105話 生態観察記録「幻影の魔法使い」後編
外食を奢らされそうな予感。
「何を食べるんだ?」
思いのままにそう言うと、数秒返事がなく、俺はいきなり後ろから結構な強さで背中を叩かれる。
「痛っ!?」
と、気づけば目の前を歩いていたクロエは消えていた。
わざわざ幻影魔法を使っていたらしい。
しかも、さっきまで声は前から聞こえていたのだから、わざわざ背中を叩くために一度立ち止まって後ろに回り込んだことになる。
なんでそんなに面倒くさいことを。
「失礼よ。別に、四六時中食べ物のことを考えているわけではないの」
クロエは俺に対し暴力を振るいがちだ。
俺はため息をついてから振り返る。
「クロエ、毎回どこかしらを叩かないでくれ。特に頭を叩くのはやめろよ。一度頭を叩かれると脳細胞が10万個死んで、頭が悪くなるんだぞ」
振り返りながらそう言うと、クロエはにっこりと笑う。
「ノウサイボウが何だか分からないけど、あなたはもう少し馬鹿になった方が扱いやすいわ」
何故か、機嫌は良さそうだ。
本当にこいつは性格を拗らせすぎていて、何を考えているのか分からん。
「骨が治るまではやめてくれ。手に響くから」
ついでに言おうと思っていたことを言うと、クロエの顔は急に青ざめた。
「え!? そうだったの!? ごめんなさい!」
クロエは慌てた様子でそう言い、頭を下げた。
魔法使いは傷がすぐ治るから、ここら辺の感覚が鈍いのか?
「いや、やめてくれたらいいよ」
俺がそう言って歩き出すと、クロエは後ろをついてくる。
しかし、クロエはしょげたような様子で、何にも言わなくなってしまった。
何だこいつの感情は、まるでジェットコースターのようだ。
「クロエ、気にするなよ? ってか、クロエの気晴らしスポットはどこなんだ?」
「その、ごめんなさい。その怪我は私のせいなのに」
「いいから気にするな」
「で、でも……」
はぁ、面倒くさい。
しかし、生い立ちを知っているだけに責めにくい。
こいつは複雑な過去を抱えていることもあり、人一倍繊細だ。
多分、昔のことも結構な根に持つタイプだろう。
たった2週間生活しただけでわかるほどの、もやしメンタルだ。
「クロエ元気を出してくれ。せっかくの密着時間だぞ。ほら、気晴らしスポットに連れて行ってくれ」
俺がそう言うと、クロエは俺の隣に早足で並びかけ、「わかった」と小さな声でつぶやいた。
・
「ここ」
クロエが気晴らしスポットと言って俺を連れてきた場所はーー、西鉄久留米駅前だった。
西鉄久留米駅前、南口のバスターミナル。
まだ明るい空の下、人の往来も盛んだ。
「この間来た時から、何度か散策をしていたの。私、こんなに人間がいて、こんなにいろんな建物があるところ、初めてで」
クロエは確か、奴隷身分から魔法使いの里に拾われて、魔法使いになった。
と言うことは、少なくとも、奴隷時代の経験や、未来の魔女の里は、西鉄久留米駅前よりも人が少ないのだろう。
「ちゃんと車とか電車とかには気をつけろよ?」
「大丈夫、最新の注意を払っているわ」
いつかフィナが、魔法使いが車に退治されることがあると言っていた。
そのため、俺はフィナとクロエには乗り物の知識を教えている。
「ここで、いろんな人を観察したり、いろんなお店を観察するのが、良い気晴らしになっているの」
クロエはまだ、先ほど俺に言われたことを引きずっている様子だったが、徐々にテンションはもどってきている。
最初会った時はサバサバした印象だったクロエだが、蓋を開けるとフィナの方がよほどサバサバしている。
今から思うと、俺やフィナに対して近づき過ぎたくないという思いがあったから、そっけない態度をとっていただけなのだろう。
それにしても、魔法使いから見た、この世界の原風景はどう映っているのだろうか。
魔法使いの現代観察記、なんて本があれば、ぜひ読んでみたい。
「ちなみに、クロエから見て、こちらの世界の人たちはどう見える」
俺は気になることを率直に聞いてみる、と。
「みんな、面白いほどスマートフォンの小さい画面を見ているわね」
以前、フィナに聞いた時も、みんなスマートフォンの小さい画面を見ている、といった感想だった。
クロエは思考力や分析力について、フィナよりもかなり長けていると思っている。
そのクロエにしても、この世界を見た第一感がそれなのか。
「宝具でもないのに、大量の人間をあれほど虜にするなんて恐ろしいわ。私はあの道具を使って動画くらいしか見たことがないけど、他にもいろんな効果があるのでしょう」
「まあ、動画に限らず、必要な情報をすぐに手に入れられるし、暇つぶし用のコンテンツもたくさんあるからな」
「それにしても、歩く時や、他人と話している時までスマートフォンを見ているのはどうかと思うけれど」
俺はそんなことをしたことがないので、他の人がそうしているところを見たのだろう。
