第24話 凱旋——静かなる、余韻
# 第24話 凱旋——静かなる、余韻
諸国会議の、翌、朝。
ファルネーゼ王宮——空気が、すっかり、変わって、いた。
昨日まで——『新聖女、アンジェリカ』、を、崇めて、いた、王宮貴族たちが——今朝は、顔を、伏せて——廊下を、歩いて、いた。
王宮の隅々から——微かな、焦りと、混乱、が——滲み出して、いる。
帝都の街角では——号外の、新聞が、配られて、いる、声、が、響いて、いた。
『——帝国皇妃、セレスティア・ヴァルガルド——公的、認定!』
『——ファルネーゼ偽聖女、アンジェリカ姫——諸国会議で、完全な、敗北!』
***
帝国の貴賓室。
セレスティアは——穏やかに、朝食を、取って、いた。
月光の白銀のドレス、の、代わりに——今朝は、簡素な、旅装、に、身を、包んで、いる。
皇妃の鎧、を——わずかに、下ろした、姿。
ヴォルフラムが、彼女の隣で——静かに、新聞を、読んで、いた。
***
朝食の、あと——国王から、呼ばれた、の、だった。
玉座の間——
国王は——昨日より、更に、脱け殻に、近づいて、いた。
骨と、皮、だけの、顔。
王衣が、身体の上で、無駄に、大きい。
***
けれど——彼の、虚ろな目には——わずかに、『静かな、諦め』、が、宿って、いた。
彼は——低く、呟いた。
「——皇妃殿下——並びに、皇帝陛下」
「——帝国との、和平条約、に——署名、致したく、存じます」
***
卓上に——大きな、羊皮紙の、条約書、が、広げられて、いた。
ハルトムート副官が——静かに、主要な条項を、読み上げる。
『一、ファルネーゼ王国は——帝国の、皇妃の、出身国、として——帝国との、永久の、友好関係を、樹立、致す』
『二、アンジェリカ・ファルネーゼ姫は——王宮を離れ、遠隔の、修道院にて、生涯、幽閉、と致す』
『三、ファルネーゼ王国は——当面、諸国会議に、参席せず——帝国の代理権を、認める』
『四、今後、国王崩御の場合——王位継承は——帝国の皇妃殿下の、裁可を、得る、手筈と致す』
***
それは——表向きは、和平条約、だった。
けれど——実質は、何、か——
ファルネーゼ王国の——事実上の、滅亡。
王権の、完全な、死。
帝国の、属国化、の、公的な、手続き、だった。
***
国王は——羽根ペンを、手に、取った。
彼の、骨と、皮の、手が——微かに、震えた。
羽根ペンの先が、羊皮紙に、触れる——そ、の、瞬間——
微かな、『カリ、カリ』、と、い、う——羽根ペンの、音、が——玉座の間に、響いた。
***
それは——王国の、終焉の、音、だった。
十二年——妻、ベアトリスの、道具、として、生きてきた、男、が——
妻が、死に——娘を、贄として、送り出し——結果、国そのもの、を——帝国に、差し出す、羽目に、なった、男、の——最期の、署名、の、音、だった。
***
署名を、終えた、国王は——脱け殻のまま——セレスティアを、見た。
「——お、帰り、なさい——セレスティア」
た、っ、た——それだけの、呟き、だった。
『お、父様』、の、呼びかけは——彼から、出なかった。
出す、権利、を、失った、男、だった。
***
セレスティアは——穏やかに、頭を、垂れた。
「国王陛下——お、身体に、お、気を、つけて、くださりませ」
***
『お、父様』、と、は——呼ばなかった。
けれど——彼女の声には——わずかな、憐れみが、混じって、いた。
『憎しみ』、では、な、い。
『冷酷』、だけ、でも、な、い。
『同じ世界の住人、では、ないが——人間として、憐れみは、向ける』、微かな、温度、が、宿った、呼びかけ、だった。
***
国王は——微かに、頷いて——玉座に、沈み込んだ。
彼の、玉座の肘掛けの、爪の、食い込みが——もう、なかった。
戦う、気力、すら——もはや、残っていない、男、の、姿、だった。
***
王宮の、門前。
マルテンが、セレスティアに、別れを、告げに、来て、いた。
