表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『獣の皇帝陛下に溺愛されています ~無能と捨てられた元王女ですが、隣国で最強でした~』  作者: てん
第1章「絶望と解放のプロローグ」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/59

# 第6話 化け物の涙

# 第6話 化け物の涙


「お嬢様、せめてお召し物を——!」


 アンナの声が、廊下に、悲鳴のように、響いた。


 セレスティアは、すでに、寝衣のうえに厚手の毛織りの外套を、一枚、羽織って、廊下を歩いていた。

 ジークリンデの背中に、つかつかと、ついていく。


 化粧も、結髪も、なにも、していない。

 ただ、左手の薬指の銀の指輪だけが——彼女の身に纏う、唯一の装飾だった。


「アンナ」


 彼女は、振り返って、しずかに、首を、振った。


「あの方は、いま——お苦しみに、なっていらっしゃるのですよね」


「で、ござりまするが、——」


「では」


「私の身支度を整える時間が——あの方の苦しみを、ほんの少しでも、引き伸ばしてしまうのなら」


「——いりません」


 アンナは、絶句した。


 セレスティアは、もう、振り返らなかった。

 ジークの背中だけを見つめて、城の、奥へ、奥へと、進んでいった。


 その後ろ姿を、廊下に置き去りにされたアンナは——

 胸の前で、皺の手を、ぎゅっ、と、握り合わせて。


 声を殺して——もう一度、泣いた《・・・・・・・・》。


***


 城の地下、ほとんど誰も知らぬ秘密の通路。

 螺旋階段を、ジークの導きで、ふたりは、降りていった。


「クロウ達は、もう、森の外周に、散ってる」


 ジークが、振り返らずに、低い声で、言った。


「ファルネーゼからの追手か、あるいは——血の月夜に城に近づくものは、何人なんびとであれ通さない《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》、というのが、彼の流儀よ」


 セレスティアは、頷いた。

 ただ、頷くしか、できなかった。


「もうひとつ——あなたに、断っておかなくちゃならないことが、ある」


 ジークの声が、わずかに、沈んだ《・・・》。


「アタシは、——あなたを、結界の外まで《・・・・・・・・・・・》、しか、お連れ、できない」


「これより先は、アタシの魔導士としての訓練を以ってしても——瘴気で、精神が、保たないの《・・・・・・・・・・・・》」


***


 森の入口、雪の積もった針葉樹のあいだ。


 ジークは、足を、止めた。

 そして、雪のうえに、ひざまずいて、魔法陣まほうじんを、刻みはじめた。


 赤い光が、淡く、雪に滲んでいく。


「アタシは、ここで、あなたを見守ってる」


 ジークが、立ち上がりながら、言った。


「何かあったら、すぐに、強制的に、引き戻すから」


「……はい」


「ねえ、セレスティア様」


 ジークが、初めて、まっすぐに、彼女の目を、見た。


「——本当に、ごめんなさい」


「アタシたちが——もっと、早く」


「もっと、早く、あなたを、——見つけられていれば《・・・・・・・・・》」


「あの方を、こんなに——こんなに、お苦しめ、せずに、済んだのかも、しれないのに」


 セレスティアは、首を、ゆるく、横に、振った。


「ジークさまの、せいでは、ござりません」


「私は、もう、ここに——ちゃんと、辿り着けて《・・・・・・・・・》、おりますから」


 ジークは、それを聞いて、束の間、目を、伏せた。


 それから、ふっ、と、寂しそうに・・・・・・った。


「——やっと、来てくれたのね《・・・・・・・・・・》」


 ぽつり、と、こぼれた。


「行ってらっしゃい。——あの方を、お願い」


***


 セレスティアは、ジークの結界を、そっと、またいだ《・・・・・・・・》。


 途端に——空気の質が、変わった。


 息が、重い。

 夜気が、どろり《・・・》、と、湿っている。

 鼻の奥に、生臭い、血の匂い《・・・・》のような、気配が、滲み始めた。


 ——これが、瘴気。


 そう、頭で理解はしたけれど。

 不思議と——彼女の頭は、晴れていた《・・・・・・・・・・・》。


 雪が、淡く、淡く、降り始めていた。


 彼女は、外套の襟を、軽く合わせて——

 ひとり、深い森の奥へと、足を、踏み入れた。


***


 しばらく、歩いた。


 ふと、彼女は、気づいた。


 ——足音あしおとが、しない。


 正確には、雪を踏みしめる、あの、きゅっ、きゅっ、という音が、妙に、軽い《・・・・・》。

 彼女が一歩、踏み出すたびに——

 ブーツの下の雪が、す《・》っ《・》、と、け《・》て《・》い《・》る《・》。


 そして、その溶けた跡からは——湯気ゆげ、すら、立っていた。


 ……気のせい、かしら。


 ——気のせい、ではなかった《・・・・・・・・・・・》。


 それどころか——彼女が歩いた周囲、半径数歩分の、どろり《・・・》とした瘴気が、まるで、清水で洗い流すように、す《・》っ《・》と《・》、退い《・》て《・》い《・》っ《・》た《・》。


