119話 逃げたアカリへ激怒
【前エピソードのあらすじ】
アカリが手渡した盃を受け取ったハルは、その場で気絶をした。
頭が痛い……。
そんな感覚を覚えた瞬間、俺は目を開いた。
視界の先には、俺の部屋の天井があった。
「ハル!」
そんな声が聞こえた瞬間、フィナが視界に現れ、俺に抱きついてくる。
全身にフィナの優しい温もりを感じる。
「痛たたた」
薄暗い部屋の中、思わず声を出しながら身体を起こすと、クロエが慌てたように言う。
「フィナ! ハルに飛びつかないで! 起きたばっかりなんだから!」
「良かった! 良かったあ!」
クロエがフィナを引き剥がしながら言う。
「ハル。身体の調子はどう? 病院行った方がよければ、連れて行くけど」
ここは……俺の家のリビングダイニングか。
布団を敷いて寝かせてくれていたらしい。
もう、外はすっかり夜だった。
部屋の電気が点いており、窓を見ると、暗い夜空を背景に室内の様子が反射して映っている。
若干、頭は痛いが……。
これは体調不良じゃない。
あの盃を受け取った時に、あまりにも大量の情報が頭に流れ込んだ感覚があってーー、それに頭が耐えきれなかったのだろうか。
「体調は大丈夫、だと思う」
「本当!? 病院行かなくて良い!?」
フィナの声が大きくて、頭が痛む。
「ハル、アカリに何かされたの?」
クロエはフィナを剥がしてから、静かにそう言う。
俺が彼女の方を見るとーー、彼女は冷静に見せているが、両手をギュッと握りしめて、厳しい表情だった。
フィナの方を見ると、彼女も不安げに俺の言葉を待っている。
「そういえばーー、アカリはどうした」
俺が尋ねると、クロエが即答した。
「あなたが玄関口で倒れていた時、アカリが目の前で立っていた。けど、あの子は私とフィナを見ると逃げたの」
「……なんで逃げたんだ。ったく、誤解を招くだろ」
俺は思わずそう言い、2人に気絶する前の出来事を話す。
アカリが我が家にやってきて、玄関先で宝具を受け取ったこと。
そして、それを受け取った瞬間、気を失ったこと。
ポケットの中に入っていた紙切れのことはあえて言わなかった。
その紙切れを入れたのはおそらくソラ。
そして、わざわざそんな面倒な伝え方をしたことは、何か意図があってのことだろう。
「じゃ、その宝具はアカリの罠だったってこと?」
クロエは冷たい声音で言う。
彼女は腕を組み、忙しなく人差し指をずっと動かして、腕にトントンと当てている。
「いやいや、アカリちゃんは私のためにこれを持ってきてくれたんでしょ?」
フィナは俺の隣で座りながら、横で顎に手を当て、考えながら言う。
「フィナ! ハルが危険な目に遭ってるのよ!」
クロエは牙を剝くようにそう言うので、俺は布団の上で座った状態でなだめる。
「いや、クロエ。俺もアカリに悪意があったとは思ってない。さっきのは事故だ」
「じゃあ、なんで逃げたのよ。本当に事故だったなら、その時に全て教えるべきでしょ」
クロエはフィナと俺を交互に見て言う。
「それは、そうだけど……」
フィナが悲しげな様子でそう言うと、クロエははっきりと言う。
「事情はどうであれ、私はアカリがハルを傷つけたこと、許さないから」
クロエはかなりの怒気をこめて言い放った後、一気にトーンダウンして深く息をついた。
「でも、とにかく大丈夫そうで良かった、本当に」
そう言うと、クロエもフィナの隣に、どさっと、フローリングに座った。
「やっぱり、事情はアカリちゃんに直接聞こう? 考えてても仕方ないし。クロエちゃん、ハルの話が聞けたから電話をかけてもいいよね」
フィナはすでに俺の携帯電話を持って、電話をかけようとしながらクロエに尋ねる。