彼は——昨日の証言の後——王宮の使者の役を、辞して、い、た。
今後は——ファルネーゼの裏切り者として——王宮を、去る、身、だった。
***
彼は——静かに、地に、平伏しようと、した。
セレスティアは——彼の手を、そっと、取って——平伏を、止めた。
「マルテン様。お、頭を、お、上げ、くださりませ」
***
「あなた様は——十二年前——私の、お、幼少期、を——覚えて、くださって、いた、唯一の、お、方、でいらっしゃいます」
「五歳の、時——怪我を、した、侍女に、お、声を、かけた、わたくしを——覚えて、くださって、いた、お、一人」
「あなた様の、お、証言が——わたくしの、名誉を——公的に、お、護り、くださりました」
***
マルテンは——涙を、流しながら——顔を、上げた。
「皇妃殿下——わ、たくしの、残りの、人生、を——」
「——あなた様の、お、幼少期の、お、姿、を——世間に、正しく、お、伝えして、まいる、ことに——お、捧げ、致したく、存じます」
「『穏やかで、賢い、お子様』、だった——あの、頃の、あなた様、を——諸国に、大陸に、語って、まいります」
***
セレスティアは——静かに、頷いた。
「——それは——わ、たくしの、名誉の、回復、に——大きな、お、力に、なります」
「——どうか、お、身体に、お、気を、つけて——余生を、健やかに、お、過ごし、くださりませ」
マルテンは——何度も、何度も、頭を、下げて——王宮の門の、外、へ、去って、いった。
『裏切り者』、の、背中、では、な、か、っ、た。
新生の、語り手、の、背中、だった。
***
王宮の正門前——諸国の使節たちが、それぞれ、帰国の、準備を、整えて、いた。
セレスティアと、ヴォルフラムが、順に、別れを、告げる。
***
エルディオ第二王太子、レオンハルト——彼は、静かに、セレスティアの手の甲に、軽く、口づけた。
「皇妃殿下——エルディオ王国は——帝国との、永久の、友好関係を、樹立、致したく、存じます」
「我が国に、何か、お、入用の際は——どうか、お、声を、お、かけ、くださりませ」
セレスティアは——穏やかに、頷いた。
「——王太子様——エルディオとの、永久の、友好を——お、誓い、致します」
***
続いて、ヴェレナ大司祭。
「皇妃殿下——ヴェネシア聖印国は——今後——あなた様を——『大聖女、ヴェネシアの、後継者』、として——宗教的に、お、護り続けます」
「世界の、どこに、いらしても——わたくしたちの、祈りは、あなた様と、共に、ござります」
***
パルメリオ王、カステリオ王、フィン王、ガリレオ王、セレネ公——それぞれが——帝国との、公的な、友好関係を、誓って——帰国の途、に、つく。
新しい、大陸地図、の——本物の、聖女を、中心とした——盤面の、完成、の、瞬間、だった。
***
帝国の馬車列が——ファルネーゼ王都の、門を、出る。
帰路の、五日間——モンタージュ的に、静かに、流れた。
馬車の中で——セレスティアと、ヴォルフラムは——手を、繋いだまま——穏やかに、過ごす。
***
国境を、逆方向に、越える、瞬間。
セレスティアは——半年前の、貧しい護送馬車での、国境越え、を——思い出した。
(——あ、の、時——わ、たくしは——生きる、希望、を、失って、い、た)
(——今——わ、たくしは——希望と、愛、と、公的な、地位を——持って——戻って、参ります)
***
ヴォルフラムが——彼女の手を、握り直した。
「——セレスティア——あなたは——本当に——長く、長く、歩んで、きた、の、だ」
セレスティアは——穏やかに、微笑む。
「——あなたが、お、迎えに、きてくださって、い、た、から、です」
***
帝都ヴァルガルディアの、城門の前。
大通りに、帝都民が、並んで、い、た。
***
盛大な、歓声、では、な、か、っ、た。
***
馬車が、通る、たびに——沿道の民衆が——次々と——静かに、頭を、垂れて、いった。
