108話 遅刻魔アカリの来訪
第一章再開です。
「あと1時間でアカリちゃんが来るの?」
「じゃ、アカリが来るまで続けましょうか」
「え、それ、嫌な予感が……」
数時間前に、フィナとクロエは確かにそう話していた。
残念ながら、それから3時間が経過している。
二人は元々俺の部屋だった場所で籠って勉強をしている。
クロエが来てから、食費は2倍以上になったが、フィナの成長スピードは3倍を超える速度で上がっているだろう。
6月後半、梅雨も本格的になった。
今日はバイト以外で家を出る用事がないので、上下ジャージを着てゆったりと過ごしていた。
「あーーーーーー! もう限界ーーーー!」
元々俺の部屋だった、リビングの隣の部屋から叫び声。ついに電池が切れたらしい。
ガチャン!
細く軽そうな水色の髪の毛をくしゃくしゃにしたフィナが部屋の中から勢いよく飛び出してくる。
「ちょっとフィナ!? あと3ページって言ったでしょ!?」
「無理無理無理! もう無理絶対無理、魔法使いは8時間以上勉強できない!」
黒いワンピースを着たフィナは頭を両手で抱えながら、時計を見て叫ぶ。
「って言うか、もう15時!? アカリちゃん13時に来るって言ってなかった!?」
「ああ、言ってたな。フィナ、クロエも少し休憩したらどうだ?」
俺はそう言いながら、お茶を淹れようとキッチンに向かう。
予測では、もうしばらくでアカリが来るはずだ。
「あの遅刻魔。遅刻何回目かしら」
クロエが呆れたように言う。
彼女もまた、黒いワンピースを着たままだ。
アカリは何回かこの家に来たことがあるが、突然の訪問以外は毎回遅刻している。
「あーー! ちょっと身体を動かしたい! クロエちゃん、ランニング行こっ!」
「え、なんで」
「もう、ずーーーーっと同じ姿勢で勉強してたら身体が固まっちゃって! ほら、今は雨止んでるし!」
「え、ちょ、私はゆっくり走るからね、絶対だからね、あ、待ってーー」
フィナはクロエの腕を引いて、外へ出ていった。
どうしようか。
せっかくお茶を淹れたが……、まあいいか。
俺は1人になった家で、のんびりとお茶を啜る。
少し前まで、ずっと静かだったこの家が、フィナが来て賑やかに、クロエが来てさらに賑やかになった。
ピンポーン。
そんなことを思う中、唐突にチャイムが鳴り、俺が玄関へ近づくと、声が響く。
「笹川でーす」
いつもどおり女性にしては低く、落ち着いた声。
俺が扉を開けると、彼女、忠犬の魔法使いアカリはペコリと頭を下げた。
バイト先によく来る格好とは違った珍しい衣装。
フリフリやリボンのついた白色のトップスを着ていた。
さらに、グレーのゴシックなミニスカート、厚底のスニーカーも、ソックスも明るい白基調の色合い。
そして、ふさふさとした黒色の髪の毛を高い位置のツインテールにしている。
ツインテールのリボンも、いつもの濃いピンクの色合いではなく、白色でふわふわしていた。
そして、背中には黒色の革製リュックサックを身に着けている。
このリュックサックにも、金色の可愛らしいアクセサリーがいくつも付いており、洋服の雰囲気とマッチしている。
俺の家に不釣り合いな格好の彼女は、チークでほんのりピンク色になった目元を不器用な様子でにっこりと緩める。
……え、こいつ、もしかして今笑おうとしたのか?
これまで、バイト先やプライベートを含め、一瞬たりとも笑ったことないのに?
っていうか、顔が引きつってるように見えるぞ。
もし笑ったのなら、笑い方が不器用すぎる。
「お邪魔します」
「上がっていいけど……、フィナとクロエはしびれを切らして外出したぞ」
アカリはクールな様子で、かつ、相変わらず女性にしては低い声で、雑に靴を脱いで家の中に入っていく。
「良いよ。遅れたのは私だし」
「念のため確認だが、13時に来る約束だったよな?」
「ごめん。メイクがなかなか決まらなくてね」
この遅刻魔はいつもメイクかファッションで遅刻する。
「お茶でも出すか?」
「はーい。ありがとう」
何度か家に来たことがあるからか、彼女は慣れた様子で、ぺたんと正座を崩したような、いわゆるお姉さん座りで座る。
俺はちょうど淹れていたお茶をコップに入れ、アカリに出す。
右手の包帯は取れたが、まだあまり動かさないよう言われている上にリハビリ中なので、手際が悪いが左手で準備をする。
「ごめん、できればでいいんだけど。冷たいお茶ない?」
「冷たいお茶か……、今朝作って冷やしているものならあるけど、まだぬるいぞ」
「それでいいよ。熱い飲み物、あんまり好きじゃないんだよねー」
アカリは、家の中をきょろきょろとせわしなく眺めている。
って、そうか。家の中で俺と二人きりになるのは初めてだったな。
しかし、彼女は緊張している様子など一切なく、単純に部屋の様子を見ているだけのように見えた。
俺は淹れてしまったあったかいお茶を自分の前に置いて、冷蔵庫を開ける。
「へえー、クロエとフィナ、勉強してたの?」
「ああ。フィナは勉強がからっきしだから、クロエに教えてもらっているんだ」
俺はお茶をコップに入れながら答える。
「大変だねえ。クロエがやらせてるんでしょ」
「いや、フィナは魔女を目指しているからな。自発的に頑張ってるぞ」
俺は何気なくそう言う。
と、アカリから返事が聞こえなくなる。
俺はコップを持ってこたつの方に向かってくると、アカリは唖然としたまま俺に向けて言う。
「え、マジ? マジで魔女とか目指してんの」
「うん。マジ」
言いながらコップを背が低いこたつ机に置く。
「フィナってそんなに強かったっけ。クロエはまあまあ強かったけど」
「いや、クロエより弱い。それも、結構弱い。実用的な魔法はまだ2種類だし」
「え、水の一文字魔法だよね? 2種類? 嘘でしょ」
一文字魔法? と言う言葉が引っ掛かる。
「本当だ。っていうか、一文字魔法ってなんだ?」
「……、え?」
「え?」
妙な沈黙。
なにか、おかしいことでも言ったか?
