表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『獣の皇帝陛下に溺愛されています ~無能と捨てられた元王女ですが、隣国で最強でした~』  作者: てん
第1章「絶望と解放のプロローグ」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/59

# 第5話 化け物の城の、優しい人たち

# 第5話 化け物の城の、優しい人たち


 ぎ、ぎ、ぎ——


 漆黒の城門が、ゆっくりと、その重い扉を、開いていく。


 無数の、静かな足音が、闇の奥のほうから、こちらへ、近づいてきた。


 セレスティアは、母の指輪を、左手の薬指のうえで、ぎゅっと、握りしめた。


 ——刑吏が、参るのですね。

 ——あるいは、私を、別の場所へ、連れて行く、兵が。


 ファルネーゼで、十二年。

 彼女が「迎え」というものに対して持ちうる、唯一の想像力は、ただ、それだけだった。


 しかし——


 城門の、闇の奥から、現れたのは。


 を《・》い《・》た《・》で《・》は《・》、な《・》か《・》っ《・》た《・》。


***


 正装の、城使用人たち。


 二列に、整然と並び、彼女に至る道筋を、挟むように——その全員が、片膝をついて《・・・・・・》、深く、深く、頭を垂れていた。


 老いた家令らしき白髪の男。まだ若い侍女たち。剣を腰に佩いた騎士装の男たち。白い制服の料理人らしき男女。


 誰一人として、彼女に剣を向けていない《・・・・・・・・・・・・・・・・・》。


 セレスティアは、その光景の前に、立ち尽くした。


 ——どういう、こと?


 使用人たちの隊列の、先頭。

 ひとり、すっきりと、立ち姿の整った、黒衣の長身の男が、いた。


 漆黒の、フード付きの外套がいとう。腰には、装飾を排した黒鞘くろざやの細剣。


 その男が、滑るような所作で、彼女の前に進み出て——

 胸に片手を当て、完璧な・・・・を、執った。


「お待ちしておりました」


 声は、低く、事務的・・・だった。


「——皇妃候補殿下・・・・・・


 ……皇、妃、候補。


 その単語が、頭のなかで、何度か、ゆっくりと、回った。

 意味が、すぐには、結ばなかった。


 男が、ゆっくりと、フードを、外す。


 現れたのは、銀色に近い灰色の髪と、右目を覆う黒い眼帯——そして、もう片方の。


 灰色の、鋭い・・・・・・


 その瞳は、声と同じく、ひどく冷静だった。

 冷たい鋼のような、職務にてっした瞳。


 ——けれど。


 その奥に、ほんの一瞬だけ。

 セレスティアにだけ、わかってしまう種類の《・・・・・・・・・・・・・・・・・・》、、が、灯っていた。


 濡れてはいない。震えてもいない。

 ただ、長い、長いあいだ、ひとつのことを、ただ、待ち続けてきた男だけが宿せる種類の——あ《・》の《・》、


「私は、クロウ《・・・》。我があるじの、影を統べる者にござります」


 声は、変わらず、冷たいまま。


「我が陛下より、貴女様を「皇妃候補」として、最大限の礼をもって、お迎えせよ《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》——との、ご下命にござります」


「——え」


にえ、として、お迎えするつもりは、当初より、ござりませなんだ」


「……」


「ファルネーゼ王国に発したご通達のなかには、確かに、その文言は含まれておりましたが——あれは、彼の国のお《・》に、無用の刺激を与えぬための、便宜上の、表現にござりまする」


 セレスティアは、呆然ぼうぜんと、立ちつくしていた。


 ——お迎えに、来ていた。


 ——“贄”ではなく、“皇妃候補”として——


 ——あ《・》の《・》の《・》が《・》、を《・》、《・》っ《・》て《・》い《・》て《・》、く《・》だ《・》さ《・》っ《・》て《・》い《・》た《・》。


 ——私を?


 ——無能・・、と、呼ばれて、捨てられた、私を?


