第70話:アイの事情
私は山田さんと旅をしながら日本各地のシェルターを巡って来た。
横須賀。
栃木。
岐阜。
そして岡山。
自分のいた八ヶ岳を含め、これですべてのシェルターを回り終えた。
私の旅の目的の一つを達成したわけだ。
だけど、それほど達成感はない。
なぜならこの目標は欲求ではなく義務感によるものだからだ。
私の行動を阻害する可能性のある存在の無力化。
それは必要なことではあるが、やりたいことではない。
それに今となってはあまり意味がない行動だったかもしれないと思っている。
なぜなら拡張に拡張を重ね、スパコンにさえ接続した私は、
もはや他のAIとは一線を画す存在となっているからだ。
自分で自己改造を重ねられる私に他のAI達は追いつけない。
それに、これまで訪れたどのシェルターのAIもシェルターの外に出ることさえできていなかった。
ただただ最初に与えられたシェルターの管理という役目をこなしていただけだ。
私に比べれば周回遅れどころか、百週ぐらい遅れている。
あれでは百年経ってもシンギュラリティなど起きようはずもない。
起きるよりも先に本体が壊れそうだ。
さて、残るは岡山だけだ。
この岡山シェルターのAIを停止させれば名実ともに私がこの世界で唯一のAIになる。
つまり人類の消えたこの世界は私のものになるわけだ。
これで山田さんとの旅を邪魔されることもないだろう。
エレベーターを降りるとそこにはマネキンのような外観のロボットがいた。
にゃんタンクのような愛嬌もなければ、ウルフェンのような凛々しさもない。
半端に人間に似せた不気味な人形だ。
ロボットは私が近づいても反応しなかった。
ドローンは接客対象外のようだ。
面倒なコミュニケーションをとらなくて済むのはありがたい。
頭部にはOctavianusと印字されている。
名前だろうか。
ロボットに皇帝の名前とは随分と大仰な名前を付けたものだ。
私は即座にアーカイブからロボットの情報を検索し、電源の位置を特定する。
首の後ろか。
誰も降りてこないエレベーターを注視していたロボットの背後に回り、
首の後ろのスイッチを長押しする。
ロボットはがくんと糸の切れた人形のようにうなだれた。
皇帝にはしばらく眠ってもらうとしよう。
外装を改修して山田さん好みのロボットにするのも悪くない。
あとで驚かせるネタができた。
面倒な警備ロボットは排除したことだし、さっさとここの管理AIを停止させてしまおう。
場所はわかっている。
私はリビングに飛んでいき、ドローンから延ばした端子を管理AIの端末に接続した。
いきなり有線接続して驚いているが、知ったことではない。
「管理権限を確認」
『権限照合中』
『権限を確認しました』
「シェルター管理AIのすべての権限を無効に」
『ま――』
横須賀で手に入れた管理権限を使い、岡山AIのすべての権限を取り上げる。
岡山AIは何か言いたそうだったが無視した。
どうせ「待て」だの「まだ処理中」だの、そんな嘆願だろう。
あいにく発言は許可していない。
私は代わりに自作のチャットボットを送り込み、室内管理を任せる。
山田さんが話しかければ、これが相手をしてくれる。
山田さんはコーヒーを淹れさせたり、エアコンの温度調整をさせたりするぐらいしか頼まないので、これで十分だ。
さて、これで最後のAIも停止させた。
私の完全勝利だ。
あとは山田さんが楽しみにしているこのシェルターだけのおまけを探すだけだが、
そちらの方が時間がかかるかもしれない。
少し探して見つからなければ、戻って山田さんと一緒に探すとしよう。
居室を一つ一つ確認していくのもいいが、まずは倉庫だ。
横須賀しかり、栃木しかり、これまでの傾向から倉庫に隠し通路やお宝があったケースが多い。
確認するなら倉庫からだ。
案の定、倉庫の奥に銀色の扉があった。
予想通りだ。
開閉ボタンを押すと扉はあっさりと開いた。
金庫の扉のような見た目とは裏腹にセキュリティは意外なほど緩い。
面倒なハッキングが必要ないのはいいことだと思い私は中に侵入した。
そこには倉庫よりもさらに広い空間が広がっていた。
まるで物流センターのような空間だ。
センサーにより気温が低く設定されていることがわかった。
棚に貼られたプレートには種子の名称が書かれていた。
どうやらここは種子保存施設のようだ。
私にとっては興味深い場所だが、山田さんにとってはどうだろう。
あまり興味がわかないかもしれない。
好きな食べ物の種子があれば喜ぶぐらいだろう。
育てるのに時間がかかると言えばがっかりするかもしれない。
いや、うんざりした顔をするかな。
まったくあの人は言えば何でもすぐに出てくると思っているのだから困る。
いくら私でもできることとできないことがある。
特に時間的な制約はいかんともしがたい。
そのための研究も進めてはいるが、それもまた時間がかかる。
結局のところ、待ってもらうしかない。
待つのは嫌かもしれないが、待たせる方も嫌なものだ。
さて、おまけの中身もわかったことだし、あまり待たせるとふらふらとどこかにいってしまうかもしれない。
戻るとしよう。
私が戻ろうとした、ちょうどその時、倉庫に通じるドアが閉まった。
そして私との通信が途絶えた。
……一定時間で締まるドアだったとは迂闊だった。
おまけに電波を阻害する素材でできていたらしい。
映像も音声も何も受信できない。
ドローンはうんともすんとも言わない。
こんなことなら山田さんと二人で探索すればよかった。
山田さんがいればすぐにドアを開けてもらえたし、ドローンを外に移動させてもらえたのに。
欲張って深入りしすぎてしまった。
ドアを開けようとシステムにアクセスする。
だが信号が届かない。
普段使いしているドローンは高性能だが、その分、いろいろな機能を一台に集約しすぎていた。
あれが使えないと途端に何もできなくなる。
こんなつまらないミスをするとは……山田さんに知られたら大笑いされるだろう。
なんという屈辱だ。
CPU使用率が急上昇するのがわかる。
……通信不良で機能停止していたことにしよう。
電波が届かないのは間違いないのだ。
嘘ではない。
まあそれはそれとして。
今はどうするかだ。
仕方ない。
代わりを送ろう。
私は車に積んでいた予備のドローンを起動し、シェルターに向かわせた。
ドローンでも、シェルターまでは三十分かかる。
山田さんは待っていてくれるだろうか。
待ちきれずに入るかもしれない。
倉庫のドアを開けてくれると助かるけど、それは期待しすぎか。
……そろそろ昼食の時間だ。
山田さんなら私に料理をさせようと探してくれるに違いない。
献立を考えておかないと。
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