102話 澪奈との神社デート 前編
ゴールデンウィーク最終日。
俺は一人で久留米市内の神社に来ていた。
服装はゆったりとした長袖の白いTシャツに、黒色のスラックス。
昨日、澪奈からメッセージが来ており、シンプルで目立たない格好で来ないと許さない、と指示があったからだ。
春の陽気が暖かい季節。
久留米の中では非常に大きな神社、その入り口がようやく見えてくる。
「お、やっほー」
風格のある石の鳥居。
その前に、白色の装束に赤い緋袴を着た、巫女服姿の澪奈が立っていた。
いつもの緩い感じは一切なく、きちんと巫女服を着ている。
ボブカットにしている短い髪の毛を、後ろで留めてちょこんとしたショートポニーテールにしている。
ポニーテールにするための髪留めも、巫女服の雰囲気に合う、赤と白の真珠のような飾りがついたもの。
また、ちゃんと足袋を履いて草履を履いており、ノーメイクのようだった。
……いや、近くで見ると薄いメイクをしているらしく見える。
「巫女服姿は新鮮だな」
着崩している制服よりも似合っている。
と、俺が心の中で思った瞬間、澪奈は意地悪な顔で俺を上目遣いで見上げてくる。
「どう?」
感想を求められた。
まあ、学校で1番可愛いと噂されている女子が、巫女服姿、上目遣いで登場すれば、それは可愛い。
「ああ、似合ってるぞ」
「どこが、どのように」
小悪魔的に笑って、俺に問いかけてくる。
あ、そうだ。
こいつ可愛いけど、めんどくさいんだった。
「それはそうと、本題はどこで話すんだ? 境内か?」
俺が無理やり話題を変えると、澪奈はきょとんとして俺に言う。
「やっぱり、おかしい」
「ん?」
きょとんとしたまま、背中から鈴付きのお祓い棒を取り出す。
着物の裏に刺していたらしい。
「――くん。って、ハルくんって言った方が伝わるっけ?」
「気遣いありがとう」
「とりあえず、お祓いするけん」
「え」
あまりにも物騒なことを言いながら、しゃんしゃんとお祓い棒を俺に掲げて振り始める。
「……おい、通行人がめっちゃこっちを見てるぞ」
「このまま境内に入れるわけにはいかんけんね」
「は?」
「私が朝5時から準備をした、完全無欠の巫女服姿を見て、表情一つも崩さんとは」
思っていたより、理由がしょうもない。
てか、そんな理由で振って良い物なのか?
しゃんしゃんと、俺の目の前でお祓い棒を振っている彼女を横目に、俺は目の前の立派な石の社を見る。
……この残念な女が、この神社の巫女。
「あの、すいません! レナさんですよね」
20代後半くらいの男性がお祓い棒を振っている澪奈に声をかけてくる。
「はい! そうですが……どうしましたか?」
突然の標準語対応。
彼女は俺にお祓い棒を振りながら、輝く笑顔で応対する。
とりあえず、お祓いは止めて欲しい。
「一緒に写真、良いですか? その、インスタで見て、神社に来たんです」
「本当ですか!?」
澪奈の目がキラキラと輝いて――、俺をチラリと見て言う。
「もちろん良いですよ! ほら、こいつは撮影係なんで」
なんか、お祓いをされたと思ったら撮影係に就任していた。
って俺、右手が折れてるんだぞ。
「あ、ありがとうございます。じゃあ――」
その神社の入り口で、俺は赤の他人と澪奈の写真を右手首と左手一本で撮り、スマホを本人に返す。
「よ、よければ連絡先も――」
そう言った男性に対し、澪奈はにっこりと笑顔で頭を下げる。
「神社の質問ならインスタのDMで受け付けてます!」
いや、神社の質問じゃなくて、澪奈に質問をしたいんじゃないか……?
とは思いつつ、あの手この手で澪奈は観光客をあしらって、境内に送り出す。
「す、すいません! 巫女さん! 写真撮ってください!」
次は小さな女の子が澪奈に声をかけてくる。
まだ6歳、7歳くらいか。
俺が周囲を見ると、遠くでお母さんらしき人が頭を下げ、スマートフォンを取り出している。
「もちろん! 一緒に写真撮ろっ!」
澪奈は輝くような笑顔でそう言い、屈んで少女と一緒に並ぶ。
そのお母さんらしき人が向けたスマートフォンのシャッター音が鳴ると、澪奈は俺をチラリと見て、優しい口調で言う。
「ほら、お母さんと娘さんと一緒に撮るから、撮影係変わって?」
すると、シャッターを向けていた女性は、恐縮そうに俺を見てから、澪奈を見てたじろぎながらに言う。
「いえいえ、私は大丈夫……」
「そんなこと言わずに! そこの男は今日のイベントのバイトなんで大丈夫です!」
は?
