115話 隊員アカリを巡る衝突
【前エピソードのあらすじ】
アカリは過去、魔法使いの世界で殺し屋をしており、「北方の殺人鬼」と呼ばれるほど人を殺していた。そんな話をソラから聞く。
「でも、今は完全に殺し屋稼業をやめているよ」
ソラはニッコリと笑い、腕を伸ばし、フィナの頭をポンポンと撫でながら続ける。
「里に来たばっかりの時は荒れていたって聞いたけど、アカリちゃんの直属の師匠は法則の魔女様の師範代の中でも、とっても優しくて、強くて、頭の良くて、そして、お師匠様が魔女になった時の部隊の隊員だった方」
俺はフィナとクロエの方をチラリと見る。
フィナは呆然とソラの方を見ていたが、クロエは再び、何かを考えているように、顎に手を置いていた。
「それに、無差別に誰かを殺すような魔法使いを、平和主義者のお師匠様が修行に出すわけがない。未来の魔女様と同じかそれ以上に、現世と人々と仲良くしたいと思われている方。実際、現世との協定の代表者だし」
たしか、魔法使いと神社は何度も戦争をしていると言う話を聞いたときだったか、協定を結んでいる、みたいな話を聞いた記憶はある。
「確かに、法則の魔女様が何人も平気で殺すような人間を修行に出すとは思えないことは、事実です」
クロエはポツリと呟くように言う。
と、その時。
「ソラさん!」
フィナは突如我に返ったように大きい声を出す。
彼女の表情は、真剣そのものだ。
「どうしたの?」
ソラも、驚いたようにフィナの顔を見つめている。
殺し屋をしていたと言う言葉を聞いて、フィナは何を言うのか。
気づけば、俺もフィナの目をまっすぐ見つめていた。
「ありがとうございます!」
ん?
「えーっと……」
困惑したようなソラの声。
と、フィナはソラに頭を下げて言う。
「ソラさんの話を聞いて、やっぱり私、アカリちゃんを隊員にするって決めました!」
やっぱり、フィナは本気でアカリが人を殺さないよう見張るつもりなのだろう。
「ちょっとフィナ! その話はまだーー」
止めようとするクロエを見て、ソラはふふっ、と笑い始める。
フィナとクロエがキョトンとしていると、ソラはこほんと咳払いをしてから言う。
「フィナちゃんが隊長をしてるって聞いているわ。アカリちゃんがフィナちゃんの部隊に入るなんてすごい巡り合わせだけど……、とても良いと思う。2人とも、アカリちゃんと仲良くしてあげてね」
ソラは座布団から立ち上がりながら人差し指をくいっと動かす。
と、ソラの前に出していたコップの下に強風が吹いているのか、それはふわふわと浮いて、シンクの中へ移動していく。
こんなに精密な操作ができるのか……?
まるで曲芸を見ているような心地になる。
「ちょっと待ってください。仲良くするなんて絶対に無理ーー」
フィナは勢いよくクロエの口を塞いで言う。
「任せてください! 私たち2人の部隊にアカリちゃんを入れて、3人で頑張って成長して、ソラ様に認めていただけるよう強くなります!」
「ふふ、頼もしいね。それなら、私は他の任務があるから」
そう言うと、ソラは俺を一瞥して言う。
「君もありがとう。フィナちゃんの協力者、楽しんでね」
俺にかける言葉が、楽しんで、と。
どこか見透かされているようでーー、あぁそうか。
これ、自分より圧倒的に頭の良い人と会話している時の感覚だ。
「ありがとうございます」
俺は素直に頭を下げる。
ソラは窓を開けてベランダから外に飛ぶと、風に乗るように空を飛んでいく。
「今後とも、よろしくお願いします!」
フィナはクロエの口を押さえながら立ち上がろうとする。
と、そこで声を上げた。
「あ、足が……」
そう言えば、ずっと2人で正座していたな。
俺がソラの方を見ると、彼女はこちらを見ずに右手だけを上げていた。
と、俺が部屋の方に目をやると、フィナは両足を押さえて呻いている。
「フィナ、正座できないなら無理しなくてもいいじゃん」
クロエがため息をつきながら言うと、フィナは足を崩しながら言う。
「だって、ソラさまもクロエちゃんも正座するから……、痛たたた」
クロエは静かな口調で言う。
「それに、フィナはソラ様にあんなこと言ったけど、私は今の状態でアカリを隊員にするのは反対」
「え……」
「だって、殺人鬼って呼ばれていたって話だったじゃない。殺し屋でも、よっぽど人を殺していないとそんな呼ばれ方しないでしょう」
大魔法使いであると思われるソラ相手にも全く動じていないクロエ。
