117話 クロエの忠犬情報調査
【前エピソードのあらすじ】
ソラが来訪した日の夜、クロエは俺にアカリに関する情報を話す。アカリは現世でも魔女狩りから高額指名手配を受けていると判明する。
懸賞金の話も聞いた記憶がある。
しかし、俺のバイト先の同僚で、かつ、家に来てあんなに無防備だった、小さな女の子の首に1億円か。
とてもそうは見えないーーいや、見えなくもないか。
あの時の殺気は少なくとも本物だったから……、危険人物だと言われても納得できる。
「これ、クロエが調査をしたのか?」
「ええ、この家に入り浸る奴のことは調べておくべきだと思ったからね。フィナは不用心だから……。でも、今日みたいなことになるなら、ハルにはもう少し早く言っておくべきだったかしら」
やっぱり、クロエとフィナを組ませたのは大正解だ。
俺はフィナから借りている教本に視線を戻す。
「ちなみに、一億円ってどのくらいの価値なの? 私の元協力者もそんな単位を言っていた気がするけど」
「まあ、ものすごく大きな金額だ。すごく豪華な家が一棟建つくらい」
「すき焼きだと何回食べられる?」
すき焼き換算するのか。
だが、超高級すき焼きを一人分一万円とすればーー。
「高級すき焼きを1万回食べられるな」
いや、伝わりづらいか。
と、思ってクロエを見ると、彼女は愕然とした表情をして、ポツリと一言。
「おぉ。どれだけ凄いか分かったわ」
おそらく、クロエの中ですき焼きは神格化されすぎている。
クロエは俺の表情を見ると、恥ずかしそうにこほんと咳払いをした。
「フィナとアカリが仲良さそうだから一応調べていたの。でも、まさかすき焼き1万回なんて。なおさら、あなたに早めに伝えておくべきだったかしら」
「いや、変な前提条件が入ると、バイト先での振る舞いに出たりするからな。むしろ、黙っていてくれて助かった」
俺がそう言うと、クロエは窓の方を見て言う。
「情報屋に聞くと、他にもいろんな噂を聞いた。けど、どれも良くないものばかり」
クロエはそれから、情報屋から聞いた信ぴょう性のない情報だと前置きをしてから、俺に言う。
この世界の貴族の命を狙っている。
無差別に魔法使いを傷つけて逃亡している。
この世界の凡夫を何人か暗殺した。
修行に来る前、貴族を殺したことがある。
修行に来る前はいじめっ子だった。
「私が気がかりなのは……いろんな情報屋と会って、誰1人アカリのことをよく言わなかったこと」
確かに、一人でもアカリの良いところを言ってくれれば、クロエも安心できただろう。
誰一人良い噂を言わなければ、警戒するのも無理はない。
俺がクロエの立場でも、絶対に警戒する。
「でも、今日のソラ様の言葉も一理ある。法則の魔女様がアカリを信じて修行に出したことも事実。でも、その噂の一つが真実だと言うことも確定したし……やっぱりどうしても警戒してしまうわ」
「俺がクロエの立場なら、もっと冷たい目を向けてしまうだろうな。差別されているような魔法を使って、さらには一億円の懸賞首、良い噂がひとつもない魔法使いが家に上がり込んでるなんて」
「まあ、一億円と言う金額の規模感が私にはなかったからね。それに、フィナが言うとおり、魔法の種類は関係ないわ」
クロエは背伸びをして天井を見ながら言う。
「けど、明日からはもっと警戒してしまうと思う。でも、何か引っかかるのよね」
クロエは再び考えるような素振り。
「何か、悩んでいるのか?」
「悩んでいるというより、何かおかしいのよ。ただ、違和感の正体が分からない」
俺も、クロエに呟く。
「ああ、俺も引っかかっている。アカリが本当にそんなに大悪人ならーーなんで澪奈と連絡先を交換していて友達なんだろうか」
クロエは閃いたように頷く。
「確かに。神社は魔法使いと対峙する。不法者の魔法使いなんて、神社にとって害悪でしかないはず」
クロエはそこまで言うと、もう一度頭を捻る。
「いや、でも少し違う。ソラ様の言葉と噂の乖離についても引っかかるんだけど、なんとなく、うーん」
クロエはもう一度考え始める。
どうやら、彼女は俺と似て、考えて他人を分析するタイプらしい。
「アカリと私って、似ていないとおかしいと思うの」
また、斜め上からコメント。
「別におかしくはないと思うが」
「私の過去の境遇とアカリの過去の境遇は、完全に一致をしていなくても、似ている部分があると思う。だってアカリ、全獣魔法だから」
おそらく、奴隷身分であったクロエは、差別されていたアカリと通じる部分があるはずだと思っているのだろう。
俺は何もいわない。
「でも不思議なことに、私はアカリの気持ちがさっぱり分からない。アカリの影が見えない。きつい言葉でストレートに言うと、アカリはちゃんと不幸だったのかしら」
確かに、今を生きるアカリは飄々と楽しんでいるように見える。
クロエは俺を見て、「どう思う?」と、小首を傾げた。
ので、俺は率直に言う。
「殺しをしていた人間なのに、それを悔いている様子が少しもないから、不安を感じている、みたいなところか?」
俺が間髪入れずにそう言うと、クロエは「んー」と、唸るように言った後。
「はぁ」
彼女は深くため息をついた。
俺が教本に視線を戻すと、クロエは呟くように言う。
「分からないわ」
「あぁ。フィナは信じたいと思っているだろうが、俺はクロエと一緒だ。まだ、わからない」
そう言うと、頭を抱えて額をぺたんとこたつ机に付けた。
「判断をするための対話すらまともにできないところ、なんとかしたいわ。今日も、教科書が濡れたくらいであんなに怒らなくても……」
なんか、スイッチが入ったように自分を下げ始めた。
このモードに入ると面倒臭い。
少なくとも、あと30分はネガティブモードが続くだろう。
最近、クロエと過ごし始めてから、特に彼女が繊細でネガティブだと思うようになった。
だが、俺には少なくとも、放課後に澪奈の愚痴を聞き続けている経験があるからーー、以前よりは相槌が上手くなっているはずだ。
「アカリもクロエには煽るようなことを言うからな」
「それにしても……どうすれば感情の制御が効くようになるのかしら」
こう言う時、アドバイスはしない方が良い。相槌を打つことが大事だ。
「感情を制御することは、難しいもんな」
「感情が少ないあなたに言われたくないわ」
クロエはジトっと俺の目を見る。
俺の心をこめた相槌は失敗に終わった。
そんな感じで、夜は更けていく。
頭が憂鬱な時は早く寝るべきだと思うが、そんな野暮なことは言わない方が良いと学んできた。
・
その翌日、フィナとクロエは座学の実践編をするためか、朝から外に出かけていた。
フィナは本当に実践編になると眼の色が変わる。
昨日も夜遅くまで実践のイメージトレーニングを繰り返し、そして、新しい魔法の名前をつけると言って、ペンとノートと睨めっこをしている。
そんな感じで魔法の名前をつけるのか、と新鮮な気持ちになった。
久しぶりに夜更かししたはずのフィナは、きちんと朝はいつも通り早く起きていた。
一方、俺は2人のいない静かな朝を迎え、一人優雅にお茶を啜りながら、数学や物理学の本を読んでいた。
ピーンポーン。
家のチャイムが鳴る。
フィナとクロエが帰ってきたと思い玄関まで歩くが、どうも外が静かだ。
ドアの中心にある小さなドアスコープから外を見るとーー、そこには黒髪ウィッグをつけたアカリが立っていた。
次回の投稿予定日は4/25(土)です。




