3-8(標的は宦官1)
フランが魔術書をめくる。
「よくできているわ」
指先で文字をなぞる。簡潔に術の目的が記されている。破れの修復の試み。と、記してある。
「術の説明、数式。そして、呪。
とても簡潔で、美しくて、一見しただけでは、この呪が意味を成していないことに気づく人はいないでしょうね」
「--あなたには判るけれど、ですか」
「魔術は得意だもの」
フランが笑う。
「見過ごすには危険すぎる術よ、『完璧な世界』は。こんなに良く出来た『完璧な世界』の偽物を見て、そのままにしておくなんてあたしにはできないわ。
この偽物を使って、どんな悪さを企んでいるのかしら。
ああ、ハーディの名誉のために言っておくと、ハーディは悪だくみの内容を教えてはくれませんでしたわ。
シオンさん、あなたに訊くようにって。
でも」
フランが少し間を開ける。
「そうね、かたき討ち、といったところかしら」
「--なぜ」
シオンが呟く。
「気が弱そうに装っているけれど、本当はしたたかな人ね、あなたは。
悪だくみの要であるこの偽物をあたしがテーブルに置いても顔色を変えない意志の強さがあなたにはあるわ。
でも、傲慢ではない。
多くの犯罪者は傲慢だわ。他人の作った法よりも自分を上に置いているから。
だから、犯罪を生業としている人とは思えない。
もちろん貴族でもない。
貴族の子は、伝統や格式に縛られていて不自由な子が多いわ。特に旧ベルリアーズ王国の子たちはそうよ。北の厳しい大地に、凍てつく寒さに心も精神も縛られているわ。
この偽物の出来は素晴らしいし、この偽物を隠していた結界も良く出来ていたわ。ホールの遮音も完璧よ。
でも、魔術師でもない。
あなたが気弱さの裏に隠している他人に対する誠実さは、魔術師らしくないわ。
シオンさんに一番しっくりくるのは、経済は人を救うためにあると信じている、数少ない、本物の商人ね」
「……」
「あなたのような人に、これまでも会ったことがあるわ。
強い意志を持って、犯罪と知りながら、罪悪感を抱えながら、法に反することにすべてをかけている人。
復讐に囚われた人よ。
ても、復讐に囚われている筈なのに、あなたの周りにはまるで草原が広がっているみたいだわ」
「草原、ですか」
「そうよ。
広い、どこまでも続く風に吹かれた緑の野があるわ。空は晴れてはいない。むしろ厚い雲に覆われている。その草原に、何者にも縛られずにあなたは立っている。風に吹かれている。
あたしにはあなたが、そう見えるのよ」
シオンが顔を伏せる。
「ボクが--」
「エレノアのことみたいだな。それは」
ハーディが言う。
「多分、そうだ。フランさんに、ボクがそう見えたのなら、それは、エレノアの」
シオンが声を途切れさせる。
「誰かしら。エレノアさんというのは」
「友人だよ」
ハーディがフランに答え、「ええ。友人です」と、シオンも言った。
「エレノアは、まるで風のようだった。自由で、掴みどころがなくて、自分勝手で、派手好きで、自己顕示欲が強くて、どうしようもなく魅力的だった」
「過去形なのね」
「ええ」
「シオンさんが企んでいる悪だくみというのは、そのエレノアさんに関係していることかしら?」
「はい」
シオンが頷く。
「エレノアの仇を討つ。それが、目的です」