さっきしたばかりの約束を早速反故にするつもりらしい。
「そんな魔法使いを隊員にするなんてね。確かに今は人殺しをしていないかもしれないけど、法則の魔女様を欺くためかもしれない。金を積まれたら裏切るような奴かもしれない」
クロエの言う通り、リスクは非常に大きいが……。
「で、でも! ソラ様と約束したし、アカリちゃんは私が見守ってあげないといけないと思う」
フィナはまだ足がしびれている様子だが、クロエをまっすぐと見つめて言う。
「第一、アカリは他の魔女の弟子。別に、フィナがリスクを負って見守る必要なんてーー」
「だって。私、アカリちゃんのこと、どうしても悪い子には見えないもん」
フィナは視線を地面に落として続ける。
「もし、これからアカリちゃんが人を殺すかどうかで迷いがあった時、近くに友達がいるかどうかで結果が変わると思うの」
クロエの眉がぴくりと動く。
フィナのスイッチはすでに入っているらしい。
「誰かを失うときの心の痛みが分からないと、平気で他人を傷つけてしまうし、迷った時に正しい道を教えてあげる人がいないと、誤った道に進んでしまう」
正しい道とフィナは言うが、それはあくまでフィナにとって正しい道だ。
しかし、フィナにとって、フィナが考える正しい道こそが、全ての人間が従うべき正しい道なのだろう。
クロエは反論をせずに黙り込む。
部屋に沈黙。
俺は少し考えて、今はクロエのフォローに回るべきだと思い口を開く。
「フィナ。クロエの気持ちも考えてやってくれ」
フィナは俺に視線を移すが、彼女の視線はかなり力強く、何を言われても譲らないという意思を感じる。
「クロエはアカリが憎くて止めているわけじゃない。もしアカリが裏切ったらクロエは自分の身を守れても、フィナや俺までは守れない可能性が高いから、心配で止めているんだ」
クロエにとって一番大事なことは、フィナが死なないこと。
「さっきからクロエは一貫して言ってるだろ? 止めているのはアカリが危険だからって」
フィナが俺を見る目は変わらない。
すると、隣で立っていたクロエはフィナから目を逸らして言う。
「悔しいけどそう。私やフィナがアカリに勝てるなら良いけど、アカリは強い、私は互角でやりあえたとしても、フィナやハルまで守れない」
クロエは小さな声で、ぽつりと言う。
しかし、それに対してもフィナは力強く反論した。
「でも、このままアカリちゃんを放っておけばーー」
クロエの方をちらりと見ると、彼女はまたもや何かを考えている様子だった。
だから俺は、代わりにフィナへ視線を戻して言う。
「フィナは隊長だ。時には隊長の思いで突っ走るのも大事だが、隊員の気持ちを汲んでやるのも、隊長の責務じゃないのか?」
俺がそう言った瞬間。
フィナはハッとしたような表情になり、慌ててクロエの方を見る。
すると、クロエは小さな声で言う。
「私がアカリに圧勝して手綱を握れれば、仲間にして良いと言えるのに……、ごめん、フィナ」
「そ、そんな、クロエちゃんは何も……」
「一緒にもっと強くなりましょう。フィナや私がアカリを飼いならせるくらい強くなれば、彼女を隊員にしようがしまいが、私はフィナについていくわ」
フィナは俯いて、悔しそうに拳を握りしめる。
「俺も同意見だ。現状、アカリのことが分からないから、クロエとの座学修行の成果が出るまでは、今くらいの関係性が良いと思う。ラミアの調査に手伝ってくれたり、宝具を渡してくれると言ってくれたり……、隊員にこだわる必要はないんじゃないか?」
俺がそう言っても、フィナは俯いたまま顔を上げない。
「ちなみにクロエ。フィナの座学の調子はどうなんだ?」
話題を逸らすようにそう言うと、クロエは思い出したように言う。
「そういえばそうだった。もうすぐ結界基礎学の教科書の復習が一周終わる予定なの。一周終われば結界描画の実践に入っていこうと思うんだけど」
「実践……?」
フィナの声が聞こえるが、クロエは続けて言う。
「とりあえず、ハルの意見を聞きたくて。水魔法は応用が効くから、理屈上、色々な魔法が作れるんだけどーー、いつ決闘を挑まれるかわからない状況だから優先順位をつけたくて」
クロエはそこまで言うと俺の方を見つめ、ゆっくりと尋ねた。
「フィナが先に使えるようになるなら、攻撃に使える魔法か防御に使える魔法、どっちがいいと思う?」
次回の投稿予定日は4/18(土)です。