と、そこまで言ったクロエはハッとしたように言う。
「って、そんなことを話したかったんじゃなくてこの街を何度か散策をして、大体の地理は分かったのだけど……」
クロエはそこまで言うと、わざとらしく上品に膝を折り、ワンピースの裾を掴み、お嬢様のようにそれを広げ、頭を下げた。
「今日は密着してくれるってことだったから、私をエスコートしてもらっていいかしら?」
頭を上げたクロエはにっこりと笑う。
わざとらしくしているくせに、妙にその仕草が似合っている。
本当に、上品なオーラを持つ女の子だ。
しかし、考えたな。
密着企画を利用し、エスコートをさせられるとは。
別に、いつもクロエがどのように過ごしているかを知るのが今日の企画の趣旨だし、誘いに乗っても良いが……。
フィナのことが脳裏によぎる。
クロエだけ案内をしようものなら、フィナがいい気をしないだろう。
「それなら、今度はフィナも一緒に案内する、ってことでどうだ?」
俺がそう言うと、クロエは閃いたように「あ」と言ってから頷いた。
「確かに! フィナも一緒の方が楽しそうね。うん。そうしましょ!」
クロエはそう言うと、にっこりと笑った。
「じゃ、今日は家に帰りましょう。気晴らしをしたい時も、ここら辺をぶらぶらしているだけだし、いずれエスコートしてくれるならその時に教えましょう」
もう、他に用事はないらしい。
俺は頷いて歩き出そうとするがーー、ふと思い出す。
「そういえば、クロエ、約束の晩御飯は何がいい? 食材買って帰りたい」
さて、何が来るか。
クロエはきっと影で、いろいろな料理を研究している。
彼女のことだ。
きっと、すき焼きは希望してこない。
仮にクロエがすき焼きを希望する場合、きっと俺に数週間後に提供してほしいと要望するだろう。
しかし、クロエとの取引条件は、今日の晩御飯だ。
「腹は決まっているわ」
彼女は天を仰いでから、俺をビシッと見つめて、はっきりと言った。
「今日はチャーハンがいい」
……え?
「チャーハンって。本当にそんなものでいいのか?」
「そんなものなんて失礼ね。不服なら餃子も付けるわ」
ミスった。
隙を見せると献立が増えていくぞ、これ。
しかし、チャーハンというのは意外だ。
俺には、迷った時に選びがちな献立がいくつかある。
基本、安い食材を軸に作るので、ご飯と汁物とコンビで出す時は、焼くだけの野菜炒め、豚キムチ、煮るだけの豚の角煮、肉じゃがをよく採用する。
単品でご飯として成立する献立は、チャーハン、焼きそば、カレー、ちゃんぽん、パスタを採用しがちだ。
つまり、クロエはこの機会に特別感のある料理をチョイスせず、いつもの料理を選んだのだ。
まあ、餃子はついてしまったが……。
「チャーハン、気に入ったのか?」
俺が尋ねると、クロエは先に歩き出しながら答えた。
「ええ。今のところ、あなたが作ってくれた料理の中では一番好きね」
なるほど……。
これ以上失言するのは嫌だったので、俺は必要最小限の会話で、クロエと買い物へ行き、卵、豚肉、白ネギ、そして、チルド餃子を買った。
・
「ただいま」
クロエの前で、ビニール袋を持ちながら家の鍵を開け、玄関扉を開けると、見慣れた黒い厚底の靴が置いてあった。
この靴は……。
「この靴は……」
俺の思考とシンクロしたクロエの声。
クロエは慌てたように俺を押し退け、家の中に入っていく。
そして、俺が靴を脱ぐ中、奥の部屋から声が響く。
「フィナ、アカリを家に上げちゃダメって言ったでしょ!?」
「あ、クロエ。お邪魔してまーす」
忠犬の魔法使い、アカリの声が聞こえる。
「いいじゃんいいじゃん! アカリちゃん、バイト前にわざわざ家に寄ってくれたって」
フィナの声も聞こえた。
俺が遅れて部屋に入ると、ワンピースを着たフィナとアカリがこたつ机の前で雑誌を一緒に読んでおり、それをクロエが強い剣幕で叱責している。
今日のアカリは、濃い青色のブラウスに、黒色の超ミニスカートと黒のストッキングを履いている。
目元のメイクはバッチリ決めており、マスクはベージュで顔にフィットした形のもの。
さらに言うと、黒色のリボン付きの髪ゴムで、高い位置で黒い髪をツインテールにしている。
アカリはあれから何度か家に来ているから、この光景も見慣れたものだ。
「ダメ! こいつは危険なの!」
クロエはそういうと、背中側からアカリの服を首元を掴もうとするが、アカリはそれをヒョイっとかわした。
「はぁ、うるさいやつが来たんですけど」
アカリがニヤリとクロエを見て、小馬鹿にしたように笑いながら言う。
と、クロエはカチンと来たような表情で一言。
「フィナ、こいつは他の魔女の魔法使い。それに、とっても強いの! いつ、寝首を掻かれるか」
「がおー」
真剣なクロエの横で、ふざけたように言うアカリ。
