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一方、アマツシアではーー
「あーーマジで有り得ねぇ」
ヒスイはグラスをテーブルに叩きつけるように置いた。
「……お前、最近飲み過ぎ……」
ユキが横目でヒスイを見る。
「レガードの奴……毎回毎回、すれ違う度に俺の事見てくんだよ。あのクソったれが。
俺がっ!ルカ様に付きたかったっ!!
俺の方が、絶対レガードより役に立つだろ!」
ヒスイはテーブルに突っ伏し、ぶつぶつと文句を垂れる。
「しょうがねぇだろ。上が決めたことなんだからさぁ……。
そりゃあお前レベルだと、次期国王候補のローランの元に置かれるのは当然」
ユキは頬杖を付きながらウイスキーの入ったグラスを傾け、一口飲み込んだ。
それに、ルカ見てたら……ノアと重なるだろ。
過保護になるのが目に見えてんだ。
そりゃあ……配属される訳ねぇよ。
「まぁー。今のルカじゃ何も進まねぇから。
……実質、左遷って言われてんの知ってんだろ?」
ユキは淡々と言った。
「だから尚更だ!左遷じゃねぇよ、ムカつくなぁ!
ノアの五つ下なんだから、当たり前だろうが」
「俺に言うなよ……」
ノアが帰れなくなってから、学校には行くものの……ルカとスティアは部屋に篭りがちになってしまった。
母親の王妃シルヴィアは、毎日の様に二人の部屋に訪れている。
「……俺だって、ルカ様とスティア様の方がいい……。
頭を整理する時間も無ぇ……。
しかも、ストロフうぜぇし」
ヒスイは目を細め、じっとユキを見る。
「……まぁ、ストロフは俺も嫌いだからな。
動けねぇお前の代わりに、俺がルカの護衛に志願したんだし、姫様の方も兼任で様子も見てんだからさぁ」
ユキはため息を吐いた。
「……ユキには悪いことしたのは分かってる。
お前、第一の団長になって……父親の後、継たかったんだもんな……」
ヒスイは頭を掻いた。
「……そこは諦めたんだから、あんまり言うなよ。
別に、後悔はしてねぇし」
ユキはグラスの氷をカラン、と揺らす。
「……悪いな……。せっかく大型の免許も取ったばっかだったのに……。
あれマジですげぇわ」
「ほんと、すげぇ大変だったんだよ。何人轢きそうになった事か……。
まぁ、今はルカ達の送迎しかしてねぇけど」
「まぁ……それがいい。轢いてたら、お前ここに居ねぇな」
ヒスイは少し笑った。
「……牢屋で死刑執行待ちだよ」
ユキは乾いた笑いが漏れる。
「何人轢きそうになったんだよ……。怖えよ」
ヒスイは真顔になった。
「……お前、明日は?休みは?」
「んー……午前中、第一行って模擬戦させてもらう予定。
ここの奴等じゃ基礎練程度しかなんねぇからさ。
午後はクライン達護衛の訓練。
……休みは知らん」
「……ほんとお前はエリックさん似だな」
「団長にもよく言われるよ。動いてないと死ぬのかって」
ユキは笑う。
「じゃ、俺行くわ。……あんま無理すんなよ」
椅子を引き、立ち上がる。
「もう一杯くらい、付き合えよな」
「お前がグチグチ煩えから、一杯だけって決めてんの」
「はいはい、そりゃ悪かったね。
……お前も愚痴くらい言えよ。いくらでも聞くぜ?」
「言ったって状況変わんねぇだろ。
それより……ノア戻ってきた時に、アル中だったらどうすんだよ。
酒臭えって文句言われるぞ」
ユキは視線を下げたまま、部屋を出て行った。
「気ぃ付けるって。じゃーな」
ヒスイはひらひらとユキに手を振る。
「……あいつ、ほんっと弱音吐かねぇな……。
潰れる前に、エリックさんに相談だな。時間取れねぇかなー……」
ヒスイは腕を組み、天井を見上げた。
俺ばっかり愚痴ってんだよなー……。大人げねぇなぁ……。
ーーー
朝からユキは第一騎士団に行っていた。
ガキィィィン……と、剣のぶつかる音が響く。
まるで見取り稽古のように、団員達が集まってくる。
「……ユキ。お前ちゃんと休んでんのか?」
団長のリオが聞く。
「……要らないですよ。そんなもん」
ユキは吐き捨てるように返した。
お互い剣先を向け、距離を取る。
「あまり、自分の体力を過信するなよ……」
「……分かってますって」
ユキは間合いを詰めた瞬間、リオの懐に入り込む。
リオは体を捻り、ギリギリのところでユキの剣をかわす。
「一応な。お前がいつでも戻れるように、籍は残してあるんだ。
……安心しとけ」
加減もせずに剣を振り下ろした。
「ほんと団長には頭が上がらないです、よっ」
ユキは剣で受け止め、弾く。
リオは弾かれた勢いのまま体を回転させ、そのままユキを斬りつけた。
ユキの腕から、地面に血が滴り落ちる。
地面を蹴ると、再び団長目掛けて剣を振るった。
「はい、ストップー。終わり終わり」
副団長のアルバートが割って入る。
その声にユキとリオは足を止め、剣を下ろした。
「……このくらいで止めないでくださいよ」
ユキは不満そうに顔をしかめる。
「いいや。ダメだね。お前はもう、ルカ様の護衛なんだから。
本業に支障が出たら……怒られんのはこっちなの」
アルバートは首を横に振る。
「……はいはい。分かりましたよー」
「手当して、休憩取ってから城へ戻れよ」
リオが釘を刺す様に言った。
「……はい」
ユキは少し俯きながら、剣を納めて背を向ける。
救護室に行くと、医師が薬と包帯を持ってユキの正面に座った。
「これ、まだ試作品らしいですけど、この前各騎士団にお試し配布されたんですよー。
王城の薬品チームが開発したみたいで……。
ちょっと痛いんですけど、塗った後は包帯でしっかり巻けば、魔法無しでも半日で傷が塞がるって大評判でー」
医師はジャジャーン!と手のひらに乗せて掲げる。
「へー……」
ユキは目を細める。
王城の薬品チームって、アキが……何かやってたような……。
「それ、大丈夫ですか?だいぶ痛いんじゃ?」
ユキは嫌な予感しかしない。
「なかなか衝撃的ですよ。
フィードバックしないといけないので、感想を……」
医師はゴム手袋をはめて蓋を開け、たっぷりとクリームを手に取る。
「あっ、多分塗りすぎ……」
塗られた瞬間、ビリッと腕に衝撃が走る。
微細な泡が傷口を覆い始めた。
ユキはビクッと体を揺らしながらも、咄嗟にぐっと腕に力を入れた。
「えっ!?……もうご存知でした?
やっぱり、もう少し刺激が少ないといいですよねー」
医師はユキの腕に包帯を巻きつけてゆく。
「この感じ……凄く知ってます。
まぁ、この程度なら全然いいんじゃないですかね」
ユキは淡々と答えながら、記憶を探る。
……昔、俺とノアが犠牲になったやつのどれかだろうな。殺菌と修復を同時にやるからすげぇ痛いやつ……。
よくここまで副作用減らせたもんだ。
チームプレーって……大事だな。
「でも……なんで治すのにわざわざ痛いんでしょうね?」
医師は首を傾げる。
ユキは顔を背けながら、ボソリと呟いた。
「……安静にさせるため……」