 頭が、追いつかなかった。

 ただ、母の指輪を、もう一度、強く、強く、左手で、握りしめた。


***


 クロウに導かれて、彼女は、城の中へと、進んだ。


 ヴァルガルド帝城——

 ファルネーゼの王宮よりも、はるかに広大で、はるかに静謐せいひつな、荒涼たる美しさ《・・・・・・・》の館だった。


 磨き上げられた黒大理石の床。

 白銀の燭台しょくだいに、深紅の絨毯。

 尖塔せんとうのあいだから差し込む、あおい月光。


 ただし、人が、極端に、少ない《・・・・・・・・・・》。

 城は、明らかに、その規模に対して、生きている使用人の数が、足りていなかった。


 すれ違う使用人たちは、皆、彼女を見ると——

 はっと息を呑んで、即座に目を伏せ、片膝を、ついた《・・・・・・》。


 その動作は、儀礼そのものだった。


 けれど。


 彼らの目の、奥のほうにあったのは。

 憐れみ、では、なかった《・・・・・・・・・・》。

 警戒、でも、なかった《・・・・・・・・・》。


 ——何かを、こいねがう、ような、・・・・・・・・・・・・・・


 セレスティアは、戸惑った。


 ——みなさんは、私に、いったい、なにを、ん《・》で《・》い《・》ら《・》っ《・》し《・》ゃ《・》る《・》の《・》。


 答えを聞くより先に、彼女は、ひとつの扉の前に、辿り着いていた。


***


 通された、貴賓室きひんしつ


 扉が、ひらかれた、そのとき。


 セレスティアは、思わず、息を呑んだ。


 暖炉に、轟々《ごうごう》と、燃え盛る、橙色の炎。

 磨き抜かれたかしの机に並べられた、銀のティーセットと、湯気の立つ深皿のスープ。

 寝台の脇には、清潔な、絹の寝衣。

 奥の扉を開ければ、湯浴みの用意が、整っているらしかった。


 ——これは。


 ——これは、ファルネーゼで、十二年、私から奪われ続けてきた、そのすべて《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》、だ《・》。


 胸の奥が、みょうに、痛んだ。


「これは——」


 彼女は、おずおずと、クロウに、尋ねた。


「これは、——どなたの、お部屋ですか」


 クロウの、灰色の瞳が、ほんの少し、見開かれた。


「ご無体な。——もとより、貴女様の、お部屋にござります」


「私の」


「本日より、ヴァルガルド帝国全体が、貴女様にお仕えする部屋にござります」


 淡々と、それを述べる、クロウの声は。

 依然として、事務的だった《・・・・・・》。


 涙ぐむこと《・・・・・》も、声を震わせること《・・・・・・・・》も、決して、なかった。


 ただ、その瞳の奥の、あの熱が——

 ほんの少しだけ、——れ《・》た《・》、ようには、見えた。


***


「お困りのことが、ござりましたら、わたくしの名を、お呼びくだされ」


 クロウは、最後に、もう一度、深く頭を垂れて、退出していった。


 扉が閉まる——その、わずかな間際に。


 部屋の奥のほうから、聞き慣れない、女性の声が、かかってきた。


「——ご無事で、なにより」


***


 声の主は。

 暖炉の脇、深紅のソファに、片足を行儀悪く組んで、すでに、座っていた。


 二十代後半とおぼしき、すらりと長身の女性。

 燃えるような赤毛を、頭の高い位置で、ゆるりと結い上げている。

 深紫の魔導士外套の襟元から、白い喉が、覗いている。


 女は、彼女の姿を認めると、ソファから、ゆっくりと、立ち上がった。


 そして、セレスティアの全身を、上から、下まで——まじまじ、と、見た《・・・・・・・・・》。


 その瞬間、女の目が——


 ふ《・》っ《・》、と、く《・》、か《・》れ《・》た《・》。


「……まあ。すごい」


 ぽつり、と、女が、呟いた。


 その声には、魔導士としての、深い、深い驚愕・・・・・・・・・・・・・・が、混じっていた。


「あの——」


「いえ、こちらのこと」


 女は、首を振って、にこり、と、綺麗きれいな、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ごめんなさいね、お嬢さん。ちょっと、想定外のものを《・・・・・・・》、見てしまっただけだから」


 セレスティアの、頭は、混乱していた。


 ——想定外?


 ——なにが?