 けれど、彼女は、それに、まったく、気づかなかった《・・・・・・・・・・・・》。


***


 ただ。


 ふっ、と——左の胸のあたりが、か《・》い《・》、ことに、気づいた。


 外套のうえから、薬指の指輪に、そっと、触れる。


 指の先で、感じた。


 指輪の、薄青い石が——


 ト《・》ク《・》ン《・》。

 ト《・》ク《・》ン《・》。


 彼女の心臓の鼓動と、まったく同じ間隔・・・・・・・で——く《・》、く《・》、し《・》て《・》い《・》た《・》。


 ——……あ。


 問いかける、間も、なかった。


 足が、ひとりでに《・・・・・》、ある方向に、歩いて、いく。


 不思議だった。

 あの方の、いらっしゃる場所・・・・・・・・・・・・が、わかる《・・・》。


 なぜ、わかるのか、わからない。

 ただ、——心臓のあたりが、それを、知っている《・・・・・・・・・》。


***


 開けた、空き地に、出た。


 ぽっかりと、満月に、穿うがたれたような、雪の空き地。


 赤い月の光が、雪のうえに——血のように《・・・・》、したたり落ちている。


 そして、その中央に——


 い《・》た《・》。


***


 セレスティアは、そ《・》の《・》に《・》、り《・》つ《・》い《・》た《・》。


 第4話で、城門で、自分を、導いてくれた——あの、銀の・・・・・


 その姿は——変わり果てて、いた。


 体高、馬の背を、超える、巨大な銀の獣。

 その毛並みは、ば《・》——血で、赤黒く、染まっていた《・・・・・・・・・・・》。


 全身に、無数の、引き裂かれた・・・・・・・・・・


 しかし——

 それらは、敵に、裂かれた傷では、なかった《・・・・・・・・・・・・・》。


 自分自身の、鋭い爪で——《・・・・・・・・・・・・》自分の肉体を、き《・》け《・》た《・》、痕、だった。


 周囲には。

 引き裂かれた針葉樹の幹。えぐり取られた、地面・・・・・・・・・

 散らばった、黒い血の・・・・・・・・・・


 そして、銀の獣自身は——

 雪のうえに、四つ足を踏ん張ったまま——

 もう一方の前足の爪で、、《・》ま《・》さ《・》に《・》——自分の肩口を、再び、引き裂こうと、していた《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。


***


 ——なぜ。


 セレスティアの、唇が、震えた。


 ——なぜ、ご自分のことを、お傷つけ、になるの……?


