# 第28話 並ぶ者の第一歩
# 第28話 並ぶ者の第一歩
朝——帝城の皇妃の私室、の、窓辺。
秋の光が、淡く、穏やかに、射し込んで、いた。
けれど——今朝のセレスティアの表情、に、は——昨日までとは、違う、静かな、意志、が、宿って、いた。
***
朝食卓——二人ぶんのカップ。
セレスティアは——穏やかに、レナーテに、告げる。
「レナーテ様——本日、魔導士団の塔へ、お、参り、致します」
「ジークリンデ様と——個人的な、お、時間を、頂きたく、存じます」
***
ヴォルフラムは——穏やかに、彼女を、見た。
け、れ、ど——彼の、夜空の瞳の、奥に——微かな、『察知』、が、宿った。
(——何か、の、準備、を、して、いる、な、セレスティア——)
け、れ、ど——彼は、穏やかに、応じた。
「——お、気を、つけて、な、セレスティア」
セレスティア、穏やかに:「——有難く、存じます、陛下」
***
『二刻、まで』、の、外出制限、の、範囲内、だ、っ、た。
け、れ、ど——彼女の目に宿った意志は——もはや、『護られる、だけの、存在』、のもの、では、な、か、っ、た。
『鳥籠の内側で、意志の、根を、張る』決意の、具体的な第一歩、だ、っ、た。
***
帝城の中庭を、抜けて——魔導士団の塔へ、向かう。
塔の最上階——ジークリンデの私室、に通される。
本棚に魔導書が並び、窓辺の卓に魔導具が散らばる——独特の薬草の、香りが、漂う、部屋。
***
ジークが、赤毛を、揺らして、出迎える。
「あら、セレスティア様——今日は、稽古、じゃないのに——どうしたの?」
***
セレスティアは——静かに、懐から、チラシを、取り出した。
大理石の、卓の、上に、静かに、置く。
***
ジークの碧眼が——凍りつい、た。
「——セレスティア様——それを——ど、こ、で——?」
***
セレスティアは——穏やかに、応じた。
「——偶然、目撃、致し、ました、わ」
「昨日、帝城内の帰り道、に——侍女が、落とした、もの、を——拾い上げた、の、です」
***
ジークは——長く、沈黙、した。
彼女の赤毛が——秋の光の中で、わずかに、揺れる。
彼女の中で——二つの声が、静かに、綱引きを、して、いた。
***
『——アタシは——陛下から——『あ、な、た様の、お、耳に、入れぬよう』、の、厳命を、受けている、わ』
『——セレスティア様、に——これ以上、お、伝えする、べき、では、な、い、わ』
***
け、れ、ど——彼女の魂の別の部分が——別の声を発して、いた。
***
『——アタシは——千年の孤独を、経験した陛下を、姉貴分として見てきた』
『——陛下の『過保護の怪物』、が——本格化、して、いる』
『——このまま、陛下が、セレスティア様を、鳥籠に、閉じ込め続ければ——いずれ、陛下、自身が——『過保護の怪物』、に、喰われる』
『——そして、二人の愛が——壊れる』
***
『——アタシは——陛下の忠臣、よ』
『——だ、か、ら、こ、そ——陛下が、怪物のままで、いられないように——あんたに、武器を、渡すんだ』
***
ジークは——顔を、上げた。
彼女の碧眼に——静かな決意が、宿って、いた。
***
「——セレスティア様」
「アタシは——陛下から、『あ、な、た様の、お、耳に、入れぬよう』、の、厳命を受けて、いる、わ」
「——それを、今、破る、の、は——陛下への、忠誠を、捨てる、の、では、な、い、の、よ」
***
「——別の、『忠誠』、を、選ぶ、の、よ」
***
セレスティアの瞳が——静かに、揺れる。
***
ジーク、低く、続ける。
「陛下を、『過保護の怪物』、から、お、救いするには——あ、な、た様、に、『武器』、を、お、渡し致すしか、な、い、の、よ」
