# 第22話 帰還——姉妹の、対面
# 第22話 帰還——姉妹の、対面
血の月の夜から、十五日後の朝。
ヴォルフラム帝城——皇帝の私室、の、窓辺。
ヴォルフラムと、セレスティアは——並んで、夜明けの、金色の光を、地平線から、迎えて、いた。
第21話で、セレスティアが、告げた——『これからは、毎朝、夜明けが、嬉しい、と、思って頂きとう、ござります』の具体的な、実現、だった。
千年——呪いの夜から、目覚めた、男、の——静かな、『新しい日常』。
***
ヴォルフラムの右手の指の疼きは——完全に、消えて、いた。
けれど——完全解呪は、まだ、来ていない。
次の血の月、までには——また、疼きが、戻る、だ、ろ、う。
け、れ、ど——ヴォルフラムには、もう——恐怖は、な、か、っ、た。
『次の血の月の夜、に、も——椅子の少女が、お、そばに、い、る』。
そ、の、事実、だ、け、が——彼の、未来を、静かに、支えて、い、た。
***
朝食のあと——出立の最終準備、が、整って、いた。
馬車、護衛、荷物、衣装の箱。
月光の白銀のドレスと、青の宝玉は——別の馬車に、大切に、積まれて、いる。
セレスティアは——簡素な、旅装に、身を、包んで、いた。
***
馬車に、乗り込む、直前——ヴォルフラムは、彼女に、改まった顔で、告げた。
「セレスティア——諸国会議の場で——私は——お前の、護衛、として、入場、するの、では、ない」
「——お前の、『隣に、並ぶ、者』、として——入場、する」
セレスティアの胸が、跳ねた。
「諸国の前で——私は、お前の、名前を、呼ぶ。お前は——私の、名前を、呼ぶ」
「——それが——諸国に対する——最大の、宣言、に、なる、の、だ」
***
セレスティアは——穏やかに、頷いた。
「——わかり、ました、陛下」
「ご、一緒、に——参り、ましょう」
ヴォルフラムは——彼女の手を、そっと、取って——馬車に、乗り込む、彼女を、エスコート、した。
皇帝が、皇妃候補に、手を、差し出して、乗り込ませる——それは、帝国の使用人たちが——生まれて、初めて、目撃する、光景、だった。
***
五日の旅。
馬車の中で——セレスティアと、ヴォルフラムは、手を、繋いだまま——静かに、過ごした。
外では、クロウ、ジーク、帝国の精鋭護衛が——二十名以上、馬車列を、固めて、いる。
誰も——この馬車列を、止めることは、できない。
***
四日目の昼——二人を、乗せた、馬車が、国境の関所を、通過、した。
セレスティアは、窓から、国境を、見つめた。
半年前——彼女は——貧しい、護送馬車で——半ば、気を失った、状態で——こ、の、関所を、渡った、の、だった。
今、彼女は——皇帝陛下の、お、隣で——帝国の精鋭護衛、二十名と共に——戻って、参った、の、だ、っ、た。
***
ヴォルフラムが——彼女の手を、そっと、握り直す。
「——大丈夫、か?」
セレスティアは——静かに、微笑む。
「——ええ」
「不思議と——何の感情も——湧きません、わ」
「——私の、心は——もう、あの十二年、の、地獄、を——離れて、い、る、の、です、ね」
***
怒り、でも、な、い。
憎しみ、でも、な、い。
哀しみ、でも、な、い。
た、だ——『離れて、い、る』。
それが——彼女の、最も、静かな、超越の、姿、だった。
***
五日目の、夕方——ファルネーゼ王都に、到着、した。
帝国の馬車列が、王都の、大通りを、静かに、進む。
沿道には——無数の、民衆、が、集まって、いた。
***
『贄として、死んだ、王女が——帝国の、皇妃候補として——生きて、戻ってきたぞ』。
『お、美しい、お姿、に、なって、いらっしゃる』。
『あ、の、『無能の王女』、が、な……』。
***
帝都の聖女噂は——国境を越えて——ファルネーゼの民衆にも、広がって、いた。
民衆の中には——十二年前——セレスティアを——『無能』、と、嘲笑った、者たちも、混じって、いた。
彼らは——今、畏敬と、戸惑いと、わずかな、罪悪感の混じった、目で——沿道に、立って、いた。