***


 そのとき、彼女には、まだ、わかっていなかった。


 銀の獣が、自分を、傷つけ続けている、本当の理由・・・・・・・・・・・・・、を。


 ——それは、狂気では、なかった《・・・・・・・・・・・・》。


 理性を、保つための《・・・・・・・・》、肉体への・・・・・、だった。


 もし、理性を、失えば。

 は《・》——

 長く、長く、大切に、護ってきたもの《・・・・・・・・・》たちを、噛み殺してしまう。


 民を。

 城のなかで、彼を、ひとりで待っているはずの——細い、新しい、あの・・・を。


 血の月夜。

 獣の本能が、彼の、最後の、薄皮一枚の理性・・・・・・・・・・・を、今夜こそ完全に剥ぎ取ろうと《・・・・・・・・・・・・・》、うねっている。


 ——だから。


 肉を、自分で、裂く《・・・・・・・・》。


 痛みで、意識を、繋ぎ止める《・・・・・・・・・・・》。


 そうしている、あいだは——《・・・・・・・・・・・・》

 まだ、自分は、誰のことも、噛み殺さなくて、済む《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。


 優しすぎたから《・・・・・・・》。

 誰のことも、傷つけたくなかったから《・・・・・・・・・・・・・・・・》。


 だから、は《・》——の《・》こ《・》と《・》だ《・》け《・》を《・》——そ《・》の《・》で《・》、り《・》み《・》け《・》て《・》き《・》た《・》。


 千年。


***


 雪を、踏む音が、きゅ、と、ひとつ、響いた。


 銀の獣の——耳が、ピク《・・》、と、跳ねた。


 そして。


 金色の・・・・が——こちらを、向いた。


 ——その目に、の《・》は《・》、な《・》か《・》っ《・》た《・》。


 ただ、狂気と、苦痛と、渇望かつぼう《・・・・・・・・・・・》、だけが、燃え盛って、いた《・・・・・・・・》。


「グ……ル、ル、ル、ル——ッ!!」


 低い、低い、地の底からのような、唸り声。

 牙を、い《・》た《・》。

 鋭い、白い、湾曲した、凶器・・、のような牙。


 そして——


 銀の獣は《・・・・》——セ《・》レ《・》ス《・》テ《・》ィ《・》ア《・》に《・》、い《・》か《・》か《・》っ《・》た《・》。


***


 巨大な、銀の塊が、宙を、んだ《・・・》。


 雪を、爆発させる勢いで。

 彼女に向かって——引き裂くために《・・・・・・・》、んだ。


***


 セレスティアは——動かなかった《・・・・・・》。


 逃げる、ということを——頭が、思いつかなかった《・・・・・・・・・・・》。


 ただ。


 ただ——し《・》か《・》っ《・》た《・》。


 ——どうして。

 ——あなたは、こんなに、お辛そうなのに。

 ——いま、私を傷つけたら、もっと、もっと、お辛くなってしまわれるのに《・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。


 それだけが、彼女の、頭のなかに、あった。


***


 銀の獣の、巨大な、血まみれの前足が——

 彼女の頬の、すぐ脇、に——振り下ろされた《・・・・・・・》。


 雪を、爆ぜさせて《・・・・・》、爪が、空を、いだ《・・・・・・》。


 ——彼女の頬は、無事だった《・・・・・・・・・・・》。


 爪は、彼女の頬の、わずか数寸の脇を——引き裂くこと、なく《・・・・・・・・・》、雪のうえに、空振り、した。


 なぜか。


 ——銀の獣自身が《・・・・・・》。

 ——空中で、自分の前足を、じ《・》り《・》、し《・》た《・》、か《・》ら《・》、だった。


***


「——ギャアアアアアアアッ!!」


 獣の、魂の底からの絶叫・・・・・・・・・が、雪の森を、引き裂いた。


 銀の獣は、空中で、自分の前足を——ね《・》じ《・》っ《・》て《・》。

 彼女に、爪が当たる軌道・・・・・・・・・・・を、強引に、逸らした《・・・・・・・・》。


 その代償に。


 自分の前足が、あり得ない角度に、折れた《・・・・・・・・・・・・・・・・・》。


 骨が、軋む、嫌な音。


 巨大な銀の獣は、雪のうえに、どさり《・・・》、と、崩れ落ちた《・・・・・》。


 折れた、自分の前足を、もう一方の前足で、抱え込むように《・・・・・・・》、身体を、丸める《・・・・・・》。


 ぜ、ぜ、ぜ、——と。

 獣の喉から、苦しげな、息が、漏れる。


***


 金色の瞳のなかに——わずかな、わずかな、理性・・・・・・・・・・・が、戻りかけて、いた《・・・・・・・・》。


 ——間に合った《・・・・・》。


 そう、その瞳が、語っていた。


 ——この、か弱い、細い、白い、首を《・・・・・・・・・・・》——

 ——噛み砕かずに、済んだ《・・・・・・・・・・》。


***


 セレスティアは——

 そ《・》れ《・》を《・》、て《・》い《・》た《・》。


 ぜんぶ、見ていた。


 そして——理解、した《・・・・》。


 ——ああ。


 ——あなたは。


 ——誰のことも、噛み殺したくないから《・・・・・・・・・・・・・・・・》。


 ——だから、ご自分のことを、こんなに、ひどく、い《・》じ《・》め《・》て《・》い《・》ら《・》っ《・》し《・》ゃ《・》っ《・》た《・》の《・》で《・》す《・》ね《・》。


