第14話 〈偽英雄〉の事情 -1
〈英雄〉の記録は数千年前の古代戦争まで遡るが、人類史における〈偽英雄〉の歴史は浅い。何せ〈終末審判〉で神がこの世界に降臨するまで、古代戦争は神話——作り話だと思われていたのだから。
九年前までこの世界に〈偽英雄〉は存在しなかった。いや、人類が認知していなかったと言った方が正確かもしれない。
俺が今のような身体機能を得たのは、神が終末の鐘を鳴らしてから。それまでは普通の人間だった。他の〈偽英雄〉も同じだろう。
古代戦争の時代の文献には、『神と人間が交わって生まれた半神半人が地上を守るべく戦った』という記述がある。それが〈英雄〉で、俺のような存在から逆算して、彼らは『作り話の登場人物』から『過去に実在した人物』へ昇華した。
〈終末審判〉の混乱の中で存在が確認された〈偽英雄〉は、その詳細が研究されることなく、根も葉もない噂と実話が入り混じった形で人々に知れ渡った。
人間を食うとか、天使が送り込んできたスパイだとか、不老不死だとか、その血肉を喰らうと同じ力を得られるとか、様々。
つまり、『古代戦争で逃げた腰抜けの末裔』と思われている今の俺の境遇は、割と恵まれた方だと言える。
* * *
幹部の男が〈反抗者〉本部への通信を試みたが不通。ついでに悪魔の化石探しに出かけているヤムと探査部に連絡しようとしたがやはり繋がらなかった。
つまり、第五支部が無人になった経緯は不明。
〈反抗者〉の支部は大陸のあちこちにあって、一箇所が壊滅するたびに生き残りが他と合流したり、新たな支部が作られたりしているが、俺たちは第五支部以外の基地の所在を知らない。
(他に第十支部と第十四支部も知っていたが、どちらもすでに壊滅している)
状況から、ひとまずここに留まり、本部との連絡を試みることにした。
夜は基地周辺を探索して第五支部が無人になった理由を探る。昼は食事を摂ったり、眠ったり、少しの余暇にリラックスしたり——というのは、俺以外の連中の過ごし方だ。
俺は夜の探索に加わり、昼は警備室で警戒任務。寝ずに続けること今日で四日目。
警備室のパイプ椅子に凭れて天井を眺めていると、ガチャリと音を立ててドアが開いた。マモンが入ってきて、室内を一望してから一言。
「ついに王に愛想を尽かされてしまったのかい?」
ヘラっと笑ってドアを閉め、壁際に置いたパイプ椅子に腰掛ける。昨日からあそこが彼の定位置になった。
「ついて来てくれなくなったなんて、寂しいね」
「何で俺が一緒に来て欲しいみたいになってんだ」
「違うのかい?」
「全然違う」
俺はため息をついて椅子から身を起こし、
「その『王』って呼ぶのやめろよ。あいつ嫌がってんだから」
振り返ると、マモンは姿勢正しく座った状態で「ふうん」と顎をさすった。
「君は彼女の考えていることが読めるのかい?」
「読めないが、反応見てればわかる」
「じゃあ、それは彼女の思考ではなく、君が視覚情報から推察した彼女の思考らしきものだね」
「細けえなぁ。そんなの同じようなもんだろ」
「真実性は少し欠ける」
「…………」
「それで、自称彼女の思考がわかる君は、どうして今日も人間の小間使いをしているんだい?」
「小間使い?」
マモンが「そう。小間使い」と言ってヒラっと手を振る。
「魚狩りだの、警戒任務だの、今日で四日目だろう? いくら〈偽英雄〉が他の人間より少し頑丈だからって、およそ人権のある扱いとは呼べない」
「ハハッ、悪魔が人権を語るのか」
「不服を述べて然るべきという話さ。何ら益を成さない管理部の人間は、たかだか三日よく眠れなかっただけで不幸を嘆いたのに」
彼はここまで言うと、ふと笑みを消し、
「彼らより有益な者の待遇としては、些か不自然だね」
つまりマモンはこう言いたいのだろう。天使や〈罰の魚〉を殺せない、碌に戦えもしない管理部の連中より、それができる俺の待遇の方が下なのはおかしい、と。
「お前、〈偽英雄〉がどう思われてるか知らないのか」
俺が嘲笑混じりに尋ねると、「知っているさ」と飄々とした返答。
「天使を狩り尽くすことなく逃亡した臆病者の末裔。〈終末審判〉の日まで力を隠していた卑怯者。それから、力の発現タイミングから、楽園の島側の存在って疑いも掛けられているんだっけ?」
「何だよ、知ってんじゃねえか。ならわかるだろ」
「わからないな。その認識と、君の能力は関係ない」
悪魔は人間の欲望に付け入る。故に欲望を感じ取る能力は高いが、その裏にある感情を推し量るのは不得手らしい。
「あいつら……って言うと、少し主語がデカいか」俺は再び椅子に凭れ、「少なくとも幹部のジジイは、俺がどこまで従うか試したいってとこがあるんだろうよ」
マモンが不思議そうに首を傾げる。
「どれだけ雑に扱っても噛みつかないし不満を垂れない猟犬が欲しいんだ。つまり俺にははなから人権なんかない」
「でも人間なんだから、『眠い』くらい言ってもいいんじゃない?」
「あいつらに〈偽英雄〉の限界なんかわからない。手ぇ抜いてると思われて終いだ」
「じゃあ……噛み付いてみたら?」
「んなことしたら、ここにいられなくなるだろ」
「そもそも、ここにいる必要はあるのかい?」
俺は目頭を押さえて沈黙を返した。マモンが続ける。
「余程の大群に襲われでもしない限り、君は一人で〈罰の魚〉を退けられるだろう? 今は王……ベルとの契約もあることだし。ここを追い出されて行く宛がなくとも、君にとっては大した問題ではないように見えるけど」
「飯も服も風呂もなくなるから問題だ」
「そんなもの、そこらに隠れて暮らしている一般人……『ただ生きる者』って呼ぶんだっけ? 彼らと同じ条件なんだから、大丈夫でしょ」
「大丈夫じゃない。俺は綺麗好きだからな」
マモンが「そうなのかい?」と言って、じっとこちらを見つめる。感情を読むのが不得手な癖に読もうとするのはやめて欲しい。
「君がその魂と引き換えに、悪魔の力を使ってまで実現したかった『成し遂げる人』の姿は、他人の瑣末な欲求を満たすだけのイエスマンだったのかい?」
「……瑣末じゃないだろ。実際、いつ何が起こるかわかんない状況だ。警戒は要る」
「それにしたって無様なものだよ。君、綺麗好きを自称するくせに鏡を見ないのかい?」
「……見てる」
「そうなると、君の美的センスは最悪ということかな」
俺が疑問符を浮かべると、マモンは自らの目元を指して「すごい顔だよ」と言う。
「案外、ベルは君のその姿を視界に入れたくなくて、一緒に行動しなくなったのかもしれないね」
「何だよ、それ」
「彼女にとって、契約相手は臣下のようなものだから」
「そんなもんになった覚えはないぞ」
「加えて、彼女はプライドが高い。それはまあ、流石の君も理解しているだろうけど。だから今の君の姿は彼女の——」
ふと、マモンのウォルナットブラウンの瞳が横にスイッと動いた。彼が半端なところで言葉を切ると同時に、ギイッと音を立ててドアが開く。
「あの……」
その隙間から、サラが申し訳なさそうな顔でこちらを覗いた。




