104話 生態観察記録「幻影の魔法使い」前編
※本エピソード投稿前後に、作品の章構成および各話タイトルを整理する改稿を行いました。本文の変更はありませんので、これまで通りお読みいただけます。詳細は活動報告にてご案内しています。
5月3週目の週末。
俺は元々自分の部屋で、今はフィナとクロエの部屋になっている一室から出てきたクロエに、朝から頭を下げていた。
「と、いう趣旨で、1日クロエのことを観察させていただきたい」
フィナの時と同じく、クロエの一日を知ることで、魔法使いに対する知見をより深めようと考えたのだ。
特に、クロエは魔法使いとして、フィナよりもしっかりしている。
クロエの方が、本当の魔法使いの一日、を学べそうな気がしたのだ。
だから、今、俺はクロエに対し、土下座で頭を下げている。
土下座までしている理由は単純。
先週の週末、同じ打診をして断られたからだ。
「ふぁーあ。だから、嫌だって言ったでしょう」
朝8時に起きてきたクロエは、あくびをしてからそう答える。
俺が顔を上げると、黒いワンピースを着たクロエは眠そうに目元を擦っていた。
「頼む。フィナにも協力してもらったんだ」
「なんか気持ち悪いから嫌。それより、朝ごはんはー?」
自分もストーカーをしていたくせに……。
と、心の中では思うものの、今はグッと堪える。
「じゃあ、こういう条件はどうだ?」
「条件?」
クロエに対し、俺は淡々と言う。
「一日密着させてくれれば、クロエの食べたいものを今日の夜ご飯にする」
クロエは、パッとこちらを振り向く。
この魔法使いの弱点は食事だ。
ご飯で釣ればどこへでもついて行ってしまいそうな、危うさがある。
「なるほどね。そんなハイリスクな条件を提示してまで、私に密着をしたい、と」
ふむ。
自分でハイリスクと言えるあたり、まだ可愛げがある。
「ああ。俺は魔法使いのことをもっと知りたい。だから、頼む」
俺が再び頭を下げると、廊下の向こうからフィナの声が響く。
「クロエちゃん、ハルの密着企画、面白いよ!」
フィナの密着をした時は、筋肉痛を数日間引きずった。
が、あの密着から、俺は隙間時間でランニングや自宅でできる筋トレをするようになった。
「……、まあ、晩御飯でリクエストを聞いてくれるなら、いっか」
狙い通り。
「よし、交渉成立だな」
俺がそう言うと、クロエは俺の顔を見るや否や、遠慮気味に言う。
「いや、そんなに期待しないでよ? 私の1日はフィナよりも普通だから」
「でも、私もクロエちゃんの一日、気になるかも!」
ランニング終わりと思われるフィナは、黒ワンピース姿で、ひょっこりと廊下から顔を出した。
そして、純粋な瞳を向けて言う。
「私も観察して良い!?」
「別に良いけど。ハル、朝ごはん食べたーい」
クロエはそう言いながら、いつも通り俺へ朝ごはんを所望する。
てか、フィナはただで密着OKなのか。
俺は脱衣所で、寝巻きとして使っている安物のよれたシャツと半ズボンを脱いで、シンプルなワンポイントTシャツに、ゆったりとした黒のスウェットに着替える。
そして、顔を洗ってから台所へ向かう。
台所に向かうと、クロエは鼻歌を歌いながら、俺のスマホを使って動画を見ようとしていた。
クロエはフィナと違い、絶対に自分で台所に立とうとしない。
フィナは自分で勝手に食べていることがあるが、クロエはこの家に来てから一度も自分で料理を作ったことがない。
ただ、手伝う気がないわけではなく。
「何を取ればいい? 卵?」
スマホを見ながらも、こうして、隣に立って料理を手伝ってくれる。
俺の右手は骨折しており、一人では満足な料理ができない。
「卵と、ベーコンを取ってくれ。ってか、クロエ」
「ん?」
「密着企画として、クロエが料理を作れるか試したいんだが」
「嫌」
クロエは即答。
「と、言うことは料理ができないのか?」
俺が問いかけると、クロエは真剣な眼差しで言う。
「いえ、私が作ると全て同じ味になるし、あまり美味しくないの。ハルの料理は手早く美味しいから、ハルの料理が良い」
なるほど?