波が、順に、引いて、いく、よう、に。
静寂の、連なり、の、凱旋、だった。
***
時々——低く、呟きが、漏れる。
『——お、帰りなさい、ませ——皇妃殿下』
『——お、疲れさまで、ござりました』
『——皇妃殿下に、大陸の、盤面が、お、傾きに、なられ、ましたな……』
***
ファルネーゼで、アンジェリカが、偽聖女衣装で、纏おうとした——薄っぺらい、虚飾の、歓声、と、は——
完全に、質が、違う——本物の、畏怖と、崇拝の、姿、だった。
セレスティアの胸が——温かい、もので、静かに、満たされた。
(——これが——わ、たくしの、『国』、の、姿、なの、です、ね)
***
帝城の、正門前。
クロウ、ジーク、アンナが——並んで、出迎えた。
クロウは——皇妃に対する、完全な、武人の作法で——片膝を、つき、頭を、垂れた。
「——お、帰り、なさい、ませ——皇妃殿下」
ジークは——姉貴分らしい、軽口で:「——大陸の、頂点に、なって、帰ってきたわね、セレスティア様」
***
そ、の、時——
アンナが、歩み出てきた。
皺の手で——前掛けを、微かに、握り締めて、いる。
頬は——涙で、すでに、濡れて、いた。
***
セレスティアは——アンナを、見た、瞬間——
公的な、鎧、が——内側から、外れる、の、を、感じた。
月光の白銀のドレス、青の宝玉、皇妃の地位、諸国の畏敬——そ、の、す、べ、て、が——一瞬で、遠ざかった。
***
アンナの腕の中、だけ、が——残った。
セレスティアは——よろよろと、歩み寄って——アンナの、細い、皺の腕の中に、身を、預けた。
「——アンナ」
「——アンナ……ッ」
***
アンナは、涙ながらに——セレスティアを、強く、抱きしめた。
「——お、嬢様」
「お、帰りなさい、ませ——お、嬢様」
「本当に——本当に——お、疲れさまで、ござりました……ッ」
***
セレスティアは——アンナの肩で——声を、殺して、泣いた。
地獄の、十二年——彼女を、世間の、悪意から、隠して、護り続けて、くれた、老侍女、の、腕、の、中、で——
***
その涙は——悲しみ、の、涙、では、な、か、っ、た。
『もう、戦わなくて、いい』、の、涙、だった。
『ここは、わ、たくしの、家、だ』、の、涙、だった。
地獄の、十二年、で、凍りついて、い、た——少女の、心、が——
今、アンナの、腕、の、中、で——完全に、解けて、い、っ、た。
精神的な、デトックス——地獄の、十二年、の、完全な、パージ、だった。
***
本作、屈指の、静かな、名場面。
公的な栄光でも、な、い。
魂の番との、抱擁でも、な、い。
十二年、彼女を、世間から、匿って、くれた、母の、代わりの腕、に——帰り着いた、瞬間、の、涙、だった。
***
ヴォルフラムは——二人を、静かに、見守って、いた。
彼の夜空の瞳は——穏やかに、微笑んで、いた。
(——これが——お前の、『家』、か、セレスティア)
(——私は——お前の、家、を——生涯、護り続けよう、な)
***
その夜——帝城の、私室。
二人だけの、穏やかな、夕餉。
二人ぶんの、温かい食事。
二人ぶんの、カップ。
長い、長い、戦いの、あと、の——静かな、時間、だった。
***
夕餉のあと——窓辺で、月を、見上げる、二人。
月は——半分、くらい、に、なって、いた。
次の、血の月、まで——あ、と、十五日、ほど。
***
その時——セレスティアは、気づいた。
ヴォルフラムの、右手の指、が——わずかに、疼き、始めて、いた。
諸国会議の、盛大な拍手の、余韻の、裏で——呪いは——すでに、彼の中で、静かに、戻り始めて、い、た、の、だ、っ、た。
***
セレスティアは——そっと、彼の手を、両手で、包んだ。
「——次の、血の月までに——完全解呪の、準備を——致しましょう」
「——私の、本当の、お、役目は——これから、に、ござります」
***
ヴォルフラムは——静かに、彼女の額に、自分の額を、寄せた。
