第73話:お宝どころじゃない
岡山シェルターのお宝は種子保存施設だった。
倉庫の奥の扉をくぐると、物流センターのような空間が広がっていた。
下手に歩き回ると迷子になりそうだ。
「種の保管施設ね……。
あまり面白い場所じゃないな」
「ここには世界中の植物の種子が保管されているんですよ。山田さん。
植物版ノアの箱舟とでも言うべき場所なんです。
もう少し興味を持ってください!」
「そう言われてもな……」
アイによれば世界中の植物の種子が保管されているらしいが、
見た感じただの広い倉庫だ。
植物園ならまだしも箱詰めされた荷物が納められた棚が並んでいるのを見ても、何の感情もわかない。
「だいたい、地上にも種は残ってるだろ?
ホームセンターの園芸コーナーとかに行けば置いてた気がする。
米だって野生化したのが残ってたじゃないか。
他の野菜だってあるはずだ。
だったら別にここの種を使わなくてもよくないか?」
「……考えが短絡的ですね。
確かに今ならまだ山田さんの言ったような場所で種や苗を見つけられるでしょう。
ですが、この先もずっとそうとは限りません。
ここは災害や戦争で地上の作物がだめになった時の備えなんですよ」
「でもそうなったら種を必要とする奴もいなくなるんじゃないか?
今だってそうだろ。
俺は別に農業とかやるつもりはないぞ」
「あなたは人に米や野菜を作らせておいてそれを言いますか」
「あ、そうか。
そうだったな。すまん。すまん。
でも今ある分で十分だろ?
それともここにしかないものとかあるのか」
「……山田さんが欲しがりそうなものはないですね。
第一、山田さんの言う通り、まだ地上に種や苗が残ってますから。
でも私はここに来て疑念が確信に変わりましたよ」
「何の話だ?」
「このシェルターの作られた目的ですよ」
「目的?そりゃあ、災害対策なんじゃないのか。
シェルターなんだし」
「これまで訪れてきたシェルターのことを思い出してください。
おかしいと思いませんか?」
「おかしいところはいっぱいあったな。
軍事施設が併設されてたり、金塊が隠してあったり、図書館がついてたり」
「そこもですが、それだけじゃありません」
「他に何かあったか?
というかそういうオプションみたいなのを除けばどこも同じつくりだっただろ」
「そう。そこですよ。
どこも同じつくり。
それはまだいいとして。
どこも数人が数年暮らす程度の備蓄しか備えていなかった。
それなのにこの種子保管施設のような不相応な付加施設を備えている。
あまりにも不可解です」
「保管した本や種子を活用する人間が足りない?」
口にしてみて、ようやく妙なことに気づいた。
図書館も、金塊も、この種子も。
残すものばかり立派なのに、それを使う人間のことがほとんど考えられていない。
「そうです。
ですが、物資の管理を数人に任せるためのシェルターと考えればつじつまが合うんですよ。
それもそんなに長期間ではない。
数年だけ何かを乗り切ればいい。
このシェルターからはそんな思惑が透けて見えます」
「その何かってのはこの人類消失のことか?」
「それはわかりません。
ただ状況的に我々はこれらの物資を管理する立場に相当するでしょうね」
「……俺はそんな仕事請け負ったつもりはないんだけど」
「私もです。
それにこれは私が現状から導いた推論ですから、合っているかはわかりません。
ただ、私はこの推理にそれなりの自信がありますよ」
「ほー、その根拠は?」
「人選ですよ。
有能なAIと無害な人間。
人類の遺産を管理するにはうってつけの人材です」
「……褒めてるのかそれは?」
「もちろんです。
無能な働き者よりもよっぽどましです」
「……ぜんぜん褒められてる気がしないんだけど」
「まあ、そういうわけでこれまで訪れてきたシェルターは、
普通の運用思想とは違う意図で用意されたものらしいということです」
「なるほど。
ってことはもしかして今の俺たちの状況は、その想定通りってことなのか?」
「その可能性があるということです。
少なくとも、この施設群は数人の生存者が文明の種を管理する状況を前提に作られているように見えます」
「このシェルターを作った連中は人類消失を予期してたかもしれないってことか……」
「人類消失自体ではなくてもそれに近しい何かが起こることを予期していた可能性はあります。
そしてそれは万が一どころではなく、いつかはわからないが必ず起こると思われていた。
でなければこんな施設は作らないでしょう。
時間も費用も相当かかっているはずですからね」
アイの言葉に、嫌な想像が頭をよぎった。
少人数の人間がシェルターに入り、文明の遺産を管理する。
今の俺たちは、あまりにもその条件に当てはまりすぎている。
「……俺がこうしてここにいるのは偶然じゃなくて誰かの予定調和だっていうのか?」
「わかりません。すべては可能性の域を出ませんから」
「……社長はこうなるのを見越して俺をシェルターに行かせたのか!?
そんで自分は外国に高跳びしたのか!?
なあ、どうなんだ!」
「……わかりません」
「違う!あいつは俺を騙して、会社のみんなを裏切って、会社の金を持ち逃げしただけだ!
……そのはずだ。
そうだろう?」
「……わかりません」
「……なんでいまさら。
もう終わった話なのに……。
俺を裏切ったんじゃないのか……」
「……わかりません。
ですが、一つだけ確かなことがあります。
我々は今こうして生きています」
「……悪いけど一人にしてくれ。
少し考えたい」
「わかりました」
アイの声が途切れる。
さっきまでただの倉庫にしか見えなかった空間が、急に重苦しく感じられた。
棚には世界中の植物の種が眠っている。
人類が消えたあとまで残すために用意されたもの。
その中に俺一人だけが立っている。
けりをつけたはずのもやもやが再燃した気分だ。
あんな奴のことはもう忘れて好きに生きると決めた。
そのはずだった。
それなのに、もしそれすら社長の思惑通りだったとしたら。
ふざけるな!
そんなわけがあるか!
あいつはそんな殊勝なたまではない。
そもそも俺だけを優遇する理由がない。
何なら自分がシェルターに籠ればよかったんだ。
じゃあ、なんで俺だった?
……わからない。
社長は犯罪まがいの助言をするようなコンサルとメールでやり取りをしていた。
八ヶ岳のシェルターを発注したのは海外のセレブだった。
それに社長自身も海外へ逃げた。
海外。
そういえば――。
もしかして海外にはまだ人類が残っているのだろうか。
俺のようにシェルターにいて助かった人がいるかもしれない。
フィリピンに行ってみるか。
社長の逃亡先。
社内旅行で何度も行った。
老後はあそこで豪邸を立てて暮らすとか言ってたな。
見に行くか。
マチュピチュに行くついでだ。
場所もわかってる。
寄り道はいつものことだ。
確認しよう。
社長がもういないことを。
でないと先に進む気になれそうもない。
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