アカリは俺の顔を数秒じっと見て、ぬるいお茶を飲んでから言う。
「いや、気にしないで。協力者が知る必要もないし」
「なんだ、気になるな」
「クロエに聞けば? それより、私はそんなに弱いフィナがなんで魔女を目指しているのかが気になるなー」
一文字魔法と言う言葉は、そんなに一般的なのか?
それならまあ、クロエに聞けばよいか。
「フィナは、魔女になるのが夢なんだ」
「へえ。マジで本気なんだ」
アカリは机に置かれたフィナとクロエの本を見つめている。
「ってことは、フィナが隊長でクロエが隊員ってこと」
「ああ。俺からも質問して良いか? バ先では聞けないこと」
「別にいーよ」
アカリの隣に座り、俺は思考を整理してから尋ねる。
まずは一番聞きたかったこと。
「アカリとクロエは喧嘩したっていってたろ? 実際、どのくらいアカリが圧勝したんだ?」
俺が問うと、アカリは目を丸くして言う。
「あれ、そんな嫌味言ったっけ?」
「いや、クロエに勝ったって話を聞いていただけだ」
アカリはやや、目を細めて俺を見る。
「アカリって、近接戦闘が強いタイプだろ? クロエは器用だが距離を詰められるとあんまり強くない」
俺が即答すると、アカリは目を細めたままじっと俺を見て……、ゆっくりと口を開けて言う。
「どうやって幻影魔法を看破したんだ」
「私の魔法は、嗅覚が強いの。って言ったら、分かる?」
ああ、理解した。
目の前のアカリは忠犬魔法と言う魔法を使うようで、犬の力や特性を身体に入れられるらしい。
そして、犬は人間の1000倍の嗅覚を持つ。
・忠犬の魔法使いアカリ
・学術36、体術100、魔術42
・法則の魔女 1年目
・魔斬の倭刀、他3個
・忠犬魔法、跳躍魔法
先日のビルでの身のこなしを見るに、何となく察しはついていたが、手帖を見たときは驚いた。
「そう言うことか。最近、クロエが香水に興味を持ち始めたのも納得だ」
アカリは露骨に「え」と嫌な予感がしたような顔を見せて言う。
「ま、再戦する気はないし良いか。それより、フィナの話を聞かせてよ」
アカリは興味ありげに、机の上に両肘をついて、空いた手の上に彼女の小さな顔を置いて、俺の顔に近づいてくる。
と、白色のトップスの下がチラリと見えそうになる。
こいつは意識的か無意識なのか、フィナよりも距離感が近い。
フィナはあの性格だからもう少し俺に近づいてきても良さそうだが、相当クロエに注意をされているからか常に1メートルほどの間隔がある。
さらに、ボディタッチしてくることもめったにない。
クロエも同じだ。言わずもがな、食事以外は常に俺と距離を置いているか、フィナと一緒にいる。
そんな二人と過ごしているから、アカリの至近距離で、やや上目遣いの角度は、なかなか新鮮で、無防備に見えた。
「ねえ、フィナってなんで魔女を目指してるの?」
アカリはいつも通り、ダウナーな、落ち着いたテンションで、俺の目を見て話しかけてくる。
同い年のくせ、雰囲気は明らかに年下で、しぐさは妖艶だ。
「誰も傷つかない世界を目指すため、って言ってたな」
「ふーん。誰も、傷つかない、ね」
アカリはしっとりと俺の目を見る。
その瞳は鮮やかな茶色の中央に黒色があって、その黒色はとても深い。
「無理じゃない? それ」
彼女はあまりにもあっさりとそう言った。
本日は3話連続投稿します。
続きは昼頃に投稿します。




