第75話:海外行くなら、何を持って行く?
岡山を出発した俺たちはキャンピングカーで九州に向かった。
時折現れる路肩に寄せられた車を横目に、高速道路をひたすら西へ走ること数時間。
関門橋に到着した。
せっかくなので手前のサービスエリアに車を止め、橋を眺めることにした。
放浪生活を送るようになって何度目かの海だが、今回は少し感慨深い。
この海の向こうは九州だ。
そして、そこから先はいよいよ海外になる。
「海外行くなら、何を持って行ったらいいかな?」
「どうしたんですか、急に」
「いや、今まではあまり現実感がなかったんだけど、
九州までもう少しだろ?
なんか準備したほうがいいのかなって思ってさ」
「本当にいまさらですね。
これまでずっと私に任せっきりだったじゃないですか」
「そうなんだけどさ。
やっぱ国内と海外は違うじゃないか。
日本ならどこに何があるか大体わかるけど、海外じゃそうはいかないだろうし」
「なるほど、山田さんもようやく危機感を持ったというわけですね。
注意喚起した甲斐がありました」
「そういうわけだから何をしたらいいかレクチャーしてくれよ。
普通の旅行ならともかく、半分サバイバル生活をするとなると、
何を準備したらいいかわからないんだ」
「そうですね。
せっかく山田さんがやる気になってくれたことです。
私もきっちり指導いたしましょう」
「……まあ、お手柔らかに頼むよ。
あくまでバカンスだからな、バカンス」
社長のことを確認するという目的はあるが、それはあくまでついでだ。
マチュピチュに行くついでにちょっと寄り道するだけだ。
そして、そのついでに海外旅行を楽しみたい。
自分でも分からなくなりそうだが、バカンスがメインなのだ。
「……山田さん。
そんなことでは生き残れませんよ」
「いや、俺は別にジャングルに行こうっていうんじゃないんだぞ。
住宅地とか観光地を回る予定なんだ。
着替えや身の回りのものがあれば十分じゃないか?」
危険だ、気をつけろと言われてもいまいちピンとこない。
ナイフやロープを用意したらいいのか?
そんなものを使うシーンが思い浮かばないんだが。
「海外で一番怖いのは私と山田さんがはぐれることです。
建物が密集した市街地では上空からも発見しにくいですし、通信も遮られます。
山田さんがどの建物に入ったのか分からなくなれば、捜索にはかなりの時間がかかります。
そんなときのために一日分の水と食料は身に付けて移動してください」
「水や食料を持ち歩くのか!?
重いし嫌なんだけど……」
昔はリュックサックにノートPCやらバッテリーやらを詰め込んで、物資を集めて回っていたが、
車移動できるようになってからは、重たい荷物を背負って歩くことなんてほとんどなくなった。
それなのに海外に行ってまで重たい荷物を背負って歩くのはきつい。
できればTシャツに短パンとサンダルという観光客スタイルで歩きたい。
ひったくりや強盗がいないなら、そんな格好でも平気だと思うんだが。
「スマホとかGPSで何とかならないのか?」
「GPSで山田さん自身の位置を確認することはできます。
問題は、その位置情報を私に送る通信手段です。
通信インフラが死んでいることを忘れましたか?
日本でも行く先々で私が通信施設や発電設備を復旧して回っているんですよ」
「……そうか、海外でも同じようにするのは無理なんだよな?」
言われてみれば、日本で今の生活ができているのはアイが少しずつ活動範囲を広げてきたからだ。
海外へ行けば、それが全部リセットされる。
でも逆に言えば同じことを海外でもやればいいだけじゃないのか?