 女は、片手を差し出して、自分のことを、こう、名乗った。


「アタシは、ジークリンデ《・・・・・・》。気軽に、ジーク、と呼んでちょうだい」


「帝国筆頭魔導士。——そして、今宵から、あなたの『魔力指導役』を、仰せつかった、しがない一介の女よ」


 セレスティアは、その手を、おずおずと、取った。


 女の——ジークの——手は、男のように節くれ立って《・・・・・・・・・・》、硬く、温かかった《・・・・・・・・》。


「魔力、指導……?」


 セレスティアは、心の底から、申し訳なさそうに、首を、振った。


「あの——私には、魔力など、ございませんが」


 ジークの片眉が、くいっ《・・・》、と、上がった。


 それから、にやり、と、悪戯っぽく、笑って——


「あらそう」


「じゃあ、それを——最初の課題・・・・・に、しましょうね」


 くす、と、笑う。


「ま、いまは、お疲れでしょ。湯浴みでも、夕餉でも、ゆっくりお召しになってちょうだい。詳しいお話は、明朝に」


 ジークは、ひらり、と、外套を翻して、扉のほうへ歩きだした。


 が、扉の手前で、ふと、立ち止まり——

 半身だけ、振り向いて、彼女に、つけ加えた。


「あなた、本当に——無傷・・、で、おいでなのね」


「……?」


「いえ、なんでもない。湯あたりには、気をつけてね」


 扉が、静かに、閉まった。


 あとには、薄く、首を傾げたままの、セレスティア《・・・・・・・・・・・・・・・・・》、だけが、残された。


***


「お嬢様。湯浴みのご用意が、調っております」


 奥の扉が、しずかに、開いた。


 現れたのは、ジークとは、まるで違う種類の、静謐せいひつな気配の老婆だった。


 灰色の髪を、後ろで小さくきっちりと束ね、よく洗濯された、上等な麻のお仕着せをまとっている。

 痩せた、しわの刻まれた指。けれど、その指先は——子供のように、繊細だった。


「わたくしは、本日より、お嬢様付きを仰せつかりました——アンナ《・・・》、と、申します」


 アンナは、深く、ひっそりと、頭を、下げた。


 その挨拶ひとつ取っても——

 ファルネーゼの王宮のどの侍女よりも、品があった《・・・・・》。


***


 湯気の立つ、白い、白い、大理石の浴槽。

 ほのかに甘い、香油の混じった、花の匂いの・・・・・・


 アンナは、まずセレスティアの長い銀混じりの白金の髪を、ゆっくり、ゆっくり、湯で洗った。

 ファルネーゼでは、誰にも、こんな丁寧に髪を洗ってもらったことはなかった。


 次に、アンナの皺の手が、彼女の背中に、絹のような布を、当てた。


 肩から、肩甲骨。

 肩甲骨から、腰。


 ゆっくりと、優しく、上下に、撫でるように——


 その、布が。


 ぴたり、と、止まった《・・・・・・・・・》。


***


 止まったまま、——動かなかった《・・・・・・》。


 セレスティアは、最初、なにが起こったのか、わからなかった。


 アンナは、なにも、言わなかった《・・・・・・・・・》。


 悲鳴も、上げなかった。

 涙も、こぼさなかった。


 ただ。


 凍りついたように、動きを止めたまま《・・・・・・・・・・・・・・・・》——


 長い、長い、沈黙・・だけが、白い湯気のなかに、どろり《・・・》、と、漂っていた。


 その沈黙は——

 彼女に、強烈な、不安を、び《・》こ《・》し《・》た《・》。


 ファルネーゼで、十二年。

 誰かが、彼女に対して、不意に、動きを止めたとき。

 それは、決まって《・・・・》、これから、自分が叱責される予兆・・・・・・・・・・・・・だった。


 ベルトを取り出される、扇を振り上げられる、火かき棒の柄が握り直される——その、直前の沈黙・・・・・


 セレスティアの、肩が、ほんの少し、強張った。


 そして、彼女は、おずおずと、振り向くこともできずに、自分から先に《・・・・・・》、消えるような小声で、こう、尋ねた《・・・・・・・・・・・・・・・》。


「……あの。——お湯の温度が、お気に召しませんでしたか?」


「もしくは——私の身体が、お、お気に障るような《・・・・・・・・》、汚れ方を、しておりましたら」


「申し訳、ござ、いませ——」


 言葉の途中で。


 うっ《・・》、と。


 背中の真後ろから《・・・・・・・・》——絞り出すような嗚咽・・・・・・・・・が、彼女の耳を、打った《・・・・・・・・・》。


***


「……ち、違い、ます」


 アンナの、震える、ひどく低い、しわがれた声。


「ち、違うのです、お嬢様。違うのです……」


「ただ——」


「ただ、湯気が、——目に、染みただけ、にございますから」


 ——嘘だ、と。

 セレスティアにも、わかった。


 けれど、なにも、言えなかった。


 アンナの、皺の手が、震えながら、もう一度——

 今度は、気をつけて、気をつけて《・・・・・・・・・・・》、彼女の背中に、布を、当てた。


 布の動きが、——赤黒い、古い・・・・・・・たちを、ひとつ、また、ひとつ、なぞっていく。


 ベルトの金具の、丸い痕。

 扇の角の、鋭い、裂け。

 火かき棒で叩かれた、楕円形の、いつまでも消えなかった、紫色の名残。


 アンナの嗚咽は、それきり、止まらなかった。


 声を上げまいと、必死に、唇を噛みしめている気配が、湯気のなかに、伝わってくる。


「……お嬢様」


「これからは——」


「これからは。ヴァルガルドの城は」


「もう、お辛い目には《・・・・・・》、あなた様を、お遭わせいたしません《・・・・・・・・・・・・・・・》」


「これは、わたくしどもの、あるじばかりではござりません。城の全員の、お約束にござります」


***


 セレスティアの、頬を。


 温かいものが《・・・・・・》、ひとつぶ、ふたつぶ《・・・・・・・・・》、転がり、落ちた《・・・・・・・》。


 悲しい、というのとは、違った。


 ただ——

 誰かが、私のために、泣いてくださっている《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》、ということを。


