4-7(フラン、ユンを歓迎する1)
庭に出たフランが見たのは、ぶつかりっこをして遊ぶユンと子供たちの姿だった。
いちばん幼いユウがひとりでユンに向かっていき、簡単にひっくり返されて楽しそうに笑う。ココとアンニが続き、やはりひっくり返される。笑う。ユウとココとアンニが起き上がって手を繋ぎ、三人で楽し気な歓声を上げて向かっていくがユンはビクともしない。
ムギとイロナが加勢する。
5人で力を合わせてユンを押す。
彼女たちのぶつかりっこが普通のぶつかりっこと違うのは、ユンと子供たちの間に50cmほどの空間があることだった。
娘たちの力を使っている。
子供たちは娘たちの力を合わせ、ユンにぶつかっている。
ユンは腰を落とし、懸命に5人を押し返しているフリをしている。余裕がある、とフランにも判る。
力の強さは、年齢を経ることによって強くもなるが、生まれた時に決まっている。
子供たちの中では、イロナがいちばん力が強い。力の弱いフランには子供たちの強さは測れない。ハルナに言わせれば、いずれイロナはアヌにも負けないようになるでしょう、ということだった。
そのイロナを含めた5人の力を、ユンは軽々と受け止めている。
「えいっ」
ユンが両手を上げると、きゃあと歓声を上げて子供たちがコロンコロンと倒れた。
子供たちが楽しそうに笑う。
ムギがフランに気づく。
「フラン姉さま!」
フランに向かって大きく手を振る。
振り返ったユンの髪から、光が流れ落ちる。
月光みたいね。とフランは思った。今はもう知る者はほとんどいない青く冴えた月の光をフランは思った。
フランがハルナから伝えられたユンの記憶は、あくまでもユンの主観だ。フランはユンの姿を見ていた訳ではない。
きれいな子ね。
改めてユンを見てフランが思う。
彼女の境遇を考えれば、ユンはもっと歪んでいても不思議ではない。けれどユンは素直だ。外見からも、ユンのちょっとした仕草からも判る。
クトゥスが気に入るハズね。
とも思う。
そして、クトゥスがユンをからかっていた気持ちも、よく判った。
「フランねえさま!」
ユウが駆けて来る。
フランは両手を広げて彼女を受け止め、ぎゅっと抱き締めた。続いて走ってきたココとアンニも抱き締め、腕の中の三人に順に軽くキスをする。ムギとイロナは、笑いながらフランを背中から抱き締めた。
「お帰りなさい、フラン姉さま!」
「ただいま。留守にしててごめんなさい。万神大祭の準備は進んでる?」
「お衣装、だいぶできたよ!」
「飾りつけも!」
「みんなの仮面もつくったわ!」「フラン姉さまのも!」
口々に子供たちが報告する。
「あたしの分まで作ってくれたの?ありがとう」
「どういたしまして!」
嬉しそうに子供たちが声を揃える。
「こんどはどこへいっていたの?」
ユウが訊く。
「ショナの南にある、ザッハディアという海に面した国よ。ハルナ姉さまのお使いで、ご本を一冊買ってきたの。
もちろん、ちゃんとお土産も買ってきたわ」
「なになに?」
「なぁに、フラン姉さま!」
「ザッハディア名物のチーズケーキ。おいしいわよ」
「わぁ!」
「どこにあるの?!」
「ハルナ姉さまに預けてきたわ。そろそろおやつの時間でしょ?」
「準備できたって!」
アンニが叫ぶ。
「食べてらっしゃい。あたしは、ユン姉さまと少しお話ししてから行くわ」
「うん!」
子供たちが声を揃える
「ありがとう、フラン姉さま!」
「どういたしまして」
図書棟へと走っていく子供たちを手を振って見送り、フランはユンを振り返った。
「ユン姉さまも、子供たちと一緒にチーズケーキを食べに行きたかったですか?」
と訊く。
ユンは立ち竦んでいる。
「シャッカタカー姉さま……?」
と呟く。
すぐに首を振る。
「ごめんなさい、そんな筈ないわね。だって、シャッカタカー姉さまは--、でも」
「どうかしました?」
戸惑いを振り払ってユンが微笑む。
「あなたがシャッカタカー姉さまに見えたの。そんな筈はないのにね。リディス姉さまに見せて頂いたシャッカタカー姉さまとは、髪は似ているけれど、ぜんぜん似ていないのにね」
「気になさることはありませんわ。よく言われますから。雰囲気が似てるって」
胸に手を添えてフランが笑う。
「あたしはフラン。
アースディア大陸から新しい姉さまが帰っていらっしゃったと聞いたので、ごあいさつに伺いました」
「こんにちは。
改めて挨拶させてね。わたしはユン。3日前にアースディア大陸から来たわ。
よろしくね、フラン」
屋敷で一番の約束事は、濫りに他人の心を読まないこと。特にフランという子の心は間違っても読まないこと。
フランのことは知っている筈だが、ユンの笑みに陰りはなかった。
「答えたくなければ答えなくていいのだけれど、フランは、いつお屋敷に戻って来たの?」
