3-5(いま幸せだ。だからいま死にたい)
「悪いけれど、詳細はボクからは話せないんだ。ボクは首謀者じゃないからね。君を一味に加えていいかどうかも、彼に決めてもらう必要がある」
「彼というのは、シオン・ラ・ギィ・ゴードフル子爵のことかしら」
「知ってる?」
「名前だけはね。西端ベルリアーズ公国が滅亡した時に行方知れずになっている貴族のひとりね。
面識はないわ」
「それじゃあ、さっそく出かけよう。君を紹介したいからね。悪だくみの詳細も、彼に聞いた方がいい」
そう言ったハーディに、
「出かける前に、ひとつ教えてもらってもいいかしら」
と、フランが指さしたのは壁に貼られた一枚の紙だ。書斎の扉のすぐ横、人の顔の高さに、人の顔より少し大きな縦長の紙が貼ってある。
「それは何?」
「ああ」
ハーディが頷く。
「次回作だよ。書きかけだけどね」
「申し訳ないけれど、とても物語の一節だとは思えないわ」
『いま幸せだ。だからいま死にたい。と思う。』
壁に貼られた紙には、そう記してある。
「大人になるかならない多感な時期の子供が書いた日記みたいだわ」
「的確な指摘だね。ボクもそう思うよ」
ハーディが笑う。
「ふと、思ったんだ。人はなぜ、自ら死を選ぶのか。不幸だから?なるほど、生きることが耐えられないほど辛いことは多い。そういう人がいちばん多いだろう。でも、自分でも理由が判らない、そういう人もいるんじゃないかってね。
何か特別なことがあった訳じゃない。
とても美しい景色を見たとか、人と印象的な出会いがあったとか、そんなんじゃない。
ただ思う。
いま幸せだ。だからいま死にたい。
ってね。
主人公は、神官や武人じゃない。多分、土とともに生きる民人だ。
兄弟は多い。
弟か妹を亡くしたことがある。
ひょっとすると兄も亡くしているかもしれない。
体格はいい。
--肉体的なコンプレックスはない。
元々、自分の内側に沈み込むタイプで、兄や妹--、いや、やっぱり弟かな、を亡くす前、まだ幼い頃に、ふと思う。何故、ボクはボクなのか。遠いどこかでいくさに巻き込まれて死ぬ誰かじゃないのか。
それは、足元が崩れ落ちそうな感覚だ。ここではないどこかに連れて行かれてしまいそうな、自分が塵になって消えてしまいそうな感覚だ。そうした想いを抱いているところへ兄弟の死を経験して、彼は生と地続きの死の意味を知るんだ。
大地とともに生きている彼の一族の守護神は大地母神様だろう。しかし、彼の中の無常感が彼に改宗を促す--大地母神様から西の公女様へ。
領主に狩り出されていくさにも行く。
西の公女様の信徒だからか、死はむしろ彼を避けていき、彼は手柄を立てる。多くの敵を殺す。華々しい手柄を立てたことで、領主から武人として仕えることを求められるが、彼は断ってしまう。
西の公女様の信徒である彼の決断を誰も変えることは出来ず、彼は故郷に帰る。自分を待っている家族のところへ。
そうして思う。
いま幸せだ。だからいま死にたい。
と。
ひとつのアイディアとしては、最初に主人公を死なせて、何故、主人公が死んだのか、残された人々が動機を探っていくというのもありだとは思ってる。
でも、残された人々がいくら調べても判らない。
それはそうだ。
いま幸せだと感じたから、主人公は死んだんだからね」
「説明を聞くと、もう大筋は決まっていて、かたちにできそうに思えるわよ」
「それがなかなか難しくてね。
物語というのは何か問題が起こって始まる。
けれど、この物語はそうじゃないんじゃないかと感じててね。
最初に何も起こらない。
だからどうにも話が動いてくれなくてね。
何より主人公の行動をボク自身が納得できないんだよ。どこかに嘘があるような気がして。で、こうして毎日見てれば何か掴めるんじゃないかと思って、ここに、目のつくところに貼ってるんだよ」
「ロランが心配したでしょう」
「これを貼ってしばらくして、一緒に旅行にでも行きませんか、とロランにさりげなく誘われたよ」
「さりげなく。真剣に。ね」
ハーディが楽しそうに笑う。
「そう」
「書き上がったら読ませてもらえるかしら」
「是非。読んでもらえたら嬉しいよ。特に君にね、フラン」