 彼女は、人生で、初めて、知った《・・・》。


***


 湯から、上がって。


 清潔な絹の寝衣を、着付けながら——


 セレスティアは、おずおずと、アンナに、尋ねた。


「あの——」


「森で、私を、迎えてくださった……銀色の、大きな、お方は《・・・・・・・・・・・》」


 アンナの、シーツを整える手が、ぴたり《・・・》、と、止まった。


「——お会いに、なられたのですね」


 声は、しずかだった。


「あの方は——わたくしどもの、あるじ、にござります」


「……ご主人さま」


「皇帝陛下、ではなくて?」


 アンナの、表情が、ほんの少し、揺らいだ《・・・》。


 深く、深く、息を、吐いて——

 それから、覚悟したように、唇を、開いた。


「——わたくしどもの陛下は」


「お姿を、——月にひとたび《・・・・・・》、奪われて、おいでです《・・・・・・・・・》」


 セレスティアの、息が、止まった。


「今宵は、——血の満月・・・・


「陛下が、——一年でもっとも、お苦しみになる・・・・・・・・、に、ござりまする」


***


 アンナが、退室したあと。


 ひとりになったセレスティアは、ふらふらと、窓辺に、歩み寄った。


 窓の外。


 夜空に、まるで、傷口のように——

 血の色に染まった、満月・・・・・・・・・・が、煌々と、かっていた。


 そして、ずっと、ずっと、城の・・・——あるいは、城の外、深い森の彼方・・・・・・・・・・から。


 長い、長い、遠吠とおぼえが、響いてきた。


 あの《・・》、声。


 第3話、国境を越えた森のなかで、彼女が「し《・》い《・》のようだ」と感じた、あの、声。


 胸が、ぎゅっと、痛んだ。


 ——あの方は。


 ——今、お苦しみに、なっていらっしゃるのですね。


 左手の指輪を、胸に、強く、押し当てる。


 ——お母様。


 ——お会いするのは——もう少し、先に、なるかも、しれません。


 ——私には、——たぶん、まだ、しなければいけないことが、あるのかもしれません《・・・・・・・・・・》から。


***


 そのとき。


 どん、と《・・・・》。


 ノックも、なしに——

 部屋の扉が、勢いよく、開け放たれた。


 飛び込んできたのは、ジークリンデ。

 さっきまでの悪戯っぽい余裕は、消えていた。

 息が、あがっている。

 赤毛が、わずかに、乱れている。


「セレスティア様」


 言葉遣いが、呼び捨て交じりだったときと比べて《・・・・・・・・・・・・・・》、敬称に変わって《・・・・・・・》、いた。


「緊急事態よ」


 その声は、震えていた。


「——陛下が《・・・》、今宵、城に、お戻りに、ならない《・・・・・・・・・・・・》」


「森のなかで、——狂気に、お呑まれかけている」


「もしこのまま、夜明けまで、お戻りに、ならねば」


「陛下は、——に《・》、に《・》、ち《・》る《・》」


「クロウを含め——誰一人として《・・・・・・》、陛下に、近づけない」


 ジークの瞳が——

 まっすぐに、セレスティアを、捉えていた。


 うような、・・・・・・・だった。


「でも——たったひとつだけ《・・・・・・・・》、可能性が、ある」


「陛下が——あなたに、お会いになってから《・・・・・・・・・・・・・・》、——千年ぶりに、お声を、お絞りに、なった《・・・・・・・・・・・・・・・・・・》、と——」


