表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『獣の皇帝陛下に溺愛されています ~無能と捨てられた元王女ですが、隣国で最強でした~』  作者: てん
第3章「諸国の眼差し、と、本物の聖女」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/59

# 第20話 番の、二度目の、契約

# 第20話 番の、二度目の、契約


 朝。


 朝食卓の、窓辺の、長い、樫の卓に——二人ぶんのカップ、が、並んで、いる。


 けれど——今朝は、何かが、違って、いた。


 ヴォルフラムの、片手、が——セレスティアの、細い、右手を——握ったまま、だった。


 彼が、自分のカップを、傾けて、紅茶を、啜るのは——空いている、もう一方の、手、だ、け、だった。


***


 セレスティアは、わずかに、戸惑いながら、尋ねた。


「あの、陛下——お、手が——」


 ヴォルフラムの夜空の瞳が、わずかに、気まずそうに——外を、見た。


「——お、許し、くださりませ」


 彼の、呟きには——照れ、では、な、い——別の、何か、が、混じって、い、た。


「——お、手を、離していると——指先が——疼くのです」


「血の月、が、近づくほどに——獣の衝動、が——抑えきれなく、なりつつ、ござります」


「あなたの、手の温かさ、を——魂で、循環、させて、いると——疼きが、和らぐ、の、です」


「——だから——お、許し、くださりませ。繋いだまま、の、朝食、を」


***


 セレスティアの胸が——きゅう、と、締めつけられた。


 それは——照れ、では、なかった、の、だ。


 肉体的な、飢餓、だった。


 繋いで、魔力を、循環、させて、いないと——彼の指先が、疼き、獣の衝動が、抑えきれなく、なる——切実な、肉体的、必要性。


 二人は——すでに、引き離せない、一つの、生命体、に——な、り、つつ、ある、の、だ。


 彼女は——彼の手を、強く、握り返した。


「——どうか、お、心遣い、なさらないで、くださりませ」


「——私の手も——あなたに、繋がっていられない、時間が——寂しゅう、ござります、から」


***


 ヴォルフラムは——わずかに、微笑んだ。


 そして、低く、告げた。


「——セレスティア」


「今夜——二人で、お、話、を、致しましょう」


「あなたの、お、願いへの——私の、返事を——お、伝え、致します」


 セレスティアの胸が——跳ねた。


 第16話、彼女が、告げた——『血の月の前までに——あなたの呪いを——完全に解く方法を——お、教え、頂きたいの、です』——

 その、お、願いへの、公式の返答が——今夜、来る、の、だ、っ、た。


 彼女は——頷いた。


***


 朝食のあと——

 セレスティアは、帝城の中庭を、歩いて、いた。


 庭園の奥、稽古場の方から——乾いた、剣の音、が、聞こえて、きた。


 歩み寄って、みる。


 そこには——クロウが、稽古を、して、いた。


 灰色の瞳の、鋭さ、身のこなし——孤児院の襲撃の、前と、何ら、変わらない。


 完全に、快復、して、いた。


***


 クロウは——セレスティアに、気づいて——剣を、納めた。


「殿下。お、散歩、でしょうか」


「クロウ様。お、稽古、お疲れさまで、ござります」


 セレスティアは、穏やかに、微笑む。


「お、身体は——もう、すっかり、お、大丈夫、でいらっしゃいますか?」


 クロウは、深く、頭を下げる:「殿下、の、お、お、か、げ、で——完全に、回復、致しました」


「諸国会議への、出立まで——わたくしの、身体を——最高の状態に、戻して、おかねば、なりません、から、な」


***


 しばらく、静かな、沈黙、が、あった。


 セレスティアは——改まった顔で、尋ねた。


「クロウ様。あの——」


「お、尋ね、したいことが、ござります」


「皇帝陛下が——血の月の夜、に——地下の鎖に、繋がれる——その、お、部屋——ど、の、よ、う、な、お、場所、でいらっしゃいますか?」


***


 クロウの灰色の瞳が——わずかに、揺れた。


 (——なぜ、殿下が、そのような、こと、を、お、尋ねに、なられる、の、か——)


 クロウは——低く、問い返した。


「殿下——それは——どうして、お、知りに、なりたい、の、でござりますか?」


 セレスティアは——穏やかに、微笑んだ。


「今夜——陛下と、お、話を、致します」


「——そのお話の、あと——私は——あの、お部屋を——お、訪ね、致したく、存じます」


***


 クロウの胸が——跳ねた。


 (——まさか——血の月の夜に——陛下の、お、傍に——お、つきになる、お、つもり、か?)