「あ、な、た様、が、『並ぶ、者』として、陛下の横に立たれること、で——陛下の、怪物が——手綱を、握られる」
「——それが、陛下の愛を、お、救い、致す、唯一の、道、な、の、よ」
***
セレスティアの胸が——温かい、もので、揺れる。
(——ジーク様、は——あ、の、方の愛を——本気で、お、お、愛し、に、な、られて、いらっしゃる——)
***
ジークは——チラシを、指で、軽く、叩いた。
「——あのチラシの発信源は——ヴェルデンベルク侯爵家、の、印刷工房、よ」
「陛下は、『裁く機会』、を静かにお、待ち、でいらっしゃる、わ。け、れ、ど——何時、発動、なさるか——アタシは、存じ上げない」
***
セレスティアは——穏やかに、頭を、垂れた。
「——ジーク様」
「——有難う、ござります」
***
ジークは——無骨に、頭を、振る。
「——礼は要らない、わ、セレスティア様」
「ただ——単独で、お、動きには、なら、な、い、で、くださりませ」
「あ、な、た様の、『流転型魔力』、の稽古は——順調、よ。け、れ、ど——『前例が、な、い』、事実、は——今でも、変わらない、の、よ」
「儀式の本番で——あ、な、た様が、お、生き残られる可能性は高い、け、れ、ど——完全な保証はな、い、わ」
***
「——だ、か、ら、こ、そ——陛下と——『並んで』、お、動き、くださりませ」
「『単独で、戦う、者』、では、な、く——『陛下と、並ぶ、者』、として、お、動き、くださりませ」
***
セレスティアは——穏やかに、頷いた。
「——わかり、ました、ジーク様」
「わ、たくしは——単独では、動きません、わ」
「——陛下と、『お、分かち合い』、を、致しとう、存じます」
***
ジークの表情が——静かに、和らぐ。
(——あのお嬢様は——本当に、『並ぶ者』、に——なられたのだ、わ……)
***
魔導士団の塔から、帰る、途中。
セレスティアは、レナーテに、頼んで——短い手紙を、書いた。
***
淡い青の便箋に——温かい文字、を、綴る。
***
『——イザベラ
本日、わ、たくしは——あ、な、た様の、お、父様の、お、心の、動きの、一端を、知り、致しました
あ、な、た様、に——お、心の傷を——お、与えしては、な、ら、な、い、の、で——具体的な内容は——お、伝え、致しません
け、れ、ど——もし——あ、な、た様の、お、心、に——『お、父様、に、対する、苦しい、お、気持ち』、が、宿る、時、は——どうか、わ、たくしの、元、に——お、越し、くださりませ
わ、たくしは——『鏡の令嬢』、の、お、友、として——お、お、お、傍に——常に、お、り、ます
あ、な、た様、のお身をお身をお身をお身をお身をお身をお、大切に——お、過ごし、くださりませ
セレスティア』
***
『父親の陰謀を——娘であるイザベラを、傷つけないため、に、隠す』=本物の聖女としての気高さ、と——『鏡の令嬢』、との、連帯の、絆。
手紙が、侯爵家へ、向かって送られる。
***
午後——帝城に、戻った、セレスティアは——皇帝の私室で、公務中のヴォルフラムの、前に、歩み出た。
***
ヴォルフラムが、顔を、上げる。
「——セレスティア——お、帰り、か」
***
セレスティアは——静かに、懐から、チラシを、取り出した。
***
皇帝の執務机の上に——静かに、置く。
***
「——陛下」
「これを——昨日、帝城内、で——わ、たくしは——目撃、致し、ました」
***
ヴォルフラムの夜空の瞳が——凍り、つい、た。
***
(——目撃して、いたのか——セレスティア——)
(——な、ぜ——お、前は——自分から——『偽聖女』、の、地獄に、歩み戻ろう、と、す、る、の、だ——?)
