# 第52話 漆黒の、船団、と、皇帝の、決意
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ご懐妊の発覚から——約一ヶ月後の、朝。
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帝城の皇帝の寝室に——穏やかな、深い、秋の朝の光が、満ちていた。
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セレスティアは、ヴォルフラムの腕の中で、穏やかに、目覚めた。
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彼女の細い手が、穏やかに、自分のお腹に、置かれる。
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お腹は、まだ、僅かにしか、膨らんでいない。
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けれど、彼女は、確かに——お腹の中の、命の息吹を、感じ始めていた。
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胸の奥に、僅かな、つわりの重み。
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けれど、それは——苦しさよりも、慶びの重み、だった。
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「——おはようござりますわ、陛下」
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彼女の声は——昨日までより、僅かに、低く——けれど、穏やかな、深い、声だった。
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ヴォルフラムが、穏やかに、彼女を、抱きしめる。
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「——セレスティア——お加減は、よろしいか」
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「——ええ、陛下——少し、つわりがござりますが——穏やかな日々で、ござりますわ」
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ヴォルフラムの『夜空の瞳』に、穏やかな、深い、慈愛の光。
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けれど——その『夜空の瞳』の奥に——僅かな、影の余韻が、宿っていた。
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セレスティアの青の瞳は——その影を、穏やかに、見抜いていた。
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千年の契約の円環の、終着点に、戴冠した『国母』の瞳。
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夫の魂の奥の、僅かな、影の揺らぎを、見逃す、ことは、無い。
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(——陛下——何か、ご懸念が——?)
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けれど、彼女は——その問いを、口にしなかった。
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穏やかに、夫の頬に、手を、添えるだけ、だった。
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(——陛下が、お知らせくださる刻まで——わたくしは、穏やかに、待ち致しましょう)
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朝食の刻=帝城の大広間。
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セレスティア+ヴォルフラム+アネリーゼ+ゲオルク=四人で、穏やかに、朝食。
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本日=アネリーゼとゲオルクが、北方のアルテンブルク公爵領へ、帰還する刻、だった。
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アネリーゼが、穏やかに、セレスティアに、お話。
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「——皇妃殿下——」
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「——わたくしども、本日、別れの刻で、ござりますわ」
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「——けれど——ご出産の刻には——必ず、帝城に、参じますわ」
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セレスティアの青の瞳に、穏やかな涙。
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「——アネリーゼ様——ゲオルク様——お、有難く存じますわ」
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「——お腹の中の、新たな命の刻まで——お元気で、いらっしゃってくださりませ」
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ゲオルクの灰色の瞳から、穏やかな涙が、滴る。
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彼の頬の、古い刀傷が、穏やかに、震えた。
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「——皇妃殿下——」
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「——アルテンブルクの千年のお護りを——これからも、執り致しますわ」
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「——けれど——」
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彼の声に——僅かな、不安の影が、宿った。
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「——ヴィルヘルムの、北方の要塞からも——『北の海の、不穏な気配』、と——報告が、ござりまして——」
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「——皇帝陛下が、ご対応に、当たっていらっしゃると——お聞き致しましたが——」
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その瞬間——
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セレスティアの青の瞳が、僅かに、揺らいだ。
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(——『北の海の、不穏な気配』——)
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夫の『夜空の瞳』の奥の、影の余韻の、正体が——一瞬、彼女の魂の奥で、形を、なした。
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けれど——彼女は、穏やかに、その認識を、お腹に、収めた。
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ヴォルフラムが、穏やかに、ゲオルクに、頷く。
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「——ゲオルク——わたくしが、引き受けておる」
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「——お、安心致せ」
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彼の声には——『お、』が一度、混じっていた。
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千年の獣の皇帝が——『安心』、と、いう、たった三文字を、口にする為に、僅かに、喉が、詰まった。
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ガルバートを絶対零度で粉砕した、皇帝が——
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今——『北の海の、絶対的な異物』を前にして——『安心致せ』と告げる為に、僅かな、忍耐を、必要としていた。
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その『お、』の一文字に——壮絶な、決意が、宿っていた。
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セレスティアは——その一文字を——確かに、聞き取っていた。
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帝城の正門。
