第13話 〈反抗者〉第五支部
俺が魚狩りに出た次の夜。幹部の男がまた難癖をつけて怒鳴り散らしたところで、管理部の三人が使い慣れないライフルを握り締めて立ち上がった。一人がこちらを向いて、
「ロスさん、こいつやっちまいましょうよ!」
勇ましく言い放ち、他の二人が決意に満ちた顔で頷く。『ロスさん』などと呼ばれるのが初めて(いつもは『おい』とか『ギデオン』とか『〈偽英雄〉様(笑)』とか)だった俺は困惑しつつ、彼らを止めるのに難儀する羽目になった。
(彼らの怒りには同意するし、幹部の男のどうしようもなさは庇うに値しないが、まあ、心理的負荷でイラつくのはわからないでもない)
その次の夜には急にサラが泣き出して、アスモデウスがそれを俺のせいにしてきた。
「お前がペーペー〈契約者〉の癖に調子に乗るから、サラは自らの無力を突きつけられているのですよ。謝ってください」
じゃあお前が彼女の要請に応えて力を使え、という話だが、俺はとりあえず謝った。(ベルはずっとニヤニヤしながらこちらを見ていた)
その後に迎えた昼はふらっと外に出てしまったリヴァイアサンを連れ戻す羽目になり、
「הרמן נמצא בקרבת מקום, אז אני רוצה ללכת לאסוף אותו」
「そんな言われても、何言ってるのかわかんねぇよ」
「הרמן כאן」
「戻るぞ。うかうかしてると〈罰の魚〉に見つかる」
「והרי הרמן כאן!」
会話が成立せず、腕を引っ張って戻ろうとしたら脛を蹴られた。なんでだ。
その夜はベルとマモンが喧嘩を始めてその仲裁を。その次の夜は、ベルが着ている俺の上着の裾をめくろうとしたサムの悪運が尽きるのを阻止した。ベルの服はずっと探しているが、そこらの商業施設の中身はとっくの昔に誰かが持ち去って空っぽだ。
第五支部の奴らに言ったら分けてもらえるだろうか。〈偽英雄〉の頼みなどまず断られて当然で、〈契約者〉の扱いは過去にそこにいた悪魔の活躍具合による。
一般戦闘員を装うのが無難だが、ベルがそれを許さないだろう。彼女は俺が困るのを見るのが好きらしく、一緒に魚狩りに出て以来、頻繁に耳に息を吹きかけてくるようになった。
(何で俺、苦労人みたいになってんだ……)
そんなことを考えながらやっと到着した第五支部はもぬけの殻だった。
* * *
〈反抗者〉第五支部は、切り立った崖の片隅に掘られた古い坑道を再利用して作られた。入り口は普通の部屋のドアと変わらない大きさの、かつての坑道入り口に当たる場所ひとつだけ。中は複雑に入り組んでいて、〈罰の魚〉が侵入した際のダメージコントロールをしやすい。
(というのは、俺たちの中で唯一ここを訪れたことのある幹部の男の話)
雑木林の焼死体を通り抜けて入り口に辿り着いた俺たちが直面したのは、重大かつ解決不能な問題。
つまり、どうやって入り口を開けてもらうかということだ。当然のことながら重厚な金属ドアに来客チャイムはついておらず、内部と連絡を取ろうにも俺たちは携帯通信機を所持していない。
ドアをひたすら叩き続ければいつか誰かが気づいたりしないだろうか。そんなことを考えながらダメ元で取っ手を引いてみると、少し錆びた金属ドアがギイっと音を立てて開いた。
それから手分けをして内部を確認することしばらく。俺たちはここを無人と結論した。
「天使の攻撃を受けた形跡はないから、全滅したということはないだろう」
幹部の男が訳知り顔で一目見ればわかることを言い、
「内部に争った形跡がないから、仲違いってわけでもなさそうだし」
サムが言いながらチラリと幹部の男を見て、
「居住エリアはどの部屋もベッドがきちんと整えられていたわ。……まるで、ついさっきまで誰かがいたみたい」
サラの着目点は唯一まともと言えるだろう。考察部分がホラーじみているが。
「とりあえず、少し休みませんか? もうクタクタですよ」
管理部の男が間の抜けた声で言う理由は理解できるが、この状況に対して無防備と言うか、危機感がないと言うか。
疲労で頭が回っていないのだろう。あるいは、やっとまともな寝床を見つけて気が抜けてしまったのか。
幹部の男が考え顔で「うーん」と唸り、ふとこちらを見て、
「ギデオン・ロス、お前に警戒任務を命じる」
クソ偉そうにふんぞり返って言い放ち、「〈偽英雄〉には造作もないことだろう?」と付け足した。要するに、道中管理部の連中に『弛んでいる』だの『〈反抗者〉としての自覚が足りない』などと喚き散らしていたこの男も、彼らと同じく弛んでいたということだ。
* * *
警戒などと言われても、第五支部の連中が姿を消した理由が基地の外にあるのか中にあるのかわからないからには、どこを警戒すればいいのか判断がつかない。
ある程度のアタリをつけようにも手がかりが皆無で、俺はとりあえず入り口近くの警備室で待機することにした。簡素な金属テーブルとパイプ椅子が二脚あるだけの殺風景な部屋だ。
「何故マモンがここにいるんだ」
ベルが吐き捨てるように言いながら、俺の隣の椅子にドカッと腰を下ろした。テラコッタの目が睨め付ける先には、壁際に立つマモンの姿。
厳密には、ミシュナーの姿をしたマモンの姿だ。俺はあまりミシュナーと交流がなかったが、それでもどうして、あれを『マモン』と認識するのは少し憚られる。
まあ、気にしたところで仕方がないし、言葉は情報を正しく伝えてこそなので彼のことは『マモン』と呼称することにする。
「俺じゃなくて本人に聞けよ」
俺がため息混じりに言うと、ベルは「ふんっ」と鼻を鳴らして腕を組んだ。マモンが俺に彼女の名前を教えたからか、それとも過去から何らかの因縁があるのか、ベルは彼が気に入らない様子だ。
「君も君だ」
ベルが足も組む。細くすらっとしたそれは晴れて布を纏うに至った。
ここの物資倉庫から引っ張り出してきた女性用の戦闘服。
黒い強化繊維でできた細身のズボンとシャツと上着、靴はスチールトゥの編み上げブーツ。貸していた上着は俺の上半身に帰還した。
「こんな退屈な任務を受けおって。やはり昨日の夕餉は奴の丸焼きにするべきだったんだ」
「嫌だったらここにいないで、どっかで遊んでろよ」
俺の返しにベルは「なっ……!」と一瞬絶句して、
「その物言いは何だ! 私を子供扱いするとは不敬にも程がある!」
「いや、別にそんなつもりは——」
「君には心底失望した!」
勢いよく立ち上がると、こちらをビシッと指差し、
「君がどれほど身に余る空想を抱いているかと思ったら、やれ魚狩りだの有象無象の喧嘩の仲裁だの、挙げ句の果てにこれだ! 貧乏くじばかり! 実に君の身に合っている!」
あれこれと捲し立て、足取り荒く部屋を出て行った。廊下に響く足音が遠ざかり、消える。
少しの間を置いてマモンが小さく嘆息し、
「まあ、彼女の言い分はわからないでもないよ」
自分がベルの不機嫌の一端を担っていることを棚上げに、心底呆れ返った様子で首を振った。