「お母さん、一緒に撮ろっ!」
少女がそう言うので、俺はその人からスマートフォンを受け取り、写真を撮ろうとする。
と、澪奈が俺を呼ぶ。
「ちょっと! 私のスマホでも撮ってん! あ、あのすいません。インスタグラムに載せてもいいですか? あの、顔は加工で消しますので……」
澪奈は頭をペコペコと下げてお願いをしている。
俺はそんな澪奈に近寄って、可愛らしい暖色ピンクのハードケースに入ったスマホを受け取り、一旦それを左ポケットに入れてから撮影を開始しようとした。
後ろを振り返って距離を取ろうとすると、後ろには何人かの男と、一組の家族が澪奈をチラチラと見て待っている。
……こいつ、マジで俺を嵌めやがったな。
俺は振り返って、まずはお母さんのスマホで親子二人と澪奈の写真を撮った。
まぁ、今日は一日時間を空けてきたからいいか。
その分、後でしっかり澪奈に色々話してもらおう。
・
この神社は、細長く、かなり広い境内。
その中には駐車場もいくつもある。
所謂、由緒正しく歴史も長く土地も広い、かなり立派な神社だ。
下調べによると、ここは全国の同じ名前の神社の総本山らしい。
祀られている神様は源平合戦最後の戦い、壇ノ浦の戦いを由来としているとのこと。
朝9時に集合して、今はもう12時。
午前中は写真を撮らされっぱなしだった。
昼頃に撮影会が終わり、俺は社務所の中に入れていただいた。
大きな神社は社務所が事務所のようになっており、何人かの人間がそこで働いていた。
その中、人目のつかない一室に、俺は呼ばれてお茶を出される。
パイプ椅子と古い会議室用の机がいくつか置いてある。
「ふー、お疲れ。ほら、お茶」
澪奈はペットボトルのお茶を俺の前の机に置く。
と、同時にパイプ椅子に座って、机の上に突っ伏した。
「何かイベントでもあったのか?」
俺がそう尋ねると、澪奈は机の上に伸びながら言う。
「私が勝手に企画してるだけ。ほら」
澪奈はSNSの画面を俺に見せる。
その画面上にはいろんな文字がおしゃれなフォントで書かれているが、要約するとこの宮の一の社前で撮影会をしますと投稿されている。
「へぇ。素人がSNSで投稿するだけで、あんなに人が来るもんなんだな」
「は? 素人? あなた、きちんと私のインスタフォローしとる?」
澪奈は突っ伏していた顔をギロリと俺に向けた。
「いや、俺はそもそも、インスタ? ってやつをしてないし」
「はぁ!?」
澪奈は大声を出し、あんぐりと口を開け、眼を点にしている。
「ちょっとスマホ貸し!」
「え、はい」
俺が勢いに負けてスマホを渡す。
「ロック解除――、って、あんたロックもしとらんと!?」
「見られて、困るような情報がないからな」
「え。私、あんたに連絡先教えたやん!? スマホを落とした時に見られたらどうすると!?」
「スマホのロックなんて6桁の数字、簡単に解除でき――」
「良いからロックして! って、はぁ。なんで私がこんなことから」
俺は初めてスマホをロックする。
というか、された。
「はい。パスワードは081224」
「覚えやすいし解除されやすそうだな」
「うるさい。嫌なら自分で変え」
そう言うと、澪奈はさらに俺のスマホを勝手に弄っている。
「誕生日いつ?」
「11月10日」
「電話番号」
「スマホに書いてるから覚えてない」
俺がそう言うと、澪奈は激しくスマートフォンの画面をタップし始める。
「はい。インスタのアカウント作ったけん」
「いや、別に作る必要な――」
「私のことをフォローしたけん、家に帰って復習すること? わかった? 今日、撮ってくれた写真も投稿するけんね」
すごい目力で俺を見てくる。
なんだこいつ。面倒くさいので、俺は頷いた。
「はぁ、今どきインスタやっとらんとか。なんでこんなにポイントアプリばっかり入っとって、Xとか入っとらんと」
「別に、SNSは得がないだろ。ポイントはこまめに付けるとお得だ」