 涙は、出なかった。


 ただ、心の、いちばん深いところが——ぐらり《・・・》、と、ひとつ、傾いた。


***


 セレスティアは、ゆっくりと、歩み寄った《・・・・・》。


 折れた前足を抱えて、雪のうえで、震える、巨大な銀の獣のほうへ。


 一歩。

 また、一歩。


 彼女が、雪を踏むたびに——

 ブーツのまわりの、血まみれの雪が、淡く、乳白色の光に《・・・・・・・・・》、包まれて、いく《・・・・・・》。


 彼女は、それに、気づかなかった《・・・・・・・》。


 ただ、銀の獣の、すぐそばまで、辿り着いた。


 そして——

 雪のうえに、両膝を、そっと、ついた。


***


 両手を、ゆっくり、ゆっくり——

 銀の獣の、血まみれの、巨大な・・・・・・・・・・、に。


 え《・》た《・》。


***


 獣の、巨体が、ビクリ《・・・》、と、跳ねた。


 千年。


 誰にも、触れられたことのなかった、獣の身体・・・・・・・・・・・・・・・・・・・が——触れられること《・・・・・・・》への、原初の、怯えを、見せた《・・・・・・・・・・》。


 避けられ続けてきた、その毛並み《・・・・・・・・・・・・・》が——生まれて初めて、人の指のぬくもりを、感じていた《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。


 セレスティアは、手を、離さなかった。


 ファルネーゼで——

 ベルトの金具に打たれた、肩甲骨の青黒い痣を、自分で、何度も、撫でて——

 痛みを、慰めてきた《・・・・・・・・・》、あの夜の、自分の手つきと、同じ手つきで《・・・・・・》。


 ゆっくり、ゆっくり、銀の獣の、傷だらけの、その銀の頭を、で《・》た《・》。


「——もう」


 声は、涙の混じらない《・・・・・・・》、ただ、優しい声、だった。


「もう、ご自分を——お傷つけに、ならないで、ください」


***


 獣の、ぜいぜいという、苦しい、息が——ぴたり《・・・》、と、止まった。


***


 その、息を、止めた瞬間に——

 世界の、・・・・、が、え《・》た《・》。


 雪の落ちる音。

 針葉樹のあいだを抜ける、夜風の音。

 遠くの、別の獣の遠吠え《・・・・・・・》。


 ——そういう、あらゆる、夜の森の音、が《・・・・・・・・・・・・・・》、す《・》っ《・》、と、え《・》た《・》。


 世界に残されたのは——


 傷だらけの、巨大な銀の・・・・・・・・・・・、と。

 十七歳の、痩せた、白金の髪の少女・・・・・・・・・・・・・・・・、だけ《・・》、だった。


***


「お痛い、ですよね」


 セレスティアは、しずかに、続けた。


「ご自分の、お身体ですもの。痛くないわけ、ないですよね」


「ねえ。——あなたは」


「あなたは、——どなたのことを、傷つけまいとして《・・・・・・・・・・・・・・・》、——ご自分のことを、こんなに、い《・》じ《・》め《・》て《・》、い《・》ら《・》っ《・》し《・》ゃ《・》る《・》の《・》」


***


 銀の獣の、巨大な銀の頭が——

 彼女の、両手のひらのなかで、ほんの、わずかに——震えた《・・・・・・・・・・・・》。


 攻撃ではない。

 怯えでも、もう、ない。


 もっと、深い、何かに——魂の、深いところを、さ《・》ぶ《・》ら《・》れ《・》て《・》い《・》る《・》、震えだった。


***


 セレスティアは、頬を、傷だらけの、銀の毛並みに、そっと、寄せた《・・・・・・・》。


 血の匂いがした。

 獣の体温が、した。

 そして——誰よりも、孤独な、いきものの匂い《・・・・・・・・・・・・・・》が、した《・・》。


「私は——ここに、おります」


「あなたが、お休みになるまで——ずっと、ここに、おります《・・・・・・・・・・・》」


「私のことは——」


「——大丈夫・・・


 ふっ、と、彼女は、微笑むようにして、付け加えた。


「打たれることも、罵られることも——れ《・》て《・》お《・》り《・》ま《・》す《・》、か《・》ら《・》」


「だから——どうか、もう、ご自分のことを、お傷つけに、ならないでください」


***


 ——世界が《・・・》、に《・》、か《・》に《・》、な《・》っ《・》た《・》。


 雪の落ちる気配さえ——な《・》く《・》な《・》っ《・》た《・》。


 いま、戻ってきたばかりの、銀の獣の、最後の理性——

 その、いちばん奥のほうが——


 セ《・》レ《・》ス《・》テ《・》ィ《・》ア《・》の《・》、そ《・》の《・》を《・》——し《・》た《・》。


 私は、打たれることに、慣れている《・・・・・・・・・・・・・・・》。

 私は、罵られることに、慣れている《・・・・・・・・・・・・・・・》。

 だから、もう、——自分を、傷つけないで《・・・・・・・・・・・・・・・・・》。


 それは——獣にすら、わかった《・・・・・・・・・》。


 目の前の、細い、白金の髪の少女、が——《・・・・・・・・・・・・・・・》

 自分と、同じか、もしかしたら、それ以上の、地獄を、生きてきた《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。