すると、薄暗い部屋の中、クロエは静かに頷いた。
プルルルル、と電話の発信音が鳴る。
が、何回コールをしても、アカリは電話に出ない。
「電話、出ないね」
フィナがぽつりと言う。
そこで、俺はさっき気絶する直前、自分が見た景色を思い出した。
あの景色は、ある人物の目線で見えていたような、そんな映像だった。
いや……よくよく考えると映像じゃない。
そっくりそのまま、記憶を受け取ったような感覚だった。
3週間前、未来の魔女の魔法を受けた時は、クロエの過去を映像で見ていたようだった。
今回は違う。
その人物の感情や思いごと、記憶を丸々、頭の中に放り込まれたような感覚。
そして、映像の視覚的、聴覚的、感情的な情報から、それが誰の記憶だったかは予想がつく。
だが、今はまだ、頭の中が整理しきれていない。
それに、俺が見た記憶を確証づけるためには……。
「クロエ、頼みがある」
俺が言うと、クロエはふっと顔を上げた。
「何?」
フィナは電話をかけながらチラリとこちらを見る。
「さっき話した盃は、アカリが持って帰ったか?」
「いや、ここにあるわ」
クロエは部屋の隅、床に置かれていた、人間の顔はどの大きさの盃を取る。
「それ、宝具鑑定所に持っていってくれないか? おそらく、これは本物の宝具で、効果を知りたいんだ」
俺が頭を下げると、クロエは盃を手に取ろうとして、そこで躊躇しじっと見る。
「これ、触って大丈夫?」
「あぁ。俺が体感した情報から、多分、渡すことがトリガーになっている宝具だろう。不安なら、試しに俺が触ろうか」
俺がそう言うと、クロエは意を結したように盃に指をちょんっと触れる。
想定通り、何も起こらない。
「やっぱり、電話に出ない」
隣から、電話をかけていたフィナが不安そうな声音で言う。
「確かに、これが本物の宝具である可能性は高そう。手元にあるなら調べておいた方が良いわね」
その横でクロエは、暗い部屋で顎に手を当てながら、逆の手で盃を持った。
と、その直後。
薄暗い部屋にお腹の鳴る音が響いた。
「クロエに確認してもらっている間に、俺とフィナは晩御飯用の食材の買い出しに行くか。クロエ、リクエストはあるか?」
俺はあえて、その音がどこから鳴ったかは意識せずに言う。
「ボリュームがあればなんでも良い。じゃあ、私も行ってくるわ」
クロエはそう言うと、やや疲れを感じさせる様子で立ち上がり、その盃を手に持ったまま、窓を開けて外へ出て、ベランダの柵から飛んだ。
暗い部屋に取り残された俺とフィナ。
フィナは暗い部屋の中で、とても不安そうに明るいスマートフォンを見つめている。
スマートフォンの光で、彼女の心配そうな顔が鮮明にわかる。
「とりあえず、俺たちは買い出しに行くか」
「うん。っていうか、立てる?」
「体調は全然大丈夫。ま、腕は折れたままだけど」
俺はそう答えたが、フィナは先に立ち上がって俺に手を差し伸べてくれた。
・
今日はバイトが休みで良かった。
逆に言うと、アカリはバイトの日だ。
しかし、時刻はもう22時過ぎ。バイト先のスーパーも閉まっている時刻。
買い出しの目的地は近所のコンビニ。
と、いっても、近所のコンビニまで徒歩25分もかかる。
俺とフィナは、すっかり暗くなった夜の住宅街を歩く。
街灯の灯り以外、外に光はない。
フィナは家を出て少しの間、俺の体調を気遣うよう会話をしていたが、今はお互い何も話さなくなった。
ただ、アスファルトを歩く音だけが響いていたが……、歩き始めておよそ10分後、フィナが口を開いた。
「ハルは、さ。アカリちゃんのこと、どう思う?」
フィナの横顔を見ると、彼女は俺の方を見ず、ただまっすぐ前を見ていた。
次回の投稿予定日は5/2(土)です。