「私と同じくらい強いし、仲良くなりすぎるのは危険なの! 分かった!?」
「私はクロエより強いけどね」
そうアカリが言った瞬間、クロエはアカリの頬をつねる。
「ちょっと、表出なさい。再戦よ」
「戦う前に、ちゃんと晩御飯食べた?」
アカリは、頬をつねるクロエの手をパチンと叩き落とす。
「ちょっとクロエちゃん。アカリちゃんは友達じゃん! そうだ、アカリちゃん、バイトまで、一緒に夜ご飯食べない?」
フィナがそう言うと、クロエは両手を頬に当てて叫ぶ。
「そんな、3人分の食材しか買ってきてないわよ!」
まるで、自分が食べる量が減る、と言わんばかりの叫びだ。
しかし、アカリが晩飯を食う食わない以前の問題がある。
「アカリ、バイト18時からだろ。こんなにのんびりしていて良いのか?」
俺が尋ねると、アカリはゆったりと時計を見て、「あ」と言った。
そして、フィナの方を見て言う。
「フィナ、ごめん! 私、バイト行かないと」
フィナは残念そうに見ているが、隣からクロエが言う。
「ちょっと! 今18時16分よ! 18時からなら、すでに遅刻じゃない! 早く支度しなさい!」
のんびりと動き出そうとしているアカリに対し、クロエはせかせかと、机に置いているファッション雑誌の山をまとめ、アカリの持ってきた黒いリュックに入れる。
「今から一回帰ってメイク整えて、着替えると……」
「なんで一回帰るのよ! 直接行きなさい!」
「いや、バ先の社員証なくて入れないし」
「持ってきておきなさいよ! いつも遅刻してるんでしょ!?」
ガミガミ言うクロエをめんどくさそうに見つめているアカリは、全くペースを変えずにのんびりと動く。
そして、クロエがまとめたリュックを背負ってから、フィナの方を見てニッコリと笑顔で、右手を振る。
「じゃ、また来るねー。バイバーイ」
「んなことしてないで早くしなさい! ほら、スマートフォン忘れてるわよ!」
「え、ちょ、クロエ、うざいから」
「勝手に家に上がり込んだ挙句、遅刻中でしょ! 文句を言われる筋合いはないわ」
「は? クロエは私の何なの」
クロエに押され、フィナに手を振りながらも家の中から強制退場していくアカリ。
今はクロエの方が正しいが、やり方が強引なところはある。
ふと、フィナの方を見ると、彼女はニコニコと2人を見ていた。
が、俺と目が会うや否や、嬉しそうに言う。
「あの二人、絶対相性いいよね!」
いや、相性は良くない気がする。
それから、クロエに食材出しを手伝ってもらいながら、晩飯を料理した。
大盛りチャーハンに、チルドの焼餃子。
野菜が足りない気がするので、昨日切っておいたきゅうりを出した。
クロエへの感謝を込め、チャーハンは比較的大きなフライパンで4人前作って、クロエを2人前にした。
彼女は、何度か頷きながら、噛み締めるように笑顔でそれを食べた。というか、吸い込んだ。
クロエは食べる時、本当にいい顔で食べる。
食後、クロエとフィナが風呂に入った後。
毎日、フィナはすぐに眠りにつくが、クロエは夜遅くまで、こたつ机で本を読む習慣がある。
読んでいる本は、俺の本。
クロエは11時ごろまで毎日起きて、この世界の本を読むのだ。
分からないことがあれば、俺に聞いてきたりする。
そして、眠る前。
クロエはたまに、ベランダに出て、空を眺めている。
今日はたしか新月に近い月齢のはず。
だから、雲のない空は真っ暗で、月がある気配もない。
ベランダに立つクロエの、黒いワンピースが風で揺れる。
「たまに寝る前、ベランダに出てるだろ」
パジャマ用のよれた白いTシャツとグレーのスウェットを着た俺が、室内からそう尋ねる。
すると、クロエはつぶやいた。
「教えているのよ」
「教える?」
問い返すと、クロエは静かに言った。
「自由な外の世界のことを」
【生態観察記録 幻影の魔法使いクロエ】
観察季:16歳、春
観察場所:自宅、自宅周辺
天気:曇り
観察結果:
・朝8時起床、夜23時睡眠
・魔法使いとしては非常に優秀で、与えられた課題を真面目にこなす。ただ、身体を動かすトレーニングはフィナほど好きではなさそう。
・他人に対して素直に感情表現をしないのか、普段からクールで冷たく感じるが、心根は優しく友達思い。
・気品溢れる雰囲気や、上品なオーラがある。
・趣味は多様な食事の研究およびその実食。彼女は上品な雰囲気からは予想ができないほど、ニンニクを好んでいる。
・家事は積極的にしないが、俺が調理をするときはいつも横に立ち、レシピをメモしている。
・男性が苦手
気づき:
・精神的に未熟であり不安定。彼女を怒ると、思いの外しゅんとすることもあるほど。
・心を許した人に嫌われることを、極度に嫌うように伺える。
・過去の友人に対し、この世界のことを定期的に報告をしている。
次回は幕間_作戦会議を投稿予定です。
次回の投稿予定日は3/29(日)です。