「あたしが戻ったのは1年前ですね。トーラ姉さまがあたしを見つけてくれたんです。ショナの南方にあるアテス市でギャングをしていた時に」
ユンが目をしばたかせる。
『あら。わたし、何か聞き間違えたかしら?』
と思う。
思うだけではなく、”声”も漏れた。
フランが微笑む。
「聞き間違いじゃありませんわ。トーラ姉さまがあたしを見つけたとき、あたし、ギャングだったんです」
***
フランがいた孤児院に、フランより5つ年上の、妙に大人びた自立した少年がいた。
少年は、フランが5歳の時に孤児院を抜け出し、フランが10歳になった時に再び現れた。
「ギャング団を作ったんだ。お前仲間にならないか?」
「いいわよ」
ふたつ返事で了承し、フランも孤児院を出た。
トーラがフランを見つけたのは、フランが12歳の時。敵対していた別のギャング団と抗争の真っ只中のことだった。
「フラン姉さま!」
ギャングたちの争う喧騒の中では、トーラの声はほとんど聞き取れなかった。
しかし、12年ぶりの再会にも関わらず、すぐにトーラの声だとフランは気づいた。視線を回すとまだ10代半ばのギャングのひとりがナイフを手にトーラに詰め寄ろうとしていた。
「殺しちゃダメよ!トーラ!」
咄嗟に叫んだが、遅かった。
不幸中の幸いだったのは、トーラに詰め寄っていたのが、敵対するギャングだったことだ。
「何だ!テメェ……」
怒鳴り声が途切れる。
頭を吹き飛ばされたギャングの身体が崩れ落ちる。
突風を起こして敵味方関係なく視覚を奪い、トーラを影の中に落として、フランはその場から逃げた。
人気のない公園で影から出て、「久しぶりね、トーラ」と笑ったフランに、トーラはしがみついて激しく泣き始めた。
「お母さまが、……お母さまが……!」
眠り続けるシェルミの姿が、奔流となってフランに押し寄せた。
トーラの力だ。
ああ、ついにきたか。
とフランは思い、まだ幼い身体で、トーラを固く抱きしめた。
ボスの少年には、「迎えが来たから行くわ」と告げた。17歳になっていた少年は、「そうか」と言って引き留めることはしなかった。
「悪いわね。
抗争の最中に行くことになってしまって」
「いつかこの日が来るとは思っていたからな。気にすることはない。それに、あの野郎は死んだからな。
抗争はもう終わりだ」
トーラが殺したのは敵のギャング団の頭だ。
「また会えるか?」
「あなたが執政官になったら会えるかも知れないわね」
「執政官だって?オレが?」
「ええ」
フランが微笑む。
「貴方ならきっといい執政官になれるわ」
本心からそう言って、フランはトーラと二人、マスタイニスカの屋敷に戻った。
それが1年前のことである。
***
「生まれてすぐ親に捨てられて、物心がついた時には、あたし孤児院に居ました。幾つか孤児院を転々として、10歳の時に孤児院にいた5つ上の子に誘われて、ギャングになったんです」
いろいろ省略してフランが言う。
「あ。同情は無用です」
悪戯っぽくフランが笑う。
「とても楽しかったですから」
この子なら本当にギャング生活を楽しんでいそうだと思って、ユンも笑った。
「わたしも14歳になるまで孤児院にいたわ。14歳になって孤児院を出て、領主さまのお屋敷で家宰見習をしていたの。
あ、--そう言えば」
「何でしょう」
「フラン、魔術が上手なんでしょう?リディス姉さまがおっしゃっていたわ。魔術に関しては誰よりもよく知っているって。
わたしに、魔術を教えて貰えないかしら」
「魔術に興味があるんですか?ユン姉さま」
「リディス姉さまに、魔術師協会でリディス姉さまの秘書をしないかって誘って頂いたの。でも、わたし、魔術は全然知らないし、リディス姉さまは魔術が必ずしも必要じゃないって言われていたけれど、やっぱり魔術を知っていた方が良いと思ったの。
それとね、この家の結界、シャッカタカー姉さまが作られたのでしょう?」
「はい」
ユンの話の先が判らないままフランが頷く。
「昨日、--今日もだけど、家の中を歩いてみたの。
塀のあちらこちらにあった呪、あれ、シャッカタカー姉さまが刻まれたものよね?シャッカタカー姉さまが友だちを助けるために刻まれた呪を、わたし、アースディアにいた時に見たの。
やっぱりとても綺麗だった。
塀に手を添えると、音楽が聞こえるみたいだったわ。とてもきれいな音楽。ううん、音楽というより、音と言った方がいいかしら。
静かで、力強くて、明瞭で。
何より論理的だったわ」
「……」
「シャッカタカー姉さまの呪を見ていると、魔術がどういったものか判った気がしたの。
ああ、そうかって」
照れたようにユンが笑う。
「フランには生意気に聞こえるでしょうけど、ね」