 彼の灰色の瞳が——大きく、見開かれた。


 そして——その瞳の中で、静かな変質、が、始まった。


***


 これまで、彼にとって——セレスティアは——『陛下が、生涯、お、護りに、なる、お方』、であった。


 生ぬるい、護衛対象——では、なかった、が——『護られる、主』、の、位置に、あった、の、だった。


 けれど——


 血の月の夜に、皇帝の、お、傍に、つく、と、い、う、こと、は——

 『銀の獣と、化した、皇帝の、暴虐の嵐の中に——身一つで、座り続ける』、と、い、う、こと——

 『命懸けの、狂気』、と、い、う、こと——

 そして、同時に——『私は、絶対に、あなたの側から、逃げない』、と、い、う——最強の、宣戦布告、でもあった、の、だ、っ、た。


***


 クロウの灰色の瞳の、奥のほうで——『護衛対象』、の、二文字が——消えて、いった。


 代わりに、宿ったのは——

 『陛下と、共に——地獄へ、下る、もう一人の、主君』、だった。


 彼は——片膝を、地面に、つけた。


 武人の、最も、敬意の籠もった、姿勢、だった。


「——わかり、ました、殿下」


「お、案内、致します」


「——そして——あの夜——わたくしも——お、そばで——護衛、致します」


「——『陛下を、お、護りする者』、としてでは、ござりません」


「——『地獄に、下る、もう一人の、主君を——お、護りする者』、として——わたくしは——あなた様の、お、側に——お、り、ま、す」


 セレスティアは——深く、頭を、下げた。


「——ありがとうござります、クロウ様」


***


 午後——

 帝城、執務室。


 ハルトムート副官が——報告書の束を、手に、現れた。


「陛下、並びに、皇妃候補殿下」


「——エルディオ報告書の、諸国への、波紋、が——本格化、して、おります」


「エルディオ王国の、友好諸国、三カ国——パルメリオ王国、カステリオ王国、北方のフィン王国——の、王侯から——公式の、親書、が、届いて、おります」


「内容は——皇妃候補殿下の、公的存在を、認める。諸国会議で、エルディオの報告を、支持する——というもの、に、ござります」


***


 セレスティアの胸が——わずかに、温かくなる。


 ハルトムート、続けて:


「更に——ヴェネシア聖印国の、大司祭ヴェレナ様の、証言、が——宗教ルートで、拡散、して、おります」


「中立国、であった——中部の、ガリレオ王国、南の、セレネ公国——の、王侯も——皇妃候補殿下を、公的に、認める、意向を、示して、おります」


「現在、諸国会議で——皇妃候補殿下を——公的に、支持する見通しの、国、は——帝国、エルディオ、パルメリオ、カステリオ、フィン、ガリレオ、セレネ、ヴェネシア聖印国——計、八カ国」


