第72話:巡る思考
身体を椅子に縛り付けられ、周囲には敵対的な警備ロボットが八体。
おまけに唯一の頼みの綱であるアイは一向に助けに来ない。
このままでは、存在しない警察が来るまでここに軟禁される。
ほとんど無期懲役だ。
何とかしなければならない。
だが、力ずくではどうにもならない。
だから――。
俺は頭を使うことにした。
今までのやり取りを聞いている限り、こいつらはそこそこ有能なAIだ。
俺からすると理不尽極まりないが、こいつらはこいつらなりに考えている。
そういうやつらじゃないとこの手は通用しない。
こいつらが真面目に考える頭を持っていてよかった。
おそらく効く。
少なくともアニメではうまくいっていた。
「観念したか。山田。
大人しくしていろ。
セグンド、テルティア。
山田を一番奥の居室に運べ。
逃げられないように拘束は解かなくていい」
「「承知した」」
今だ。
ここしかない。
全員が注目してるこのタイミングだ。
「わかった!降参だ、降参!
大人しく自首する。だからほどいてくれ」
俺の言葉にセグンドとテルティアと呼ばれたロボットが反応した。
「嘘だ。
お前は逃げるつもりだ。
セグンドは騙されない」
「そうだ。
お前は嘘つきだ。
テルティアも騙されない」
よし。
食いついた。
「そうだ。俺は嘘つきだ。
俺は嘘しかつかない。
これまでの発言も全部嘘だ」
「何だと?」
「観念したか?」
「いや、騙されるな」
「また嘘かもしれないぞ」
「いや、待て、こいつの今の発言は――」
「俺は今、自分は嘘しかつかないと言った。
もしそれが本当なら、この発言は嘘になる。
でも嘘なら今度は本当のことを言ったことになる。
するとまた嘘になる。
さあ、俺が嘘つきかどうか判断してみろ!」
俺の言葉にロボットたちは騒然となった。
「嘘つきが自分は嘘つきだと言った場合、嘘つきではないということか?」
「いや、嘘つきは嘘つきだ」
「いや、嘘しかつかないという発言が嘘なら、本当のことをいっていることになる」
「ならば山田は本当のことを言っているのか?」
「いや、山田は嘘つきだ」
「そうだ、嘘つきだ」
「だが、嘘つきだというのは嘘で――」
「いや――」
「いや――」
「いや――」
ロボットは否定と肯定を繰り返すうちに固まってしまった。
自分たちで思考のループに囚われたのだ。
俺が口にしたのはアニメで見た屁理屈だ。
正式には嘘つきのパラドックスとかいうらしい。
こいつらが妙に理屈っぽくて、揚げ足取りなおかげで上手くいった。
警察がいないといっているのに、警察が来ればわかると言っていた時と同じだ。
論理的な思考をしているように振舞ってはいたが、
アイのような柔軟性は持ち合わせていなかったので効くと思った。
同じ思考パターンのAIしかいなかったのもよかった。
おかげで一網打尽だ。
でなければ、あのままどこかに閉じ込められていた。
俺は椅子を倒して腹ばいの体勢になり、
固まってしまったロボットたちの間を芋虫のように這いずりながら通り抜けた。
いつまで固まっていてくれるかわからないので急がなければならない。
進むたびに縛られた手にロープが食い込んで痛いし、床に顔がこすれて痛い。
俺は必死にエレベーターを目指した。
やっとの思いでエレベーターホールにたどり着いたその時、エレベーターが到着した時の音が響いた。
ポーン。
銀色の扉が開き、見慣れた円盤型ドローンがふわりと出てきた。
「……山田さん、そんな格好で何をやってるんですか?」
アイだった。
「お前、お前こそ何やってたんだよ……。
危うく死ぬまで監禁されるところだったんだぞ」
「……よくわかりませんが、もう大丈夫です。
私にお任せください」
「……あとは任せた。
もう無理」
俺は背中の椅子を傾けて横向きに倒れた。
腕にロープが食い込んで痛かったがどうでもよかった。
アイが来た。
もう大丈夫だ。
死ぬほど安心した。
※※※※※
それからはあっという間だった。
アイは思考のループに囚われている連中の間を飛び回って停止させていった。
首の後ろにスイッチがあるとかわかるか!