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アネリーゼとゲオルクが、馬車に、乗り込む。
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セレスティア+ヴォルフラム+腹心たちが、穏やかに、見送る。
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アネリーゼの冷たい翠玉の瞳から、穏やかな涙。
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「——皇妃殿下——お腹の中の、新たな命を——お護りくださりませ」
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「——アルテンブルクの千年のお護りも——遠くから、捧げ致しますわ」
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馬車が、穏やかに、北方へ向かって、走り出す。
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セレスティアの青の瞳から、穏やかな涙。
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(——アネリーゼ様——ゲオルク様——)
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(——新たな命の刻に——また、お会い致しましょう)
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ヴォルフラムが、穏やかに、セレスティアを、抱きしめる。
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「——セレスティア——寂しいか」
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「——いいえ、陛下——寂しさよりも、温かさの方が、深く、ござりますわ」
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二人で、穏やかに、北方の空を、見つめる。
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けれど——その『北方の空』の、向こうには——
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漆黒の船団の影が——穏やかに、しかし、確実に、宿り始めていた。
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同じ日の、夜。
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帝城のヴォルフラムの執務室。
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ハルトムートが、影部隊からの、最新の報告。
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「——陛下——」
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「——漆黒の船団は——ヴァルガルド帝国の北方の海域に、到達致しました」
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「——ただし、上陸は、まだ、致しておりませぬ」
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「——北方の海上で——穏やかに、停泊、致しております」
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ヴォルフラムの『夜空の瞳』が、冷徹に、曇る。
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「——『穏やかに、停泊』、か」
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「——左様で、ござります」
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ハルトムートが、続けた。
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「——影部隊の魔導士の、観察によれば——」
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「——船団は——『約三十隻』——」
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「——『どの船も——わたくしどもの世界の、造船技術では、不可能な、形』、で、ござります」
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「——船体は——『漆黒の、光を、吸う、未知の素材』——」
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「——『見ているだけで——魔力の流れが、狂う』、ほどの、異物感、で、ござります」
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ヴォルフラムの『夜空の瞳』が——絶対零度の静寂に、凍りつく。
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「——『見ているだけで、魔力の流れが、狂う』、か」
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「——左様で、ござります」
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ハルトムートは、深く、頭を、垂れる。
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「——更に、ござります」
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「——影部隊の最も優秀な魔導士、三名が——船団の観察を、続けて、おりましたが——」
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「——本日の昼、突如、『精神的な眩暈』を、起こし——」
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「——一時的に——『魔力を、完全に、失った』、と——」
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ヴォルフラムの『夜空の瞳』が、瞬時に、見開かれる。
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「——魔導士が——『魔力を、失った』、と——?」
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「——左様で、ござります」
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「——三名とも、現在は、回復、致して、おりますが——」
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「——『あの船団を、感知しようと、致した、その瞬間——魂の根幹が、引き剥がされる、感覚』、と——」
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ハルトムートの声が、震える。
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「——『生まれて、初めて、魂が、何かに、否定された』、感覚——」
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「——と、申しております」
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ヴォルフラムは、しばらく、沈黙した。
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彼の『夜空の瞳』の奥で——千年——獣の呪い+ガルバートの千年の計算+大魔女の契約——
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すべてを、乗り越えて参った、皇帝が——
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今——『初めて、知らない、種類の、恐怖』に、立ち会っていた。
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「——ハルトムート」
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彼の声は——穏やかに、低く、けれど、絶対零度の冷徹さを、宿していた。
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「——帝国軍の北方の沿岸警備を——倍に、増やせ」
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「——影部隊の北方の警備網を——三倍に、増やせ」
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「——魔力感知に、依存致さぬ、『目視+地形+海流』の、警備網を、お、構築、致せ」
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「——『魔力』が、通用、致さぬ、敵に——『魔力』で、対抗、致しては、ならぬ」