 そして、その地獄を、彼女自身が——当たり前のもの《・・・・・・・》、として、もう、受け入れてしまっている、こと《・・・・・・・・・・・・・・・・・》。


***


 銀の獣の、巨大な、銀の頭が——

 セレスティアの、肩のあたりに、ことり《・・・》、と、預けられた《・・・・・》。


 それから。


 ——金色の瞳から《・・・・・・》。


 透明な、しずくが《・・・・・・・》。


 ひとつぶ《・・・・》——こぼれた《・・・・》。


***


 化け物、と、千年呼ばれてきた、銀の獣の——

 生まれて、はじめての、・・・・・・・・・・・・、だった。


 雫は、雪のうえに、ぽとり、と、落ちた。

 そして、雪を、金色の小さな円形に《・・・・・・・・・》、——溶かした《・・・・》。


 その雫は——

 銀の獣の血や、傷とも、違う。

 ただ、ただ、純粋な——悲しみの、・・・・・・・・・・・・・・・・・、だった。


 セレスティアは、それに——気づかなかった《・・・・・・・》。


 ただ、肩にかかる、巨大な銀の頭の——重みと、温かさを。

 そっと、両手で、受け止めながら——頬を、銀の毛並みに、寄せて、いるだけ、だった《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。


***


 ——どれほどの、時間が、流れただろう。


 彼女の体温が、ゆっくりと、銀の獣の身体に、伝わって、いく《・・・・・・・》。

 彼女の指のなかで、銀の獣の、千年の、張り詰めた孤独・・・・・・・が、す《・》こ《・》し《・》ず《・》つ《・》——け《・》て《・》い《・》っ《・》た《・》。


 彼女の両手から——彼女自身は、知らない《・・・・・・・・・・》。

 く《・》、の《・》、が——

 銀の獣の、傷だらけの体に、す《・》っ《・》と《・》、流れ込んで、いっていた。


 折れていた前足が——あるべき位置・・・・・に、戻った。

 自傷の傷たちが——す《・》っ《・》、と、閉じて、いった。

 血まみれだった銀の毛並みが——月光のように、白く、白く、澄んで、いった《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。


