3-2(嬉しいわ。あなたたちみたいな人がいてくれて)
妖魔が示したのは5、6人の男である。
大通りの真ん中を、人々を蹴散らすように歩いて来ている。
先頭を歩いているのは50前後と思われる男だ。小柄だが、ガタイはいい。左目の脇に深い傷跡がある。口をへの字に曲げて、まっすぐ前を向いている。後ろの男たちは肩を怒らせ、周囲を威圧するように視線を回しながら続いている。
『衛士ね』
ラカン帝国の主要な都市では、人手不足を補うために、治安を維持する役目の一部を民間に委ねている。いわゆる顔役や裏家業に片足を突っ込んでいる連中で、衛士と名前だけは立派だが、どっちつかずの嫌われ者たちだ。
フランは後ろに下がり、そのまま建物の影に紛れて姿を消した。
『何もしていないのにごはんにはできないわよ』
『きっとごはんになるよ』
『なるよ』
『なるよぉ』
『そうかしら。ちょっと難しそうよ』
行き交う人々は口を閉じ、視線を落して脇に避けている。モメ事に巻き込まれない術を心得ている。
不意に笑い声がはじけた。
子供の声だ。
道端の二人の子供が楽しそうに笑い合っている。衛士に気づいていない。
衛士たちのうちの一人が足を止める。「おいっ!」と怒鳴る。子供たちが驚いて振り返る。
あっと声にすることなく口を開き、互いの手を握り身体を寄せ合う。
『ほら!』
妖魔が喜色に満ちた声を上げる。
『仕方ないわねぇ』
フランが苦笑する。
『行って』
どこにあるか判らないフランの影の中から、幾体かの妖魔が、歓声を上げて飛び出していった。
衛士が子供たちに歩み寄る。
「いま、オレらのこと、笑っただろう!」
子供たちがぶるぶると首を振る。
恐怖に目を見開いている。
「オレを笑うだけならいいさ。だがよ、カシラが笑われて黙っていられるほど、オレは人間が出来ちゃいないんだ--」
衛士の声が途切れる。
しかし、誰も何があったか見ていなかった。立っていられないほどの激しい突風が人々に悲鳴を上げさせ、目をくらませた。
「何だ--?」
衛士のカシラ--ウゴウという名だ--が顔を上げると、ガキを蹴ろうとしていた手下がいなかった。
「おい、どこに……!」
ねえ。
ぎくりっとウゴウが身体を震わせる。振り返るが、誰もいない。柔らかな女の手が、振り返ったウゴウの首筋を撫でる。
あなたも、騒いでる子供は蹴り飛ばす主義かしら?
甘い声が耳元で囁く。
「ち、違う、オレは--」
そう。
声が嗤う。
だったらあなたは許してあげるわ。
「か、カシラ」
手下の一人が引き攣った声を上げる。
「さ、サトと、ふ、フライが、いねぇ……」
ウゴウは大きく目を開いて手下を振り返った。ガキを蹴ろうとしていた手下だけでなく、他にも二人、短気で荒事を任せている手下の姿がない。
「あ」
三十年近く前。衛士になる時に、彼は先代に言われた。ニムシェには魔女が棲む、と。そして、魔女が帰ると、人が消える、と。
魔女は威張り腐ったバカ野郎を好んで連れて行くんだ。
お前も気ィつけろよ。
そう言って、先代は口の端だけで笑った。
「……帰るぞ」
「え?」
「いいから番所に帰るんだよ!」
と、震える声でウゴウは怒鳴った。
いつの間にか彼は細い路地にいた。両側の家には色がない。窓はまるで紙に書いた落書きだ。
僅かに見える細い空にも色がない。
ガキを蹴ろうとして、滑った。ひっくり返って、世界が回り、
「ど、どこだ、ここは!」
怒鳴った声がぐわんぐわんと反響する。
「な、何だぁ、ここは!」
「ああぁ?!」
聞き知った声が、彼と同じように怒鳴る。同僚のサトとフライだ。彼らの声もまた、うるさいほどぐわんぐわんと反響した。
「サト、フライ、どこだ、ここわぁ!」
「知るか、ボケ!」
「うるせぇ!ぎゃあぎゃあ、怒鳴るんじゃねえ!」
「それはテメェだろ!」
「まず怒鳴る。
それしか知らないのね、あなたたちは」
甘い声に三人が振り返ると女がいた。
赤い髪を背中に落とし、しかし、顔がよく見えない。フードを被っているのではない。前髪を落としているのでもない。
それなのに何故か、光で覆われたかのように、女の目鼻立ちが見分けられない。
「なんだ!テメェ!」
目を血走らせて三人が立ち上がる。まるで練習したかのように声が揃っている。
「嬉しいわ。ニムシェに来ると、必ずあなたたちみたいな人がいてくれて」
女の足元で影が蠢く。
路地の暗がりにあっても妙に濃い、黒い影が。否、影というよりも、まるでそこに夜の闇が広がっているかのようだった。
「テメェはなんだと、訊いてるんだよ!」
「あなたたちに名乗る名はないわ」
女が肩紐に手をかける。着ている服を滑り落とす。男たちは思わず身体を乗り出し、戸惑った。
ある筈の物がない。
いや、何もない。
女の肩から下、そこには空間しか、闇しかなかった。
「さあ、みんな。食事の時間よ」
女の肩の下から、足元から、闇が溢れ、男たちに殺到する。何が起こっているか、彼らが理解するのに時間が要った。何が起こっているか理解し、逃げようとする前に、悲鳴を上げる前に、男たちの身体は妖魔の群れに覆いつくされた。