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ハルトムートが、深く、頭を、垂れる。
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「——更に——」
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「——ヴェネシア聖印国大司祭ヴェレナ様に——『北の海の、未知の異物』の件を、伝え致せ」
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「——大聖女ヴェネシアの、千年の神話の中に——『未知の異物』の、対処の知恵が、ござれば——頂きたい」
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「——エルディオ王国王太子レオンハルト様にも——伝え致せ」
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「——大陸の諸国の連携の準備を——整えよ」
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「——畏まりました、陛下」
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けれど——その後——
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ヴォルフラムの声に——僅かな、苦悩の影が、宿った。
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「——けれど——」
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「——皇妃には——まだ、知らせぬ」
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「——お腹の中の、新たな命の刻を——穏やかに、過ごし、頂きたい」
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「——『不穏な刻』は——わたくし、一人で、引き受ける」
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ハルトムートは、穏やかに、深く、頭を、垂れる。
***
「——畏まりました、陛下」
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深夜——帝城の皇帝の寝室。
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セレスティアは、穏やかに、寝台の上に座って、ヴォルフラムを、待っていた。
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彼女のお腹の上には、穏やかに、手が、置かれている。
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ヴォルフラムが、穏やかに、寝室に、入って、来る。
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彼の『夜空の瞳』には——穏やかな、けれど、深い、疲労の影。
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セレスティアは——その『疲労の影』を、瞬時に、見抜いた。
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けれど、彼女は——情報の中身を、問わなかった。
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彼女は、穏やかに、寝台の上から、彼に、手を、差し伸べる。
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「——陛下——」
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ヴォルフラムが、穏やかに、彼女の隣に、座る。
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セレスティアの細い手が、穏やかに、彼の頬に、添えられる。
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「——陛下——わたくしは、感じ取っております」
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彼女の青の瞳が、穏やかに、彼の『夜空の瞳』を、見つめる。
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「——何か——『不穏な刻』が——近づきつつ、あること、を」
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ヴォルフラムの『夜空の瞳』が、僅かに、見開かれる。
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「——セレスティア——」
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彼の声に——千年の獣の皇帝の、初めての、震えが、宿った。
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セレスティアは、穏やかに、続ける。
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彼女の声は——昨日までの、震えた『お飾り皇妃』の声では、無い。
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千年の契約の円環の、終着点に、戴冠した『国母』の、穏やかな、深い、声、だった。
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「——けれど——わたくしは——内容を、お聞き致しません」
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ヴォルフラムの『夜空の瞳』が——更に、見開かれる。
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「——陛下が——『一人で、引き受ける』、と、決められた、お、戦いで、あれば——」
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「——わたくしは——それを——『完璧に、信じます』」
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彼女の青の瞳から——穏やかな涙が、滴る。
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けれど——その涙は——『怯える少女』の、涙では、無い。
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覚悟の決まった、一人の妻+国母の、決意の、涙、だった。
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「——陛下は——『陛下の戦い』を、引き受けてくださる」
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「——わたくしは——わたくしの『戦い』を、引き受けます」
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彼女の細い手が、穏やかに、お腹に、置かれる。
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「——お腹の中の、新たな命を——『完璧に、お護り致す』、戦いを——」
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「——わたくしが、引き受けますわ」
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二人の、視線が、穏やかに、繋がる。
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情報の中身は、伝えない。
けれど、覚悟は——『等価』、で、交換される。
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ヴォルフラムの『夜空の瞳』から——穏やかに、穏やかに——涙が、滴り始めた。
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千年——『獣の呪い』に、お、苦しんで参った、孤独の皇帝が——
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今——『すべてを、分かち合える、真の伴侶』を、得た——刻、だった。
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「——セレスティア——」
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彼の声が、深く、震える。
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「——お前は——」
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「——わたくしの、想像の、はるか、向こう、まで——歩んでくれて、おる、のだ、な」
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彼は、穏やかに、彼女を、抱きしめる。
