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4-6(二人の簒奪者)

「信じられる?

 30も過ぎた女が。それもお姫様が。人の夫を捕まえて『初めての人にしたいのだけれどいいかしら』だなんて、フツー頼んでくる?」

「だってマルクが良いって思ったんだもの」

「それがヘンだって言ってるの」

「あたしも変わった人にはたくさん会ってきたけど、あなた、その人たちの中でもかなりヘンだと思うわよ。クトゥス」

「あら。そうかしら」

「でもね、カイ、それにウンって答えたあなたも、ちょっとヘンだと思うわ」

「雰囲気に流されちゃったの、この子の。

 あんまり普通に訊いてくるから、じゃあ、マー坊に訊いてみるわって。気がついたら答えていたのよ」

「訊かれて断るハズないわよねぇ、マーカスが」

「それが意外と、マー坊、最初は尻込みしちゃってね、アルスタス家の第三王位継承者って肩書に。

 いいんだろうかって、訊き返されたわ」

「気弱さと真面目さが出ちゃったのね。それで、あたしに頼みって、何?」

「キャナ王国の女主人」

「ん?」

「噂に聞いたことがある。それ、あんたのことでしょう?フラン」

「よく知ってるわね、カイ」

「キャナ王国の女主人は、”スフィアの娘”も知らない『技』を知っている」

「ホント、よく知ってるわねぇ」

「わたしは誰よりも優秀な魔術師だって言ったでしょう?んん。まぁ、……あんたには敵わなかったけど」

「それで?」

「三人だと上手く楽しめないの。それで、あなたに楽しみ方を教えて貰えないかって思ったのよ。フラン」

「内緒にする筈ね、リディスに」

「あの子にはまだ早いわ。そう思わない?」

「マーカスは?」

「わたしたち二人に教えて欲しいのよ。マー坊と一緒は嫌。あんたに盗られたくない」

「マーカスはあたしの好みじゃないわ」

「どんな人が好みなの?」

「マーカスは筋肉が足りないわねぇ」

「筋肉が好きなの?」

「(省略)」

「(省略)」

「(省略)」

「それじゃあ、座学からにする?それとも実技からにする?」

「そうね。まず、この部屋を遮音して貰えるかしら?」


    ***


「無茶をする子ね」

 よく冷えたグレープフレーツジュースのグラスを手にフランが言う。

 フランと向かい合ってハルナが座る。

「クトゥス様のことですか?」

 フランが頷く。

「マーカスは簒奪者だわ。

 簒奪者であるマーカスの正統性は、三つの柱で支えられているわ。

 ひとつめは王都チャオをはじめとする市民の支持。

 ふたつめが国の守護神である海神のオジさまの、神殿の支持。

 みっつめが、アルスタス王家の第三王位継承者だったクトゥスの存在よ。クトゥスを王妃とすることでマーカスは血統の正統性を主張できるわ。

 それなのに、たった20人ほどの護衛で、マーカス殺害の陰謀の舞台に乗り込むなんて無茶としか言いようがないわ。すべてがクトゥスを誘い出す為の罠という可能性だって否定はできなかった筈よ」

「よくマーカス王が許可を出したものですね」

「行くと決めたクトゥスを止められる人なんかいないわ」

「フラン姉さまでもですか?」

「あたしの忠告を無視して、何度死にかけたか判らないわ。あたしやリディスを巻き込んでね」

 グレープフルーツジュースをフランがごくごくと飲む。

「どうしてマーカスは、あの子をデアまで送り届けてくれたのかしら」

「フラン姉さまとリディスの妹だからではないのですか?」

「そうかも知れないし、そうではないかも知れない。

 マーカスはアルスタス王国の下流貴族の三男坊だったわ。しかも、貴族とはいっても、生粋の貴族ですらなかったわ。

 あの子の祖父が貴族の地位をカネで買って、息子を、つまりマーカスの父親を貴族の養子にしたのよ。あの子の父親は何の功績も残さなかったけれど、『貴族がどういったものか父に教えて貰った』ってマーカスは言っていたわ。

 20歳になる前に家を飛び出して放蕩の限りを尽くして、あたしと出会った時にもまだふらふらしていたわ。野心と怒りで身の内を焦がしながらね。

 マーカスがどうやって国を盗ったか、詳しいことは知らないけれど、マーカスが国を盗るまで、アルスタス王国には汚職が蔓延っていたわ。

 貴族はもちろん、王族も。

 アルスタス王国が倒れた直接の原因は、作物の不作、それと信じられないほどの物価高よ。

 怒り狂った市民を主体とした反乱軍が王宮になだれ込んで、アルスタス王国は潰れたわ。でも、王を追い出すと、反乱軍は乱れて、マーカスはそこを突いて反乱軍を討って自ら王位に就いたわ。