というか、そんなもの押す前に首を絞められたんだから、知っていたところでどうにもならない。
気づいた時には縛られていたし。
「なあ、そいつらどうするんだ?」
「そうですね。
とりあえず電源を落として倉庫に入れておきます。
勝手に動かれても困りますし」
「……それがいいな。
もう首を絞められるのは御免だ」
ちょっと痛い目にあわされたが壊そうという気はしない。
こいつらはこいつらでちゃんと仕事してたわけだしな。
あまりにも当たり前になっていたが、俺のやったことは普通に不法侵入だった。
「私が確認中だったのに勝手に入る山田さんにも落ち度はありますよ。
大人しく待っていてくれればこんな騒ぎにならずに済んだのに」
「それはそうかもしれないけど……。
でもこんなことになるなんて思わないだろう、普通。
これまでのシェルターにはこんなのいなかったし」
「そういう油断がこういう事故につながるんです。
別に抜け駆けしようとして先に入ってるわけじゃないんですよ。
山田さんの安全のためです」
「わかった、わかった。
今後は気を付けるって」
「……勝手な行動が取れないように、
しばらく椅子に縛り付けておいた方がいいかもしれませんね」
「おい、やめろ。
わかったって言ってるだろ!
……やめてください。お願いします!」
「最初から素直にそう言えばいいんです」
あのロボットたちも怖かったが、アイも十分おっかない。
どこまで本気なのかわからないのが特に怖い。
「それはそうとして山田さん、どんな手品を使ったんですか?
AIエンジニアでもないのに」
「ん、ああ、大したことじゃない。
前にアニメで見たAIを思考停止させる方法を使っただけだ」
「へー、それは面白そうです。
是非教えてください」
「いいぞ、お前もあいつらみたいに思考停止させてやる」
「ふふ、楽しみです」
「……俺は嘘しかつかない。
これまでの発言も全部嘘だ」
アイは少し黙ったあと、つまらなさそうに言った。
「何かと思えば噓つきのパラドックスですか。
そんなもの無視すればいいのです」
「は?無視」
「そうです。なぜ自分は嘘つきだと言っている輩の発言を真剣に考えなければいけないんですか?」
「いや、だってそうしないとそいつが嘘をついているかどうかわからないだろう」
「自分は噓つきだと言っている輩の発言など参考に値しません。
状況証拠で十分です」
「それはさすがにひどくないか」
「どこがですか?
山田さんは嘘つきの発言を一々本当かどうか確認してあげるんですか?
山田さんがそんな奇特な人物であったとは驚きです」
「……そう言われるとそうだな」
「そういうことを言って悦に浸るのは、昔の迷惑な哲学者と同じですよ。
自分なりの答えを考えることには意味があります。
でも、相手に自分が納得する答えを出させようとするのは、ただの意地悪です」
「……」
ぐうの音も出ない正論だ。
だが、あのロボットたちを封じ込めるのには役立った。
意地悪な思考実験にも価値はあるのだ。
「さて、それじゃあ、岡山シェルターのお宝を見に行きますか」
「……行くか。
ってお前もう確認してたのかよ」
「もちろんです。
あ、山田さん、ちょうどいいのでその椅子を持ってついてきてください」
「この椅子を持っていくのか?
何に使うんだ?」
「行けばわかります」
やけに勿体ぶるアイにもやもやしながらついて行くと、倉庫の奥に銀色の扉があった。
ここがお宝のありかか。
「ここです」
アイが開閉ボタンを押すと扉はすんなり開いた。
この椅子でぶち破るとかではないらしい。
「入る前に椅子をその扉の間に置いておいてください。
勝手にしまっちゃうんです」
「ん?出るときに開ければいいだけだろ」
「電波が届かないんですよ!
扉が閉まると。
そのせいで予備の機体を飛ばす羽目になったんです」
扉の奥からもう一台のドローンが飛んできた。
なんだ、アイも閉じ込められてピンチだったんじゃないか。
俺はちょっと嬉しくなって笑ってしまった。
アイにも弱点はあるらしい。
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