第41話 繋ぎ合わせる者
純白の翼がバサリと羽ばたき、細かな羽毛を落として飛んでいく。ベルはどんどん空の高くへ。レミエルより上空。陽光の中。
彼女が厳かな動きで両腕を広げると、レミエルの上に無数の槍の雨が降り出した。
「ヌꂓ〜᭜淚μ!」
レミエルが何かを叫び、その体表を爆発の煙が覆っていく。まるで槍の穂先に爆弾でもついているかのように、白銀の槍は攻撃対象へ接触した瞬間、炸裂する。
「尴ﮱ㟷! 尴ﮱ㟷! 尴ﮱ㟷!」
レミエルが徐々に高度を落とす。テラコッタの瞳がこちらを向いた。
俺が想像する神は、全ての障壁を取り去ることなどしない。最後は自分でやれと言う。でないと、お前はいつまでもそこにいることになる、と。
導く者。
「なるほど」
俺は駆け出した。ウォーハンマーを両手で握り、体の横へ。首の後ろを狙うべきか、それとも、翅の付け根か。普通に考えて後者だ。
地面を強く蹴って飛び上がり、ウォーハンマーを振りかぶる。上昇が落下に転じ、虹色の翅の付け根に近づく。ハンマーを振り下ろす。白い稲妻が鳴る。
「䍦⡹䦇!?」
ばきっと何かが割れる音がして、レミエルの二対の翅のうち、上の一対が変な角度に倒れた。そのまま背中から離れ、落ちていく。
(アスモデウスの攻撃で背中の接合部分が溶けてた、とかか? なんにしても一発で一対はデカい)
俺はレミエルの背中から飛び、落下の過程でアスモデウスを振り向く。
「アスモデウス、さっきの炎もう一回やってくれ!」
アスモデウスの肉食獣の顔が鼻に皺を寄せ、
「ですから、私がお前の言葉に従う謂れは——」
走って火球を避ける彼女の首に、サラの細い手が触れる。
「アスモデウス」
「サラ! ちょっ、危ないですよ。ちゃんと掴まっていてください」
「ねえ。炎、できないの?」
「できますが——」
レミエルがガクッと彼らの方を向いた。アスモデウスが言葉を切り、その場を飛び退く。レミエルの口から発せられる超音波様の攻撃を避ける形だが、
「あっ……」
唐突な方向転換の慣性に取り残されたサラの手が、アスモデウスの背中から離れる。
「サラっ!」
ギョッとした顔のアスモデウスが戻ろうとするが、遅い。レミエルの口から音にならない音の衝撃が放たれ、サラが目を閉じ、白い光が瞬き、
「危機一髪というところか」
粉砕された瓦礫の横から、サラを抱えたベルが飛び上がった。アスモデウスが呆気に取られた顔でそれを見上げ、ベルが「ふふん」と得意げに笑う。
「所詮は獣か」
嘲るような彼女の言葉に、アスモデウスはムッとした顔で口を開く。しかし何も言わないまま閉口し、火球を避けて飛ぶベルを追いかける。ベルは高度を落とし、アスモデウスの背中にサラを下ろした。
「ありがとう、ベル」
サラの裏表のない謝辞に、「礼には及ばん」と言って再び空へ。
(俺には絶対、恩着せがましくあれこれ言ってくるだろうに)
俺は余計なことを考えながら着地。〈罰の魚〉をウォーハンマーで叩き壊しつつ、レミエルを見上げる。
「喉と口が焼けています」
不意にアスモデウスの声。
「再生まで炎は使えません。咆哮なら可能です」
若干不服そうな物言いに、ベルがフッと笑ってこちらを見る。
「だ、そうだ。ギデオン、どうする?」
何故俺に聞くのか、という問いは今更だ。サラは戦闘経験が乏しく、悪魔二人は共闘云々の思考が皆無。そして俺は戦闘部——第九支部の生き残りが三人になった今、意味のある属性には思えないが。
「アスモデウス、咆哮は連続で何発打てる?」
アスモデウスが走りながら「五発です」と答える。
「じゃあ、ベルはさっきの槍でレミエルの高度を落としてくれ。あの廃墟より低くなったところでアスモデウスは咆哮。五発打ったところで俺が翅を攻撃する。翅が落ちても落ちなくても俺は退避するから、そしたらベル、また槍を頼む」
アスモデウスが無言で瓦礫の山を駆け上がり、〈罰の魚〉がいない位置に陣取る。ベルが純白の翼を一際大きく羽ばたかせ、空へ。
「懐かしいな」
高らかに両腕を広げ、その周囲に出現した無数の槍がレミエルに降り注ぐ。
「峮ᐆ屌!」
レミエルが残った一対の翅を羽ばたかせ、空を仰ぐ。浮上しようとしているようだが、浮力より槍の衝撃が優位。徐々に高度を下げていく。
「サラ、しっかり掴まって、私の背中に身を伏せていてください」
俺が示した廃墟についたところで、アスモデウスが咆哮を上げた。ビリビリと空気が振動し、レミエルの白い外殻が僅かに崩れる。二発目、三発目、四発目。俺はウォーハンマーを掴む手に力を込める。
(大天使討伐の正攻法……翅を落として、首を落とす)
〈反抗者〉の戦闘部に入って、最初の任務に向かう前に聞いた話。俺は実際に大天使討伐に加わったことも、それを目の当たりにしたこともない。
(首は生物の急所。脳と体が切り離されたら生存できない。……あんな見た目で、天使は生物ってことなのか?)
五発目。俺は駆け出す。
(とりあえず、セオリー通りにこなしていくしかない。まずは翅を——)
跳躍。翅の付け根にハンマーを振り下ろす。——薄氷を割るような音がした。
「えっ……」
割れたのは翅ではなく、ハンマーの方。白銀のかけらが飛び散り、霧散する。
「なんでっ」
瞬間、視界の端に反射光。振り向いたレミエルの外殻を反射した陽光だ。ガバッと開いた大口がこちらを向いている。
マズい、と思った時には、すでに攻撃がなされた後だった。全身に衝撃。周囲の景色が高速で去り、轟音と、また衝撃。
パラパラと土塊が落ちる音。廃墟に叩きつけられた俺は、崩れた建物の向こうに青空を見る。
(そうだ。俺は偽物だった)