「ファルネーゼ王国を——公的に、支持する見通しの、国、は——今のところ——ファルネーゼ、の、み」


***


 ヴォルフラムは——穏やかに、頷いた。


「——大陸の盤面、が——静かに、動き、始めて、いる、な」


 セレスティアは——戸惑いながら、つぶやいた。


「——私は——何も、していないのに——皆様、が——お、認め、くださって、おります」


 ヴォルフラム、穏やかに、微笑む。


「お前が——『何も、していない』、と、思って、いる、そ、の、こ、と、が——お前を、本物に、たらしめている、の、だ」


***


 夜——


 ヴォルフラムの、私室。


 暖炉の前に、並んで、座る、二人。


 ヴォルフラムが、彼女の手を、そっと、両手で、包んだ。


 穏やかに、静かに、告げた。


「——セレスティア」


「あなたの、お、願いへの、お、返事を——お、伝え、致します」


***


 ヴォルフラムの夜空の瞳が——深く、彼女を、見つめる。


「——私の、呪いを、完全に解くため、に——あなたの魔力を、捧げて、頂く、こと——」


「——お、引き受け、致します」


「——あなたの、意志、を——私は、尊重、致します」


***


 セレスティアの目に——涙が、滲んだ。


「——陛下」


「——ありがとうござります」


 彼女の、細い、手が——彼の手を、握り返す。


 彼女が、十二年——『無能、お前の命に、価値は、ない』、と、呪われ続けた、果てに——『お、引き受け、致します』、と、告げられた、瞬間、だった。


***


 けれど——ヴォルフラムは、続けた。


「ただし——セレスティア。一つ、お、願いが、ござります」


「完全解呪の、儀式は——諸国会議の、あとに——延期、させて、頂きたい、の、です」


 セレスティアは——首を、傾げる。


「——なぜ、でしょうか?」


***


 ヴォルフラムの夜空の瞳が——わずかに、細まる。


 そこに、宿ったのは——愛、だ、け、で、は、な、か、っ、た。


 皇帝としての、誇り、と——一人の、男としての、エゴ、が——混じって、いた。


「理由は、三つ、ござります」


***


「一つ、目」


「諸国会議で——あなたを、公的に、大陸の、正式な、皇妃、として——認めさせて、から——儀式を、執り行いたい、の、です」


「儀式の代償が——何で、あろうとも——あなたを——『無冠の、皇妃候補』、の、まま——諸国の前に、お、立たせる、わけには——参りません」


「あなたは——大陸の、正式な、皇妃、として——認められた状態で——私の、呪いを、お解きに、なる、べき、の、です」


***


「二つ、目」


「儀式の、代償が——魔力消失、の、場合——あなたを——『傷物』、の、まま——諸国に、立たせる、わけには——参りません」


「世間が、どう、呼ぼうと——私の中で——あなたを——無冠の、まま、あるいは、魔力を、失った、まま——諸国の前に、立たせる、こと、は——私の、皇帝としての、誇り、が——許さない、の、です」


***


「三つ、目」


「あなたと、私の、魂の、繋がり、を——もっと、確実な、もの、に、してから——儀式を、行いたい、の、です」


「『真実の、愛』、の、誓いは——何度も、何度も、積み重ねた、うえ、で——呪いを、引き剥がせば——より、完全に、呪いを、消せる、の、です」


「これは——魔導理論、だけ、では、な、い」


「——私が、あなたを——私の、腕の中に——もう一度、もう一度、確認、してから——呪いを、手放したい、と、い、う——私の、エゴ、でも、ござります」


***


 ヴォルフラムの、『愛』、の、背後に——『皇帝としての、誇り』、と、『男としての、エゴ』、が、並んで、いた。


 『お前を、無冠の、まま、諸国の前に、立たせる、わけには、い、か、な、い』。

 『お前を——私の腕の中に——何度も、確認、してから、呪いを、手放したい』。


 純粋な、愛、だけでは、な、い——皇帝の矜持と男のエゴが、混じった、延期理由、だった。


***


 セレスティアは——長く、考えた。


 彼女の知性は——彼の矛盾、を——静かに、理解、していた。


 『愛している、から、延期する』、という、一見、矛盾した、主張、を——

 『愛している、から、こそ——諸国会議で、あなたを、正当な皇妃として、護った、上で——儀式を、執り行いたい』、と、い、う——深い庇護欲と、誇りの、論理、として——理解、した、の、だった。