「——うむ、セレスティア」
「——これからは——二人で——呪いとの、戦いに、赴く」
「——あなたを、私の、腕の中に、永遠に、抱きしめるための、戦い、だ」
***
セレスティアの胸が——温かい、もので、満たされる。
け、れ、ど——彼女は、気づいて、い、な、か、っ、た。
ヴォルフラムの、『腕の中に、永遠に、抱きしめる』、の、言葉に——わずかに、混じり、始めた、別の、温度に。
***
夜更け——ヴォルフラムの執務室。
クロウが——報告書を、手に、現れた。
「陛下——お、疲れの、ところ——失礼を、お、許し、くださりませ」
「——帝国内の、保守派、の、動き、について——気がかりな、報告、が、入って、おります」
***
ヴォルフラムは——静かに、報告書を、受け取って——読み始める。
帝国内の、一部の、貴族たち——『純血の、皇妃』、を、皇帝に、求めて、きた、保守派、の、動き。
彼らは——諸国会議の決定の、前に、表立っての、反対は、できない、が——裏で、動き始めて、いる、と、い、う、報告。
***
ヴォルフラムは——報告書を、静かに、読み終えた。
彼の夜空の瞳が——わずかに、細まる。
穏やかな、温度の、夕餉の時の、瞳、では、な、か、っ、た。
皇帝としての、冷徹な、戦闘態勢へ——静かに、移行した、瞳、だった。
***
「——わかった、クロウ」
「引き続き——監視を、続けて、くれ」
「——そして——セレスティアには——まだ、お、伝えに、なら、な、い、で、お、くれ」
「——彼女は——今は——休む、べき、だ」
クロウは——頭を、下げて——退出、した。
***
ヴォルフラムは——窓辺に、立った。
月を、見上げる、彼の横顔、に——もはや、穏やかさは、な、か、っ、た。
『お前を——私の、腕の中、に——永遠に——抱きしめる、ための、戦い』——
そ、の、言葉、の、裏に——静かに、目覚め、始めた、もの、が、あった。
***
『過保護』、の、怪物。
『独占欲』、の、怪物。
『底知れない、執着』、の、怪物。
千年の孤独から、彼を、救って、くれた、セレスティア——彼女を——今度は、彼自身が——完璧な、鳥籠、の、中で、護り抜こう、と、する、意志。
***
彼の中で、目覚め、始めた、そ、の、怪物——彼自身も、まだ、気づいて、い、な、か、っ、た。
皇帝としての、庇護欲、だ、と——彼は、思って、いた。
け、れ、ど——それは、徐々に——別の、何か、に——変わって、いく、気配、を、纏って、いた。
***
寝室——セレスティアは、夕餉のあとの疲労で——静かに、眠って、いた。
ヴォルフラムが、そっと、入ってきて——寝台の脇に、片膝を、ついた。
彼女の眠る、横顔、を、見つめる。
***
「——セレスティア」
低く、呟いた。
「——お前が、気づかぬ、うちに——私が、お前を、護るから、な」
***
その台詞は——甘く、も、あった。
け、れ、ど——同時に——皇帝としての、冷徹な、戦闘態勢、の、宣言、でもあった。
セレスティアは——気づかぬ、まま、穏やかに、眠って、いた。
彼女の額に、ヴォルフラムは——そっと、自分の額を、寄せた。
***
諸国の眼差し、の、戦場、を——セレスティアは——完璧に、勝ち抜いた。
け、れ、ど——次なる、戦場、が——始まろう、と、していた。
***
一つは——帝国内の、保守派、の、不穏な、動き。
社会的、戦場、の、新章、だった。
もう、一つは——完全解呪の、儀式に向けた——セレスティア自身の、魔力と、命、を、懸けた、戦い。
魔術的、戦場、の、新章、だった。
***
諸国会議の、盛大な拍手の、余韻、の、裏で——二つの、新たな、戦場が——静かに、静かに——二人を、待ち受けて、いた、の、だった。
***
第3章——『諸国の眼差し、と、本物の聖女』——静かに、完結、す。
第4章——『溺愛の日々、と、忍び寄る、陰謀』——静かに、幕を、開けようと、して、いた。




