第21話 空想の聖剣
昔見た映画にこういうキャラクターがいた。ゴテゴテの悪役風の見た目で、本物の悪を剣の一振りで一掃する奴。
エンドロール間際の決戦でそいつは敵を滅ぼし、その後はどうしたのだったか。子供の頃に見たきりだからあまり覚えていないが、悪役風の姿に納得したことは記憶しているから、悪役風の終わりを迎えたのだと思う。
では、それを模倣する自分はどんな終わりを迎えたいのか。そんなものは知らない。今考えたって仕方がない。
俺は黒い剣を勢いよく横に薙いだ。透明な衝撃波のようなものが周囲に広がり、こちらを向いていた〈罰の魚〉が鉛色のガラクタになって地面に落ちる。
視界の端で何かが動いた。見ると、ホエール級の〈罰の魚〉が壁のように密集してこちらへ迫るところ。
俺は剣を振り上げる。群れが縦半分に割れた。次に剣を右から左へ振ると、〈罰の魚〉が横に切れて動きを止めた。一瞬の後、ドシャっと音を立ててガラクタの山が落ちる。
剣を扱うというより、オーケストラの指揮のような動き。周囲の〈罰の魚〉を粗方片付けたところで、俺はリヴァイアサンの巨体に向けて叫んだ。
「ここから離脱する! 元の姿に戻れ!」
言いながら傍らのベルを担いで駆け出す。耳元に彼女の「おっ」と驚く声を聞きながら、こちらに近づくシャーク級の群れを剣の一振りで一掃。
怪物の瞳がギョロっとこちらを向き、縦長の瞳孔が僅かに開く。
「早くしないと天使が来る!」
天使は〈罰の魚〉を大量に破壊すると現れる。決まって東の方角から、神に仇なす『罪人』を一掃するために。
俺はリヴァイアサンの向こうの朝日を見上げた。幸い、まだ天使の影はない。代わりとばかりにホエール級の群れがリヴァイアサンの巨体に近づくところだ。
「ベル、前みたいに自分で掴まってくれ」
傍らに言うと、ベルがニヤリと笑って俺の首に腕を回した。「君は幼女の乳が好きなのか」などと余計なことを言いながら背中側に回る。
俺は剣を薙いでリヴァイアサンの周りに集まった〈罰の魚〉を一掃し、空いた左腕を広げた。
「来い!」
縦長の瞳孔のマリンブルーの瞳が僅かな逡巡に揺れ、怪物の姿が揺らぎ、消える。腕にズシッとした重み。
「מה הבעיה?」
リヴァイアサンが俺の上着の前の部分を掴んで何か言ったが、当然聞き取れないし、今は呑気に話している場合ではない。俺は踵を返して走り続ける。西へ。
行手を遮る〈罰の魚〉の群れを剣で破壊し、走り、また破壊し、走る。ベルとリヴァイアサンが何かを話している。
「האם האדם הזה מנסה להפריע להרמן?」
「そういう訳ではない。彼は馬鹿だからな、そう深いことは考えていない」
「אז למה להפסיק?」
「難しい問いだな。恐らく、考えたところで悪魔たる我々に理解できる類のものではない」
「למה אתה עוזר?」
「面白いからだ」
「אולי אתה מתנהג ככה כי אתה יודע מה הוא חושב?」
「ある程度の解釈をしているが、それが事実である確証はない」
「מה זה "פרשנות"?」
「彼は厨二病だということだ」
——リヴァイアサンの問いの内容はわからないが、何となく、彼らは俺を小馬鹿にしているような気がする。
しばらく走り、〈罰の魚〉が少なくなってきた。俺は背後に遠い爆音を聞いて振り返る。朝の太陽と同じくらいの大きさに見える天使が、俺たちがいた場所に無数の火球を落としている。
陽光を反射する七色の翅は二対に見える。大天使だ。遭遇していたら呆気なく殺られていただろう。
(危ないところだった)
そう思った矢先、ふと体に違和感を覚えた。
心臓がつっかえながら速い鼓動を繰り返している。さっきからずっと走っているが、いつもはこれくらいでバテることはないし、〈偽英雄〉のこの体は、一晩走り続けても大して傷まない。
それから、胸の奥にドロッとしたような、生温かい何かが這うような感覚。
(?)