 彼女は——それを——彼の、エゴ、ごと——受け入れた。


 それが——二人の、対等な、大人の、対話、だった。


「——わかり、ました、陛下」


「——諸国会議の、あとに——お、願い、致します」


「あなたの、お、エゴも——ご、誇りも——全て、お、受け、致します」


***


 ヴォルフラムの夜空の瞳が——わずかに、揺れた。


 彼の、エゴ、まで——愛、として、受け入れて、もらえた、男、だけ、が、宿せる、安堵、だった。


***


 その時、セレスティアは——続けた。


「——代わりに——私からも、お、願いが、ござります」


 ヴォルフラム:「——何でしょうか?」


 セレスティアは——彼の目を、まっすぐに、見つめた。


「——今回の、血の月の、夜、は」


「——私を——あなたの、お、側に——い、さ、せ、て、頂きとう、ござります」


***


 ヴォルフラムの夜空の瞳が——大きく、揺れた。


「——セレスティア。それは——あまりにも、危険、だ」


「完全解呪、前の、私は——完全な、銀の獣に、なる」


「お前を、傷つけるかも、しれない」


***


 セレスティアは——首を、横に、振った。


 彼女の脳裏には——あの夜の、雪の森の、記憶が——鮮明に、蘇って、い、た。


 銀の毛皮を、纏った、巨大な、獣。

 金色の、爛々《らんらん》と、光る、瞳。

 大樹を、爪で、抉り、裂く、圧倒的な、破壊力。

 血と、瘴気の、匂い。


 それは——美化された、思い出、では、な、か、っ、た。


 本当に、恐ろしい、存在、だ、っ、た。


 け、れ、ど——彼女は——そ、の、姿、を——そ、の、恐ろしさ、ご、と——受け入れた、の、だった。


***


「あの夜——私は、すでに——あなたの、銀の獣の、お、姿、を——拝見、致しました」


「あの夜——私は——あの、圧倒的な恐ろしさ、を——この、目で、拝見、致しました」


「——け、れ、ど」


「あの夜から——私は——あなたの、ど、の、お、姿、も——怖く、は、ござりません」


「あの、恐ろしい、お、姿、を、知った、上、で——私は——あなたを、愛して、おります、から」


「——恐怖、を、知った、上、で、な、お——それを、凌駕する、愛、が、私に、は、あります、から」


***


「地下の鎖の前で——あなたが、お、苦しみに、なる、夜、を——私は、一人で、過ごさせたく、ござりません」


「魂の、番、として——あなたの、お、苦しみを——私も、共に、背負わせて、頂きとう、ござります」


***


 ヴォルフラムは——長く、長く、沈黙、した。


 そして——彼の夜空の瞳から——静かに、涙が、落ちた。


 千年。


 血の月の夜、を——彼は、一人で、過ごしてきた、の、だった。


 地下の鎖に、繋がれて——獣の衝動の中で——誰も、彼を、案じる者の、い、な、い、夜、を——

 千年、繰り返してきた、男、に——


 今、初めて——『一緒に、いる者』、が、現れた、の、だ、っ、た。


***


「——わかった、セレスティア」


 ヴォルフラムは、涙ながらに——低く、呟いた。


「——お前を——信じる」


「お前と、私の、魂の、繋がりは——もはや、お前自身も、私自身も——否定できない、もの、だ」


「——血の月の、夜、に——お前を——地下の鎖の前に——お、招き、致します」


 セレスティアは——涙ぐみながら、彼の手を、強く、握った。


 第15話の、抱擁、に、続く——魂の、番、としての——二度目の、契約、の、公式締結、だった。


***


 夜遅く——


 セレスティアは、ヴォルフラム、クロウ、の、三人で——帝城の、地下深くへ、降りて、いった。


 長い、長い、螺旋階段。

 空気が、徐々に、冷たく、湿って、い、く。


 幾重にも、重ねられた、鋼鉄の扉、を——クロウが、一つ、ひとつ、魔導の鍵で、開けて、いった。


 最後の、扉が、開く。


***


 そこに、広がっていたのは——


 広い、広い、石造りの、空間。


 岩盤に、深く、埋め込まれた、頑丈な、鎖、が——四本。


 床と、壁の、あちこちに、刻まれた——無数の、獣の爪痕。


 爪痕の、周りに、残る——古い、乾いた、血の痕跡。


 椅子も、なかった。

 寝具も、なかった。

 何も、なかった。


 た、だ——岩盤と、鎖と、傷の、痕、だ、け、の——凄惨な、石の部屋、だった。


***


 セレスティアの胸が——きゅう、と、締めつけられた。


 あの方は——千年——ここで——お、一人で——お、過ごしに、なって、きた、の、です、ね。


 彼が、自分のことを、傷つけた、爪痕、が——床に、壁に、刻まれて、い、る。