***
セレスティアは——馬車の窓から——彼らを、静かに、見た。
そして——穏やかに、微笑んだ。
***
その、微笑みには——
聖女の優しさ、だけが——宿っていたの、では、な、か、っ、た。
***
『私は——もう、あなたたちに、傷つけられていた、過去の、地獄、の、ステージ、に、は——い、な、い』。
『あなたたちと、私は——もはや、同じ、世界の、住人、では、な、い』。
『だから——怒りも、憎しみも——湧かない、の、だ』。
圧倒的な、断絶、と——超越、の、微笑み、だった。
***
怒り、と、憎しみ、は——相手を、自分と、同等の、存在、として——認めて、いる、から、こそ、湧く、感情、だった。
それすら——湧かない、セレスティアの品格、は——
民衆にとって——怒られる、より、な、お、恐ろしい——『取り返しの、つかない、罪』、の、自覚を——植え付ける、刃、だった。
***
民衆の中で——嘲笑った者、たちは——誰も、声を、発せ、なかった。
頭を、垂れる者。
目を、逸らす者。
涙を、流し始める者。
『憎まれて、当然、だった、の、に』——
『憎まれ、も、しない、の、か——』。
彼らの、心に、降り積もる、静かな、罪、の、重み。
それが——セレスティアの、穏やかな、微笑みの——本当の、刃、だった。
***
ファルネーゼ王宮の、門が——静かに、開く。
馬車列が、前庭に、入る。
帝国の、皇帝陛下と、皇妃候補殿下、の、到着——王宮中が、緊張で、沈黙、して、いた。
***
玉座の間で——ファルネーゼ国王が、二人を、出迎えた。
***
国王は——完全な、脱け殻、だった。
骨と、皮、に、なりかけた、顔。
虚ろな、目。
王衣が、身体から、垂れ下がる、よう、な、姿。
妻のベアトリスが、死んだ、あの瞬間から——彼は——生きる意味、を——完全に、失って、い、た、の、だった。
『道具』、であった、男が——『道具を、使う者』、を、失った、の、だった。
***
セレスティアを、見ても——わずかな、感情の、揺れ、すら、な、い。
彼は——低く、呟いた、だ、け、だった。
「——お、帰り——か」
た、っ、た——それだけの、言葉、だった。
***
セレスティアは——玉座の前に、静かに、歩み出て——頭を、垂れた。
「——国王陛下、に——皇妃候補、セレスティア——お、お目通り、頂きまして——誠に、ありがとうござります」
***
『国王陛下』。
『お、父様』でも『お、父上』、で、も——な、か、っ、た。
その、呼称が——玉座の上の、国王の、脱け殻の身体、に——爪を、食い込ませた。
***
『お、父様』と、呼ばれない、と、い、う、こと、は——
セレスティアが——彼を、父親、として、認めて、いない、と、いう、こと。
そして——それは、同時に——ファルネーゼ王国の、王権、そのもの、が——帝国の、皇妃候補、によって——父娘の関係から、公的に、切断、されて、い、る、と、いう、こと、でもあった。
***
国王の、虚ろな、目の、奥に——わずかな、震えが、宿った。
致命的な、後悔の、震え、だった。
けれど——
彼は、声を、発する、力すら——残って、い、な、か、っ、た。
ただ——玉座の肘掛けに、爪を、微かに、食い込ませた、だけ、だった。
***
その時——
王宮の、大広間の、柱の陰、から——マルテンが、セレスティアを、遠目から、見て、いた。
***
彼の頬の、冷や汗が——今、決壊、した。
月光の白銀の旅装、に、身を包んだ、セレスティア。
穏やかな、品格。
凛とした、背筋。
諸国の使節たち、並びに、皇帝陛下、に、並んで——彼女が、大広間に、立って、い、る。
***
目の前の、お方、は——
『現実と、妄想の、区別、が、つかない、哀れな姉』、では、な、い。
『精神に、お病、を、抱えた、お方』、では、な、い。
『偽聖女、を、演じる、者』、では、な、い。
目の前のお方、は——『本物』、だ、っ、た。
***
わ、た、く、し、は——何、を、諸、国、に——お、伝、え、し、て、き、た、の、だ……?