不思議に思って胸元を見下ろすと、こちらをじっと見つめるリヴァイアサンと目が合った。背中にくっついたベルが「急に力を使い過ぎたからだろう」と耳元で囁き、ついでとばかりにフッと息を吹きかけてくる。
「おい、それやめろって言ってるだろ」
「これまで力の使用を出し惜しみしたせいだな。負傷に慣れていない君の魂は今、大量出血でパニック状態だ」
「? 魂に血流なんかないだろ」
「比喩だ、馬鹿者」
テラコッタの瞳がフッと前方を望み、子供の指が向こうを指す。
「無駄な血を流すと魂が不味くなる。あそこで夜まで休め」
絨毯爆撃でも食らったような瓦礫の地平の先に、ほとんど潰れて壁だけになっている平らな建物がある。かつての球技場か、それともコンサートホールか。
『大量出血』が比喩ならば、それが魂の味に影響することはないのではないか。俺は疑問に思ったが問わず、走り続けた。
* * *
「よく考えてみろ。そのハーマンって奴が本当に死にたいだけなら、わざわざお前と契約なんかしない。魂を悪魔に食わすなんてまどろっこしいことをしなくても、昼に隠れ家から出ればあっという間に死ねる世界なんだから」
ベルが指した建物の、地下階に並んだ部屋の一つ。どうやら元コンサートホール説が有力なようで、埃が溜まった部屋の片隅にアップライトピアノが置いてある。
「そもそも、ハーマンが寂しがってるから殺してやるってのはどう考えても違うだろ」
部屋の真ん中には二人掛けのソファーが二つ。二つとも所々カバーが破れていて、黄ばんだ綿が飛び出している。
片方にベル(大人の姿)が寝そべって、俺とリヴァイアサンはもう片方に向かい合って座っている。
「אם אמות, כבר לא אהיה בודד.」
リヴァイアサンが無表情で何かを言った。俺が「ベル、通訳頼む」と言うと、ベルが「無報酬でか?」言いながら起き上がった。
「何だよ、魂寄越せって?」
「この程度で魂を要求するほど私は落ちぶれていない」
「じゃあ何が欲しいんだよ」
彼女は「そうさなぁ」と呟きながら視線を動かし、
「今のところは貸しにしておこう」
ニヤリと笑うベルが後から何を要求してくるか。俺の中に一抹の不安が過るが、そんなことを知る由もない彼女は「死ねば『寂しさ』がなくなると言っている」と通訳を始めた。
「寂しさを感じる意識がなくなるからってことか?」
尋ねると、リヴァイアサンがこくんと頷く。
「何だそれ。言葉の揚げ足取りかよ。もう少しちゃんと考えろ」
「אני לא רוצה שיזלזלו בי.」リヴァイアサンがムッと顔を顰め、
「君のような馬鹿にそんなことを言われる筋合いはないと言っている」ベルがヘラっと笑う。
「……それ、本当にリヴァイアサンが言ったのか?」
「もちろん」
「お前じゃなくて?」
「何だ、私が嘘をついているとでも?」
「お前は悪魔だからな」
ベルは俺の返しに不思議そうな顔をすると、「ようやく理解したか」と言ってまたソファーに寝そべった。俺は咳払いを一つ。
「とにかく、だ。リヴァイアサン、もう勝手に動くのはやめろ。ハーマンのことはちゃんと会って話して確認するべきだし、あんなことされちゃ、いつまで経ってもコランの森に着けない」
「אני פוגש אותה שוב ושוב בחלומות.」
ベルが「夢で会った、と」と通訳をする。
「でも、面と向かって話さないとわからないこともある。そいつの置かれてる状況とか、本当の気持ちとか」
言うと、リヴァイアサンは「את מסתירה את הרגשות שלך?」と言って首を傾げた。俺はベルの通訳を待ったが、何故か彼女は考え顔で黙り込んでいる。
「ベル、リヴァイアサンは何て?」
少しの沈黙を置き、ベルが「人間は……」と口を開く。
「その魂を贄に叶えようとする欲望を、偽ると?」
じっとこちらを見つめるテラコッタの瞳は、何かを見定めようとしているように見える。
「偽るって言うほどじゃないが……」
これは俺がそうという訳ではなく、単にそういうこともあるという話。
「『死にたい』って言った人間が、本当はどうしても『生きたい』と思ってたってことは、ままある」