 彼の、静かな、嗚咽の、歴史、が——こ、の、石、の、部屋、に、染み込んで、い、る。


***


 セレスティアは——静かに、クロウに、頼んだ。


「——クロウ様」


「——椅子を、一つ——お、入れさせて、頂きとう、ござります」


「——私が、座って——お、そばに——い、られる、よう、に」


***


 その、セレスティアの、たった一言、が——


 千年、誰も、入ることが、赦されなかった、お部屋に——『一脚の、椅子』、を、加える、歴史的、転換、の、物的、象徴、だ、っ、た。


***


 クロウは——片膝を、床に、つけた。


 武人の、最も、敬意の籠もった、姿勢、だった。


「——わかり、ました、殿下」


「明日——椅子、を、お、運ばせて、頂きます」


***


 ヴォルフラムは——彼女の細い肩を——そっと、抱き寄せた。


「——セレスティア」


「お前を——ここに、連れて、くる、ことに、なる、とは——思って、い、な、か、っ、た」


 セレスティアは——穏やかに、微笑む。


「——それは——あなたが——千年、誰にも、お、頼みに、なれなかった、から、です」


「——今は——私が、お、そばに、お、り、ま、す、から」


***


 同じ夜——ファルネーゼ王国、王宮の、門前。


 マルテン、が、戻って、きて、いた。


 諸国への、耳打ち行脚——の、帰路。


 け、れ、ど——彼の足取りは——帝都を出た時、より、も——重かった。


***


 彼が、訪れた——パルメリオ、カステリオ、フィン、ガリレオ、セレネ——の、王侯、たち、は——


 す、べ、て、の、国、で——彼を、門前払い、に、した、の、だ、っ、た。


「貴国の、アンジェリカ姫の、話、は——すでに、耳に、入って、い、る」


「だが——エルディオ王太子、並びに、ヴェネシア大司祭の、証言を——我々は、優先する」


「お、引き取り、くだされ」


 ど、の、国、で、も——同じ、応対、だ、っ、た。


***


 マルテンは——王宮の、門の前で、立ち止まった。


 寒い、秋の風、が、吹いて、いる。


 彼の、頬に——冷たい汗、が、流れて、い、た。


 彼は——長年、王宮に、仕えてきた、誠実な、老使者、だった。


 今までの、公務、では——門前払いを、受けた、ことなど、なかった。


 あ、る、い、は——わ、た、く、し、が——お、伝えしている、『可哀想な、お姉様、を、救う、健気な、アンジェリカ様の、計画』——の、前提、は——ど、こ、か——狂って、い、る、の、で、は、な、い、か?


 その、疑念が——彼の頭の奥で、静かに、芽生え始めた。


***


 マルテンは——頭を、振った。


「——い、や。アンジェリカ姫様、は——お、姉君を、お、案じに、なられて、い、ら、っ、し、ゃ、る」


「——わ、た、く、し、の、お、伝え、方、が——足りなかったの、だ、ろ、う」


 そう、呟いて——王宮の、門を、くぐった。


 認知不協和、の、冷や汗を、拭いながら——


 け、れ、ど——彼の、内なる違和感、は——もう、消えなかった、の、だ、っ、た。


***


 静かに、静かに——彼の崩壊、の、種、が——心の奥に、植え付けられた、夜、だった。


***


 帝城——セレスティアの寝室。


 その夜、彼女は、寝台で——今日の、出来事を、噛みしめて、いた。


 ヴォルフラムが、そっと、入ってきて——彼女の隣に、座った。


「——セレスティア」


「私は——私の、千年、と——お前の、これから、の、百年、と——どちらが、大切か——分からなく、なって、きた、の、だ」


***


 セレスティアは——彼の頬に、そっと、手を、添えた。


「——どうか——お、考えに、ならないで、くださりませ」


「私の、これからの、百年は——あなたの、お、側で、あって、こ、そ——の、百年、に、ござります」


***


 ヴォルフラムは——彼女の額に、そっと、自分の額を、寄せた。


 魂と、魂が——混ざり合う、静かな、瞬間。


 窓の外——月は——もう、半分以上、満ち始めて、いる。


***


 血の月まで——あ、と、九日。


 諸国会議まで——あ、と、二十四日。


 解呪法への、公式の、返答、と——血の月の夜の、並走、の、誓い、が——静かに——二人の間に、交わされた、夜、だった。


 九日後の夜——セレスティアは——地下の、皇帝専用の、お部屋の、椅子、に、座る、こと、に、な、る。


 千年の、孤独の、檻、に——初めて、『一脚の、椅子』、が、運び込まれる、歴史的瞬間、に、向けて——時間は、静かに、進み続けて、いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