「……他人との付き合いとか、流行りを知るとかさあ。やけんそこらへんが下手くそったい。友達おらんやろ?」
「なるほど、友達を作るためにこれを使うのか。ってことは、このインスタってやつでメッセージを送れるのか?」
「……あんたはなんかヤバそうやしメッセージ禁止」
従っておいた方がよさそうだ。
っと、いつも通り澪奈のペースに完全に飲まれていたな。
「で、澪奈、今日の要件って何? 神社デートで何を教えてくれるんだ」
俺が尋ねると――、澪奈はぎょっとした顔で言う。
「何!?」
「何が」
「いやいや、なんで名前呼び!? いっつも真司さんって言いよったやん」
と、そこで澪奈はニヤリと笑う。
「はっはーん。まさか、私の巫女服姿に惚れたっちゃろ」
「いいや。友達とは名前で呼び合おうと思ってな。澪奈は、ハルって呼んでくれているし」
俺は淡々とそう言って、もう一度問いかける。
「んで、今日の要件って何? 神社デートで何を教えてくれるんだ」
すると、澪奈はため息をついて言う。
「教えてあげなーい。私は別に教えるとは言っとらん――」
「あ、そうか。じゃあ帰るぞ」
俺が席を立つと、澪奈は慌てて俺の前に回り込む。
「冷たっ! ちょっと! 本当にいいと!? 今大注目のインフルエンサーかつ、学校中のアイドルである私と、この巫女装束を着た私と! 神社デート!」
自分で言うから価値が下がっている。
「俺も忙しくてな。ほら、手も折れてるし」
俺が手を見せると、澪奈は「あぁ」と言ってから俺の手を見つめる。
「そう言えば、さっきも思っとったんやけど、この腕、折れとっと?」
「あぁ。紹介してくれた小林ってやつと戦った時にな」
「え。あんたも最前線で戦っとーと?」
「ああ。一緒に小林に殺されかけたな」
最前線がどのような定義かにもよるが。
「え、もしかして、――って、特殊な力とか使えたりする感じ?」
「特殊な力はないぞ。だからこうやって骨が折れたんだ」
フィナが魔法を使うために、俺が指示を出す必要があることについてはあえて伏せた。
「はぁ。よくそんな危険なことを……。怖くないと?」
澪奈は俺に対して、真剣な眼差しでそう言う。
ので、俺はその目をまっすぐ見返して言う。
「あぁ、怖くない。俺は別に死んでも良いからな」
「いや、あんたが言うと冗談に聞こえないから」
ん? 別に冗談じゃないんだが。
「あーあ、やっぱり、頭良い奴はネジが飛んどーね。あ、そう言えばゴールデンウイークの宿題やった?」
ゴールデンウィークの宿題はもう終わったが……。
「それは終わったけど……、俺は別に俺が頭良いわけでも、ネジが飛んでるわけでもない。超一般人だからな」
大真面目に反論すると、澪奈はため息をつく。
「あんた、2年までの毎回の中間期末、小テストも含めて全科目100点とっとろ?」
いや、それは事実だが……。
「なんでそんなこと知ってる」
「一年生の初めの頃、私が隣の席だったことあったの覚えとる? その、窓際の後ろから二列目」
「覚えてない」
「はいはい。で、その時見て、びっくりしたんよね。何回かの小テストと中間、全科目100点取っとった」
なんだこいつ、盗み見してたのか。
「仲良い先生にあなたのことを聞いたんよ。なんとびっくり、中学の頃から成績が非常に優秀で、毎テスト100点」
「おいおい。教員が生徒にそんな情報教えていいのか?」
「――が孤立してるけん、友達になるきっかけが欲しいんですって言ったら、全部教えてもらえた。あなたの成績も、過去も」
ケロッとした顔で言う澪奈。
恐ろしい女だ。教師をも味方につけているらしい。
「先生もあんたのいじめ問題には困っとったんよ? それもこの間解決したし。この私の一言で」
「あれは助かったが……、テストで100点を取っているところを見ただけでそんなに詮索を入れるのか」
「100点を見たとき、私、話しかけたんよ? 覚えとる?」
後編は本日中に投稿します。