クロエはグルメであり、自分の料理は嫌いで、絶対に他人が作った料理を食べたいということらしい。
こいつは食事関連で嘘をつかないから、事実なのだろう。
流れている動画は中華料理を作っているお店の厨房密着動画のようだ。
「クロエちゃんがご飯を作ると、とーっても時間がかかるもんね」
フィナがリビングでストレッチをしながら言う。
「そうそう。何度かフィナにも相談しているのだけど、あまり手際が良くできなくて」
意外な情報だ。
クロエは料理が苦手らしい。
食べるのが好きなのに料理が苦手とは、少し可哀想だな。
俺は左手一本で卵を割ってから手を洗ってから端に持ち替え、それを溶いていく。
卵を割るのもほぼ毎朝のことなので、慣れている。
・
「ごちそうさまでした」
クロエがそう言って、両手を合わせて頭を下げる。
すると、フィナが軽やかに立ち上がって、食器を全て回収し、洗い物を始めた。
一方、クロエは食べ終わった後もぼーっと、俺のスマホで動画を見ている。
元々、俺はスマホで動画を見ることが多かった。
逆に、部屋にテレビを置いていないから、食事中はスマホでニュースを見たりする。
が、最近はクロエに朝からスマホを奪われ、彼女が動画を見ている。
見ている動画は、今見ている動画のような、この世界の料理屋さんの裏側を密着したような動画。
あと、キャンプの動画も見ていることがある。もしかして、キャンプに憧れでもあるのだろうか。
ちなみに、フィナも動画を見ながらトレーニングをしていることがある。
新たなトレーニング法を探しているらしい。
「洗い物終わったー」
フィナはそう言うと、手際よくトイレ掃除に向かう。
一方、クロエはあくびをしながら動画をぼーっと見て一言。
「うわ、美味しそ」
大きな中華鍋に麻婆豆腐がたんまりと溜まっている映像。
朝飯を食べたばかりなのに、とは思うも、そのリアクションにツッコむのは、クロエに失礼だろう。
そんなクロエに、俺は一つ注文をつけたい。
それは、彼女が普段、家事をあまりしないことだ。
本人曰く、私がやろうと思った時には、フィナが全部やっているとのこと。
逆を返すと、フィナが自発的にほとんど全ての家事をやってしまうことからか、クロエは怠惰になっている。
我が家では、働かざるもの食うべからず。
だから俺は、今こそ文句を言っていないが、こいつを絶対、いつかバイトに行かせようと思っている。
食費はフィナよりクロエの方が高くついていることは、言うまでもないから。
・
朝10時になりそうな頃。
「よし、フィナ、勉強しましょう」
それまで怠惰に動画を見ていたクロエは、真面目モードに入り、すっと立ち上がる。
「はぁー、今日も勉強かぁ」
フィナは肩を落としながら、クロエについて行き、二人の部屋から勉強道具を取ってくる。
2人が勉強をする場所は、さっきまで3人でご飯を食べていた机。
クロエはその机をウェットティッシュで手早く拭いて、拭いたゴミを持って一言。
「投石魔法、アーケインバリスタ」
ひゅー、と弧を描いて、ウェットティッシュがゴミ箱に吸い込まれる。
こいつが住み始めてからいつも気になっている。
そのくらい、普通に投げた方が早くないか……。
と、そんな俺の視線を感じ取ったのか、勘よくクロエは呟く。
「ちなみに、私が毎回ゴミを捨てる時に魔法を使うのは、魔法の練習を兼ねているわ」
クロエは俺の疑うような視線に対し、得意げに言い返してくる。
「クロエちゃん、最近外さないもんね」
フィナは呟く。
たしかに、たまにゴミがゴミ箱に入らないこともある。
個人的にはすごく気になるのでやめて欲しいが……。
「今日はハルが気になったような目をしたら、いろいろ教えてあげれば良いんでしょう?」
「ん? そんな気になったような目をしていたか?」
俺がそう言うと、クロエは得意げに言う。
