ったのだ
ハイサムの脇にナイフが刺さる
「ーーーーーぐっ!」
ナイフは鋭く肉に突き刺さった
アイリスは堪らず駆け寄ろうとした
「辺境伯様!」
「来てはダメだ!」
しかしハイサムに強く言われ、アイリスは立ち止まる
同時にナイフは引き抜かれ、周りにハイサムの血が噴き出し、辺りに血がぼたぼたと滴り落る
「ひゃはははは!ざまぁみろ!あの日の敵を取ってやったぞ!」
辺りに鉄の匂いが漂う中、リーダー格の男はハイサムを嘲笑う
顔に返り血を浴び、口を歪ませ歓喜したーーー
次の瞬間
「………がっ………うっ………」
突如男は苦しみ出した
持っていたナイフが床に落ち、乾いた音が室内に響き渡る
まるで息が出来ないかのように首を抑え、もがき苦しむ姿を、アイリスは眉をひそめて見つめる
するとその時だった
「がはっ!!」
口から噴水の様に血が噴き出したのだ
まるで全身の血を出し切る勢いで、男は血を吐き続ける
あまりの惨劇に、アイリスは口元を押さえた
そして血を吐き終えると、男はピクリとも動かなくなった
息絶えてしまったということは、一目見て分かるほどだった
すると、ハイサムが苦痛に耐えながら説明をした
「………この様に、私には毒があるのです………安易に近づけば………この男の様になります………もう少しで援軍が来ますから………待っていて下さい………」
アイリスは戸惑いながらも、かつてハルシュタイン家で聞いたハイサムの噂を思い出す
『魔王辺境伯に近付くと呪い殺される』
そのような噂が何故流れたのかと、ずっと疑問に思っていたアイリスだったが、恐らく怪鳥の毒が原因なのだと直感した
きっと毒に触れた者たちが、瞬時に次々と亡くなる姿が呪い殺されたかの様に見えたのだーーーー
そう思った
すると慌ただしい足音が遠くから聞こえ、アイリス達がいる部屋の中に人が入ってきた
「ハルシュタイン嬢!ご無事ですか!?」
フザイファが息を切らしながら声を上げる
そしてアイリスを見つけると、すぐさま駆け寄り拘束を時始めた
するとそれを皮切りに、フザイファの部下達も続々入ってくると、倒れている武装勢力の男達を確保し始める
アイリスはすぐさま彼に訴えた
「フザイファ様!私は大丈夫です!それよりも辺境伯様が――――」
アイリスの言葉に、フザイファは即座にハイサムに視線を移す
そして血を流し倒れうずくまる兄を見た弟の顔がみるみる険しくなった
「皆!それ以上近づくな!アズラエル辺境伯が負傷している!」
フザイファの張り詰めた声が室内を支配する
その言葉に皆立ち止まり、緊迫した空気が一気に立ち込めた
「アズラエル辺境伯専門の救護班を呼べ!急げ!」
その指示に、何名かが慌てて引き返す
ようやく安堵できるーーーそう思ったのだが
アイリスは周りのおかしさに気付いた
何故ならその間ハイサムに手当てをする者は疎か、駆け寄る者すら1人もおらず、皆遠巻きに彼を見ているだけだったのだ
アイリスは堪らず声を上げ訴えた
「どうして誰も辺境伯様を助けないのです!?酷い怪我ではありませんか!」
するとフザイファが目を伏せながらこう答えたのだ
「………近寄れないのです皆、兄様に」
「え………」
「血に触れれば、命を落としますから。辺境伯専門の毒耐性のある救護班で無いと、手当ができないのです」
「そんな………」
アイリスは呆然としながらハイサムを見つめる
1人うずくまるハイサムの姿に、ふとハルシュタイン家にいた頃の自分を重ねたのだった
誰も助けてなどくれなかったあの頃の自分ーーー
しかし、そんな彼女にハイサムは手を差し伸べてくれたのだ
どんな時も、優しい言葉を与えてくれる彼は、まるで光の様な存在だった
そんな彼が今、暗闇で1人痛みと孤独に耐えているーーーーーーーー
アイリスは意を決してハイサムの元へ急いだ
「アイリス様!」
フザイファの声も聞かず、アイリスはハイサムの側に座り込み、傷口を確認する為大きな翼をゆっくり退けた
「駄目ですハルシュタイン嬢……私に触れては―――」
「大丈夫です。私は石の肌。毒は通しません」
アイリスはハッキリと言い切る
そこにいつものオドオドとした気弱な姿は無かった
「ですが――――」
「良いのです。例え貴方の毒で死んだとしても、貴方の毒で死ねるのなら、私は幸せです。だって――――――」
アイリスはゆっくりと顔を上げ、ハイサムの目を見て微笑むとこう続けた
「だって、貴方は私の光ですから。暗闇にいた私を、貴方が救い出してくれたのです―――だから今度は、私が貴方の光になりたいのです」
その言葉にハイサムの目が大きく見開かれる
そしてアイリスが手をかざし、治癒の力を使う
眩い光に包まれ、ハイサムの傷口が塞ぎ始めたその時―――――
アイリスの石の肌が勢い良く剥がれ落ち始めたのだ
まるで乾いた土が剥がれるように、彼女から石の肌が剥がれ落ちていく
そして現れたその姿はーーーーまるで宝石のような姿だった
硬くくすんだ石の肌は、まるで水晶のような透明感が現れ、薄汚れた汚らしい印象の灰色の髪は、虹色に輝き始め、夕焼けに照らされ、様々な色の変化を見せていた
「これは…………!」
突然の変化に、フザイファ達に驚きどよめきが起こる
一方ハイサムはアイリスの別な体質に驚きを感じていた
(母岩が剥がれ、怪鳥の私に触れても尚、毒にやられる気配が無い………これは浄化の加護のおかげか……?)
そう思いながら、治癒を続けるアイリスを見つめる
その姿はまるで、聖女そのものであった
そして彼はフッと笑みを浮かべる
「………やはり、ハルシュタイン嬢は美しい方だ。何処の誰よりも」
「………え?」
治療に夢中だったアイリスは何が起こったのか分からず首を傾げる
「ご自分の姿をご覧になったらいかがです?これが、貴方の正しい姿ですよ」
そう言ってハイサムはその部屋にあった鏡を指指し、アイリスに見るように促す
アイリスは恐る恐る鏡を覗き込むと、目を見開き驚いた
「―――――――!!」
そこにいたのは、かつての石肌の醜い自分ではなく、あの宝石の様に美しかった、亡き母と同じ姿の自分だったのだ
彼女は信じられない思いで、生まれ変わった自身を見つめるのだった