***
マルテンの、プライドが——内側から——ベキ、ベキ、と——折れて、いく。
彼は、生涯——誠実な、王宮の使者、として、生きてきた、男、だった。
嘘を、つかぬ者、として、諸国に、名を、知られて、きた、誇り高い、老使者。
そ、の、誇り、が——今、一気に、崩壊、しつつ、あった。
***
彼の耳には——幻聴が、聞こえて、きた。
『お、前、が——諸国に、吹聴、して、きた——『狂ったお姉様』、と、い、う、言葉、が——今——ブーメランと、なって——お、前、と、ファルネーゼの、首を——撥ねに、来る、の、だ』。
現実的な、破滅の、足音、だった。
***
マルテンは——柱に、手を、つかなければ——立って、いられなかった。
頬の、冷や汗、が——顎から、滴り落ちた。
彼は——歯を、食いしばった。
けれど——今、声を、出すことは——まだ、できなかった。
『可哀想な、お、姉様、を、救う、健気な、アンジェリカ様の、計画』、の、前提、そのもの、が——崩壊した、事実を——彼は、誰に、どう、告げれば、よいのか、わからな、か、っ、た。
***
その夜——王宮で、諸国会議の、前夜の、歓談会、が、開かれた。
諸国の使節たちが、集まって——軽食を、取りながら、談笑、していた。
***
セレスティアと、ヴォルフラムが——入場、する。
そ、の、瞬間——
諸国の使節たち——レオンハルト王太子、ヴェレナ大司祭、パルメリオ王、カステリオ王、フィン王、ガリレオ王、セレネ公——全員が、頭を、垂れて、出迎えた。
八カ国の、公的支持の、可視化、だった。
***
レオンハルト:「皇妃候補殿下——再び、お、目に、かかれて——光栄に、存じます」
ヴェレナ大司祭:「殿下——わたくしの、生涯の、忠誠を——改めて、お、捧げ、致します」
各国の王侯が、次々と——挨拶に、訪れる。
***
ファルネーゼの貴族たち、は——遠巻きに、それを、見て、いる、だ、け、だ、っ、た。
誰も——セレスティアに、挨拶に、来、な、か、っ、た。
逆に——諸国の貴族たちは——ファルネーゼの貴族たちにも、挨拶を、し、な、か、っ、た。
『主役』、と、『無視されている者たち』、の——空気の、完全な、逆転、だった。
***
その時——アンジェリカが、大広間に、現れた。
純白の、偽聖女衣装。
金糸の、刺繍。
肩に、流す、薄い、金色のヴェール。
け、れ、ど——頬の、蒼白、は——今夜も、戻って、い、な、か、っ、た。
目の下のくまは——更に、濃く、刻まれて、いた。
***
彼女は——セレスティアの方に、近づこう、と、した。
け、れ、ど——諸国の貴族たちの、『冷ややかな、無視の、壁』、に——阻まれた。
『あら、アンジェリカ姫様。ご機嫌、麗しく』——誰も、そう、挨拶、しなかった。
彼女が、歩み寄っても——諸国の貴族たちは——談笑を、続けたまま——彼女に、顔を、向け、な、か、っ、た。
***
敵意、では、な、か、っ、た。
『無視』、だった。
『透明化』、だった。
彼女が、何を、喋っても——誰の耳にも、届かない、空間。
彼女が、そこに、立って、いることを——誰も、認知、しない、空間。
***
アンジェリカ、は——これまで、生涯——自分が、世界の中心、である、と、い、う——誇大妄想の中で、生きて、きた。
『聖女』、として、崇められる、未来を——信じて、きた。
そ、の、彼女、に、と、っ、て——『誰の耳にも、言葉が、届かない』、空間、は——精神的な、窒息、そのもの、だった。
***
耳の、奥で——母の、声、が——大音量で、響き始めた。
「——なぜ、あなたは——あの娘に、勝てないの——」
「——お前は——お前は——わ、た、く、し、の、娘、失格——」
「——なぜ、あの娘は、まだ、生きて、い、る、の——」
***
アンジェリカは——歯を、食いしばって——セレスティアの方を、見た。
***
セレスティアは——諸国の使節たちと、穏やかに、談笑、していた。
彼女は——アンジェリカを、見て、も、い、な、か、っ、た。
***
それは——『無視』、では、な、か、っ、た。
セレスティアの、高潔な、世界の、地平に——もはや、アンジェリカの存在が——映っていなかった、の、だ、っ、た。
***
『無視する』、と、い、う、の、は——相手を、認識した、上で——意図的に、目を、逸らす、行為、である。
けれど——
セレスティアの、世界、に、は——そもそも、アンジェリカが、登場、して、い、な、か、っ、た。
***
そ、れ、は——アンジェリカに、と、っ、て——最も、残酷な、形の、刃、だった。
『無視されている』、なら——まだ、気を引く、余地が、あった。
け、れ、ど——『そもそも、世界に、登場、していない』、なら——気を引く、余地、そのもの、が、存在、しない。
***
アンジェリカの、頬から——血の気が、更に、引いて、いった。
***
翌、朝。
諸国会議、当日。