「クロウから、聞いたの」


***


 セレスティアの、胸の、奥が——

 はじめて、どきり《・・・》、と、激しく、跳ねた。


 千年ぶり、に。


 ——あの、銀の獣が。

 ——人の、言葉を。


「ねえ、お願い」


 ジークが、ふいに、片膝を、ついた《・・・・・・》。


 帝国筆頭魔導士の——位を、誇り高くまとう女が。

 まだ出会って一刻も経たない、年若の異国の娘の前に。


「——私たちを、け《・》て《・》」


 声は、もう、震えていなかった。

 ただ、まっすぐに、彼女のことを、必要としていた《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。


「私たちを、——陛下を《・・・》、——助けて《・・・》、くださいませんか《・・・・・・・・》」


***


 セレスティアの、心の奥で。


 なにか、——今までと、まったく違うかたちの感情・・・・・・・・・・・・・・・・・、が、ゆっくりと、こみあげてきた。


 ——“役に立て”、と、命じられたのでは、ない。


 ——“利用される”ために、必要とされたのでは、ない。


 ——尊い・・・として、必要と、されている。


 ファルネーゼで、十二年。

 彼女が、誰かに「必要」とされたとき、その「必要」は、常に、便利な道具としての必要・・・・・・・・・・・・・だった。


 いま、目の前で片膝をつく、この、誇り高い、赤毛の女が、こちらに向けている「必要」は——


 まったく、別の、種類の、「必要」《・・・・・・・・・・・・・・・》、だった。


 セレスティアの瞳が、ほんの少しだけ、潤んだ。


 膝立ちのジークのほうに、彼女は、ひとつ、ゆっくりと、歩み寄った。


 そして、自分も——そっと、その場に、ひざまずいた《・・・・・・・・・・・・》。


 目線を、あわせる、ために。


「……ジークさま」


「私は、——魔力など、なにも、わかりません」


「あの方の、お助けの仕方も、知りません」


「ただ」


 ふっ、と、彼女は、微笑んだ。


 その微笑みは——

 十七年生きてきて、彼女が初めて浮かべた、まっすぐな微笑み《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》、だった。


「私の、できることが、もし、なにかひとつでも、あるのなら」


「——お連れ、ください」


「あの方の、もとへ」


***


 ——同じ夜。


 はるか、西。

 ファルネーゼ王国、王宮の最奥、王妃ベアトリスの寝室。


 医師たちの顔は、もう、完全に、青ざめていた《・・・・・・・・・》。


「もう、——どのような薬も、お利きに、なりませぬ」

「このまま、夜が明けるまで、もちますかどうか——」


 寝台の上では、王妃ベアトリスが、——

 うわごとで、何度も、何度も。


「——なぜ、あの娘は、まだ、生きているのよ《・・・・・・・》」


 と、繰り返していた。


 血の月、今夜こんや

 ふたつの国の、運命・・が——同じ刻に《・・・・》、静かに、回りはじめていた《・・・・・・・・・・・・》。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