 ふたりを取り囲んでいた、瘴気の濃い霧が——半径数歩分、す《・》っ《・》、と、退いていた。


 その範囲だけ——

 雪が、まるで、花の香りを含んだ春の風のように《・・・・・・・・・・・・・・・・・・》、淡く、淡く、舞っていた。


 セレスティアは、ただ、ぼんやりと、思っただけだった。


 ——あら。


 ——だんだん、おとなしく、なって、こられた。


 ——よかった。


 そう、思って、心のなかで、——微笑んだ《・・・・》、だけだった。


***


 銀の獣の、半眼に閉じられた金色の瞳は——

 や《・》か《・》な《・》を《・》、て《・》め《・》て《・》い《・》た《・》。


 セレスティアの、膝のうえに——ほんの、軽く、頭を、預けて《・・・・・・・・・・・・》。


 世界で、いちばん、安心している——子犬みたいに。


***


 ——東の空が、ほんのわずかに、白み始めた、ころ。


 セレスティアの膝のうえで——

 銀の獣の身体が、ぼうっ《・・・》、と——淡い、月光のような光に《・・・・・・・・・・・》、包まれた《・・・・》。


 え《・》。


 彼女は、息を、呑んだ。


 光のなかで——


 巨大な、銀の獣の輪郭が——徐々に、徐々に、縮んで、いく《・・・・・・》。

 別のかたち《・・・・・》へと、溶けて、いく《・・・・・》。


***


 光が——ふっ《・・》、と、収まった、とき《・・・・・・》。


 セレスティアの膝のうえに、頭を預けて、眠っていたのは——


 もはや、銀の獣では《・・・・・・・》、なかった《・・・・》。


***


 背の高い《・・・・》——若い、ひとりの・・・・・・・・、だった。


 長い、月光のような銀の・・・・・・・・・

 血の気のない、白すぎる・・・・・

 夜空のような色の、長い、睫毛まつげ(——目は、まだ、閉じられていた)。

 細く、整った——完璧に近い、造形・・・・・・・・の、顔立ち。


 しかし——


 頬から、首筋、裸の鎖骨、肩、・・・・・・・・——あらゆる場所に《・・・・・・・》。

 さっきまで銀の獣の身体に刻まれていたはずの、——自傷の傷の名残・・・・・・・が、うっすらと、白く、刻まれていた《・・・・・・・・・・・・・・》。


 新しい傷は、塞がっていた。

 けれど《・・・》。


 古い《・・》、古い《・・》——千年積み重なった傷の残痕・・・・・・・・・・・・だけは。

 彼の肌に《・・・・》、痛々しく《・・・・》、白い・・・として、刻まれていた《・・・・・・》。


 そして——彼は、はだかだった《・・・・・・・・》。


 銀の獣から、人の姿に戻った、その瞬間の——

 何のよろいも、なにもまとっていない、無防備な、《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》生まれたままの、ひとりの・・・・・、だった。


***


 セレスティアの、頬が——ぼっ《・・》、と、赤くなった《・・・・・》。


 ——え。

 ——え、ど、どなた《・・・》、ですか。

 ——男の方……?《・・・・・・・》

 ——裸の、男の方……?《・・・・・・・・・・》


 恥じらいで、はじけた、ような、頬の、赤み。


 ——けれど。


 彼女の、頬の赤みは——たった、一瞬で《・・・・・・》、消えて、しまった。


 なぜなら。


 膝のうえの、その、若い男の——傷だらけの・・・・・・、を、見たから。


 頬の、薄い線。

 首筋から、肩へと走る、深い線。

 鎖骨を、横切る、無数の、白い、爪痕つめあと


 彼が、千年——ずっと——

 自分自身の爪で《・・・・・・・》、自分の体を《・・・・・》、引き裂き続けてきた、その痕跡・・・・・・・・・・・・・・


***


 セレスティアの、胸の、奥のほうの——

 だれにも、開かれたことのなかった、・・・・・・・・・・・・・・・・・・、が——

 そ《・》っ《・》と《・》、い《・》た《・》。


 ——……守らなければ《・・・・・・・・・》。


 そう、思った《・・・・・・》。


 男の人だから、とか。

 裸だから、とか。

 そういうことよりも、——もっと、ずっと、深いところで《・・・・・・・・・・・・・》。


 私が、守らなければ、いけない《・・・・・・・・・・・・・》——傷だらけの、いきもの《・・・・・・・・・》——なのだ、この方は《・・・・・・・・》。


 そう——思って、しまった《・・・・・・・》。


***


 セレスティアは、自分の身に纏っていた、毛織りの外套を——

 ゆっくりと、脱いだ《・・・》。


 そして、それを——

 膝のうえの、男の、傷だらけの、裸の身体・・・・・・・・・・・・・・・・・・、に——そっと、かけた《・・・・・・》。


 外套の襟元を、——男の、鎖骨の傷を、覆うように《・・・・・・・・・・・・・》、柔らかく、整えた《・・・・・・・・》。


 そして、彼女は——

 寝衣一枚の、薄い肩を、夜の寒さに、ふるりと、震わせた。


 けれど、それに、彼女は、——気づかなかった《・・・・・・・》。

 ただ、膝のうえの男の、——静かな寝顔・・・・・だけを、見つめていた。


***


 ——あの。


 心の中で《・・・・》——彼女は《・・・》、そっと、問いかけた《・・・・・・・・・・》。


 ——どなた、ですか。


 ——もしや《・・・》。


 ——あの・・・、で、いらっしゃ、いますか?《・・・・・・・・・・・・・》


***


 その、瞬間。


 膝のうえの男の——閉ざされていた、長い睫毛・・・・・・・・・・・が。


 わずかに、震えて《・・・・・・・・》——


 わずかに、——開きかけた《・・・・・・・・・》。


 夜明け前の、青みがかった、淡い光に——

 うっすらと、夜空の色をした瞳が、覗いた、その、瞬間《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》——


***


 血の月、——沈んで、ゆく《・・・・・・》。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
他の方も仰っているのと同じかもしれませんが、ほぼ全部の文章のレイアウト?が崩れていてかなり読むのが難しい状態。 (こ《・》んな《・》か《・》ん《・》じ《・・・・》です。) とても面白い作品なので勿体な…
多分、何かレイアウト?使われているのだと思うのですがほぼ全部崩れて見えていて、読めない状態です。 私の環境だけの可能性もありますが、一度ご確認いただいた方が良いかもしれません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