第76話:船で食べるラーメンは最高!
駐車場から上の階に上がると、ビジネスホテルとショッピングモールを足して割ったような内装だった。
非日常的な光景を前にして、俺は今さらながら旅をしているのだと実感した。
「何か旅してるって感じだな」
「今さらですか?何年旅してると思ってるんですか。
遅くないですか」
「いやこれまでは徒歩か自転車か車だろ。
やっぱ船は別格だよ。
そもそも数えるほどしか乗ったことないしな」
「その割にUSOの時はそんなに感動してませんでしたよね?」
「あれはノーカンだろ。
船って言っても潜水艇だし。
景色もほとんど何も見えなくて、狭い空間に閉じ込められてただけだろ。
あれをフェリーと比較するのは無理があるぞ」
「そういうものですか。
希少な体験という点ではあちらが勝っていると思うのですが」
「レアな体験なのは認めるが、それだけじゃな。
やっぱ普通に楽しめないと」
「やれやれ、注文の多い人ですね。山田さんは」
「そうか?普通だと思うけど。
いや、それにしてもラーメン楽しみだな。
こういう所で食べるやつは別格だからな」
「……あまり期待しないでくださいね。
ただのインスタントラーメンですから」
アイは珍しく自信なさげだった。
だが俺は心配などしていない。
海水浴場で食べる焼きそばもそうだが、普段家で食べるようなものを外で食べるとなぜかうまい。
そう考えると期待せずにはいられなかった。
レストランに行くとそこにはどこかで見たようなロボットがいた。
マネキンのような上半身に台座のような下半身。
岡山シェルターで俺の首を絞めてきたやつにそっくりだ。
とっさに身構えたが、ロボットは熟練のウェイターのような仕草であいさつしてきた。
「いらっしゃいませ。
こちらの席へどうぞ」
「あ、ああ」
そういえばアイが回収して改修すると言っていたな。
だが改修すると言っていたわりに、あまり変わったように見えない。
船員のような帽子と制服を着ているぐらいだろうか。
それよりも背中にでかでかと『壱郎』と書かれているのが気になる。
俺の記憶が確かなら、こいつはそんな古風な名前ではなかったはずだ。
「なあ、アイ、このロボットって岡山にいたやつか?」
「ええ、そうです。
シェルターの管理に八体も必要ありませんからね。
あちらはにゃんタンクに任せて、こいつらは船で使うことにしました」
まあ誰も来ないシェルターの管理に八体は多いな。
それにしても、船に乗せるとは思わなかった。
「ところで、あの背中の壱郎っていうのはなんだ?
外国人っぽい名前だったと思うんだけど」
「私が改名しました。
元はプライムとかいうこじゃれた名前でしたけど、壱郎の方が呼びやすいでしょう?
製造番号とどっちにするか迷いましたが、山田さんの利便性を考慮しました」
「……そうか。
まあ、覚えやすいのは確かだな」
製造番号で言われても覚えられる気がしない。
そう考えれば背中に大きく漢字で書いてあるのはわかりやすくていい。
額に英字で書いてあるよりもだ。
「もしかして他の連中もか?」
「ええ、壱郎から八郎までつけ直してあげましたよ。
そもそもオクタヴィアヌスなどという名前は不遜です。
八郎で十分でしょう」
「……お前はどこかの湯屋のばあさんか」
名前の一部を奪われただけならまだしも、こいつらは名前そのものを変えられている。
もっとたちが悪いかもしれない。
「そんなことより、どうですかこの船は?」
「そんなことって……お前……。
まあいいか。
そうだな。思ってたよりずっと広いな。
もっとこじんまりしてるもんだと思ってたよ。
さすがアイだな」
「そうでしょう、そうでしょう。
頑張って用意した甲斐がありました。
山田さんが大阪で遊んでいる間も寝ずに準備を進めたんですよ」
「そうなのか、それは悪かったな。
でもこれで快適に船旅ができそうだよ。
ありがとう、アイ」
そもそもAIなので寝る必要はないだろうとか突っ込んだりはしない。
俺は気遣いができる男なのだ。
というよりこういう時に余計なことを言うとろくなことにならないのは学習済みだ。
「いえいえ、このくらいなんでもありませんよ」
「いや、ほんと、さすアイだな。
さすアイ。さすアイ」
「……山田さん、本当に感心してます?」
「う、当たり前だろ」
「……怪しいですね。
なんだか軽くあしらわれている気がします」
「いやあ、そんなことないって……」
俺がアイに詰められていると、壱郎がラーメンを運んできた。
「お待たせしました。
豚骨ラーメンです」
壱郎は危なげない動作で、俺の前にラーメンを置いた。
「……ありがとう」
いいタイミングで来てくれた。
警備ロボットとしては融通が利かなくてダメダメだったが、給仕としては満点だ。
本人にそんなつもりはないだろうが、助かった。
「おお、うまそうだな。
チャーシューはないけどネギに煮卵にキクラゲまで乗ってるじゃないか。
いただきます!」
久々にラーメンらしいラーメンを前にして、箸を持つ手に力が入った。
ズズッ、ズズッ、ゴクン。
豚骨ラーメンらしい細麺がスープをまとって喉を滑り落ちていく。
どこかで食べたような味だったが、それがむしろ嬉しかった。
昔、自宅でさんざん食べたような味だ。
それを今はフェリーのレストランで食べている。
世界がこんなになってしまっても、変わらないものもあるのだと思えた。
「……美味しいですか、山田さん?」
「ああ、美味しいよ。
さすがアイだな」
「……今度は本当っぽいですね。
気に入っていただけたようで何よりです」
「いや、本当だって!
めちゃくちゃ美味しいよ」
「それならよかったです。
さすがの私も味見はできませんからね」
「……そういえばそうだな」
これまで当たり前のように美味しく食べていたが、アイに味見ができるわけもない。
それなのにアイが作ってくれた料理がはずれだったことは一度もない。
インスタントラーメンはまだしも、大阪で振る舞ってくれたような粉ものやオムライスを味見もせずに作るなんて、
俺には無理だ。
そう考えると、やっぱり大したものだ。
「味見もせずにどうやって味を調整してるんだ?」
「レシピ通りに作ってるだけですよ。
料理は化学ですからね。
設計図通りに作れば食べられないものにはなりません」
「いや、レシピ通りに作るのが難しいんじゃないか。
適量とか少々とか曖昧な表現が多いだろ?」
理屈はわかるが、それができれば苦労はしない。
少し入れては物足りないとさらに足して、結果、とんでもない出来になることがよくある。
「それは素人あるあるですね。
そういうのは入れすぎなければいいんです。
少し足りないぐらいにしておいて、後で食べる人が整えられるようにしておけば問題ありません。
あとは多少味が濃くても問題ない料理を選ぶことですね。
山田さんのように濃い味付けが好きな人はそれで大抵美味しく感じられます」
「……なるほど、勉強になったよ」
何か特別な技術があるのかと思ったら主婦の知恵みたいなオチだった。
まあ、そんな知恵に胃袋をがっつりつかまれているのだから、大したものなのは間違いないか。
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