『財貨に目が眩んだ王は神々の加護を失った!』って宣言して。

 でも、マーカスもきれいな身体じゃなかったハズよ。むしろ、マーカスの方が裏社会との繋がりは深かったんじゃないかしら。

 もしかすると反乱軍の裏にも、マーカスがいたかも知れないわね」

「ユンを送り届けてくれたことにも、何か裏があるとお考えなのですか?」

「意外と複雑よ、マーカスは。クトゥスとカイもね」

 フランがグラスを置く。

「とりあえず、あの子と話してみるわ。あたしが、あの子が訪ねてきた魔術師だって、あの子に話したの?」

「フラン姉さまのご不興を買うようなマネを、わたしが、いえ、リディスや皆がするとお思いですか?」

 フランが楽しそうに笑う。

「さすがに良く判っているわね、みんな」


『神聖ザラ王国--』

 フランが思う。

 マーカスは汚れている。

 だが、人々はそうしたことを知ってか知らずか、マーカスを歓呼の声で迎えた。人々は自分たちを食べさせてくれさえすれば王が誰であっても気にしなかったし、マーカスには多くの人に好かれる天性の愛嬌があった。

 追い出された前王は隣国を頼った。

 前王を討つという大義を掲げて、マーカスは隣国に軍を進め、前王はさらに隣の国に逃げた

 マーカスはさらに兵を進めるつもりだっただろう。

 しかし、できなかった。

 前王に構っている場合ではなくなった。

 アースディア大陸の西から東部諸王国へと空を覆う黒雲のような勢いで神聖ザラ王国が迫って来たのである。


 ザラ王国はアースディア大陸西岸の最強国だった。

 しかし、20年ほど前に大戦があり、ザラ王国は西方諸国の連合軍に敗れた。ザラ王国を脅威と捉えていた東部諸王国も、直接いくさに関わることはなかったものの連合軍を積極的に援助し、連合軍の勝利に大きく貢献した。

 一度は滅亡の淵まで追い詰められたザラ王国を立て直したのは、ストル・ザラ・ヴァインという名の男だ。ザラ王国の下級貴族の出で、ザラと名乗ってはいるが王家とは血の繋がりはなくまったく無名だった男だ。その男が王を追放し、国名を神聖ザラ王国と変え、王位に就いた。

 マーカスが国を取るよりも前のことである。

『不思議なものね』

 王位に就くと、ストル・ザラ・ヴァインは軍備の拡張を図った。

 国庫の大半を軍事費に注ぎ込んで経済を回し、巷に溢れていた失業者、つまり不満分子を兵士として軍に取り込むことで治安を回復させた。

 そうして経済を立て直し、軍備を整え、神聖ザラ王国は再び他国へと侵攻した。国庫がカラになり国が破綻する前に、他国の財貨を奪った。

 綱渡りのようなやり方で、どこかで躓けば、神聖ザラ王国は簡単に潰れていただろう。

 しかし、そうはならなかった。

 何故かうまくいった。

 いまではアースディア大陸西岸の国々のほとんどは神聖ザラ王国の支配下にある。

 人々は根拠はなくとも声の大きな者の言うことを信じてしまうことが多い。

 ストル・ザラ・ヴァインは声が大きく、自信満々だった。

 神聖ザラ王国の国民はいまや熱狂的にストル・ザラ・ヴァインを支持している。

『詐欺師という意味では、マーカスといい勝負ね』

 と、フランは思う。

 二人が違うのは、マーカスは自分が詐欺師であることを自覚しているが、ストル・ザラ・ヴァインの方は自分が詐欺師だと自覚していないことだ。

『あたしを呼び寄せて、神聖ザラ王国に対抗しようとしているのかしら』

 軍の規模だけでなく経済規模や人口を基に考えれば、東部諸王国は神聖ザラ王国に敵わない。比較にならない。

『いずれにしても』

 アースデイア大陸に行く必要があるかしら。

 と思う。

 ストル・ザラ・ヴァインが何者か調べるために。

 ザラ王国という国名を神聖ザラ王国へと変えた時、ストル・ザラ・ヴァインは改宗した。天空神から別の神へと。

 一ツ神という名の神の信徒へと。

 神聖ザラ王国の王であると同時に、ストル・ザラ・ヴァインは”常世への水先人”であり、自分のことを”竜王の後継者”と称していた。

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