「眉がぴくっと上がったけど?」
なるほど。
今度からは眉を上げないようにしよう。
しかし、フィナも洗い物や風呂掃除を水魔法でするように、日常の中で魔法を使うのは、魔法使いにとって当然の訓練法なのかもしれない。
これは、生態記録としては重要な発見だ。
・
「さて、勉強を始めましょう。今日のカリキュラムはーー、2時間が魔法基礎学、その後に2時間、宣言詠唱学、そんで、最後の2時間が結界描画学」
「げー、今日は基礎学からかぁ」
フィナは早速弱音を吐くが、隣からフィナの教科書を開く。
「はい、始めるわよ」
フィナとクロエは毎日欠かさず、このような感じで勉強をしている。
たまに、クロエが帰ってこない日があるが、その場合はフィナに宿題を出しているらしい。
「はい、ここ覚えてる? 超頻出だけど」
「……、えーっと、自然タイプみたいな、やつ」
フィナは初っ端の復習問題からつまづいている。
「ほら、今から一緒に覚えましょ。自然現象再現型、はい」
クロエがフィナに言うよう促すと、フィナは教科書と睨めっこしながら言う。
「えーっと、自然現象再現型」
「はい、次、超常現象発生型」
何やら、分類学のようなものを勉強しているらしいが……。
「もー! このページ飛ばそ!」
フィナの集中力が切れた。
「フィナ、落ち着いて。魔女になるんでしょ?」
「だって。魔法の分類とか覚えたってなんの意味もないじゃん! クロエちゃんは戦闘中考えてるの! あ、あいつは自然現象発生型だーって!」
「考えているわ」
「えー!?」
フィナは顎を落として愕然としている。
「この類型学に相手の魔法を当てはめて考えることで、後で勉強する魔法戦闘学に活きてきてーー」
「それ! 魔法戦闘学を知りたい!」
「フィナ、それは基礎学を学んでからの方が効果倍増よ」
「むむむ」
クロエは本当に面倒見がいいし、知能派魔法使いは伊達ではない。
俺は魔法に関する学問はわからないが、クロエの説明が上手いからか、なんとなく魔法基礎学から学んだ方が良さそうだと分かる。
「だから頑張りましょう。ほら、感覚制御型、はい」
フィナは肩を落とし、観念したよう、教科書に目を近づけて言う。
「感覚、制御型……」
クロエ家庭教師作戦は、大成功と言って過言ではないだろう。
・
勉強は続き、あっという間に午後16時。
その間、俺は自分の学校の勉強をしたり、昼飯でインスタントカレーを作ったり、魔法使いの言語について勉強をしたりした。
「よし、今日はこのくらいにしましょう」
クロエがそう言うと、フィナは一瞬で立ち上がる。
「よし。とりあえず走ってくる」
フィナはそう言うと、そそくさと立ち上がって走りに行こうとする。
本当に理解できない。普通疲れたら休憩するだろうに。
「あ、フィナ。今日は鍵を持って行ってくれ」
「ん? 鍵?」
俺はクロエの方を見て尋ねる。
「クロエも、出かけるだろ?」
こたつ机の前で、「んー!」と言いながら両手を上に伸ばしていたクロエは、丁寧な所作で俺の方を見た。
「ええ。ラミアのことを調査しに」
本当に、クロエは奴隷育ちとは思えないほど、形容し難い気品、育ちの良さを感じる。
生まれ持った素質なのか、あるいは、魔法使いの里に行ってから努力して身につけたものなのか。
なんとなく、後者だろうと思う。
「じゃあ、今日は俺もついて行くぞ」
即答すると、フィナは少し考えて俺に言う。
「クロエちゃん、そんなに時間かからないよね?」
「そうね。今日はハルがついてくるから」
俺はその言葉を聞き、即座にクロエへ言う。
「別に俺がついて行くからって、手加減はしなくていいぞ」
「いえ、手加減する気はないけど、あなたの移動速度に合わせると、調査できる範囲が限られるでしょう」
確か、クロエは地面と水平方向であれば自転車と同じくらいの速度で動けると言っていたはず。