***
彼の中で——二つの声が、同時に、発せられた。
***
『純粋な愛』の声=『お、前を、二度と、あの地獄に、戻したくない』
『過保護の怪物』の声=『お、前を、永遠に、私の目の、届く、場所に、閉じ込めたい』
***
二つの声が——今、同じ彼の喉から、発せられようと、して、いた。
***
ヴォルフラムは——静かに、応じた。
「セレスティア——な、ぜ——お、前は——わ、たくしに、そ、の、事実を、お、分かち合いに、なられた、の、か?」
***
『静かな、苛立ち』の混じった声、だ、っ、た。
***
セレスティアは——穏やかに、応じた。
「——陛下」
「わ、たくしは——あ、な、た、の、横、で、戦う、者、で、あ、り、た、い、の、です」
「『偽聖女』、の、三文字、に——わ、たくしは——耐えられます、わ」
「十二年の地獄を、耐え抜いた、わ、たくし、が、でござります、もの」
***
ヴォルフラムは——長く、沈黙、した。
彼の夜空の瞳の奥で——『純粋な愛』と『過保護の怪物』の二つが——同時に、渦巻いて、いた。
***
彼は——低く、応じる。
「セレスティア——お、前の強さは——存じて、お、る」
「——け、れ、ど——な、ぜ——わ、たくしが——お、前を、あ、の、呪いの言葉から——お、遠ざけたかった、か——お、分かりに、なら、な、い、の、か?」
***
彼の声には——『純粋な愛』の、苦しみが、宿って、いた。
***
「お、前の、十二年の地獄を——わ、たくしは——二度と——繰り返させたく、な、い、の、だ」
「お、前を——永遠に——呪いの言葉の、届かない、場所に——お、匿いしたい、の、だ」
***
『お、匿いしたい』——
そ、の、二文字、が——セレスティアの耳に、残響を、残した。
***
彼女は、気づいた。
『鳥籠』、の、意味、を——完全に、認識、した、の、だ、っ、た。
***
け、れ、ど——同時に——彼女は、気づいて、いた。
***
ヴォルフラムの『お、匿いしたい』、の、根底にあるのは——『悪意』、では、な、か、っ、た。
『支配欲』、でも、な、か、っ、た。
***
『——千年の孤独を経験した男、の——『セレスティアを失うこと』、への——狂おしいほどの、恐怖』、だ、っ、た。
***
二人の愛は——『相手を、愛し、護りたい』の、完全に、同じ動機、から、発して、いた。
け、れ、ど——形が、違って、いた、の、だ、っ、た。
***
セレスティアは——静かに、歩み寄って——ヴォルフラムの、手を、そっと、握った。
***
「——陛下」
「あ、な、たの、お、愛、そ、の、もの、は——信じて、お、り、ます、わ」
***
「——け、れ、ど——」
「わ、たくしも——あ、な、たを、お、失う、の、が——怖い、の、です」
***
「——あ、な、たが——お、一人で、戦って、いらっしゃる、お、姿を——わ、たくしは——耐えられません、わ」
***
「——わ、たくしの、十二年の地獄、より——あ、な、たが、お、一人で、傷つくお姿、を拝見、致す、方が——遥かに、痛い、の、です」
***
ヴォルフラムの夜空の瞳が——大きく、揺れた。
***
『相手を、愛し、護りたい』の、同じ動機、から発した、二人の魂の、叫び、だ、っ、た。
形が、違う、だけ、だ、っ、た。
け、れ、ど——形が、違う、から、こ、そ——激しく、衝突して、いた、の、だ、っ、た。
***
二人は——長く、長く——互いの目を、見つめ合った。
***
あまりにも、純粋で——それゆえに、歪んで、しまった——愛の綱引き、だ、っ、た。
***
そ、して——ヴォルフラムは——静かに、彼女の手を、握り返した。
***
「——セレスティア」
「——お、前の言葉、を——聞き、致した」
「『お、匿いの愛』、と——『お、並びの愛』——形は、違う、の、だ、な」
***
「——わ、たくしは——『お、匿いの愛』、を——無意識に——お、前に——押し付けて、いた、の、だ、な」
***
『過保護の怪物』を——彼が——彼自身、初めて、認識した、瞬間、だった。
***
彼は——低く、呟いた。
「——セレスティア」
「『お、並びの愛』、を——わ、たくしも、学ばねば、なら、な、い、な」
***
セレスティアの目から——涙が、滲んだ。
「——陛下」
「——お、お、有難く、存じます」
***
二人は——穏やかに、抱擁、を、交わした。
