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第05話 赤毛の遺髪

(さて⋯)


 ギリーは鉱山区を抜け、工業区へ戻って来た。

 鍛冶工房が並ぶ通りをさらに奥へ進むと、一面の紺碧の海が広がる埠頭に出た。


 港には大型の蒸気船が停泊し、屈強な荷役たちが大きな木箱や樽を忙しなく積み込んでいる。

 ギリーはその光景を横目に、埠頭の奥にある城門へと向かった。


(船旅も悪くないが⋯乗ってる間することが無いんだよな)


 ギリーは停泊している巨大な蒸気船を見上げながら、黙々と歩き続けた。


 城門前には広大な円形のロータリーがあり、何台もの荷馬車が停まっていた。

 ギリーは荷馬車の間を抜け、城門脇の詰所へと辿り着いた。


(やっと着いた⋯)


 ギリーは小さくため息をつき、詰所の番兵に声をかけた。


「報告したいことがある」


「旅人か?何があった?」


「コンスタンツ高地から丘陵に入ったところで、盗賊の襲撃に遭った馬車を見掛けた」


「またか⋯詳しく聞こう。詰所の中へ入ってくれ」


 ギリーは城壁の中の詰所へ案内され、兵長らしき男の前へ通された。


「兵長、旅の者が丘陵で襲撃された馬車を見掛けたそうです」


「そうか。で、どこの誰だって?」


 兵長はテーブルの前に腰掛けたまま、ギリーを見上げた。


「なんだ、ギリーじゃないか」


「ええと?」


「ゲルス砦の防衛戦で一緒だったカインだ。憶えてないか」


「すまない、あのときは色々あって——」


 ——3年前。

 サングリア教国の北西。ゲルス砦。

 獣人との激しい攻防戦が繰り広げられた最前線。


「ギリアム、頼みがある」


「何だグリム、改まって」


 グリムは小さな荷物を革袋から取り出し、ギリーに手渡した。

 託された小さな木箱は厳重に密封され、剣と花、鳥の紋章の封蝋で閉じられている。


「これを、ユーノ下層の商会の娘だったイサベルに届けてほしい。だが、今は消息不明だ。何年経っても構わない。探し出して届けてほしい」


「構わないが、なんでだ?自分で行けよ」


「お前今日でお役御免なんだろう?俺はまだまだここに居なきゃならん」


 ・・・

 ・・

 ・


「⋯ギリー?おい?」

 カインの声で、ギリーは我に返った。


「——そうか。まあそうだよな」

 カインと名乗った兵長は、少し残念そうな顔をした。


「で、何があった?詳細に話してくれ」


 ギリーは懐から手帳を取り出し、書き取ったメモを読み上げた。


「コンスタンツ高地から丘陵に入ったところで、盗賊の襲撃に遭った馬車を見掛けた。被害者は御者と思しき男、黒髪。中肉中背。30代くらい。それに20代くらいの赤毛の女性。身ぐるみ剥がされて身分を証明できそうな所持品なし。で、馬車にはこの紋章があった」


 ギリーはメモ帳にスケッチした紋章をカインへ見せた。


「羽ばたく鳥の紋章⋯」


 カインは顔色を変え、立ち上がると扉の前で控えていた部下へ鋭い声を発した。


「おい!すぐに動ける隊を1個小隊、招集しろ!」


 そう言って壁に掛けていた剣を取った。


「ギリー、すまないが案内を頼めるか。馬を貸す」


(めんどうなことになった)


「⋯わかった」


 * * *


 ギリーは借り受けた軍馬で先導し、カインが指揮する小隊を襲撃現場まで案内した。

 現場に到着したギリーは馬を降りて、衛兵たちの動きを静かに見守った。


「くそっ⋯」


 カインは悪い予感が的中したように、女性の亡骸の前で跪いて頭を垂れた。


「グライベル伯爵家のイザベル嬢だ」


(グライベル⋯イザベル⋯)


 ギリーは頭の中で反芻した。


(あの荷の届け先の名に似てはいるが、おそらく違うだろう)


 カインは女性の亡骸の赤い髪を手にとると、ナイフで切り取った。

 そして、懐から白い木綿の布を取り出し、切り取った遺髪を丁寧に包み、紐で縛った。


(彼女であることを示すものが、たったひと束の髪の毛だけか)


「ご遺体を回収しろ。亡くなっても他国の伯爵令嬢だ。丁重にな」


 カインは亡骸に祈りを捧げた後、ゆっくりと立ち上がり、衛兵に命じた。

 その様子をギリーは静かに見守り、小さくため息をついた。


(よっぽどの要人だったらしいな。死んだら爵位もクソもないだろうに)


「ギリー、すまないが仕事を頼みたい」

 カインは、手にしていた遺髪の包みをギリーに差し出した。


(おいおい、まさか)


「この遺髪と共に、イザベル嬢の死をグライベル家へ伝えてほしい。大至急だ」


 ギリーは眉をしかめた。


「お前⋯こうなるとわかっていて馬を貸したな」


「ああ。2日も到着が遅れていたんだ。加えてこの数日の盗賊騒動だ。嫌な予感もするさ」


「銀貨3枚。前払いだ。馬はしばらく借りていいんだな」


 カインは懐から革袋を取り出し、中から銀貨を取り出してギリーに手渡した。

 手渡された銀貨は、5枚あった。


「おい、多いぞ」


「その馬、セルテウスの飼葉のぶんだ。できれば潰さずに返してくれ。大事な馬なんだ」


(つまり往復ってことか。なら1枚少ないじゃないか)


「まあ、いいだろう。急ぎだな。帰りはゆっくり戻らせてもらうぞ。馬に悪い」


「頼む」


 ギリーは懐から手帳を取り出し、新しい依頼を書き込んだ。


 サングリア グライベル家 イザベルの遺髪 

 バストリア 詰所 カイン セルテウス


 ギリーは往復の依頼をメモした後、手帳の最初の方にある紋章のスケッチのページを開いた。


(一応聞いておくか)


「なあ、この紋章に見覚えはないか、馬車の紋章の鳥に似ているんだが」


 ギリーが差し出した手帳を、カインは目を凝らしながら覗き込んだ。


「鳥に剣、花か。凝った紋章だな。鳥は確かに似ているが、グライベル家に縁(ゆかり)でもありそうだな⋯すまない、こんな凝った紋章は初めて見る」


(はずれか⋯)


「そうか⋯ならいい。向こうでグライベル家にも訊いてみよう」


「その紋章になにかあるのか?」


「まあな。気にしないでくれ」


 ギリーは手帳を閉じて懐にしまい、遺髪の入った包みを受け取った。


「わかった。じゃあ、頼んだぞ」


「ああ、馬を借りる」


 ギリーは背嚢を下ろして膝を折り、中から新しい革袋を取り出した。

 受け取った包みを丁寧に革袋の中に納め、背嚢の奥へとしまいこむ。

 そして、ゆっくりと立ち上がると、背嚢を背負い直して馬へと向かった。


(セルテウスか、大層な名だな)


 ギリーは褐色の馬の首筋をやさしく撫でて、鞍に跨った。

 セルテウスは、ぶるると軽く鼻を鳴らし、頷くように首を振った。


「せいっ」

 ギリーは手綱を操り、馬の腹を軽く蹴った。

 セルテウスは西へ向けて勢いよく駆け出す。


 背中でカインの号令がこだまする。

「全隊!遺体の収容と馬車の回収を急げ!撤収する!」

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