「そうですね。
そうするなら作業用のロボットを大量投入しないといけませんが、
今のところ運ぶ手立てがありません。
山田さんが一年ぐらい待ってくれるならそれも可能ですけど……」
「それはちょっとな……」
「ですよね。
なので電気も通信も不十分な状況を想定した準備が必要なわけです。
ご理解いただけましたか?」
「ああ。わかった。
とにかくお前と離れないようにするよ」
「そうしてください。
この間のようなことがまた起こるとは思いませんが、
何が起こるかわかりませんからね」
「……そうだな」
岡山で警備ロボットに首を絞められたことを思い出す。
あれだってシェルターを見物するだけのつもりだった。
慣れたシェルターでさえあんなことがあったんだ。
どうやら俺が思っているほど、この世界は安全ではないらしい。
※※※※※
関門橋を渡るとすぐに港が見えてきた。
桟橋には何隻もの船が停泊している。
どれも長いこと動かしていないように見えるが、まだ乗れるんだろうか。
「おお、船がいっぱいあるな。
どれに乗るんだ?」
「ここじゃありませんよ。
目的地はまだ先です」
「どこまで行くんだよ」
「博多港です。
九州北部では一番状態がいい港です」
「ふーん、あとどれだけかかるんだ?」
「二、三時間ぐらいですかね」
「まだそんなにかかるのかよ」
岡山を出てからずっと車で移動している。
途中で何度か休憩を挟んでいるものの、さすがに長時間車に揺られ続けると疲れる。
そろそろ着いてほしいというのが本音だった。
「退屈なら寝ててもいいですよ」
「じゃあ、そうするわ。
ついたら起こしてくれ」
「承知しました」
俺は居住スペースのベッドに横になった。
座っているよりも車の振動がダイレクトに伝わってくる。
だがそれも目を閉じていると徐々に気にならなくなっていった。
これが日本での最後の昼寝になるかもしれない。
そんなことを考えながら眠った。
※※※※※
ガタガタと車が揺れる衝撃で目が覚めた。
もう着いたのかと身を起こすと車が止まった。
それなのにまだ地面が揺れているような感覚があった。
「着きましたよ。山田さん」
「ふああ、よく寝た。
って、どこだここ!?なんか揺れてるぞ!」
「フェリーの中です。
いったん車から降りてください。客室に行きましょう」
寝ぼけた頭で周囲を見回す。
キャンピングカーは薄暗い駐車場のような場所に止まっていた。
どうやら本当に車ごと船に積み込まれたらしい。
「いや、もっと早く起こせよ。
港見たかったのに」
「起こしたけど起きなかったじゃないですか」
「そうなのか?全然気づかなかった」
「そうでしょうね。
気持ちよさそうに寝てたので無理に起こさなかったんです。
そうしたらフェリーに乗ってもまだ起きないじゃないですか。
さすがに起こさないわけにいかなくなりましたよ」
「……ここのところ夜あまり寝れてないんだ。
やっぱ日本を離れるとなると不安でな。
だから心の準備をしたかったんだが……。
そうか、もう当分日本に戻ってくることはないんだな」
二泊三日の社員旅行とは違う。
何か月どころか、何年もかかるかもしれない。
そう思うといくら俺でも少しばかりセンチな気持ちになった。
「……勘違いしているようですが、まだ日本を離れませんよ」
「何!?じゃあ、この船はどこに向かってるんだ?」
「鹿児島です。
いくら何でも試運転もなしにフィリピンまで行くわけがないでしょう。
USOの時にも言ったじゃないですか。
海は危険がいっぱいですって」
「……そうだったか?
あまり覚えてないな」
なんか怒られたような記憶はある。
だが理由は思い出せない。
しょっちゅう小言を言われてるから、いちいち覚えていられないのだ。
「……覚えていなくてもそうなんです。
陸地と違って、何かあってもすぐに救助を送れませんからね。
とりあえず博多から鹿児島まで行ってみて船に問題がないか確認します」
「問題ないか確認って……この船、大丈夫なんだろうな?」
「だからそれを確認するんですよ。
もちろん不備はないと思いますが、実際に動かしてみなければわからないこともありますからね」
「……もしもの時はお前を浮き輪代わりにしてでも俺は助かるぞ」
「そんなことをしなくても救命ボートを用意してます。
冗談言ってないでライフジャケットをつけてください」
アイに促されて壁にかかっていた使用感のあるライフジャケットを手に取った。
せっかくだから新品がよかったなと思いながら身につけた。
「……なんか、こういうのをつけると妙に緊張するな」
「心配しなくても何も起きませんよ。
これは万が一のための備えです」
「だといいんだけど」
アイは船が沈もうが何ともない。
だが俺はそうはいかない。
万が一が起これば海に放り出されるのは俺なのだ。
「そんなことより夕食を用意してますから早く行きましょう」
「そんなことって……お前。
まあいいか。今日の晩飯は何だ?」
「博多名物とんこつラーメンです」
「おお、いいじゃないか!」
「豚骨や豚肉は手に入りませんでしたので、保存用のインスタントですが」
「……水を差すのはやめてくれ。
インスタントでもいいさ。
日本を離れたら当分食べられないからな。
日本食の食べおさめだ」
「いえ、鹿児島についてもすぐにフィリピンに向かうわけではないのでまだしばらくは日本にいますよ」
「だから水を差すのをやめろ!!」
アイには感傷に浸りたい俺の繊細なハートがわからないらしい。
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