***
セレスティアは——月光の白銀のドレスに、身を、包んで、いた。
首には——青の宝玉。
宝玉の中心の、銀の光、は——彼女の心臓の鼓動と、静かに、脈動、していた。
髪は——帝国の侍女頭、レナーテ、が、繊細に、結い上げた。
***
ヴォルフラムは——漆黒の正装、銀の長髪を、流したまま——皇帝としての、完全な、威厳を、身に、纏って、いた。
二人は——並んで——諸国会議の、大広間へ、向かった。
***
大広間の、高い、高い、天井。
長い、大理石の、卓に、諸国の王侯。
ファルネーゼ国王は——玉座の上に——本日、議長として、座って、いた。
玉座の前方、聖女席、に——アンジェリカが、偽聖女衣装で——微笑みを、貼り付けて、座って、いた。
***
大広間に、宣告の声が、響く。
「——ヴァルガルド帝国、皇帝陛下、ヴォルフラム・ヴァルガルド様——並びに——皇妃候補殿下、セレスティア・ファルネーゼ様——御入場」
***
重い扉が——静かに、開かれる。
セレスティアは——ヴォルフラムの腕を、取って——静かに、静かに、入場、した。
月光の白銀のドレスの裾が——大理石の床の上を——静かに、流れる。
***
諸国の王侯たち——一斉に——立ち上がる、音。
***
帝国、エルディオ、パルメリオ、カステリオ、フィン、ガリレオ、セレネ、ヴェネシア聖印国——八カ国の王侯——全員、が——
セレスティアに、頭を、垂れた。
***
けれど——
ファルネーゼの貴族たち、は——立ち上がるのを——わずかに、遅らせた。
心理的な、抵抗、だ、っ、た。
***
その、わずかな遅れが——
大広間の空気を、『八カ国 vs ファルネーゼ』、の、構図に——物理的に、示して、いた、の、だった。
***
セレスティアは——玉座の前に——静かに、歩み出て——頭を、垂れた。
「——国王陛下に——皇妃候補、セレスティア——お、お目通り、頂きまして——誠に、ありがとう、ござります」
***
国王は——脱け殻のまま——わずかに、頷くだけ、だった。
彼の、玉座の肘掛けの、爪、が——本日も、わずかに、食い込んで、いた。
致命的な、後悔の、震え、が——彼の身体の中で、微かに、続いて、いた。
***
その時——
セレスティアの視線、が——初めて、アンジェリカに、向けられた。
***
アンジェリカは——偽聖女の微笑みを、必死で——貼り付けて、いた。
彼女は——涙ながらに、呟いた。
「——お、お姉様——」
「——お、お会い、できて——嬉しゅう、ござります——」
***
大広間の、諸国の使節たちの、耳に——『お姉様』、の、呼びかけが、届いた。
血の繋がった、妹からの、縋り、つき。
本来であれば——姉妹の、温かい、再会の、呼びかけ。
***
セレスティアは——穏やかに、微笑んだ。
けれど——彼女の声、は——姉妹の、呼び合いの、温かさを——完全に、失って、いた。
***
「——アンジェリカ姫」
***
『お、姉様』、でも——『妹』、でも——な、い。
『アンジェリカ姫』。
対等の貴族、として——呼びかけた、の、だ、っ、た。
***
大広間の、空気が——凍りついた。
***
それは——姉妹の、私的な、再会の、呼びかけが——た、っ、た、一秒で——『帝国皇妃候補による、外交的な、他国の姫への、公的な、宣戦布告』、へと——すり替わった、衝撃、だった。
***
諸国の王侯たちの、目が——互いに、交わった。
『冷たい姉だな』、と、思った、から、では、な、か、っ、た。
***
『よし』——
『帝国皇妃候補、は——あ、の、偽物、を——『ただの、他国の姫』、と——定義、した』。
『な、ら、ば——我々も——容赦なく、叩き、潰して——よい、と、いう、こと、だ』。
***
公的な、断罪の、合図——『グリーンライト』、を——諸国の王侯は、受け取った、の、だ、っ、た。
***
アンジェリカの偽聖女の微笑みの、端、が——わずかに、引きつった。
偽聖女の仮面に——最初の、ひびが——刻まれた、瞬間、だった。
***
耳の奥で——母の、呪詛の声、が——大音量で、響き続けて、いる。
「——なぜ——」
「——なぜ——なぜ——」
「——お、前は——わ、た、くしの、娘、失格、だ、わ——」
***
議長席の、脱け殻の、国王、が——低く、呟いた。
「——諸国会議——本日——開会、致す」
***
議題は——表向きは——『大陸の、魔獣群侵攻への、共同対処』。
けれど——真の議題、は——『ファルネーゼ新聖女、アンジェリカ姫の、お、披露目』、だった。
***
そして——それが——大陸全体の前で——今、公的に——崩壊、し始めて、い、た、の、だ、っ、た。
***
アンジェリカの、偽聖女の、仮面、の、崩壊、の——序章、が——今、始まった、ばかり、だった。
本格的な、決着、は——これから、今、諸国の前で——公的に、つけられる、の、だ、っ、た。