つまり、徒歩でしか移動できない俺は足手纏いという事を言いたいのだろう。
ま、今日の目的はクロエがどのように日常を過ごしているかの生態調査だ。
ラミアの行方を、具体的にどのように調査しているかも気になるが、その点は二の次で良い。
「じゃ、私はランニング行ってくるね! ハルとクロエちゃん、早めに帰ってきてよ!」
「フィナも、困ったら3番の魔法でクロエの方に逃げてくるんだぞ!」
「らじゃー」
フィナはそう言うと、軽やかな足取りで扉を開けて出て行く。
「そうしたら、私たちも行きましょうか」
クロエも扉を開けて外へ出る。
俺も家の電気を消してから、それに続いた。
・
街を歩く時、クロエは隣をふわふわと飛んでいる。
また、クロエはフィナが心配なのか、さっきからずっと魔女帽をかぶっている。
黒いワンピースに黒いパンプス、そして、この魔女帽があることで、黒髪のクロエは一気に魔法使いらしく見える。
「調査といっても、方法は単純で、各地にいる同門の他の魔法使いをあたったり、情報屋を名乗る魔法使いをあたったり」
家を出て数分、俺がクロエへ調査について尋ねたことで、会話が始まった。
「情報屋は、ただで情報を教えてくれるのか」
俺が純粋な疑問を口にすると、クロエは横を飛びながらいう。
「私たちの世界のお金で取引をする。情報を交換する形であれば、ただで教えてくれることもあるけどね」
クロエはそう言うと、突然足を止めた。
「さて、ここで待っていて」
「え。情報屋には会えないのか?」
「情報屋との対話や情報交換は一対一が基本。誰が誰に情報を渡したかどうかは、基本的に誰にも明かさない方が良いでしょう?」
なるほど。
「でも、相手は隠れて聞いてる仲間がいるかもしれないだろ」
「ええ。それも計算しているわ。必要があれば、ハルに隠れて聞いてもらいたいことも出てくるかもね」
クロエはそこまで淡々と言うと、浮遊したまま俺の目の前に回り込んだ。
「でも、あなたは骨折中だし、今はフィナが近くにいない。変なリスクは犯す必要のない場面だし、今日は勘弁して」
まあ、確かにそうか。
黙って聞いて、相手の魔法使いに逆恨みされても困るしな。
「分かった。ここで待っとく」
俺がそう言うと、クロエは振り返って飛び去ろうとする。
と、その直前。
ビシッと俺の方を振り返った。
「ん? なんだ?」
俺がクロエの顔を見て尋ねると、クロエはため息をついた。
「あなたは言う事を聞かないから、ダブルチェックをすることにしたの」
そう言うと、もう一度振り返ってからクロエは飛んで行く。
一つ向こうの交差点を左折して、彼女の姿は見えなくなった。
・
「お待たせ」
いきなり後ろから声が響く。
「おおう。なんだ、いたのか」
彼女が情報屋へ会いに行ってから、30分ほど経った頃だった。
不意に声をかけられたので、勢いよく振り返った。
「あなた、驚いた顔がおもしろいわね」
クロエはニヤリとそう言って笑う。
なんかムカつくな。
「さて、帰りましょうか」
「ん? もう調査は終わりなのか?」
俺が尋ねると、歩き始めたクロエはポツリと言う。
「ええ。ハル、つまらないでしょう? いろんなところに連れまわされて、こんなふうに待っているばかりじゃあ」
「いや、別にいいぞ。クロエはラミアという魔法使いを探しているんだろ? その足を引っ張るつもりはない」
俺がそう言うも、前を歩くクロエは言う。
「私も、気晴らしがしたい時はあるのよ」
5月、夏至が近く、16時の空はまだ全然明るい。
まだまだ情報収集活動はできそうだが。
「気晴らし?」
俺が再び尋ねる。
と、クロエは振り返らずに言った。
「ええ。私の密着企画でしょう? 私の気晴らしスポット、教えてあげる」
後編は本日中に投稿します。