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「——お前と、わたくしは——『二人で、一つ』では、無い」
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「——『二人で、二つ』、なのだ」
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「——お前は、お前の戦いを——わたくしは、わたくしの戦いを——」
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「——『等価』、で——引き受ける」
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セレスティアは、穏やかに、彼の胸に、頭を、寄せる。
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「——ええ、陛下——」
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「——『等価』、で、ござりますわ」
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二人の心音が、穏やかに、共鳴する。
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月の光が、穏やかに、二人を、包む。
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穏やかな、けれど、絶対的な、覚悟の、等価交換の、刻、だった。
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夜が、更ける。
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セレスティアは、穏やかに、ヴォルフラムの腕の中で、眠りに、落ちていく。
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ヴォルフラムは、穏やかに、彼女のお腹に、自分の手を、重ねる。
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(——わたくしの、最愛の妻——)
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(——わたくしの、新たな命——)
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(——『二人だけの、穏やかな刻』を——わたくしは、絶対に、守り抜く)
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同じ夜の、北方の海上。
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漆黒の船団=三十隻が、北方の海上に、穏やかに、停泊していた。
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月の光が——その漆黒の船体に、当たる、その瞬間——
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月の光が——船体に、吸い込まれて、消えた。
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漆黒の船体は——『光すら、吸い込む、未知の素材』、だった。
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そして——
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船団の中央の、最も巨大な、漆黒の船から——
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一筋の——『色の、無い、光』が、空に向かって、立ち昇った。
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いや——『光』、では、無い。
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『光』、と、いう、概念、すら——超えた——『何か』。
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それは——明るくも、暗くも、無く——
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色を——『持た、無い』、ものだった。
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網膜が——その『何か』を、捉えた瞬間——
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脳が、それを、『何で、ある、か』を、認識する、ことを——拒絶した。
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北方の海の、漁師の村の、漁師たちが——たまたま、その光景を、目撃した。
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彼らは——
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声を、上げる、ことすら、出来、無かった。
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ただ——
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穏やかに——
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漁網を、手から、滑り落とし——
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膝を、ついた。
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数名の、漁師は——その夜、声を、失った。
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数名の、漁師は——その夜、月の方角を、認識する、ことが、出来、無く、なった。
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大陸の、根幹の——『現実の、認識の、お、土台』が——『色の、無い、光』を、目撃した、漁師たちの、魂の中で——僅かに、剥がれ、落ちて、いた。
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その『色の、無い、光』は——
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北方の海から、帝都の方角に向かって——
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穏やかに、しかし、確実に——伸びていった。
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まるで——
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『何か』が——『何か』を、探し始めた、ように。
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いや——
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『誰か』が——『誰か』を、探し始めた、ように。
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帝都の、帝城の、皇帝の寝室で——
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セレスティアは、穏やかに、お腹に、手を、置いて、眠っていた。
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ヴォルフラムは、穏やかに、彼女を、抱きしめて、眠っていた。
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二人は——『色の、無い、光』が、自分たちに向かって、伸びて来ていること、を——
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まだ、知ら、無かった。
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穏やかな日常の、穏やかな夜の刻と——
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『千年の円環の、外側』、からの、『色の、無い、光』の、本格的な接近の刻が——
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同じ夜の、月の下で——
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穏やかに、しかし、確実に——並走し始めていた。
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『次の刻』=漆黒の船団からの『色の、無い、光』の、帝都への、本格的な接近+ヴォルフラムの絶対零度の対峙+セレスティアの妊娠の本格的な進行——の刻が——
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穏やかに、二人を、待っていた、のだった。




