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第8話 空想の英雄は朝焼けの中 -1

 体が一気に軽くなって、全身に満ちていた痛みが消えた。光が弱まっていく。


 俺は屈んでいた体を伸ばし、見下ろした。


 マントのような金色の毛皮が左肩に掛かっていて、着古した戦闘服の上にはスレートグレイの鎧を纏っている。ふと右手に何かを握っていることに気づいて見ると、長柄のウォーハンマーの表面に朝日が反射した。


 先にピックがついた大きなハンマーヘッドは白銀。柄に古代文字のような模様が彫られていて、持ち手は真っ黒な革製。


 振り上げてみると、白銀の反射光の軌道に真っ赤な炎が浮かんで消えた。


(これ、()の言い伝えにあった英雄の……)


 考えて、気づいた。悪魔の力は寸分違わず〈契約者〉の空想を具現化すると。


(よし!)


 早く天使の元へ。一秒でも早くその息の音を止める。そう思って駆け出し、そもそも天使は呼吸などしていないな、などと考えながら数歩。


 首元の何かが後ろに引っ張られて「ぐえっ」と変な声が出た。同時に背後から「わあっ!」とベルの声。——さっきまで聞いていたそれより少し幼く聞こえる。


「ベル、どうし——」


 振り返りざま発した問いは変なところで途切れざるを得なかった。


「……ど、どうしたんだ、それ」


 俺が培養槽の中に向かって尋ねると、


「聞きたいのはこちらだ!」


 そこに座り込むベルが叫んだ。正確には、ベルと同じ白緑の長い髪とテラコッタの瞳を持つ、七歳くらいの女の子が。


「ベル……だよな?」


 俺は首を傾げつつ彼女の方へ。細い子供の首についた赤い首輪から同色の紐が伸びていて、俺の首に繋がっている。多分俺にも首輪がついていて、さっき引っ張られたのはこれだ。


「何で、子供の姿なんだ?」


 尋ねた瞬間、「君のせいだろう!」と怒号が飛んできた。


「君の私に関する空想を具現化したらこうなった! 何をどう解釈したら『気高い私』の姿がこのようなチンチクリンになる!?」

「えっ……」

「よもや私を騙したのではあるまいな? それともあれか、君は幼女の裸体を崇拝する変態なのか! だから私の麗しき姿に欲情しなかったのか!」

「いや、ちょっと落ち着いてくれよ。俺にそんな趣味はない」

「ではこの状況をどう説明する!?」


 ベルが地団駄を踏んで培養液がバシャバシャと跳ねる。今の外見相応に見えるこの振る舞いは、彼女の精神年齢が見た目に引っ張られているからだったりするのだろうか。


「ギデオン! 申し開きをしてみろ!」


 俺は彼女に着せるものがないかと周囲を見回したが、あるのは壊れた実験機材と瓦礫の山ばかり。仕方なく上着を脱ぐことにしたが、鎧の上からだと難しい。


「なあ、ベル。一旦この鎧だけ解くとかでき——」


 言いながら顔を上げると、この世で最も汚らしいものを見るような目でこちらを睨め付けるベルと目が合った。


「君、まさか……」

「違うからな?」

「先ほどの『紳士』発言は撤回することとしよう」

「違うって言ってんだろ!」


 ベルがゲロでも吐きそうな顔をしながら培養槽を出て、小さな足が瓦礫を踏み締めた。両足も右腕もしっかり生えている。


 俺はどうにか上着を脱ぎ、彼女の肩にかけた。前のボタンを止めに掛かると彼女が不思議そうな顔でこちらを見て、モゾモゾと体を動かして袖に腕を通す。


 長過ぎる袖を捲っていくところで、俺はふと気づいた。


「もしかしたら、『気高き主』(バアル・ゼブル)じゃなくて『ベル』を想像したかも」

「君の好みの幼女か?」

「……昔住んでた村にいた、チビのベルだ」


 その村は天使に襲われて、チビのベルは烈火の中で叫び、もがき苦しみ、死んだ。


「…………」


 ベルは俺の答えに沈黙を返した。ボタンを留め終えて俺が立ち上がったところで、「では、これは?」と赤い首輪に触れる。


「これは本当にさっぱりわからん。お前がアレンジ入れたとかじゃないのか?」

「人間と悪魔の契約行使は、悪魔の側でどうこうできるものではない」

「これだけ消せたりしないか?」


 尋ねると、ベルは呆れたようにため息をつき、


「君は一体契約をどのように捉え——」


 俺の認識の間違いをつらつらと長いこと指摘しようとしているとしか思えない嫌味ったらしい言葉を並べ出し、しかしそれは長く続かなかった。


 背後でドゴっと爆発音。抉れた地面がバラバラと落ちる音と、どこかから響いてくる誰かの叫び。


「ギデオン・ロス、そろそろ僕の防御も限界——」


 ギリギリで形を留める通路からマモンが入ってきた。彼はふと言葉を切って立ち止まると、俺たちをじっと見つめ、


「君は見た目によらず、捻りのある性癖を持っているんだね」


 面白おかしい意外なものを発見したような顔をして顎をさすった。



 この僅かな時間でわかったことは、悪魔には人間の外見にあれこれと想像を巡らせてありもしない特性を見出す癖があるということ。


 その癖により、彼らの俺への理解はとんでもない代物へ上書きされようとしている。


 彼らが見出したものを問いたださなければならない。そして片っ端から否定しなければならない。


 だが、まず、その前にやるべきことがある。


「!? ちょっ、ギデオン、何を!?」


 俺はベルを抱えて駆け出した。


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