***
『静かな、休戦』、が——二人の間に、結ばれた、瞬間、だ、っ、た。
彼の過保護の怪物が——わずかに、手綱を、握られた、瞬間、だった。
***
夜——穏やかな夕餉。
二人ぶんの、温かい食事。
窓の外、月、が——更に、大きく、なって、い、る。
血の月まで——あ、と、十一日。
***
ヴォルフラムは——穏やかに、セレスティアに、告げた。
「——セレスティア。今後は——侯爵家の動きの、報告も、お、前に——お、分かち合い、致す」
「明日——チラシの発信源、に対する具体的な策を——二人で、お、考え、致そう」
***
セレスティアは——穏やかに、頷いた。
「——有難く、存じます、陛下」
「——『並ぶ者』、として——お、並び、致したく、存じます」
***
静かな、穏やかな、夜、だ、っ、た。
甘く、切ない、休戦の夜、だ、っ、た。
***
けれど——
***
同じ刻、帝城の、外。
ヴェルデンベルク侯爵家、の、私邸、の、執務室。
***
フロリアン・ヴェルデンベルク侯爵、は——数名の貴族と——秘密の会合を、行って、いた。
***
一人の、貴族:「——侯爵様。チラシの戦略は——失敗、でござりますな」
「皇帝陛下が——公然と、皇妃の手を、握られた、今——貴族たちの多くは——皇妃殿下、の公的承認を、認めて、お、り、ます」
***
別の貴族:「『純血の皇妃』、の主張、は——もはや、公的には、通り、ません」
***
フロリアン、低く、応じる。
「——わかって、お、る」
「だ、か、ら、こ、そ——『最後の手段』、を——準備、致す、の、だ」
***
彼は——懐から——小さな、宝石箱を、取り出した。
***
箱を、開く。
中には——微かに、青く、光る——小瓶、が、一つ。
***
「——致死毒、でござります」
***
貴族たちの、顔色が——凍り、つく。
***
フロリアン、静かに、続ける。
「——諸君、これは——た、だ、の致死毒では、な、い」
「——百年前、ファルネーゼ王国から、帝国に——献上された、毒、だ」
***
大広間の空気が——更に、凍る。
***
「皇妃殿下の、生家から、流れてきた毒、で——皇妃殿下を、殺める」
「これほどの皮肉、は——ござりません、な」
***
貴族の一人:「——侯爵様、それは——帝国法に、抵触、致します……」
フロリアン、冷たく:「——帝国法、より——遥かに、重い、もの、を、わ、たくしは、守る、の、だ」
***
彼の灰色の瞳に——『帝国の歴史とプライド』の大義名分が、宿って、いた。
け、れ、ど——それは——『暗殺道具』、としての毒ではな、か、っ、た。
***
『——帝国を脅かす、外国(=ファルネーゼ)、の血を——その故郷の毒、で、洗い流す』
***
彼なりの、不気味なまでの——『美学』、と、『正義』、の、極致、だ、っ、た。
***
彼が、自分の手を汚して、でも——『帝国の純血』、を守ろう、とする——狂信的なプライドの、形、だ、っ、た。
***
「——諸君。決行は——明後日」
「皇帝陛下が、月の半ばの公務で、帝都を、離れる、そ、の、刻——皇妃殿下の身辺、の、警備が、わずかに、手薄に、なる、機会、を——狙う」
***
貴族たち、低く、頷く。
***
『最後の手段』、の、具体的な形と時刻が——今、決定された、の、だ、っ、た。
***
帝城の、皇帝の寝室——
セレスティアと、ヴォルフラムは、穏やかに、眠って、い、た。
愛の形の擦り合わせ、の一日、が——静かに、静かに——終わった、の、だ、っ、た。
***
二人の間に、宿る『愛』、は——今宵——形を擦り合わせ、始めた。
け、れ、ど——二人は、まだ、気づいて、い、な、い。
***
『侯爵家の致死毒』、の存在を。
『百年前、ファルネーゼ王国から、帝国に献上された』、毒の存在を。
『皇妃殿下の生家から流れてきた、毒で、皇妃殿下を殺める』、皮肉の存在を。
***
甘く、切ない、休戦の夜、の穏やかな表面の裏で——
『最後の手段』、は——明後日に、向かって——静かに、静かに——歩み寄って、い、た、の、だ、っ、た。
***
月光が——侯爵家の執務室の窓に、射し込む。
月は——更に、大きく、なって、い、る。
次の、血の月まで——あ、と、十一日。
そして——侯爵家の『最後の手段』、まで——あ、と、二日。
***
『愛の形の擦り合わせ』、の穏やかな夜は——
『破滅の足音』、の秒針の音と——同居、して、い、た、の、だ、っ、た。




